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松山志穂 1

 「すみません、まだやってますか?」

 久しぶりのお客さんだ。でも、あたしは、喜んでいいのかどうか分からない。

 去年、あの病気が発生してから、あたしはそのうち新しい仕事を探さないといけないなぁ、なんて薄々感じていた。小さい頃から憧れてた花屋になって三年目。楽しかったのは最初の一年くらいだった。

「はい、あ、浜井さんですよね?こんにちは」

 あたしは、そのお客さんを知っていた。隣に住んでいる大学生くらいの子だった。

「こんにちは。植木鉢と、じょうろを買いたいんです」

 浜井さんは嬉しそうに笑顔で言った。あたしはそれが少し怖くなってしまった。あの病気のせいだ。

「はい、大きさはどのようなものにいたしますか?」

 小さい頃から憧れていた仕事なはずなのに、今ではこうやって接客することすら、たまに怖くなる。去年、あの病気が流行りだして、花屋をやってるあたしは、不謹慎だと白い目で見られるようになってしまったからだ。あたしは花屋が好きだから、続けていくつもりだった。どんなに、白い目で見られても。

「室内で小さい花を育てたいんです。大きさはこのくらい…かな…?」

 浜井さんは言いながら両手で大きさを表現しようとしていた。その姿があまりにも自然で、あたしは本当にただ花が育てたいんじゃないかと思った。

「ではこのくらいのものがちょうどいいかと思います。いかがですか?」

「じゃあこれにします!」

 浜井さんは嬉しそうに言った。本当に花が好きな人に会うのは久しぶりだ。怖さを忘れて、あたしまで嬉しくなってしまった。

「ありがとうございました。何かあったら、いつでも言ってくださいね」

「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」

 浜井さんは深く礼をして、帰っていった。あたしは、久しぶりにこの仕事をやっていて良かったと思えた。

 花屋をやっていて、つらいことは多い。それでも、あたしは花が好きだからやっていける。今日の浜井さんのような人のために働きたくて、やっていける。でも、昨日、突然、店長が店を閉めるなんて言い出した。息子のりっくんが学校でいじめられているらしい。それに、うちの店が原因で発症者が出たなんて言われている。花屋ってだけで差別される時代になってしまった。あたしたちは、まるで麻薬を売っているような目で見られてしまう。

「ごめんね、志穂ちゃん。やっぱりこんな時代だから、花屋なんてやってちゃいけないみたいで、ね」

 店を閉めると言い出した時、店長はつらそうな顔をしていた。店を閉めたっていじめが無くならないかもしれない。そう思っているのかもしれない。

「いいですよ。違う仕事でがんばります。りっくん、早く元気になるといいですね」

 あたしの言葉は棒読みだったかもしれない。あたしが抱えているこんな世の中への不満が、仕方ない、そうやって割り切る力をそいでいた。

 病気が流行りだしてしばらくした頃、通りかかった人に訊ねられた。

「なんで花屋なんかやってるんですか?」

「花が好きだからです」

 あたしはすぐにこう答えた。その人は、そう答えたあたしを哀れむように見て何も言わずに去って行った。もう、"花が好き"だなんて言っちゃいけない時代になった。"花が好き"だなんて、思っちゃいけない時代になってしまった。納得できない、こんな時代。


 帰る途中、公園のベンチに座っているりっくんを見かけた。

「どうしたの?」

 りっくんはあたしの声を聞いて慌てて目を拭っていた。またいじめにあったんだ。あたしは、見なかったふりをしてりっくんの隣に座った。

「ちょっと寄り道してただけ」

 りっくんは俯いたまま言った。勢いで話しかけちゃったけど、何て言ってあげればいいんだろう。

「りっくんのお母さん、お店閉めるって言ってたよ」

「…うん」

「嬉しい?」

 あたしの問いかけに、りっくんは何の返事もしなかった。

「まぁいいや」

 あたし、頼りないな。なんにも出来ない。

「ねぇ、なんでお花屋さんになろうと思ったの?」

 りっくんの言葉は、いつかの通行人の言葉と同じだった。

「花が、好きだからだよ。りっくんは、花嫌い?」

 あたしはあの時と同じことを言った。まだ、あたしは花が好きだ。

「好きだって言ったら、みんながいじめる…」

「そっか…仕方ないよね。こんな世の中じゃさ…」

 仕方ない、あたしはそう言ってしまった。頭の中ではこんな世の中はおかしいって、そう思うのに、りっくんを見て、世の中のせいにして逃げたい自分が出てきてしまった。あたしの花への思い入れは、大したことないのかもしれない。どうにかしたい気持ちに、どうにかする力が伴ってないんだ。



「辞めたよ、花屋。店長が店閉めちゃったもん」

 あたしは、求人誌を広げながらジュースを啜った。

「それでいいよ。花屋なんて損なだけじゃん。自分で自分の首絞めてるようなもんじゃん」

 花屋"なんて"。みんなそんな風に言う。

「ずっと夢で、ようやく叶ったと思ってたのになぁ…」

「そんなもんだよ。捕まえてみればゴミみたいなこともあるよ」

 ゴミ…

 あたしの耳が汚い言葉だけを捕まえる。

「運が悪かっただけだよ。病気のもとが紙とかだったら、あたしも志穂みたいなことになってたわけだしさ」

 千佳の言葉が無責任に聞こえる。

「はぁー…どうしよう…実家に戻ろうかなぁ…」

 あたしは飲み終わったジュースのコップをどかしながら机に突っ伏した。

「そうしたいならそうしなよ。この町は物騒だからね」

「千佳はいいの?この町にこのままいても」

「あたしは大丈夫だと思う。近々結婚するしねぇ」

 千佳はサラッとカミングアウトした。初耳だった。

「結婚するの?知らなかった…」

「内緒だったもん。えっとね、この人と結婚するの」

 千佳はそう言って携帯で撮った写メを見せてくれた。黒髪で清潔感のある男の人だ。

「年上?なんか、頭が良さそうな感じ」

「あたしよりも七つくらい上かなぁ。大学で教授やってて、すごいいい人なの」

「へぇ…冒険してるね。結婚式、いつ?」

 あたしは変な感想しか言えなかった。

「来月結婚式。良かったら来てよ。実家帰るんなら、考えなきゃだけどさ」

「絶対行く。親に帰って来いってずっと言われてるから、実家には帰ると思うけど…」

「そっか。分かった。じゃあ、あとで連絡しとくよ」

「うん。ありがと」

 こんな世の中でも、こうやって幸せになっていく人もいる。どうやって、幸せになっていくんだろう。

あたしにも、なれるのかな。



 家に帰って、花屋が閉まることを親に電話したら、今すぐに帰って来いと言わんばかりにまくし立てられた。あたしは適当に相槌を打って電話を切った。テレビをつけながら適当に身支度をしていると、あの病気のニュースになった。どこかの大学生が死んだらしい。またあの病気ですか、地方を中心に頻発しています、テレビでは専門家なんて言われてる人達が、誰でも知っているような当たり前な言葉を並べていた。そのうち、地方で行われている花を無くす運動の話題になって、つらくなってしまってテレビを切った。

 去年の秋から冬にかけて、テレビで病気の特番をやるようになった。その頃、あたしは漠然とした症状を知っていただけで、なんで病気なんて言い方をするのか理解できないでいた。

 発症者は必ず死ぬ。そう聞いて、耳を疑った。最初の発症者が出て、まだ一年も経っていない。そのうちに何人も、その病気で命を落とした。有名人がその病気で死んだ時は、何回もニュースで取り上げられて、一気に知名度が上がった。最初の発症者が出たのは、この町だ。この町はなぜか発症者が多い。そのせいで発症希望者が集まってくるようになってしまった。あたしは、そんな人達に発症してほしくない。

 花屋だったあたしにとって、あの病気の症状はとても素晴らしいと思えた。

 花に恋をする病気。それが、あの病気の症状だから。




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