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第十話 気づく


※※※



「ハートフォールの……!おいサム!なぜここに通した?!」

「も、申し訳ありません!侯爵家の御令息を無理に押し留めることができず…」


 門番のサムが必死に追い縋っている様子に、侯爵家の次期当主相手に門前払いが難しいながらも、懸命に説得しようとしていた様子が目に浮かんだ。


 元婚約者が私達のテーブルに辿り着く前に、お義父様とお義兄様が立ち塞がる。


「ローガン殿、困りますな。見ての通り、今日はイザベラの大切な人だけお招きしたガーデンパーティーの最中でしてな。お引き取り願おう」

「うるさい!!私はイザベラを助けに来たんだ!そこをどけ!!イザベラ!!迎えに来たよ!!」


 格上の伯爵相手への不敬な物言いに周囲も殺気立つ。


「ローガン殿、父上への失礼な物言いはやめていただきたい!それにイザベラを助けに来たとはどういう意味でしょう?」


 怒気を含んだお義兄様の声に、元婚約者は一瞬ビクッとしたものの、とんでもない事を言い出した。


「イザベラは本当は私をまだ愛しているんだ!!それなのに、あなた達がイザベラに無理強いをして私からの求婚を断らせたんだろう?!そうに決まってる!!そうだろイザベラ!!」

「なっ!!」

「お義兄様!!」


 今にも殴りかかりそうなお義兄様の腕を掴み、振り向いたお義兄様に「私にお任せください」と小声で伝える。

 甚だしい侮辱ではあるが、次期侯爵を殴ってしまっては、こちらにも非があると言われてしまう。


 そうして対峙した元婚約者には、あの頃、私が恋焦がれていた頃の面影は少しも残っていなかった。

 ボサボサの髪に濁った瞳。

 一体何があったらこうなるのだろう?


 サラリとした黒髪が風に揺れるのを見るのが好きだった。

 アンバーの瞳で「イザベラ」と優しく微笑みかけてくれるあなたが好きだった。


 でも、もうあなたを見ても心が少しも弾まない。


「イザベラ!!もう大丈夫だよ!!伯爵達には罰を受けてもらうから!!君を縛り付けるものは何もないんだ!!」

「罰とは一体何をおっしゃっているのですか?お義父様達が何の罪を犯したというのです?」


 冷静に冷静にと自分に言い聞かせていたものの、聞き捨てならない内容に、思わず声に怒りが滲んだ。


「決まっているだろう!!聖女の意思を蔑ろにした罪だ!!聖女の自由な婚姻への意思を害した者はたとえ王族であっても裁かれるんだ。つまり、聖女であるイザベラが私と結婚したいという意思を害した伯爵達は裁きを受けることになる!!」

「なるほど、聖女保護法のことですね。それでしたらお義父様達には何の罪もありません。ローガン・ハートフォール様、あなた様との婚約を断ったのは、間違いなく私の意思です」

 

 何を言い出すのかと思えば、とんでもない妄言だ。あんなにはっきりと手紙でお断りしたというのに、無理強いされたと思い込むとは。


(でも、こうして直接私の口から聞けば流石に自分の勘違いに気がつくはずよ)


 そう思った私が甘かった。


「嘘だ!!無理強いされているんだろう?あんな魔女に騙された私は、確かに愚かだった。それは認める!!だが君はまだ私を愛しているはずだ!!私を愛しているから婚約破棄に傷ついたんだろう?!」

「はい、確かに愛していました」

「そうだろう?だったら……!!」

「ですが、それはもう過去の話です」


 何かを期待して目を輝かせる元婚約者の言葉を遮り、もう一度はっきりと伝える。


「ローガン・ハートフォール様、過去の話なのです。あなた様に婚約破棄されたと知ったあの時、リア嬢と惹かれ合うあなた様を見ながら減り続けていたあなた様への愛は、枯れ果てました」


 私の言葉に、元婚約者は口をワナワナと震わせ、「そんな」「嘘だ」とぶつぶつと呟いている。

 その時、バタバタとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。


「ローガン!!」


 声と共に現れたのは、ハートフォール侯爵だった。

 元婚約者は、そのままハートフォール侯爵の連れてきた従者によって両脇を抱えるようにして抵抗する事なく取り押さえられる。


「ローズデール伯爵、愚息の愚行、誠に申し訳ない。聖女様へのお詫びについてご連絡させていただこうと思っていた矢先、まさかこんなことになるとは」

「いえいえ、こちらこそお詫びをしなければなりませんな。侯爵家がすでに代替わりされていたとは全く存じ上げず、失礼な態度をとりました」

「代替わりとは何です?」

「おや違いましたか?呼んでもいないパーティーに乱入した挙句、それを咎めた私に対して『うるさい!!』と怒鳴りつけてこられたので、てっきり侯爵家の御当主になられたのかと」

「なっ、ローガンお前……!!」


 ハートフォール侯爵は顔を真っ青にしながらもローガン卿を睨みつける。


「我々伯爵家の者は裁きをうけることになる、ともおっしゃっていましたね。何やら、自分を愛しているイザベラに、無理矢理求婚を断らせた罰、とやらで」


 お義兄様の言葉に、ハートフォール侯爵は今度は顔を真っ赤にして息子を怒鳴りつける。


「お前、あれほどはっきり断られておきながら、なぜそんな……!!か、重ね重ね愚息の無礼をお詫びいたします!!今回のご無礼と、聖女様への数々の不当な仕打ちに関するお詫びは改めて行わせていただきますゆえ、何卒ご容赦願いたい!!」


 必死に頭を下げる侯爵を見たお義父様は、フゥーと一度深く息を吐いてから口を開いた。


「しっかりとお詫びとやらをしてもらいたいものですな。しかし、あれですな。半年前にイザベラへの一方的な婚約破棄について抗議した際には相手にもされませんでしたがね」

「そ、それに関しては、我々もあの娘にすっかり騙されまして」

「まあこれ以上はやめておきましょう。今日はこのままお引き取りください。……次がないことを祈りますよ」


 お義父様の言葉に何度も頭を下げるようにして、ハートフォール侯爵は取り押さえられた元婚約者と共に去っていった。


 侯爵達の姿が完全に見えなくなってから、お義父様がこちらを振り返ると、私の後ろの方に目を向け少し驚いたように目を開き、そして嬉しそうに表情を緩ませた。


 どうしたのか?と後ろを振り向くと、いつの間にか私のすぐ後ろに、お義母様と、マリアのお兄様、ウィリアム様が立っていたのだ。

 それだけではない。今日お招きしていた人達が皆、私の後ろに集まり、私を守るかのように立っていてくれたのだ。

 その光景に、思わず涙が滲む。


「イザベラは本当に幸せ者ですな。皆様、心から感謝いたします。さて、お騒がせいたしました。仕切り直しにいたしましょう」


 お義父様の声に、張り詰めていた空気が和らぐのを感じる。


 それから仕切り直したガーデンパーティーは大いに盛り上がり、私は一人一人に感謝を伝え、色んな話をすることができた。


 マリアは「よく言ったわ!!」と抱きしめてくれたし、エヴリンもシャーロットも「頑張ったわね」と言ってその中に加わってくれた。


 そして一番近くで、何かあれば私を守ろうと待機してくれていたというウィリアム様は、私が感謝を伝えると照れくさそうにされていた。

 

 実は、私がローズデール伯爵家に来てからというもの、ウィリアム様とは手紙のやりとりをさせていただいている。


 ウィリアム様からいただく手紙はいつも優しさに溢れていて、読み終わるといつも幸せな気持ちに包まれるのだ。


 だが、毎週のようにやり取りしていた手紙が、今週はウィリアム様から送られてきていない。そのことについて思い切って話してみることにした。


「ウィリアム様、あの今週のお手紙、私からお出ししてもよろしいでしょうか?ウィリアム様とお手紙のやり取りをさせていただくのがいつも本当に楽しくて……」


 そう言いながら、なぜか顔が熱くなっていくのを感じ、思わず顔を伏せてしまった。

 ついに耳まで熱くなったところで、ウィリアム様の優しい声が聞こえてきた。


「イザベラ嬢、私としては願ってもないことです。私もいつもイザベラ嬢との手紙のやり取りを楽しませてもらっています。ですが、その、……」


 ウィリアム様はそこで言い淀み、言葉が止まってしまった。


(もしかして困らせてしまっているのかしら?本当は嫌がられているんじゃ……)


 恐る恐る顔を上げると、ウィリアム様は顔どころか、耳も、首元も真っ赤にされていた。


「求婚者が殺到しているとお聞きしています。そのような中で手紙をお出しするのはご迷惑になるのではと思い、控えておりました。ですが、イザベラ嬢がそう言ってくださるのであれば、また私から手紙を出させていただきます」


 マリアと同じふわふわした金髪が風でふわりと揺れている。

 

(気づいてしまった。ウィリアム様に感じるこの気持ちは、間違いなく……)


「ありがとうございますウィリアム様。お手紙お待ちしております」

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