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上村蒼 10




 「言っとかなきゃ、いけないこと…?」

 なんだよ、最期みたいな言い方して、まるで、今言っておかないと、言えなくなるみたいな…

「上村君、あたしのために、いろいろしてくれて、本当に、うれしいんだけど…それでも、あたしの中では、この花が一番なんだ」

 一之瀬は涙を浮かべながら、花の方を見た。その涙が、悔しさからくるのか哀しさからくるのか、俺には分からない。

「それでも、いいよ。俺は、一之瀬が好きだからさ」

 思えば、それは初めての告白だったのかもしれない。今まで、お互いに好きだとか愛しいだとか、そういう感情は口に出して言うことは無かった。

「あたし、最低だ…上村君が、そこまで言ってくれるのに…」

 握りしめたシーツに、涙がこぼれてしみを作った。この葛藤が、一之瀬の現状なんだ。一之瀬もたぶん、俺のことを好きなんだろうけど、それでも、一之瀬の世界の真ん中にはこの花があって、俺への気持ちを吸い取って成長していく。

「上村君が、あたしのこと好きなのは、分かってたんだ。分かってたはずなのに、怖くて、不安で、本当にあたしでいいのかって、めんどくさいんじゃないかって、思うと、止まらなくて、信じたいって、思ってたのに…」

「無理して言わなくてもいいよ」

 俺が宥めるように言っても、一之瀬は首を横に振るだけだった。

「そんな時に、この花を見つけたんだ。あたしの不安は、全部吹き飛んで、この花が、全部受け止めてくれる、そんな気がした。でも、この花は、上村君への気持ちも、吸い取っちゃったのかな」

 一之瀬は、花を少し見て、うなだれた。涙はずっと止まってない。

「俺がもっとしっかりしてなきゃいけなかったんだよな。一之瀬は悪くないよ。不安にさせちゃったのは俺だからさ」

「上村君は、優しいよ。めんどくさそうでも、無関心に見えても、いつも優しかった。分かってたんだよ。あたし、分かってたんだ。分かってたのに…」

「ありがとう。嬉しいよ」

 俺が、受け止めてあげなきゃいけないんだ。今まで、この花が受け止めていた一之瀬の不安や葛藤を全部、俺が受け止めるんだ。

「優しい言葉を、かけられると、苦しくなる。あたしは、この花の方が好きなのに、上村君は、私を想ってくれてることが、つらい。なんで、上村君が、一番じゃないんだろう、って、思って、涙が、出てくる」

 一之瀬は涙にぬれた顔を、シーツにうずめた。俺は、肩に手を添えてあげるくらいしかできなかった。一之瀬の一番が、俺じゃないことは、つらい。でも、一之瀬が必死に闘ってるんだから、俺は、一之瀬の前では弱音を吐いたりしない。一之瀬の頭を、そっと俺の胸に寄せた。俺の気持ちが届くように。一之瀬の一番に、なれるように。


「上村君はさ、あたしが、いなくなったら、どう思う?」

 一之瀬は、俺の胸に頭をうずめたまま言った。

「寂しいよ。だから、そんな時のこと考えないで」

 その未来が、すぐそこに来ているような感覚がして、なのに、全くその時の様子を想像できない。どうなるか、分からないんだ。

「…ごめん、あたし、がんばるから」

 でも、その問いの意味を、真意を、俺はなぜだか、たやすく理解できた。一之瀬が何のことを思って、そんな問いをしたのかも、一之瀬の出した答えも、容易に理解できてしまった。

「上村君、ごめんね。あたしが、もっと、しっかりしてれば、こんなことなんかに、ならなかったのに」

「自分を責めても仕方ないよ。前向きに考えようよ」

 震える一之瀬の頭を撫でながら、ゆっくりと言い聞かせるように言った。

「また、一緒に、あの川の、近くを、歩きたい。また、一緒に、遊園地、行ってさ、今度は、観覧車とか乗りたい。戻りたいって、何度も、思ったんだ。でも、だめなんだ、無理、なんだ」

 一之瀬は、すがりつくように強く俺の服を掴んだ。

「戻れるよ。絶対に、戻れるから。だからさ…」

「無理なんだよ!…全部、言うから、怒らないで聞いて。許して、くれなくても、いいから」

 腕の中の一之瀬は、止まらない震えを必死でこらえようとしていた。

「…分かった。ゆっくりで、いいからね」

 全部、受け止める。どんな、ひどい現実でも。

「あたしは、申し訳ないって、気持ちで、いっぱいなんだ。今は、上村君の優しさとか、好きって気持ちとか、全部、分かるのに、あたしは、それを、受け取る資格が、無いって、思っちゃうんだ。上村君のことを、好きって気持ちが、見つからなくて、あったはずなのに、あったのに、いつの間にか、見えなくなって、そんなあたしに、優しく、してくれたり、好きだって、言ってくれる、上村君に、好きだって、言葉が、返せないんだ」

 一之瀬が苦しそうに言葉を重ねるたびに、俺の心も少しずつ、傷ついていった。心のどこかで感じていた寂しさや切なさの理由は、理解していたつもりだった。一之瀬の気持ちが離れていったことは、分かっていたのに、今、こうして言葉として伝えられると、たまらなく苦しくなってしまう。

「許してほしい、なんて、言わない。でも、嘘は、言ってないんだよ?上村君の、優しさは、本当に、嬉しかった。でも、その度に、花が、どんどん愛しくなって、きっと、感じるはずだった不安とか、恐怖とかを、ずっと、受け止めてくれてたんだ。あたしが、弱いから、いつまでも、抜け出せなかった。本当は、ずっと前から、このことに、気づいてたかもしれないのに、上村君が、離れてしまうのが怖くて、言いだせなかった」

「怖かったのは、俺も、同じだよ。ずっと、不安だった。ちゃんと、一之瀬に、俺の言葉とか、気持ちが、届いてるのかって。だから、嬉しいよ。ちゃんと、届いてて、よかった」

「大丈夫、だよ。あたしは、嬉しかった。上村君は、あたしが、ほしかった言葉を、言ってくれたから。だから、泣かないで。あたしは、しあわせな時は、笑いたい、から」

 一之瀬の笑顔、いつも通りのその笑顔が、嬉しくて、どこか、悲しくて、知らない間に流れていた涙もそのままで、ぎこちなく、笑った。涙が出るたびに、無理やり笑って、嗚咽か笑い声か分からない声をあげて、それでも必死で笑おうとした。俺だって、しあわせな時は、笑いたいから。


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