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上村蒼 11


 「なぁ、最近流行ってるっていう花想病っていう病気、一之瀬が最初だって本当か?」

 敦は、いつの間にか一之瀬を呼び捨てで呼ぶようになっていた。

「また笹原さんからのメールで教えてもらったのか?」

「あぁ、先生達は詳しく言わないけどさ、花は見ないようにしろって言ったりしてるし、この町は特に危ないって噂が流れてるぞ」

 いつもみたいな、話題の逸らしも効かなくて、この教室も重たい空気が流れている。


「お前は、一之瀬さんがあんな風に噂されてても平気なのか?」

 牧はわざわざ人のいないところまで俺を連れ出して尋ねた。丁寧に真柴さんまで連れてきている。

「俺がどうこう言ってどうするんだよ。だいたい、俺に何を言ってほしいわけ?」

「あたしは、優佳ちゃんがあんな風に言われるのはつらいよ。上村君は、平気なの?」

 真柴さんのまっすぐな言葉が痛くて、俺はその場から逃げるように立ち去った。



「上村君、ごめんね、あたしには、無理だ」

 その最期の言葉を、俺が直接聞くことは無かった。

「もし、あの時、君がいてくれたら、何か変わったのかもしれないんだけどね」

 最期を見届けた長谷川さんの慰めるような言葉を、意味の無いものとして冷静に処理した。

 鮮明に、浮かぶんだ。俺が直接聞けなかった最期の言葉を残した瞬間の一之瀬の姿が、その、つらそうな姿が。だから、分かる。俺がいたって、結果は変わらない。きっと俺だって、立ち尽くしたままで、一之瀬を止められなかった。嫌になるくらい、鮮明に浮かぶんだ。まるで、直接見たみたいに、その景色が浮かんで、最期の姿が浮かんで、それを思い出すたびに、自分の無力さを思い知る。

「上村君はさ、あたしが、いなくなったら、どう思う?」

 今が、ちょうどその時だ。あの時の答えは、寂しいだっけ。はずれだ。今は、何もかも、認めたくない。一之瀬がもういない事実も、一之瀬みたいに大切なもののために死ねない自分も、何もかも、認めたくない。

 これが、俺の気持ちか?

 大切なものを失っても、のうのうと生きていられるのか?違う、俺は、死ぬのが正しいと思わないだけだ。本当は怖いだけなんじゃないか?俺が死ぬことを、一之瀬は望んだりしない。そうやって言い訳を探して、今日だって生きてるじゃないか。だって、死ねばいいって、もんじゃないだろ。でも、一之瀬は、死んだんだ。



「蒼、お前があの川の近くを歩いてるのを見たってやつがいたぞ。危ないからやめとけよ」

 敦は親切心から言っているのだろうけど、そんな親切、いらない。

「花想病にかかる人がどんな人か見てみたいんだよ。あわよくば、治してやるからさ」

 もう、こんな冗談が言えるんだな。心が死んでるんじゃないか。

「バカかお前は。そんなことしてると一之瀬みたいになるぞ」

 やめろ、そんなこと言うな。なんで、俺の口からこの言葉が出ないんだ。

「そういうことは言うなっつの」

 こうやって、代わりに牧が言ってくれるから、任せてるんじゃないか?俺は、怖がって、何もできないだけじゃないか。


「この前は何も考えないで言って悪かったな。一番つらいのはお前なのに」

 そんな言葉をかけてほしくて生きてるわけじゃねぇんだよ。同情してほしくてここにいるわけじゃ、ないんだよ。

「そんな気を遣わなくていいから。俺の代わりに真柴さんの心配してやってくれよ」

 真柴さんの方が、よっぽどつらそうに見えるんだ。俺なんかより、ずっと。



「学校から、花はなるべく見ないようにって言われてるんじゃないかな」

 あの川にかかる橋の上で、長谷川さんは俺に話しかけてきた。長谷川さんは手に提げた袋の中に花を何本か入れていた。

「わざわざ自分でサンプルの採取ですか。危険も顧みず、立派ですね」

「あの時、一之瀬さんを止められなかったのは、本当に申し訳ないと思っている。僕は、犠牲者を減らすために、なんだってしようと思うよ」

「止められなかったのは、長谷川さんの責任じゃないですよ。俺が一之瀬に不安を感じさせなければ、一之瀬は死なずに済んだ」

「そんなに抱え込まない方がいいよ。あのレベルの中毒症状が感情だけで起こるとは、僕は考えられない。君だけのせいじゃないよ」

 花にも原因がある。そう考えれば、俺の心は救われるかもしれない。でも、俺は、救われなくてもいいんだ。

「それで、サンプルの採取ですか。花想病にかからないように、気を付けてくださいね」

「大丈夫だよ。僕にも大切な人がいるからね」

「それならなおさら、気を付けてくださいね」

「分かった。花想病に関する君の考えも覚えておくよ。君も、気をつけてね」

 俺は、花想病にかかりたいのかもしれない。一之瀬の気持ちを、理解したいんだ。こうやって毎日のように川に来て、一之瀬に近づけるのを、待ってるんだ。でも、俺は花想病になれなかった。一年もずるずると生き続けてしまったんだ。

――


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