第四話 見当違い
道中、彼女は花火を見た事は一度もないと語っていた。運動部に所属していて、夏休みもひたすらその競技に打ち込んでいたから。自分と全く同じ境遇に、妙な親しみを覚えた。
「案外、普通だね」
「え..?」
「なんかさ、花火ってもっと盛大に扱われがちじゃん。まるで青春の代名詞ですよとでも言わんばかりに...。でも、私はそうは思わない。何が綺麗なのかちっとも理解できない。それにうるさいし..」
「確かにな。思ってたほどではないか....」
「....」
「もう、帰るか..?」
期待外れだったのだろう。さっきまでの元気は嘘のように消え去り、何も言わなくなってしまった。彼女は夜空を見上げ、星座を探しているのかあちこちに視線を巡らせていた。
「帰りたくないの?」
今度は強い語調で尋ねると、彼女はその場で大きく頷いた。
「....。どうして....?」
「だって、今戻ったら死にたくなる....」
「もともと俺たちは明日死ぬ予定だったろ。今更なんだよ。怖気付いたのか?」
「違う....」
「ならもうどうだって良いだろ....。こんなもの見たって何も変わらない。現実は....」
「変わらない。だから、美しい」
「は..?」
「変わらないから、変えるしかないんでしょ」
「....」
それはもう無理だと心の中で呟いた。
「無理じゃないよ」
「なぜ?」
「あんたがまだ、それを望んでいるから。私は、今日死ぬはずだった」
「意味わかんねぇよ。俺とお前の死には何の関係もないだろ..」
「あるよ..。気づかないなら、『答え合わせ』してあげよっか?」
「答え合わせ..」
正直、かなり返答に困る質問だった。彼女との面識は今日が初めてだが、ここまで思想の一致する相手とは今まで出会った事がない。話しやすくも、どこか得体の知れなさを感じる女性。
それを決定づけるのは顔だ。そこにいるのは分かるのに、俺は彼女の顔を、まだ一度も認識出来ていない。表情も、感情の記号として伝わるだけで記憶には残らない。
「どうするの?」
考えを巡らす程に、恐怖は募っていった。柔らかい声も、身振りも、全部俺の頭の中で想像したものを後追いしたかのような印象を受ける。冷や汗が首筋を伝う。頭が酷く痛み出した。
「....。答え合わせは、、まだするな....」
「分かった。でもいつかその時は来るんだよ」
「いつか..? どういう意味だ?」
「そのままの意味だよー。私があなたの事を、愛していられるうちはね」
不思議なほど、何の感情も揺れ動かなかった。目の前の女性の告白を、さも当然のように受け入れる自分がいた。最初から彼女の好意に気付いていた。その理由は不明。
「まさかさ」
「なに?」
不明だった。まさかそんな事があり得るのだろうか? 何度もそう疑った。
「お前ってもしかして、俺..。か....?」
「さぁ? どうだろう」
「はぐらかすな」
しかし瞬きをして見返すと、彼女は目の前からいなくなっていた。