第二十一話 伝える
『聖女?ルプレシア王国の?』
「はい、そうです」
ロクサーヌ様は予想外とでもいうように、目を大きく見開いた。
『あの病はどうなったのですか?その服装……あれから何年経ったのでしょうか?』
「病は、薬が開発されて収束いたしました。そして……伝染病の流行から、300年以上の時が流れました」
『300年以上……。もう、そんなに経ったの……』
ロクサーヌ様はそっと目を閉じ、私の言葉を神妙に受け止めているように見えた。
「そうです、ロクサーヌ様。300年以上経ちました。人々は病を克服し、300年の間に多くの新たな命が生まれています」
『新たな命……』
ロクサーヌ様は目を開けられて嬉しそうに顔を綻ばせたかと思うと、また表情を曇らせる。
『それでも、私の罪は消えません。救えるはずの多くの命を救えなかった、私の罪も過ちも』
そう言ったロクサーヌ様の身体から、黒いモヤのようなものがブワッと広がり出ていく。
「ロクサーヌ様、私はウィリアムと申します。ロクサーヌ様、我々ルプレシア国民は誰もがロクサーヌ様をお慕いしております。誰もが、ロクサーヌ様の幸せを願っております」
『嘘よ、そんなの嘘に決まっているわ!あなた達の祖先を苦しめた根源なのよ?聖女の役割を放棄した私を、あの当時の誰もが恨んでいるはずよ!!今も聞こえるわ!!私を恨んでいる人達の、私を責め続ける怨嗟の声が……』
ロクサーヌ様の瞳から、堰を切ったように涙が零れ落ちる。
私はたまらずロクサーヌ様に駆け寄り、ロクサーヌ様の手を握りしめた。
「ロクサーヌ様、本当に当時の方達がロクサーヌ様を恨んでいたなら、後世にもその様に伝わっていたでしょう。しかしながら、私達は誰もがロクサーヌ様を心からお慕いしております。なぜだかお分かりでしょう?当時、病を生き延びた方達は、ロクサーヌ様を恨んでなどいなかったからです」
ロクサーヌ様の涙に濡れた瞳が私を映す。
(どうか、ロクサーヌ様に伝わって欲しい。私達がどれほどロクサーヌ様をお慕いしているのか、どれほどロクサーヌ様の悲劇に胸を痛め、幸せを願っているのか)
そんな私の思いに呼応するかのように、身体中が燃えるように熱くなる。
すると、ルプレシア王国中の人々の、ロクサーヌ様への温かい思いが流れ込んできた。
『あなた……瞳の色が……』
驚愕の表情を浮かべ目を見開いたロクサーヌ様の手を、強く握りしめ、祈る。
(どうか、皆んなの思いが、ロクサーヌ様に伝わりますように)
次の瞬間、私から溢れた光が、手を通してロクサーヌ様に流れ込んでいく。
ロクサーヌ様は一瞬ビクッと身体をこわばらせたが、次第に力が抜けていき、やがて静かに涙を流し始めた。
『温かい……温かいわ……』
ロクサーヌ様のお心が、少しずつ、少しずつ癒されていくのを感じ、言葉をかける。
「ロクサーヌ様、皆、ロクサーヌ様を大切に思い、ロクサーヌ様の幸せを心から願っています。私も、ウィリアム様も、もちろんミスラリア様もそうです」
『まさか……こんな風に思ってもらえているだなんて思わなかったわ……。でも……』
私達の気持ちは十分に伝わったはず。
だが、まだこれでは足りていない。
私達だけでできるのは、ここまでだ。
ここからは……。
私は握りしめていたロクサーヌ様の手からそっと手を離すと、胸の前で手を組み、成功するように祈りながら目を瞑った。
(どうか、ロクサーヌ様をお救いするためのお力をお貸しください)
強く、強く、その人物を頭に、心に描きながら、その人物の名を呼ぶ。
すると、自分の身体に自分とは違う感情が生まれてくるのを感じる。
その感情は次第に強くなっていき、やがて『ありがとう』という優しい男性の声が頭に響くと、目下にロクサーヌ様の前で屈んでいる自分の姿が見えた。
(やった……!!成功したんだわ!!)
ロクサーヌ様は私の顔を呆然と見つめていたかと思うと、『まさか……』と声にならず、口を動かす。
そして、私の顔がゆっくりと上がり、私の身体から、私の声とは異なる優しい男性の声が聞こえた。
『やあ、ロクサーヌ』
ロクサーヌ様の瞳から、一度止まっていた涙が再び溢れ、流れ落ちる。
そして、嗚咽しながら、その名を絞り出すように叫んだ。
『……ッ!!ルーカス……!!』




