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第十二話 酒場(リッチモント侯爵夫人視点)



※※※



 食器の割れる音。

 たばことアルコールの臭い。

 酔っ払い同士の揉める声。

 店の女の子達を揶揄いゲラゲラと下品に笑う男達。


 ここは私が結婚するまで働いていた酒場だ。


「ブラッディメアリーを3つ」


 フードを目深に被り、馴染みの店主にそう囁くと、ドンッとカウンターに袋を置く。

 店主は中身を確認すると頷き、地下へ続く隠し扉の前へと進んでいく。

 扉がギィッと重い音を立てて開くと、薄暗い階段が現れた。


 コツコツコツ


 薄暗く、ジメッとした湿気が肌に纏わりつく薄気味悪い階段を、転ばぬように慎重に降りていくと、奥に扉が見えてきた。

 扉の前に着きノックしようとした時、中からガチャッとドアノブを回す音がして扉が開き、思わず勢いよく頭を上げて、扉を開けた人物の顔を見上げた。


「久しぶりじゃねーかサマンサ」


 勢いでバサっとフードが落ちて露わになった私の顔を見て、ニヤリと笑いかけてくる男こそ、今日私が会いたかった人物だ。


「久しぶりねサム」

「結婚してからてんで音沙汰ねえと思ったら殺人の依頼とはな。後ろのは?」

「私の子。ほら、早く入れてちょうだいよ」

「ああ、わりぃわりぃ」


 中に通されると、これまた顔馴染みの男達の姿があった。


「で?侯爵夫人のご依頼を伺いましょうか?」


 揶揄うような言い方に苛立ちを覚えるが、さっさと本題に入ることにする。


「ローズデール伯爵夫妻と、その息子を殺してちょうだい」

「ローズデール?おい、聖女様の家じゃねーか?」

「いいえ、もともとイザベラは我がリッチモント侯爵家の娘よ。イザベラをあるべき所に戻すだけ。それにはローズデールが邪魔なの」

「貴族殺しは高くつくぞ?」


 サムの言葉に、余裕の笑みで返す。


「私を誰だと思っているの?侯爵夫人よ」


 そういって先程店主に渡したものより大きな袋をテーブルの上にドンッと置く。


「これは前払いよ。成功報酬はこれの倍。どう?」


 部屋にいた男達が「まじかよ」「すげえ」と言いながら、目の色を変えてテーブルに集まってくる。

 

「引き受けた」


 サムはニヤリと笑いながら袋を縛り、仲間に金庫へと持って行かせた。


「問題は、聖女の家ってことだな。結界はまだ使えねえらしいが、家に侵入しても、即死狙ったところで聖女の力で治されちまうよな。聖女の力って即死レベルでも何とかなるんだろ?」

「そこはあんた達が何とかしなさいよ」

「何とかっていっても、聖女の力はどうにもなんねえだろ」

「なによそれ、依頼を受けといてできないってこと?」

「いや、だから……」


 私達が揉めていると、「あの!」と大きな声が部屋に響いた。


「嘘の手紙でイザベラ以外を呼び出すのはどうでしょうか?」

「嘘の手紙?」

「はい、王宮からの手紙を偽造するのは?王宮からの呼び出しは断れないでしょう」


 なるほど、確かに王宮から3人だけ呼び出しを受けたとなれば、イザベラとは離れることになる。

 イザベラと離したところで3人を襲えば、聖女の力は使えず確実に3人を殺せるはずだ。


「さすがね、オーウェン」

「ありがとうございます、継母上」

「だが、王宮からの手紙なんてどうやって偽造するんだ?」

「それは私が何とかしましょう。少しお時間をいただきますが、出来次第お持ちします。それでいかがですか?」

「それでいこう。さすが次期侯爵は違うな」

「ありがとうございます」


 和やかに話すサムとオーウェンの姿にホッと胸を撫で下ろす。


(ああ、よかった。これで何とかなりそうね)


 ローズデール伯爵夫妻とその息子が死ねば、イザベラはどうすればいいかわからず途方に暮れるはずである。

 なぜかって?

 侯爵家の誰から聞いても、イザベラはとてもじゃないが頭の良い人物ではないからだ。

 そんなイザベラが突然伯爵家の跡を継ぐなどできるはずもない。


 そんなイザベラの窮地に我々が手を差し伸べることで、我々のありがたみを知ったイザベラは侯爵家に戻りたいと言うはずだ。

 そんな"聖女"の願いは陛下も無碍にはできまい。ついでにローズデール伯爵家の領地も我が侯爵家のものにするよう陛下に提案すれば……。


(我ながらいいアイデアだったわね)


 そんなことを思いながら談笑する男達を見守っていると、オーウェンに「そろそろお暇しましょう」と言われ、酒場を後にすることにした。


 たばことアルコールの臭いを早く取るためにも急いで侯爵家に帰ろうと、酒場から離れた場所にとめていた馬車に乗り込んだが、オーウェンはなかなか入ってこない。


「どうしたの?オーウェン。早く入ってちょうだい」

「先にお帰りください、継母上。私は寄るところがございますので」

「寄るところ?どこなの?」

「えっと、それは……」


 頬を赤くしてモジモジしているオーウェン。


(なるほど。次期侯爵も所詮は男よね。ここら辺は娼館も多いしね)


「あんまり遅くならないでちょうだい。夕食が遅れるの、嫌なのよ」

「はい、気をつけます」


 従者に馬車の扉を閉めさせ、帰路を急がせる。


 私のやるべき事はやった。

 後は吉報を待つだけだ。

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