第二話 紫色の瞳の少女
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お母様が突然の病でお亡くなりになり、その死を悲しむ間もないままお父様が屋敷に連れてきたのは、色っぽい大人の女性と、金髪に紫の瞳を持つ美しい少女だった。
「これから仲良くしてちょうだいね」
「初めまして、リアです!あっもう違うんだ!リア・リッチモントです!」
お父様が連れてきたのは、再婚相手のサマンサお義母様と、義妹のリアだった。
なぜリアがリッチモントの名を?と疑問に思ったものの、お父様の説明でサマンサお義母様は長年の愛人、リアはお父様の隠し子だということがわかった。お父様の実子、つまり、リアはリッチモント侯爵家の血筋ということになる。そして驚くことに、リアの歳は私と同じ15歳。
(そんなに前からお母様のことを裏切っていたなんて……。あんなに仲が良さそうに見えたのに。でも、あの子の瞳……)
このルプレシア国には聖女の伝説がある。もう300年ほど前になるが、この地に聖女が現れ、様々な厄災から人々を守り、病を癒やしたという。教会の絵画に描かれたその聖女の瞳が紫色だったことから、ルプレシア国では紫の瞳を持つ者に並々ならぬ憧れを抱く者が多い。
自分と同い年の母親違いの姉妹。
お祖母様と同じ紅瞳ゆえに家族に嫌われる私と、国民から愛される紫の瞳を持つ少女。
私が憧れ求めた両親からの愛情を、当たり前のように受け取っている少女。
バクンバクン!と、耳に心臓があるのかと疑ってしまうほど脈打つ心臓、熱くなる瞳に涙が滲んでいることに気がつき、分厚い眼鏡を掛けていることに心から安堵した。
フゥと聞こえないように小さく息を吐き、少し心を落ち着かせると、お兄様の様子が気になり、チラッと顔を覗き見る。すると、お兄様は口を半開きにしてポーッと熱に浮かされたように頬を赤くしてリアを見つめていた。
この様子は聞いたことがある。「一目惚れするとね、ポーッとなってしまうらしいわ」と以前友人のマリアが言っていたのだ。
(まさかこの状況でお兄様はリアに一目惚れを?)
お母様を裏切ったお父様に対して怒っているに違いないと思ったお兄様の予想外の反応に呆然としていると。
「オーウェン、どうだ!リアは可愛いだろう」
「はい父上!こんなに可愛い妹ができるなんて夢のようです!それに紫の瞳を持つ妹だなんて!リア、これから仲良くしてくれ!お義母様も、これからよろしくお願いします!」
「私も嬉しいです!ありがとうございますお兄様!」
「ふふ、こちらこそよろしく」
周りの執事やメイドを見ると、なぜか皆、揃いも揃って微笑ましいものを見るような、温かい眼差しを彼らに送っている。この状況を誰もおかしく思っている様子がない、つまり、あらかじめお父様は使用人達にこの事を伝えていたということだ。
お兄様と私だけが蚊帳の外だったのだ。しかし、そんなこと気にもしていないのか、はたまた気がつきもしていないのか、顔を紅潮させながらお父様やリア達と話をしているリッチモント侯爵家の次期当主であるお兄様の様子に、リッチモント侯爵家の将来が不安になる。
「お前は不満のようだな。お前と違って可愛いリアを虐めでもしたら侯爵家から追い出してやるからな、心しておけ」
不安がつい滲み出てしまった私の顔を、どう勘違いしたのか的外れな忠告をしてくるお父様。そしてそんなお父様の言葉を聞いて今やすっかりナイト気取りになってしまったお兄様は、サッと背にリアを隠すように立つと。
「俺があの魔女からリアを守る!」
と鼻息荒く言い放った。いつの間にか私はお兄様の中で妹から魔女に変わったらしい。聖女と同じ瞳を持つリアと正反対の存在、そう言いたいのだろう。
「お兄様!リア、とっても怖い……でも、お兄様が守ってくれるならへっちゃらです!」
こちらもこちらで突然与えられた"魔女の嫉妬から守られる姫役"に満更でもないようだ。私が一体何をしたというのだろう?
予想外の事態の連続に、しばらく固まってしまった私がやっと絞り出した「そんなつもりはございません」という言葉を、ハッ!と鼻で笑ったお父様はそのまま「屋敷を案内する」といってお義母様に手を差し出し、お兄様も「リアは私が!」といってリアをエスコートし、後に続くようにして部屋から出て行った。
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そこからの生活は誰もが予想できるのではないだろうか?
今まで通り殴る蹴るの暴行はなく、食事ももらえる。しかし、全てにおいてリアが優先される日々が始まった。
「お義姉様に何かされたらと思うと怖くて……」
というリアの一言で、私は食事を自室でとることになった。
リアの「いいなー」の度に私のドレスやアクセサリーは問答無用で取り上げられ、元からそんなに多くないドレスやアクセサリーは、リアが来てたった1週間と経たずに、ローガン様からいただいた1着とネックレス2つを残して全てリアの物になった。
ローガン様からの贈り物をリアからねだられた時は、さすがにお父様も首を縦に振らず、代わりに私がいただいたものよりも高価な物をお父様がリアに贈っていたようで、私は心の底からホッとしていたのだが。
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