第十六話 刑
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「イザベラ、準備はできたかい?」
「はい、お義父様」
いつもより目立たない服装に着替え、馬車へと向かう。
「イザベラ、無理しなくていいのよ?」
「心配してくださってありがとうございます、お義母様。ですが、目を逸らさず、あの人たちの最期を見届けたいと思います」
私がそう言うと、お義母様はそっと私を抱きしめてくれた。
あの襲撃からしばらく経った今日、私の元父親と元継母の公開処刑が行われる。
あの襲撃の後、あっさりと自白した実行犯の証言と元お兄様の証言の元、すぐに2人は捕らえられた。
貴族の殺人未遂、しかも今回は聖女の大切な家族を殺そうとしたということもあって、予想通り暗殺者集団と元父親、元継母には処刑の判決が下され、既に暗殺者集団の刑は執行済みだ。
本来なら連座となり処刑されるはずだった元お兄様や元義妹は、密告を考慮して処刑は免れた。
しかし、侯爵家の現当主とその妻が犯した罪の重さは、密告をもってしても尚帳消しにはできないとして、リッチモント侯爵家は爵位を男爵位まで降格の上、王都から離れた貧しい土地への領地替えという判断が下された。
「本来なら爵位を取り上げるのが妥当かもしれぬ。だがしかし、咄嗟の判断で結果的に伯爵家を救った手腕は貴族として今後も活かしてもらいたい。その期待を込めて爵位は残そう」
陛下からのお言葉を神妙な面持ちで受け止めたという元お兄様改めリッチモント男爵は、領地の引き継ぎをした後、新たな領地へと旅立つことが決まった。
リッチモント男爵からは正式に謝罪と共に慰謝料が支払われ、私からも改めて密告によって私の家族を守ってくれたことへの感謝を伝えた。
蟠りがないと言えば嘘になる。
共に過ごしたはずの15年の歳月は、兄妹としての情を育んではくれなかった。
まして、近年は積極的に私のみならず伯爵家をも貶める発言を繰り返していた事実は消えない。
しかし、リッチモント男爵の決断で私たちが救われたこともまた事実なのだ。
これから新たに関係を作り直していけたらいいと、そんな希望を抱いている。
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公開処刑が行われる広場に到着すると、既に多くの人が集まっていた。
私たちは安全に考慮して人目につきづらい少し離れた場所を陛下に用意していただいていたため、そこでその時が来るのを待つ。
しばらくすると陛下が現れ、騒がしかった人々もシーンと静まり返った。
「罪人をここへ」
陛下の命により処刑台に上げられた2人は、両手を後ろに縛られ憔悴した様子だった。
覚悟はしていたものの、心臓はドクン!!ドクン!!と強く跳ね、指先から震える。
すると、お義母様が隣から私の手をそっと包むように握りしめてくれた。
お義母様の顔を見ると、お義母様は何も言わず、ただ私を心配そうに見つめる。
私は目を瞑って深く息を吸い込み、そしてフゥーと、ゆっくり息を吐いた。
2人に視線を戻す。
罪状の読み上げが終わり、いよいよ刑を処される。
「刑を執行せよ」
それを合図とばかりに群衆が口々に2人を罵倒し始め、中には石を投げる者もいた。
2人は顔を怒りで赤く染め、眉を吊り上げて唾を飛ばしながら何かを叫んでいるが、その声は群衆の声によって掻き消され、何を言っているのかわからない。
2人とも身体を押さえつけられ、無理矢理斬首台に首をのせられる。
そして……。
刑が執行された。
ワッと盛り上がる群衆。
力なく倒れ込むお父様の……。
「イザベラ、大丈夫?」
心配そうに私を覗き込むお義母様と目が合う。
私はお義母様を安心させるように、グッと涙を呑み込み、頷いた。
あの時、お義父達の暗殺計画について陛下からお聞きした時、ふと神様との問答を思い出した。
『彼女を助ける力が手に入る代わりに多くの者から狙われるかもしれない。それでも助ける力が欲しいか?』
聖女を狙って、聖女の大切な者が狙われる可能性……。
ロクサーヌ様の時も、ロクサーヌ様の大切な方が狙われた。
いくら法律で禁止されていても、そこを狙う者はいるだろうという覚悟もしていたつもりだ。
だが、まさか元家族が私の新たな家族を狙うとは……。
ショックだった。
私が聖女になったことで真実に目を向け反省してくれるのではないか?という私の期待は、見事に裏切られてしまったのだ。
私や伯爵家への謝罪どころか、お義父様達の命を狙う元家族。
そんな2人へ湧いたのは、裏切られた悲しみよりも怒りの感情だった。
私を蔑ろにし、貶めたどころか、今度は大切な人達を奪おうというのだ。
もう籍をはなれたとはいえ、実の父親の凶行に娘として謝罪をしようとする私を制して、お義父様達はただ、黙って抱きしめてくれた。
私が苦しい時は、いつもこうして抱きしめてくれる温かい家族。
そして、あの時の神様からの問いかけに、改めて覚悟を決める。
大切な者を自分の手で守り抜く覚悟。
そして、そのために元家族を切り捨てる覚悟を。
お義父様達を助けるために、その命を狙ったお父様達が処刑されることを覚悟した自身の行動の結果が、今目の前で繰り広げられている光景を生んだ。
この苦しみを決して忘れてはいけない。
でも、それと同時に、お義父様達を守れた喜びも心に刻み、私は前を向いて生きていく。
「帰ろうイザベラ」
お義兄様がサッと手を差し伸べてくれる。
頷き、その手を取ると、私達はその場を後にした。
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屋敷に帰り、服を着替えるために部屋に戻ると、メイドのメアリーが手際よく着替えを済ませてくれた。
そして、「イザベラ様、これを」と言って差し出されたのは、手紙と綺麗に包装された両手の平サイズの箱。
差出人はウィリアム様だった。
『……イザベラ様のお心の栄養になりますように、願いを込めて』
包装をなるべく破かないように慎重に開き、箱を開けると中には色とりどりの糖蜜ボンボンが入っていた。
「今日、つい先程届けられたんですよ」
メアリーの言葉からウィリアム様のお心遣いが伝わり、じんわりと目に涙がにじんだ。
それを誤魔化すように、真っ赤な糖蜜ボンボンを手に取り口に入れると、カリッという食感の後にいちごの香りとはちみつのような濃厚な甘さが口いっぱいに広がった。
「いかがですか?イザベラ様」
少しいたずらっぽく、でも優しく尋ねてくるメアリーに、心から笑顔を浮かべて応える。
「涙が出るくらい美味しいわ」




