第十八話 常闇の森
翌朝。
慌てた様子のメアリーに起こされて目が覚めると、屋敷中が何やら騒がしかった。
一体何事かと思っていると、「実は……」とメアリーが狼狽の色を隠せないといった様子で語り出した。
昨夜、使用人も含めた伯爵家全員の夢にミスラリア様が現れたという。
ミスラリア様はロクサーヌ様が自責の念から現世に留まり続け、苦しみ続けている現状について話された後、
『来る日、ロクサーヌのために祈りを捧げよ。そなたらの祈りが、ロクサーヌを救うイザベラの力となるだろう』
と告げると、霞のように消えてしまったらしい。
ミスラリア様からのお言葉の内容を察するに、恐らく国中の人々の夢にミスラリア様が現れたのではないかと。
それを裏付けるように、朝日が昇るや否や王宮からの緊急招集状を持った使者が現れたため、急ぎ王宮へ向かう支度を、といつもより早くメアリーが私を起こしに来たということだった。
※※※
招集を受けたお義父様と私で急ぎ王宮に向かい、通された部屋には既に大司教様と騎士団長様、そしてウィリアム様がいた。
(なぜウィリアム様が……)
その時、「揃ったな」という声が部屋に響く。
振り向くと、陛下と宰相様がいらっしゃったところだった。
みな一斉に立ち上がりご挨拶をしようとしたところを手で制され、急ぎ本日の緊急招集の議題について話し合いを行うこととなる。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない。昨夜の御神託の件だ」
陛下の受けた御神託では、私がメアリーから聞いたのと同様の内容を告げられた後、常闇の森へ私と共に向かわせる人の名を告げられたそうだ。
それがここにいるロバート騎士団長と他3名の騎士団の方、そしてウィリアム様だという。
(昨日ミスラリア様が最後におっしゃっていた"支えになる者"って、ウィリアム様だったのね)
昨日、ミスラリア様はこうおっしゃっていたのだ。
『念のために護衛と、そなたの支えになる者を連れて行きなさい』
護衛は頼もしいルプレシア国の騎士団の方々だということはすぐに理解した。
しかし、私の"支えになる者"というのが誰なのかわからず、ミスラリア様にお尋ねしたのだが、『すぐにわかる』と濁されてしまっていたのだ。
「聖女イザベラ、そなたはどのような御神託を受けたのだ?」
ハッと現実に意識を戻すと、部屋中の視線が私に向いていた。
私はロクサーヌ様の居場所と、ロクサーヌ様をお救いするための方法を教えていただいたことを話す。
「常闇の森か……。ここから急いでも2日はかかるな。聖女イザベラ、今日出立することは可能なのか?」
「はい、陛下。他の皆様さえよろしければ、すぐにでも出立し、ロクサーヌ様の元へ向かいたいと存じます」
私がそう答えると陛下は頷かれ、騎士団長様やウィリアム様にも同じ質問をされ、その結果満場一致で準備が整い次第出立することが決まった。
陛下は大司教様と共に、ロクサーヌ様への祈りに関して国民に発表する内容を詰めるとのことで、私達は先に部屋を後にさせていただくことになった。
部屋から出てすぐ、ロバート騎士団長とお義父様がこの後の予定についてお話をされている間、私はウィリアム様に昨日のお礼を伝えようとウィリアム様と顔を合わせる。
「ウィリアム様、昨日は温かいお手紙と贈り物をいただきましてありがとうございました」
「イザベラ嬢……お口には合いましたか?」
ウィリアム様は気遣わしげな視線を私に向けている。
「はい、食べた後も余韻が残るくらい甘くて、幸せな気持ちになれました」
「それはよかったです。しかし、まさか昨日の今日でこのような事態が起きるとは……」
ウィリアム様はそこで何やら思案顔になり、目を瞑った。
その様子を黙って見守っていると、ウィリアム様は真剣な面持ちで再び私に視線を戻し、口を開く。
「私も急ぎ出立の準備をして参ります。イザベラ嬢、また後でお会いしましょう」
「はい、ウィリアム様。お気をつけて」
その後、騎士団長様との話を終えられたお義父様と急ぎ伯爵家に帰り、慌ただしく出立の準備をしていると、間も無くウィリアム様を乗せた王家の馬車が到着した。
心配そうな家族に見送られ、1人だけ同行が許されたメアリーと共に馬車に乗り込むと、馬に乗った騎士団数名と共にロバート騎士団長のお声の元、常闇の森へと出立したのだった。
※※※
「ここが常闇の森……」
出立から2日後、予定通り私達は常闇の森へと到着した。
目の前に広がる森は、よく晴れた昼間だというのに生い茂る木々に光を遮られ、どこまでも闇が広がっている。
風がヒューッと吹くと木々がざわめきだし、木の葉の掠れる音が、なぜか鳥肌が立つ程気味悪く感じた。
(ここにロクサーヌ様がいらっしゃるのね。でもこの広さを、どうやって探し出せばいいのかしら……)
振り向くと、ウィリアム様やロバート騎士団長、団員のアルバートさん、ジャンさん、セリムさんの顔にも、皆一様に不安の色が広がっている。
どう声を掛けるべきか躊躇っていた時だった。
『…い、……なさい…』
「え?」
森の方から声が聞こえた気がしてバッと後ろを振り返る。
「どうしましたかイザベラ嬢?」
「今、声が聞こえた気がするのですが……」
「声?」
じっと目を凝らし、声の正体を探ろうと常闇の森を見つめるが、どこまでも濃い闇が広がるばかりだ。
『…して……くい…』
また声が聞こえる。
今度は目に頼るのはやめ、目を瞑り耳を研ぎ澄ます。
『たすけ……もう……しい』
やはり常闇の森の方から、苦しむ女性の声が聞こえてくる。
「聞こえましたか?」
目を開けてウィリアム様に向き直ると、ウィリアム様は顔を横に振った。
ロバート騎士団長達も同じく、女性の声は聞こえないという。
その事実が、この場にいる全員に同じ結論を出させた。
私にしか聞こえない苦しむ女性の声。
間違いない。
ロクサーヌ様だ。
そうして私達は意を決して、常闇の森へと足を踏み入れたのだった。




