第四話 聖女の誕生
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「イザベラ!!頬が腫れ上がっているではないか!!誰がこんな酷い仕打ちを」
厄介払いとばかりに追い出される私を、翌日わざわざ自ら迎えに来てくれた伯父様は私の顔を見るなり悲鳴に近い声をあげ、すぐに馬車の中で治療を受けさせてくれた。
「それにしても見送り一つないなど、本当にリッチモント家の奴らは……!」
心配そうにしながらも語気を荒げる伯父様の様子に心に温かいものを感じ、涙が滲んでくる。
「ずっと心配していたんだ、やっと会えたねイザベラ。私の名はリアム・ローズデール、君の伯父にあたる者だ。今日からは君の義理の父親ということになるね」
「私のお義父様……」
私がそう呟くと心底嬉しいとでもいうようにフワッと優しく微笑み、頷いてくれた。
「君の境遇はダービー伯爵から聞いていてね、何度も妹に手紙を出していたんだが……」
ダービー伯爵というと、私の5歳からの友人、マリアのお父様のことだ。
「いくら手紙を書いても返事をもらえなくてね、それならと侯爵家に行っても門前払いされてしまってね。君に対する態度を改善しないのであれば我々の養子に、と何度も頼んでいたんだ」
私のためにマリアやマリアのお父様であるダービー伯爵が伯父様に事情を伝え、それを受けた伯父様も私のために動いてくれていたという初めて知る事実に、胸がじんわりと温かくなり、涙が溢れた。
「君がお父上からの手紙にあったような、義妹いじめをするような人物とはとてもじゃないが思えない。会ったこともなかったのにって思うかい?それだけ君を大切に思う人達もいるっていうことだよ」
つまり、私のことを案じ、伯父様に私のことを伝えてくれた人物が他にもいるということだ。そしてそんな人達のおかげで、会ったこともなかった伯父様は私の無実を信じてくれている。その事実に、胸がいっぱいになった。
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それからの日々は今までの暮らしが嘘のように喜びに満ち溢れていた。
屋敷で私を出迎えてくれたソフィア伯爵夫人は、ガーゼを当ててもらったおかげで幾分か見られるようになった私の姿を見るや否や駆け寄りギュッと抱きしめ涙を流してくれる、心の温かい人だった。
伯爵家には、夫妻の他に長男のノア様がいるのだが、オーウェンお兄様と同い年と聞いて勝手に身構えてしまったのが申し訳ないくらい優しく、優秀な方で、家庭教師からの宿題に頭を悩ませている時にはわかりやすく教えてくれるし、ダンス練習の時も嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる。
使用人達もみんな温かく、否定され続け自己肯定感が低い私に「イザベラ様はとってもお綺麗です!」と何度も褒め続けてくれた。
ありのままの私を全力で受け止めようとしてくれる温かい家族や使用人達に囲まれて穏やかな日々を過ごす中で、眼鏡を外そう、と思えるのに半年の月日がかかった。
その間にお節介な知人が元婚約者と元義妹の婚約を知らせてきたり、婚約破棄にまつわる嘘を信じた友人から絶縁状を送られたりと色々あったが、伯爵家のみんなを始め、マリアやエヴリン、シャーロットといった大切な友人達の支えのおかげで、少しずつ傷を癒していったある日のこと。
ソフィアお義母様が病に倒れた。
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ソフィアお義母様のかかった病は不治の病と言われる"眠りの姫症候群"。その日まで元気だった人が突然眠りから目覚めなくなり、食事も水分もとれず餓死してしまう。
医者の診断を信じられず、色んな医者に診てもらったが、診断結果は変わらなかった。
「治療薬はありません。もって5日でしょう」
「そんな!ソフィアっ、頼む……!!起きてくれソフィア!!君なしで私はこれからどうすればいいんだ……」
「母上!!お願いです起きてください!!」
悲痛な叫びと使用人達の啜り泣きが響く部屋の中で、私は未だかつて感じたことがないほどの深い絶望を感じていた。
元婚約者の裏切りや婚約破棄なんて馬鹿馬鹿しく感じるほどの底知れない絶望に、目の前が真っ暗になる。
それと同時にこの半年間の大切な思い出が次々とフラッシュバックしたように頭に浮かび上がり、身体中の血液が沸騰しているかのように熱く燃え上がるのを感じる。
これは何かへの怒りなのだろうか?それとも悲しみなのだろうか?身体が酷く熱い。
『彼女を助けたいのか?』
もちろん。私にできることがあれば何をしてでも助けたいです。
『たった半年の付き合いしかないだろう』
はい、半年でそれまで私が生きてきた15年に受けた親からの愛情の何百倍、何千倍もの愛情を注いでいただきました。
『彼女を助ける力が手に入る代わりに多くの者から狙われるかもしれない。それでも助ける力が欲しいか?』
はい、彼女を助けられるなら。
『いいだろう、イザベラ。君に力を与えよう』
頭に突然響いた男とも女ともいえない神秘的な響きの声に尋ねられるがまま答えた直後、太陽の光を全身に浴びたような、何かに包まれたようなあたたかさを感じ目を瞑る。しばらくして目を開くと、部屋中の視線が私に向いているのを感じたが、何かに導かれるように、お義母様の元へ歩み寄っていく。
お義母様のベッドの側に立つと、先程までお義父様が握られていたお義母様の左手を両手で包むようにして祈ったその瞬間、優しい光が部屋中に溢れた。
光が消えると、部屋はシーンと静まり返る。誰もが期待せずにはいられないその光景に、誰ひとり口を開くことなく様子を見守る。
そしてその瞬間が訪れた。ソフィアお義母様が目を覚ましたのだ。
その後、屋敷が揺れんばかりの歓喜に包まれたことは言うまでもないことだろう。
「ありがとう、ありがとう」と泣きながら抱きしめてくれる家族の温もりを感じ、この人達の家族にしてもらえた喜びやお義母様が助かった喜びを感じて淑女にあるまじき大泣きしてしまったのは許して欲しい。
みんなの涙が落ち着いた頃にノアお義兄様が話したところによると、光が私から溢れた瞬間、私の瞳の色が紅から紫に変化していたというのだ。それには私自身酷く驚いたが、部屋にいた全員が目撃したという。光がおさまると紅瞳に戻ったということで、どうやら私の瞳は力の発現時のみ紫に変化するのではないか?という話になった。
こうして私は300年ぶりに現れた聖女として、直ちに伯爵家から王宮や神殿に報告がいき、実際に治療をしてみせたことで正式に聖女として認められたのである。