桜七枚、 夏の大三角形。
梓先輩を待つ時間は愛おしくて切なくってたまらない。
何年かぶりに着た浴衣のせいなのか、何だか胸の奥の方が、ハッカ飴みたいにスースーする。
──
「なかなかみんなの予定が合わないから、2日間のうち来られる方に参加するってことになったんだ!どっちも来られる人は来ちゃってOK♪」
「そうなんだ…それじゃあ、」
梓先輩はどっちの夜にお祭りに来るのだろう。
それよりも先輩は来てくれるのかな…。
「…栞?」
結依がオレンジジュースとピーチティーを持って問いかけてくる。
私はピーチティーの方を指さした。
「はい♪」
「…ありがと。」
「どした?梓先輩のこと?」
「……。」
黙って頷くので精一杯。
大好きなピーチティーもすんなり喉をとおってくれない。
すると結依はオレンジジュースをごくりと飲んで言った。
「大丈夫!必ずどちらかは参加してもらうように、王子先輩に頼んでおいたから!」
「結依…」
「さすが副会長♪」
「でも梓先輩…来てくれるかな。」
「大丈夫!一生のお願い使って頼んできたもん♪」
「一生のお願い?」
「うん!…栞のだけどね♪」
「結依〜!!勝手に使っちゃうなんて〜もぉ!!」
「ごめん〜♪」
──
私が一番乗りになっちゃった。
夏祭りの夜ってワクワクしてしまう。
というよりもきっと先輩に逢えるかもしれないから、です。
「栞ちゃん!」
「先輩…っ!!」
やって来たのは王子先輩と結依だった。
それから…
「中村先輩…こ、こんばんは。」
「…どうも。」
中村先輩はもしかしたら来ないのかなって思っていたのに、意外かも。
それより梓先輩…
「水嶋さんなら来てないよ。」
「……っ。」
やっぱり中村先輩てちょっと嫌な人!!
「まぁまぁ…碧もそんな冷たい言い方しなくても、」
すると結依が王子先輩のシャツをくいっと軽くひっぱって、
「ちゃんと誘ってくれたんですよね?」
「もちろん!栞ちゃんの一生のお願いとまで言われたら…それはもう必死に、」
恥ずかしい…。
一生のお願いだなんて言ったら、私が梓先輩のことを好きなのがバレてしまう…
「とりあえず回ろう♪」
そうして結局梓先輩は来ないまま、みんなで夏祭りを回り始めた。
結依は元気よくはしゃいでいる。
何だか学校で見る知的な結依とはまたちがって、とっても無邪気で可愛らしい。
中村先輩は相変わらずクールな感じで正直、お祭りの空気に似合っていない。
「大丈夫?栞ちゃん。」
王子先輩はいつもみたいに完ぺきです。
まるで本物の王子様みたいに、浴衣で歩き慣れていない私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれている。
「ごめんね?梓のやつ、行けたら行くって…」
「いえいえ!!私なんかのお願いを聞いてもらえただけでもう充分嬉しいです!!」
「…後で電話してみるよ。今すぐ来い!ってさ。」
「えっ?」
王子先輩でもそんな男っぽい喋り方したりするんだ。
「生徒会長命令だぞ〜!ってね♪」
「ありがとうございます。」
王子先輩はとってもやさしくて"お兄ちゃん"みたい。
「よし!それじゃあうちらもお祭り楽しもっか!何する?」
「う〜んと…あ!!リンゴ飴が食べたいです♪」
「…よし!何個でも買ったげる!」
「わ〜♪ありがとうございますっ。」
一日目。
結局梓先輩は夏祭りにはやって来なかった。
二日目は春山くんと回る約束をしている。
だけど…
─お祭り二日目。
「しおりん見て〜♪金魚10匹!俺って天才?」
春山くん…
とっても楽しそう。
梓先輩今夜も来ないのかな…。
「しおりん、どうかしたの?」
春山くんが心配そうに見つめてくる。
今春山くんといる時間を精一杯楽しまなくっちゃ。
「…ううん。どうもしないよ?」
「そっか!はい、金魚♪」
「ありが…」
春山くんから金魚の入った袋を受け取ろうとした瞬間、ふいに声が降ってきた。
「葵?」
上を見上げると…
「梓先輩…!!」
「姉ちゃん…!」
そこにいたのは梓先輩…
その隣りにはとても綺麗な女の人。
浴衣姿がとてもよく似合っていて見とれてしまうほど素敵な…
確か初めて王子先輩と一緒に帰ったあの日…
王子先輩が"葉月さん"て呼んでいたあの女の人だ。
まさか春山くんのお姉さんだったなんて…
「何で2人が一緒にいんの?意味分かんね…」
春山くんはそうつぶやくと神社の裏の方へ走って行ってしまった。
「ちょっと葵!待って!ごめん梓…行くね。」
お姉さんも春山くんを追いかけて行って…
「……」
「……」
き、気まずいよ〜…
どうしよう…
何て話そう…
すると梓先輩はそっとしゃがみ込んで、視線をうつした。
そっと静かにプールの中で泳いでいる金魚を見つめている。
「梓先輩…?」
「…可哀想だよね。」
「え…?」
「…金魚たち。」
梓先輩…
何だかとっても淋しそう…
だけど…
梓先輩に見つめられる金魚たちが、どうしようもなく羨ましい。
うらやましいよ。
「浴衣…可愛いね。とっても似合ってるよ♪」
梓先輩はやわらかく微笑んでみせる。
「梓先輩…」
「うん?」
「あの綺麗な人と…春山くんのお姉さんと一緒に…お祭りに来たんですか?」
たった一瞬だけ夏風が通りすぎて、風車が音を鳴らす。
「……」
先輩はゆっくりと立ち上がった。
「梓先輩…?」
「…栞ちゃんに会いに来たんだよ。」
「先輩…」
「だって栞ちゃんの…」
「……?」
「一生のお願いなんでしょ?」
「梓先輩…っ。」
あぁ、神様。
一生のお願いを叶えてくれて、本当に本当にありがとうございます。
「もうすぐ花火やるみたいだよ?」
そう言うと先輩は私の前に左手を差しだした。
「……っ。」
差しだされた先輩の手の上にそっと右手を乗せてみる。
「行こっか♪」
「…はいっ。」
初めてつないだ男の人の手。
梓先輩の手、とっても大きいなぁ。
─コトン。
「梓…っ。」
「葉月…?」
葉月さん…!!
泣いてる…?
夏祭りの夜に切なく響いた葉月さんを呼ぶ先輩の声が、
愛おしくて切なくて…
せっかくつないだ右手をそっと放してしまいました。