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第二十話 聖女ロクサーヌ(ロクサーヌ視点)



 ルーカスは私の光だった。

 彼がいればどんな辛いことも乗り越えられる。


 あなたがいたから聖女になった。

 あなたがいないのに私の人生が続いていくなんて、私には耐えられなかった。



※※※



 領地が近く、親同士も仲が良かったことから、ルーカスとは赤ちゃんの頃からの知り合いだった。


 誰よりも親しい友人が、誰よりも愛しい人になるのにそう時間はかからなかった。


 猪突猛進で考えるよりも先に行動に移してしまう私を、いつも穏やかに見守ってくれるルーカス。

 柔らかいブラウンの髪に、新緑を思わせる瞳。

 「やあ、ロクサーヌ」と私の名を呼ぶ、優しい声が大好きだった。


 だからこそ、婚約を申し込まれた時は飛び上がる程嬉しかった。

 もちろんその場で承諾したのだが、嬉しさのあまり大泣きしてしまった私の背中を、「ロクサーヌは本当に泣き虫さんだね」と笑いながら、ルーカスは優しく摩り続けてくれた。


 両家の親の了承を得て、正式にルーカスと婚約を結んだ私は、ルーカスとの未来を想像して毎日浮かれて過ごしていた。


 結婚式は親しい人を呼んだ温かみのある式にしたい。

 毎日行ってらっしゃいとお帰りなさいのキスをしたい。

 子供は2人欲しい。

 ルーカスに似たらきっと可愛い子がうまれる。

 私に似たらお転婆で手を焼くかもしれない。

 子供が大きくなったら時々はルーカスと2人でデートにも行きたい。

 そうして歳を重ねても、手を繋いで思い出の花畑を見に行くくらい、いつまでもルーカスと仲良く歳を取りたい。


 そんな風に未来に胸を膨らませていた私に、ルーカスが倒れたという報せが届いたのは、婚約してから2週間経った頃だった。



※※※



 急いでルーカスの元に駆けつけると、すでにルーカスは虫の息だった。

 聞くところによると、ルーカスは今日出掛けた先で馬車に轢かれそうになっていた子供を庇って自らが犠牲になったのだという。


「いや、こんなのいやよ、ルーカス!!お願い、目を開けて!!私を置いていかないで!!ルーカスとやりたいことがまだまだたくさんあるのよ?こんなの、こんなのあんまりじゃない……!!」


 ルーカスに縋りつき泣き喚く。

 誰にぶつければいいのかわからない、激しい怒りと苦しみが胸に押し寄せてくる。


 どうすればルーカスを救えるのか。

 ルーカスを救えるのであれば、何だってできる。だから……。


(お願いします!!神様!!ルーカスをお助けください!!ルーカスが助かるのなら私の寿命が削れてもいい……だから)


『いいだろう、ロクサーヌ。君の覚悟を受け取って、君に私の力を授けよう』

「え?」


 知らない声が聞こえてきたと思った瞬間、身体中が熱くなり、そして……。



※※※



 それからの日々は目まぐるしく過ぎていった。

 ルーカスの回復の喜びに浸る間も無く教会に連れて行かれ、遥か昔に現れたという伝説の聖女だと認定された。

 すぐさま王宮へも知らされ、あれよあれよという間に私は聖女として祭り上げられたのだ。


 聖女になってからの日々は、それまで領地で自由にのびのびと育てられた私にとっては辛い日々でもあった。

 聖女になったのだからと、領地ではなく王都の教会に住むことを強いられ、ルーカスとなかなか会えなくなってしまったのだ。


 それでも時間を見つけては私に会いに来てくれるルーカスとの時間が、辛い日々の中での唯一の救いとなっていた。


 私を巡って戦が起きた時も、結界で防ぎ実害がなかったとはいえ、間近で戦を怖がる人々を見ていたこともあって罪悪感に苛まれた私に、ルーカスだけが心から寄り添ってくれた。


 ルーカスがいたから頑張れた。

 ルーカスがいたから聖女として立っていられたのだ。

 ルーカスがいたから……。



※※※



 私が聖女になって1年半が過ぎたある日、国から命じられた遠征から戻り、一度生家への帰省を許されたため家に帰ることにした。


 私がこの日に家に帰ることはルーカスにも伝えていたため、ルーカスと久しぶりに2人でデートをする約束をしていた。


(お土産、気に入ってくれるかしら?これを渡して、国からずっと先延ばしにされている結婚についての話もしたいわ。早くルーカスと結婚できればいいのに)


 そんなことを考えながら家に着くと、何やら屋敷が騒がしかった。


「ロクサーヌ!!」


 私に気がつき駆け寄ってきたお母様の口から出た言葉に、私は自分の耳を疑った。


「え?お母様、今なんて?」

「ロクサーヌ……。ルーカス君がね、2日前に亡くなったの。毒を盛られて……」


 話し続けているお母様の声が耳に入ってこない。


(ルーカスが……死んだ?そんなの嘘よ、嘘に決まっているわ。確かめなきゃ)


 私はお母様にルーカスの元へ行きたいことを伝えると、「私達も行こう」というお父様とお母様と一緒に、ルーカスの元へと急いだ。



※※※



「ロクサーヌちゃん……」


 ルーカスの部屋に駆け込むと、ルーカスのベッドの横でルーカスのお母様、カーノック男爵夫人が涙を流しながら佇んでいた。


「私がいたら話せないこともあるでしょう。私は席を外すから」


 そういうと、カーノック男爵夫人は静かに部屋を出て行った。


 扉が閉まり、シーンと静まりかえった部屋。

 バクバクバクと脈打つ心臓の音が耳に響く。

 ゆっくり、ゆっくり、ルーカスのベッドに近づいていき、恐る恐る祈りながらベッドを覗き込む。


(お願い、お願い、お願い、お願い!!どうか間違いであって)


 そう祈りながら覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは、生気を失い、人形のように動かなくなった最愛の人の姿だった。


「いや、嘘、嘘よ……。そんな、こんなはずないわ。だって私達これから結婚するって……嘘よ、嘘だと言って!!ルーカス!!起きて、ルーカス!!」


 奇跡を信じて治癒の力を何度試しても、ルーカスは目覚めることはなかった。


 やがて、お父様とお母様に肩を叩かれ、力を使うことをやんわりと止められる。


 わかっている。

 もうルーカスは死んでしまった。

 聖女に死者を蘇らせる程の力はない。

 それでも諦められなかった。

 ルーカスとこれからも人生を歩んでいくために聖女になったのに……。


 私はルーカスに縋りつき、そのまま長い時間、声を上げてただただ泣き続けた。

 

 両親はしばらくそんな私を見守ってくれていたが、やがて私を抱き起こすようにルーカスから無理矢理引き離すと、こんなことを言い出した。


「ロクサーヌ、ルーカス君が亡くなってしまったのは私達も本当に悲しいわ。でもね、これも運命だったのよ。ロクサーヌにはもっと良い方がいるっていう神様からの思し召しなのかもしれないわよ?」


 てっきり共にルーカスの死を悲しみ寄り添ってくれるとばかり思っていたお母様からの思ってもみなかった発言に、言葉を失う。


「そうだぞ、ロクサーヌ。もちろん私もルーカス君のことは残念だ。だが、聖女のロクサーヌと次期男爵のルーカス君では身分が違いすぎただろう?その点、ロクサーヌと釣り合う男は他にいるんじゃないか?たとえばアレクサンダー殿下なんかいいんじゃないか?」

「そうよ、ロクサーヌ。私もアレクサンダー殿下となら、あなたは幸せになれると思うわ!実はもう結婚のお申し出もいただいていて……」


 誰なのだろう、目の前の2人は。

 欲に目が眩み、先程から自分勝手なことばかり囀る2人。

 私がどれだけルーカスを愛しているのか、何度も伝えていたはずなのに。

 暗闇の中で真っ暗な湖に突き落とされたような、わずかに残った崩れかけの足場を叩き壊され谷の底へと落ちていくような、深い深い絶望を感じ目の前が真っ暗になった。


「お父様、お母様、ルーカスと2人にしてもらえますか?お別れを言いたいんです」


 突然泣き止み、毅然とした態度でそう言った私に何を勘違いしたのか、2人は笑顔で頷くと足早に部屋を出て行った。

 パタンとドアが閉まったのを確認して、私は今一度ルーカスの顔を覗き込み、そっと冷たくなった頬に手を当てる。


「汝、この者を夫とし、病める時も健やかなる時も、喜びの時も、悲しみの時も、この者を愛し、敬い、慰め、助け、慈しむことを誓いますか?……はい、誓います」


 結婚式でするはずだった誓いの言葉を口にして、ゆっくりとルーカスに顔を寄せる。


 私達はこの日、初めての口付けをした。


 私の流した涙がルーカスの頬を濡らす。

 それをそっと指で拭うと、ルーカスに渡すはずだったお土産を開く。


 中に入っているのは、美しい装飾が施された短剣だ。

 今回遠征した地方には、花嫁から花婿に短剣を贈る風習があると聞いてお土産に選んだのだ。


「共に運命を切り拓いていこう、という意味があるんですよ」


 そう教えられて買った短剣を、まさかこんな使い方をすることになるとは思ってもいなかった。


 私は短剣の柄を両手で握ると、自分の喉に向ける。そして……。



※※※



 死んで魂となった私は、私の死を嘆く両親達の様子を、冷めた目で見つめていた。


 死んで魂となった直後から現れた神の御許へと繋がる光の門を、私の葬儀から1週間経った今も通れないでいる。


 ミスラリア様からは『ルーカスが待っているから早く来なさい』とお声がけいただいているが、どうしたらあの門を通れるというのだろう?


 ルーカスは私のせいで殺されたのだ。

 聖女を巡って他国から戦争を仕掛けられるくらいだ。当然、自国内にも聖女を掌握したいと考える者がいる。そんな者達が聖女を手っ取り早く手に入れられる方法が婚姻だ。

 だが既にルーカスがいる以上、ルーカスをどうにかするしかない。


 なぜ、そのことに私は気がつけなかったのだろう。

 なぜか国内は安全だと思ってしまっていた。

 人々の怪我や病気を治し、国に結界を張り、毎日のように感謝の言葉を貰ううちに、国内の全ての人々を自分の味方、仲間のように感じて信用してしまっていた。

 自分の味方が、自分の仲間が、私の大切な人を攻撃するとは思わなかったのだ。


 ルーカスに合わせる顔のない私が現世に留まり、ぼんやりと人々を眺めている日々を過ごしてしばらく経った頃。

 突如、未知の病が流行りだした。


 目の前で苦しみもがき、次々と倒れていく人々。


「うぅ……ロクサーヌ様……聖女様お助けください」

「ジョゼフ!!しっかりして!!ジョゼフ!!ああ、どうして……!!聖女様がいてくれれば」

「お母さん!!いやだよ死なないで!!聖女様!!神様!!お母さんを助けてください!!おねがいします!!」


 助けを求め、私を呼ぶ人々。

 たまらず手をかざし、治癒の力を使おうとするも、魂だけになった私には最早何の力もない。


(私がいれば、私が生きてさえいれば皆んなを救えたのに……)


「ロクサーヌ、様……」


 私の名を呼びながら、瞳の光が失われていくクリス。

 クリスは私が生前治療を施し仲良くなった、6歳になったばかりのお調子者の男の子だ。

 終にクリスの身体から全ての力が抜けたのを見た瞬間、私は走り出していた。


(私のせいよ!!私が死を選んだから、クリスも、セリーナも、ジョゼフも、ロキシーも、みんな、みんな死んでしまった……。救えたはずの命を失わせてしまった)


 魂だけになった私は疲れを感じず、ただ一心不乱に何かから逃げるように走り続けた。

 そうして気がつけば、いつの間にか深い森の奥に辿り着いていた。


 私の頭の中に、助けを求めて私を呼ぶ人々の姿が次々に浮かんでくる。

 私の名を最期に呼んだクリスの声が耳から消えない。


「ごめんなさい、ごめんなさい、死んでしまってごめんなさい……」


 目の前で亡くなっていった人々の名前を叫びながら声の限り謝り続ける。

 だが、次第に違う感情も込み上げてきた。


 そもそも、ルーカスが死ななければ私が死を選ぶこともなかったのに。

 ルーカスを死なせた人達が憎い。

 私からルーカスを奪った人達が憎くてたまらない。

 しかし、ルーカスが狙われることに気が付かず守れなかったのは私。

 自らの死を選択したのも私だ。


 憎しみ。

 怒り。

 自己嫌悪。

 後悔。

 悲しみ。

 失望。


 色んな感情がとぐろの様に私の中で蠢き、泣き叫ぶ日々。

 いつからか、ミスラリア様のお声も聞こえなくなり、光の門も見えなくなった。

 暗闇に閉じ籠り、やがて現れた私を責める人々の幻影に謝り続ける。


「ごめんなさい、ごめんなさい、死んでしまって本当にごめんなさい、救えなくてごめんなさい……」


 眠ることもできず、真っ暗な中で自分を責め続ける日々。

 

 なぜこんなことになってしまったのだろう。

 本来なら、私はとっくにルーカスと結婚し、もしかしたら子供を腕に抱いていたかもしれない。

 男の子だったのだろうか、女の子だったのだろうか。

 どちらに似たのだろう。

 想像しようとしても、霞がかかったようにぼんやりとしか子供の顔が思い浮かべられない。

 ルーカスとの子供を実際に見る日は永遠に来ないのだ。


 得られたはずの永遠に失われた日々を思い、また胸が苦しくなる。

 私のせいで、私と同じ苦しみを味わわせてしまった人々を思い、さらに胸が痛いほど締め付けられる。


 誰か、誰か助けて……。


「ロクサーヌ様!!」


 久方ぶりに聞く私の名を呼ぶ声に、反射的に振り返る。


 そこにいたのは、銀色の髪を靡かせ、紅瞳を輝かせた美しい女性と、その少女に寄り添う金髪に澄んだ青い瞳を持つ美しい男性。

 暗闇の中、光を纏って漂う2人の光景に夢を見ているような、妙な感覚を覚えながらもぼんやりと2人の姿を見つめていると、女性が口を開いた。


「初めまして、ロクサーヌ様。私はイザベラと申します。ロクサーヌ様と同じ、聖女です」

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