それは月命日の来訪者。
曽祖父と、大伯母の月命日の話です。
ずいぶんと月日も流れ、月命日の経上げはもういいだろうという話になったと聞きました。
田舎ならではなのか、それとも家系的なものか、月命日には必ずその家のひとが御経をあげていたそうで、それを終わらせるタイミングもまた難しいんだろうなと思ったのを覚えています。
なんせ曽祖父も大叔母もそれぞれ山奥の家でしたから、命日に集まるのさえ大変でしたので、むしろまだ経あげしてたんだと皆内心思っていたようでした。
そんな話の数日後。曽祖父の家人から不思議な事があったと連絡がありました。
夜半、来訪を告げるチャイムが鳴ったそうで、こんな時間に誰だろうと玄関に向かうと、確かに人に反応して点くライトも点灯していて、どちらさまと扉向こうに声をかけたそうです。
しかし反応はなく、そっと扉を開けても誰も居なかったと。
不思議な事もあるもんだねと、そう話を終わらせましたが、口に出さないだけでお互い同じ事を思っていたと予想は出来ました。
経あげが無かったから、故人が寂しがって。
大伯母の命日にもやはり同じ事が起こりました。
それでも一番驚いたのは、どちらの家もだからといって経あげを再開しなかったのです。
よくある事だし故人にも納得して貰わな、と。
田舎の人間の方がある意味ドライだなと、今となっては思います。
了




