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第六話 思い出(ローガン視点)



※※※



(なんて美しいんだ)


 陛下からの紹介を受け、聖女として陛下の隣に立つイザベラのあまりの美しさに、周りの声が聞こえなくなるほどの強い衝撃を覚えた。リアを初めて見た時に受けたあの衝撃は一体何だったのか?と思う程だ。


 美しく成長したイザベラの中に、幼い頃に見た眼鏡をまだ掛けていなかった頃のイザベラの面影を見つけた私は、イザベラとの出会いを思い出していた。



※※※



「はじめまして、イザベラ・リッチモントです」


 イザベラと初めて会ったのは私が8歳、イザベラが6歳の時。

 綺麗なカーテシーを披露する美しい銀髪に燃えるような紅瞳を持った6歳の可愛い女の子を見て、この子が私の婚約者なのかと大喜びした。


「ローガン・ハートフォールです。イザベラ、今見頃の花を見せてあげるよ」

「ありがとうございます」


 ハートフォール侯爵家の庭園を案内すると、イザベラは目をキラキラ輝かせ興味深そうにしていた。


「僕はこの花が好きなんだ。聖女様の瞳の色そっくりだから」


 そう言って摘んだクロッカスの花をイザベラの美しい髪に挿す。


「うん、可愛い」


 イザベラにそう言って笑いかけると、イザベラは一瞬どう反応したらいいのか迷うようなそぶりを見せた後、「ありがとうございます」と言って泣きそうな顔で笑い返してきた。


 この時のイザベラの反応の理由がわかったのは、それからしばらく経った頃。


 会う回数を重ね、徐々に打ち解けていったイザベラに、リッチモント侯爵家に招かれる度に感じていた違和感について尋ねた時だった。



※※※



「ねえイザベラ、違ったらごめん。もしかして侯爵様とうまくいっていないの?なんだか距離がある気がして」


 あの時私が感じていた違和感は、イザベラとリッチモント侯爵夫妻の間の距離感だった。


 そもそも初対面の時にも、私の両親のイザベラに関する質問に、なぜか戸惑うような様子で返答するリッチモント侯爵夫妻の様子に疑問を持っていた。「好きな食べ物は?」「好きな色は?」など極めて一般的で親なら当然知っているはずの質問にスラスラ答えられないのだ。


 極め付けはイザベラが怪我した時の出来事だ。

 私は楽しみにしていた薔薇がついに咲いたのを早く見せてあげたいと焦るあまり、イザベラの手を強く引っ張りすぎて転ばせてしまった。

 ドン!という鈍い音と共に倒れ込んだイザベラの両膝は痛々しく腫れ、血が滲み出ていた。

 

「ごめんイザベラ!痛いよね?すぐ手当してもらうから」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 私のせいで怪我をしたというのに、イザベラは少しも私を責めず、痛む足をサッと隠し涙を堪えていた。


 すぐ屋敷の部屋でイザベラの処置をしてもらったのだが、イザベラが処置を受けている間、私が両親から「女の子への配慮が足りない!」とこっぴどく叱られたのは言うまでもないだろう。


 イザベラの処置が終わり部屋に入ると、怪我をしたイザベラを心配して付き添っているとばかり思っていたリッチモント侯爵夫妻の姿がなかった。

 イザベラとリッチモント侯爵夫妻への謝罪のために一緒に入ってきてくれた両親も、顔を見合わせ怪訝な顔をする。


「ジョナサン、貴賓室にいる侯爵夫妻にちゃんとお伝えしたか?」


 父上からの問いに「勿論でございます」と答えたジョナサンの返答を聞いて、ますます意味がわからない私や両親は思わず首を傾げてしまった。


 当のイザベラはというと、メイドに手当への感謝を伝えると、少し足を引きずるように、よたよたとこちらに歩いてきた。

 思わず駆け寄った私に「大丈夫」と言わんばかりの笑顔を見せたイザベラは、私達にも丁寧に礼を述べると、ちょうど呼びにきたリッチモント侯爵家の従者と共に貴賓室に向かうことになった。


 怪我をした6歳の女の子がよたよた歩くのを、手伝うそぶりもないリッチモント侯爵家の従者。

 その様子に、眉を顰めた父上がイザベラを抱き上げると、イザベラは酷く驚いた様子で固まってしまった。

 そのまま貴賓室に入ると、リッチモント侯爵夫妻は和やかに談笑している最中で、こちらに気がつくとギョッとした顔をして立ち上がった。


「ハートフォール侯爵!うちの愚娘がご迷惑をおかけして申し訳ありません!イザベラ!なぜ自分で歩かないんだ!早く降りなさい!」

「リッチモント侯爵、申し訳ない。我が愚息のせいで歩くのが辛いほどの怪我をイザベラ嬢は負っていてね。このお詫びは後ほど必ず。今日はこのままお帰りいただいて休ませてあげて欲しい」


 父上は、リッチモント侯爵の言葉にビクッと縮こまり慌てて降りようとするイザベラを制し、その後もお茶をし続けたいというリッチモント侯爵夫妻を説得して帰宅させた。


 怪我をしたイザベラを最後まで心配するそぶりもないリッチモント侯爵夫妻や使用人の様子に、酷く驚いたものだ。


 その時のことをイザベラに伝え、再度リッチモント侯爵夫妻との関係について尋ねると、ポツポツと話してくれた。


 イザベラ本人も両親との距離を感じていること。

 兄と自分に対する両親の対応の違いに気がつくと、ますます距離を感じるようになったこと。

 なぜこんなにも違うのか理由がわからないこと。

 一緒にいるはずなのに一緒にいないような、妙な寂しさを感じること。


 涙を堪えながら苦しい胸の内を明かしてくれたイザベラを見て、心から彼女を幸せにしたいと思った。


 そう思った私がイザベラに何か言葉をかけると、ただでさえクリクリと丸い目を、更にまんまるにしたイザベラが、心底嬉しそうに涙を流しながら私に笑いかけてくれたのだが……。


 あの時、私はイザベラに何と言ったのだろうか?



※※※



 イザベラが7歳になった頃。

 イザベラが家族から距離を置かれている理由が判明したが、到底納得できるようなものじゃなかった。


 こんなに可愛くて優しいイザベラを、前侯爵夫人に似ているからと遠ざけるなんて、どう考えてもまともじゃない。


 しかし、イザベラはそんな両親のためにと、美しい紅瞳を隠す眼鏡を掛け始めた。


 イザベラの可愛らしい顔が隠されてしまったことに、私は正直がっかりした。

 しかし、イザベラから「リッチモント侯爵家にいる間はこの姿で」と言われていたこともあり、


(この眼鏡姿はイザベラがハートフォール侯爵家に嫁いでくるまでの我慢だ)


 そう自分に言い聞かせ、美しく成長するであろうイザベラの姿を楽しみに交流を深めていった。



※※※



 そして月日は流れ、いよいよ結婚を1年後に控えた頃、リッチモント侯爵家に大きな変化が起きた。


 リッチモント侯爵夫人が急な病で亡くなったのだ。


 それから間も無く、イザベラから届いた手紙に、リッチモント侯爵が再婚し、義妹が出来たことが書かれていた。


「まだ侯爵夫人が亡くなったばかりだというのに何てことだ!しかも平民の愛人というではないか!」


 リッチモント侯爵から再婚の旨を手紙で知らされた父上は酷く怒っていた。


「しかも血を分けた娘までいるだなんて……。イザベラと同い年でしょ?そんな人達と縁続きになるなんて。イザベラは良い子ですけど、この結婚考え直した方がいいんじゃないかしら?」


 ついにはイザベラとの結婚まで難色を示し始めた両親を必死に説得し、しばらく様子見ということで落ち着いたのだが……。


 久しぶりのイザベラとのリッチモント侯爵家でのお茶会に乱入してきたリアを見た時、私は初めて恋に落ちた。

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