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上村蒼 2


――

「上村君ってさ、何考えてるか分からないみたいに見えて、実は結構分かりやすいよね」

 一之瀬は、おかしそうに笑いながら言った。

「何考えてるか分からないみたいに見えてるの?」

 俺はその言葉を聞いて少し呆れる。全くそんな風にしてる自覚なんて無いからだ。

「うん、最初に話した時に何考えてるか分からないって思ったもん」

 一之瀬は、俺達が中学三年の頃に転校してきた。その頃はちょうど、修学旅行の少し前で、一之瀬と俺は同じ班になった。班には他にも四人いたが、一之瀬と俺はなぜか二人で行動させられた。同じ班になってしばらくして、一之瀬からメアドを教えられて、利用するようなマネしてゴメンね、なんてメールが来たから、二人で行動する時も変な期待はしてなかったけど。一之瀬が人ごみが苦手なせいで体調を崩して、かなり気を遣うことにはなったけど、大変だったのはそれくらいだ。俺も他の人に連れまわされるのは嫌だったから、かえって都合が良かった。

 一之瀬が前にいじめられていて、他の人と行動するのが嫌だから俺のことを好きなことにして、俺と二人になるようにしてた、って一之瀬から聞いたのは、修学旅行が終わった一週間後くらいだった。上村君がもし良ければ、一緒に帰らない?ってメールが来て、その次の日だったと思う。その頃は、修学旅行の時の一之瀬の様子を見た後で、少し一之瀬に同情していたのかもしれない。その後もたまに一緒に帰るようになって、結局同じ高校に進んだ。

 俺と一之瀬は付き合っていると言えば付き合っていると言えるような関係だったけど、他の人には黙っていた。あまり他の人に生意気に思われるようなことはしたくない、らしい。俺は、黙っている方がよくないんじゃないかと思っていたけど、言わないまま結構な月日が流れて、俺もそれに慣れてしまった。

「あぁ、利用されてた頃ね」

 俺は少し意地悪く言った。

「それはもういいじゃん。あの時のことはあたしが悪かったって思ってるから」

 一之瀬はそう言って少しふてくされた。

 花想病がまだ無かった頃、俺達はよくあの川の近くを一緒に歩いていた。

「あはは、もう気にしてないよ。でも、分かりやすいってのは初めて言われた」

「分かりやすいよ。めんどくさそう、って言ったら、たいてい当たるから」

 めんどくさそうにしてる。一之瀬は、俺に向かって、よくそう言っていた。自分では意識してないけど、仕草や言葉がそう感じさせてしまうらしい。

「めんどくさいなんて思ってないよ。めんどくさいならわざわざこんなとこまで歩いてないから」

 俺は、わざわざ遠回りをしてここまで歩いている。一之瀬と一緒に歩くのは楽しい、本当にそう思っているから。

「それもそっか。でも、たまにめんどくさそうな時あるから、気をつけてよね。っていうか、めんどくさかったらさっさと帰るようにね」

 一之瀬はそう言って笑った。一之瀬と一緒に歩くのは楽しいよ、俺は言わなかった。

 思えば、それは兆候だったのかもしれない。だから、もっとちゃんと言っておけばよかった、今でも後悔する。


「あ、あの花かわいい」

 暖かくなり始めたころ、あの川の近くを歩いていると、不意に一之瀬が呟いた。そこには、一面に白い花が咲いていた。

「あの白い花?」

「うん、かわいくない?」

 一之瀬は目を輝かせながら言った。正直言って、普通の花にしか見えなかった。

「分かんない。花とか詳しくないしね」

 俺がそう言うと、一之瀬は急に哀しそうにした。

「上村君が分かんない、って言う時は、だいたいそう思ってない時なんだよ。知ってた?」

 言われてようやく意識した。当たっている。

「…ごめん。当たってる」

「でしょ。やっぱり上村君って分かりやすい」

 一之瀬は、今度は得意気に笑った。

 本当は、こんな他愛も無い会話をするのは楽しかった。楽しかったはずなのに、言葉にしないと伝わらなかった。でも、俺はそういうことを伝えるのが苦手で、一之瀬にめんどくさそうにしてるってよく言われていた。変えなきゃいけない、そうは考えていたけど、考えていただけで、変えようとしなかった。


「あの花、持って帰っちゃったんだ」

 その次の日、一之瀬は嬉しそうに言った。

「鉢とかまで買ったの?」

「うん、世話するのにいるものはたいてい買ったよ」

 そこまでやるとは思わなかった。新しいペットでも飼うくらいの勢いだ。

「すごいね」

 俺はそっけない返事をするだけだった。それが最初の花想病の始まりだった。俺達はまだ高校生になったことに慣れてなくて、人の死なんてまともに経験したことも無いただの子供だった。



 それから数週間、俺達が一緒にあの川を歩く回数はかなり少なくなった。でも、俺には原因が分からなくて、そのくせ聞こうともしなかった。学校で見る一之瀬はいつもと変わらなかったし、また一緒に歩きたくなれば、言ってくるだろう、そう思っていた。

「上村君、寂しくない?」

 久しぶりに一緒に歩いている時、不意に、一之瀬が聞いてきた。

「何が?」

 寂しくなかったわけじゃなかったけど、反射的にこんな返答をしてしまった。変わらなきゃと思っているのに、意思が弱い。

「寂しくない、か。そっかそっか。それならいいよ」

 一之瀬は少し残念そうに言って、だけど、すぐに笑顔に変わった。

「どうしたの?」

 状況がうまく飲み込めない。なんとなく、別れ話になりそうな雰囲気なのは感じていたけど。

「あたし、おかしいのかな。全然、寂しくないんだ」

 一之瀬はそう言って、ふっと息を吐いた。さっきまでの笑顔は、もう無い。

「いや、おかしくはないと思うけど…」

「自虐?怒ってもいいとこだよ」

 一之瀬は呆れたようにため息をついた。

「…あの花、この前持って帰ったって言ってた花ね、なんか、変なんだ」

 一之瀬の声は暗くなった。

「変って…?」

「見てるとすごく落ち着くんだよね。癒されるって感じじゃなくて、愛しいみたいな落ち着きで……うーん、分かんないか」

 一之瀬の言葉は俺には理解できなくて、必死にイメージしようとしたけど、できなかった。

「うーん…なんか、メルヘンだね」

「…そうなっちゃうよね」

 やけに哀しそうな顔が、すごく印象に残っている。


「あのさ、変なこと言ってるって思わないで聴いてほしいんだ」

 一之瀬の家の近くまで来たところで、一之瀬は俺の方を見ないまま言った。その声はかすかに震えていて、怖がっているみたいに聞こえた。

「うん、何?」

 俺は、一之瀬の様子がおかしいことに、ようやく気付いた。

「さっきも言ったんだけどね、あの花、おかしいんだよ。あたし、自分がおかしくなっていくの分かるんだ」

 おびえた声だった。俺はさっきみたいなふざけた返答はできなかった。

「あの花を見てると、すごく落ち着くんだ。だけどね、それと同時に他のことが全部どうでもよくなっていくんだ。ただその花を見てるだけでいいような気がして、何かしようって思えないんだ」

「それって、あの花のせいなの?だったら、捨てるか何かしないと…」

 からかってる風には見えなかった。漠然とした恐怖を感じて、何も起こらないようにと願った。

「無理だよ。あたしも一回捨てようとしたんだ。だけど、途中ですごく怖くなって、できなかったんだよ」

 そう言いながら、一之瀬は震えていた。花を捨てることが怖くてできない、なんて非現実的な話を、俺はすんなりと受け入れていた。

「それって、俺がやろうとしてもダメ?」

 俺の言葉に、一之瀬は首を横に振った。

「たぶん、ダメだと思う…どう言えば、伝わるんだろう…中毒とか、そんなのに近いんだと思う」

「無いと生きられないってこと?」

 目の前で展開する話が、どんどん自分の理解できない方向へ進んでいく。

「うん…バカみたいだよね、花に中毒なんて。こんなのでごめんね」

 一之瀬はそう言って、俯いて笑った。かわいた笑いが痛々しい。

「ねぇ、どうしよう。あたし、このままじゃ、絶対におかしくなる。元に、戻れなくなる…」

 一之瀬はついに涙をこぼして泣き出した。俺は、自分だけの力では、解決できそうもないことを感じていた。

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