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第五話 不穏な手紙


※※※


 陛下から私イザベラ・ローズデールが聖女であるという発表がされた翌日。


 いつものように私を呼びに来てくれたメイドのメアリーと食堂に向かっていると、何やら使用人達が慌ただしく屋敷中を駆け回っている。


「メアリー、何かあったの?」

「はい、おおかた予想通りの事態が起きております」

「予想通り?まさか……」


 思わず外の様子を見ようと窓に近づこうとすると、サッとメアリーに通せんぼをされる。


「イザベラ様、まずは朝食をお楽しみください」


 惚れ惚れするような綺麗な微笑みのメアリーを前に無理矢理外を見ることもできず、大人しく食堂に入る。

 しばらくすると、お義父様、お義母様、ノアお義兄様が入ってきた。


「イザベラおはよう」

「おはようございますお義父様」

「イザベラ昨日はよく眠れたかしら?」

「はい、お義母様。おかげさまでぐっすりと」

「それはよかったな」


 挨拶を交わし席に着くと、次々と朝食が目の前に置かれていく。

 新鮮なサラダに温かいスープ。

 焼きたてのパンには私の大好きなアプリコットのジャムと蜂蜜が添えてある。

 デザートには美しくカットされたみずみずしい果物。


 食事が素晴らしいのは勿論のこと、何より家族と言葉を交わしながら和やかな食卓を囲めるというのが、私にとっては何より幸せなことだった。


 食事を終えるといつもは部屋に戻り勉強や刺繍などをして過ごすのだが、今日はお義父様の執務室へと向かう。

 

 お義父様、お義母様、そしてノアお義兄様と共に執務室に入ると、ソファに腰掛ける。

 お義父様は私達の顔を一人一人確認するように見渡した後、口を開いた。


「さて、イザベラ。昨日の発表を前に、いくつか起こりうる事態を想定をしていたね」

「はい」


 私が聖女と判明することで起こりうる事態については、国王陛下や大司教様も含めての話し合いを行った。


 通常最も懸念されることは、聖女を手に入れようとする他国との戦争や婚約者争いだ。

 しかし、これに関しては300年前の"聖女ロクサーヌの悲劇"によって結ばれた協定や法律がある。



※※※



 "聖女ロクサーヌの悲劇"


 

 300年前のルプレシア国に現れ、様々な厄災から人々を守り病を癒やし、教会の壁画に描かれている聖女こそ、"聖女ロクサーヌ"である。


 聖女ロクサーヌはその力を人々のために使い、国中から慕われると同時に争いのもとになった。


 聖女の力を求めた他国から戦争を仕掛けられたのだ。

 

 聖女ロクサーヌの結界により、他国はルプレシア王国の領土に入ることすらできず撤退することを余儀なくされたのだが、聖女ロクサーヌは自分が火種になった事実や、戦争に不安がる国民の姿に酷く心を痛めていたという。


 そんな彼女を支えたのが、聖女ロクサーヌの幼馴染兼婚約者だったルーカスだ。男爵家出身のロクサーヌと同じく男爵家だったルーカスは領地も近いことから幼い頃から親しくしていた。


 成長するにつれてお互いを想うようになっていった2人は婚約し、ロクサーヌが聖女となってからもお互いを想い、支え合い続けた。


 しかしそれをよく思わない者もいる。他の貴族達だ。


 特に当時の国王と公爵は聖女を息子のものにすることに躍起になった。

 国王は、聖女を王子の妃にすることでルプレシア王国の他国に対する権威をさらに高めることに加え、王子の地位を盤石なものにしたかった。

 当時の国王の弟である公爵は、聖女を息子の結婚相手にすることで、王子よりも息子こそが王位に相応しいと国中に示し、息子を次代の王にしたいという欲があった。


 2人に無理矢理別れるように命令したとしても、ロクサーヌの機嫌を損ね、国から駆け落ちでもされてしまったらたまったものではない。


 そこで、国王や公爵、その他の貴族達が考えついたのが婚約者ルーカスの暗殺だった。


 そしてその日が来る。

 ロクサーヌが聖女になった1年半後、ルーカスは男爵家のメイドに毒を盛られ暗殺されたのだ。


 男爵家のメイドはその後すぐ自害をしたため、誰の指示による犯行だったのかは今でもわかっていない。


 しかし、聖女ロクサーヌがその時、国王によりルーカスと離れた場所へ遠征させられていたこと。

 ルーカスの食事に毒を入れたメイドが公爵夫人の遠縁であったことから両者の関与が疑われたが、実行犯が捕らえられる前に自害したことで真相は闇の中だ。


 そして、ルーカスの死から2日後に遠征から帰ってきた聖女ロクサーヌは、家族からルーカスの死を聞かされ、ルーカスの遺体と対面した直後に自害した。


 全ては私利私欲のために聖女の気持ちを蔑ろにした者達が招いた悲劇だった。


 聖女ロクサーヌが亡くなった直後、国中から多くの死者が出る未知の病が流行する。死者の中には国王や公爵も含まれていた。

 やがて病は他国にまで伝染し、戦争をしかけた国々でも多くの死者が出た時点で神の怒りを感じた人々は教会に押しかけ、神の赦しを乞うた。


 流行病によって神の怒り、そして聖女の有り難みを改めて感じることとなったルプレシア王国や他国は協定を結んだ。


ひとつ、どの国に聖女が現れても聖女を巡る戦争を仕掛けないこと。

ふたつ、未知の病の流行時には協定国の求めに応じ聖女を派遣すること。

みっつ、結婚は聖女の自由意思を尊重すること。


 ルプレシア王国の国内でも、二度とこのような悲劇が起こらぬよう、聖女が再び現れた際には聖女の意思を尊重し、それを害する者には厳罰が与えられる法律を制定された。


 これが"聖女ロクサーヌの悲劇"である。



※※※



 "聖女ロクサーヌの悲劇"から生まれた協定と法律によって、他国が戦争を仕掛ける可能性や、権力によって無理矢理婚姻を結ぼうとする者が現れる可能性は低い。


 そのため起こりうる可能性として挙げられていたのが、聖女の心を射止めようとする者達が貴族平民問わず押し寄せる事態、そして元家族が私を取り戻そうとする事態だ。


 特に、婚姻は聖女の自由意思が尊重されることから、聖女が選べば身分に関係なく聖女と結婚できるというのもあって、相当な数の求婚者が現れると予想されていた。


「予想通り、今朝早くから求婚者や使者が押しかけてきていてね。国中の貴族、平民は勿論、他国からも婚約の申し込みが殺到しているんだ。ほら」


 そう言ってお義父様が指差した方向に目を向けると、釣書と思われる書類の山がテーブルの上にいくつもできていた。


「イザベラにはある程度こちらから精査して信用できる者の釣書を渡そうと思っている。いやしかし、あれだけイザベラを悪く言って"親切なご忠告"までしてきた奴らまで釣書を送ってきているのは怒りを通り越して呆れるな」


 お義父様が親指と人差し指で眉間を摘みながらため息をつく。


「本当にね。噂に踊らされた愚かな人達に可愛いイザベラを任せることなんて万に一つもないというのに」


 ニコニコと笑顔で釣書を見つめるお義母様の目は笑っていない。


「父上、母上、約束通り、釣書の精査は私にも協力させてくださいね」

「もちろんだ」

「頼むわよ、ノア」


 少しも笑っていない目で笑い合う家族達。


 社交界では私に関して「聖女のような義妹をいじめる悪女ゆえに婚約破棄された魔女」という悪い噂が流され、それを信じた者達からの"ご忠告"を散々受けてきた3人の怒りは凄まじい。

 どんなに否定しても聞く耳を持ってもらえなかったと悔しそうに話す3人の姿を盗み見たこともあり、そんな立場にしてしまったことを申し訳なく思うと同時に、私のために怒ってくれる家族の姿に嬉しさが込み上げてきた。


 私のために怒ってくれたのは家族だけではない。

 "聖女と同じ紫色の瞳を持つ義妹"を信じ、私から離れていく人達や私を悪く言う人達に、必死に噂を否定してくれた友人達。


 そんな家族や友人のためにも、いつか濡れ衣を晴らしたいと考えていたのだが、どうやらそれは私が聖女になったことで叶いそうである。


 聖女ロクサーヌに関する記録から、聖女とは清らかな心の持ち主がなるものであると言い伝えられており、それによって生まれた聖女の絶対的な印象が、私に関する間違った噂を消す役割を果たしてくれるはずだ。


(みんなのためにも濡れ衣を晴らせそうでよかったわ)


 と家族を見ながら胸を撫で下ろしていると、お義父様が少し渋い顔をしながら私に向き直った。


「本当だったらすぐにでも燃やしてしまいたいんだが、念のためイザベラの判断を仰ぎたいものがあってね」


 そう言ってお義父様が差し出してきた手紙に書かれた名前を見て、思わず眉を顰めてしまった。


 

 

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