第十五話 密告の真意(オーウェン視点)
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部屋に入った瞬間、イザベラと目が合った。
紅瞳を丸く見開き、酷く驚いたその様子に、今までの自分のイザベラへの言動を思い出し、俺は上手く表情を作れなかった。
「オーウェン殿が密告者だったとは……一体なぜ?」
訝しげな目線をこちらに向けるローズデール伯爵。
ローズデール伯爵夫人やノアからの視線も、痛いほど突き刺さる。
俺の今までのイザベラへの言動を考えれば当然のことだろう。
陛下に目を向けると、陛下は俺の目を見て大きく頷かれた。
それを受け、俺は意を決して密告に至った経緯を話すことにした。
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俺のイザベラへの認識が突如変わったのは、イザベラが聖女だと発表されたあの日だった。
それまでの俺のイザベラに対する認識といえば"醜い顔を眼鏡で隠した愚鈍な妹"。
リアが我が家に現れてからは"醜悪""魔女"といったものも、その中に加わった。
我が家の誰に聞いても「可愛くない」「醜いあの人にそっくり」と言われ、それを隠すように気がつけば分厚い眼鏡を掛けていたイザベラ。
家庭教師のテストにはいつもそこそこの点数しか取れず、両親に褒められたことなど一度もなかったイザベラ。
醜く愚鈍なゆえに誰からも愛されなかったイザベラ。
顔ばかりか心根も醜く、聖女のように美しいリアを虐める、魔女のように醜いイザベラ。
そう思っていたイザベラが、目の前に美しい聖女として現れた。
(イザベラが聖女?じゃあリアは?聖女の瞳を持つ清らかなリアこそ、これから聖女になるはずだとばかり思っていたが……)
陛下と共にイザベラが去っていくと、気がつけば周囲からの視線が俺たち家族に向けられていた。
騒ぐ両親。
俺と同じように狼狽えているローガン。
そして、醜く顔を歪めイザベラのいた壇上を睨みつけるリア。
その後のことはもう思い出したくもない。
混乱した頭の中でもはっきりとわかったのは、リアはイザベラにいじめられてなどいなかったということ。
そして、このままでは俺たちリッチモント家はお終いだということだ。
屋敷へと戻る馬車の中でイザベラへの怒りを吐露する父親。
それに同調しつつ、何とかイザベラを取り戻そうと父親に訴えかける継母。
ローガンと最後まで一緒にいられなかったとメソメソ泣きながらも、「イザベラが聖女なんて嘘に決まってるわ!」という頭の痛い発言をするリア。
3人の様子をどこか他人事のように見ながら俺が考えていたことはというと、そもそもなぜイザベラは父上や母上に幼少期から嫌われていたのかということだった。
我が侯爵家では当たり前のことだったため、今までその理由など考えたことがなかった。
両親から「醜い」と嫌われていた容姿は、陛下からイザベラだと言われるまで、見惚れるくらい美しかった。
勉学についてはわからないが、聖女になったことで心根の美しさを証明している。
両親はなぜイザベラを「醜い」と嫌っていたのだろうか。
なぜイザベラも美しい容姿を隠すようなことをしていたのか。
屋敷に戻った俺は、怒り狂う両親たちをよそに、俺が生まれる前から屋敷に勤めている家令のアダムに話を聞くことにした。
アダムにイザベラが聖女になったことや、それを受けて今更気がついた両親のイザベラへの態度についての疑問について尋ねる。
すると、思わず「は?」と声が出てしまうような答えがアダムから返ってきて、俺は文字通り頭を抱えた。
(お祖母様に似ていたから?それだけでイザベラにあんな態度を取り続けていたのか?)
信じられないような馬鹿な話に、アダムの両肩を掴み何度も「本当か?」と詰め寄ったが、アダムはさも当然というようにシレッとした顔で頷くだけだった。
アダムを下がらせ、今までのイザベラとの日々をできる限り思い出そうと記憶を遡る。
しかし、イザベラと過ごしたはずの15年間の記憶の中で、浮かんでくるのはぼんやりとしたイザベラの姿。
イザベラと遊んだ記憶もなければ、イザベラと兄妹喧嘩をした記憶もない。
食卓を一緒に囲んでいた時でさえ、両親と楽しく話をしていた記憶はあっても、イザベラと話した記憶がない。
そういえば、俺の誕生日は毎年盛大に祝われていたが、イザベラの誕生日は祝ったこともなかった。そもそもイザベラの誕生日はいつだった?
唯一あった昔の記憶は、俺が10歳くらいの時の出来事だ。
俺がイザベラの年齢くらいの時に出来ていた勉強も満足に出来ていない、と家庭教師がぼやいていたことを盗み聞き、イザベラを馬鹿にするような発言をしたと思う。
そこから先、リアが我が侯爵家に来るまでのイザベラに関する思い出という思い出がなかった。
改めてその事実に気がつくと、どれほど自分がイザベラに関心がなかったのかと愕然とする。
実の家族だというのに、なぜ俺はここまでイザベラに無関心でいられたのだろうか。
無関心どころか、リアが来てからはすっかりリアのナイト気取りになってイザベラを敵視し、魔女呼ばわりまでしていた。
リアからイザベラに虐められていること、ローガンと想いを通わせていることを聞いて、2人の恋路を邪魔するイザベラを憎んですらいたのだ。
父上からイザベラをローズデール伯爵家の養子に出し、リアとローガンを婚約させると聞いた時は心から嬉しかった。
だからこそ、嬉々として社交界で"イザベラの悪行"と"リアの素晴らしさ"を広めたのだ。
それが今回全て裏目に出る。
すでにあの発表の時点で我が侯爵家の評価は地に落ちた。
嬉々として広めた噂が、俺たちの愚かさを広めることになるだろう。
社交界の噂なんて、一度生まれれば波紋のように広がっていく。自らの行為が、自らの首を絞めることになるのだ。
今から出来ることといえば、イザベラに真摯に謝罪をすることだろう。
何といってもイザベラは聖女なんだ。誠心誠意謝罪すれば許してもらえるかもしれない。
それに何といっても俺たちは血の繋がった家族なんだ。
そんな俺の考えが甘かったと知ったのはそれから1週間後。
ローズデール伯爵家から父上へ手紙が届いたことを聞き、父上の執務室へと向かい扉を叩こうとした時、父上の怒鳴り声が聞こえてきた。
怒鳴り声の内容で、家に戻ってこいという申し出を断られたことがわかり、頭を横から叩かれたような衝撃を受ける。
(父上から戻ってこいと言われれば戻ってくるだろうと思っていたが甘かったか)
イザベラが戻らない以上、俺たちの社交界での評判が戻る日は来ないだろう。
冷たい視線。
冷笑。
嫌味。
ダンスに誘っても誰にも相手にしてもらえない日々。
そんなことを想像して肩を落としていると、継母の聞き捨てならない言葉が耳に入る。
(伯爵家をなくせばいいだと?まさか伯爵家を襲うつもりか?)
思わず父上の執務室に入ると、取り乱した様子の父上と、そんな父上に怪しく微笑みかけている継母の姿が目に入った。
俺は次期侯爵として、出来ることなら協力したいと申し出ると、継母は納得した様子で計画を話し出す。
「殺人を引き受けてくれる連中を知っているのよ。多少お金は必要だけど、イザベラさえ戻ってくれば何とでもなるわ」
「おお!!ほんとかサマンサ!!それはいい!!今すぐ依頼してこい!!」
盛り上がる2人の様子に嫌な予感がした俺は「今後の闇社会との付き合いと、継母の護衛のために」となんやかや理由をつけて、依頼に向かう継母に着いて行った。
そして酒場で暗殺者集団と継母が依頼について話し合う様子を見て確信する。
この依頼は確実に失敗するだろう、と。
こういう暗殺者集団は、捕まった時に自決をしがちと聞いたことがあるが、全員がそうとは限らない。
尋問をする騎士に「命を助ける代わりに依頼主を話せ」と言われれば命惜しさに話す者もいるかもしれない。
そうなれば我が侯爵家は終わりだ。
『聖女の自由意思を害するものは厳罰を与えられる』
この国の者なら誰もが知っていることだ。
貴族の殺人未遂はただでさえ処罰が重い。
今回はそれに加えて、聖女を家に戻すために聖女の今の家族を殺そうとした、ということになる。
十中八九処刑だろう。それも間違いなく連座だ。
(連座だけでも回避したい。連座を回避するには密告しかない)
密告の際にこいつらを捕らえることに協力できるような何かを差し出せれば、もしかしたら処刑を回避するどころか俺だけはお咎めなしになる可能性もあるのではないだろうか?
そう考えた俺は、手紙の偽造の提案をした。
襲撃する日時と場所がわかっていれば、先回りして騎士が捕えられる可能性があるからだ。
結果として俺の提案はあっさりと受け入れられた。
それを受けて意気揚々と侯爵家に帰ろうとする継母と別れた俺は、その足で王宮へ向かい、今回の密告と相成ったのだ。
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所々都合の悪いところは隠しながら、「イザベラの大切な人を守るために密告した」という建前で密告の経緯を話した。
俺の話を聞き終えたイザベラや伯爵家の3人からは感謝を伝えられたが、なぜか俺の「連座を回避したいから密告した」という真意が見抜かれているような気がして、妙に落ち着かない。
だが、そんなことは最早どうでもいい。
密告をしたことで少なくとも俺の連座は回避できたのだ。
(父上達には悪いが、2人には潔く罰を受けてもらって"実の親を正義のために密告した頼もしい新侯爵"として社交界に返り咲こう)
そんな事を考えているうちにどんどん話は進み、暗殺者集団の自決で自白が得られなくなるのを防ぐためにイザベラも馬車に乗り込むということが決まった。
どうやらイザベラは半径1mくらいの範囲であれば結界を張れるようになっていたらしく、家族を襲撃から守りつつ、暗殺者集団の自決に備えて乗り込むということのようだ。
(イザベラは噂以上に色んな力を使えるようになっていたんだな。やっぱりどうあっても暗殺計画は失敗に終わったはずだ。密告して正解だったな)
入念に計画を立てる陛下と伯爵家の奴らの様子を眺めながら、俺は己の英断を自画自賛していた。




