桜三枚、 初夏の午後。
梓先輩に二度目惚れをしたあの日のことを、私はきっと忘れない。
忘れたりなんて出来ない。
──
「ごめんね?恭ちゃん…」
少しかすんだ低い声に着崩したブレザー。
一瞬にして桜色に舞いもどる。
先輩…?
あずさ先輩…名前?それとも名字なのかな?
私はこっそりと生徒会名簿を指でなぞってみた。
"水嶋 梓"
…見つけたっ!
先輩、生徒会役員だったんだ。
役職は一体何なのだろう。
"水嶋 梓(3年─副生徒会長)"
「副生徒会長…っ!!?」
あっ、やばい…っ!
心の中の声のつもりが思わず出てしまった。
どうしよう…。
みんなが見てる。
梓先輩が少しけだるそうにこちらへ近づいてくる。
ど、どうしよう。
助けて結依〜…!
「初めまして!私副生徒会長の本家結依です。副会長は2人なので心強いです。よろしくお願いします!」
結依は右手を差しだして握手を求めた。
だけど先輩は相変わらず少しけだるそうなまま…
「…2年生?」
「いいえ、1年生です!」
「へぇ〜…何が楽しくて1年で副生徒会長なんてやってるのかな。君、変わってるね。」
先輩…
もしかして機嫌よくないのかな?
それとも体調とか…
すると結依は配られたプリントをファイルに閉じ始めた。
「先輩だって副会長やってるじゃないですか。…あんまり似合ってないけど。」
結依のばか〜!!
ボソッと言ったつもりかもしれないけど、教室中に聞こえてるよ〜!!
どうしよう…
「…そりゃそうだ。自他共に認めるよ♪」
梓先輩…?
「じゃあまたね、恭ちゃん。」
「あっ!梓、待っ…」
─ガラっ。
「行っちゃったよ。まったく…」
そうして梓先輩は教室を出て行ってしまった。
「あんまり気にしないでね?本家さんに…」
「あ…桜です。書記の桜栞です。」
「桜さんね。とりあえず梓はいつもああいう感じだから、機嫌が悪いとかそういうのとは少しちがうんだ。」
…そうなんだ。
初めて先輩と出逢った時には、全然そんな風ではなかったんだけどなぁ。
もっとこうやわらかくて優しい雰囲気っていうか…
だけど…
「まぁとにかくこれから一年間、生徒会の仲間としてよろしくね!改めまして、生徒会長の白馬恭一です。」
「白馬…?」
「あ、"はくば"じゃなくて"はくま"ね。まぁどちらでも構わないんだけど、良く呼ばれるのは…」
「"王子"、ですよね♪」
結依はファイルを抱えながら指を鳴らした。
「王子…?」
「そう♪白馬の王子様!」
「なるほど…」
先輩は少し困った風な笑みを浮かべている。
「もう一年生にも浸透してるのかぁ。自分じゃ何かくすぐったい感じだけど…事実です(笑)」
「じゃあ今日から私たち"王子先輩"と呼ばせてもらいますね。ね?栞!」
「う、うん!!よろしくお願いします。…お、王子先輩。」
「よろしく!」
──
結依はそれからもよく梓先輩と王子先輩のちがいについて熱く語ってくる。
私が一目惚れをした先輩が、梓先輩じゃなくて王子先輩だったら良かったのにって。
そうしたらもっと心から応援できたのになぁ…なんて。
そんな風に結依はいつも言ってくるけど本当はとっても優しい。
私の憧れの先輩が梓先輩だって分かったあの日から、精一杯私の恋に協力してくれている。
本当に真っ直ぐで情に厚い、素敵な女の子です。
──
「梓先輩が…?」
「いまなら誰もいないし2人っきりで話すチャンスじゃん!行っておいでよ!」
制服もシャツ姿へと変わり、眩しい初夏の午後。
結依が渡り廊下で梓先輩を見かけたことをこっそりと教えてくれた。
もし周りに聞こえたりしたら教室中から女の子がいなくなってしまう。
先輩はこの学校でツートップと呼ばれる一人。
もう一人のトップは…
「これ!王子先輩に頼まれちゃってさ。いつものように梓先輩は委員会にも来ないし、プリント渡せないじゃん?だから変わりに栞、渡してきてよ!」
「…でも。でも私なんて…」
「出た〜!栞ブルー。暗いよ、重いよ?とにかく渡してきてって!」
「同じクラスなんだし王子先輩が渡せばいいんじゃ…」
「ツートップは初夏も大忙しですから!女の子たちに囲まれてたよ。王子先輩が捕まってる間に梓先輩とゆっくり話すチャンスだよ!」
「……。」
「副会長命令です♪はい、プリント!」
「…はい。行って来ます。」
しぶしぶ結依からプリントを受取り、渡り廊下へと向かった。
ドキドキドキ…。
はぁ〜…心臓に悪い気がする。
この渡り廊下は初めて梓先輩と出逢った、始まりの場所。
前髪についた桜の花びらを先輩がやさしく取ってくれて…
想い出すだけでふんわり桜色に包まれてしまう。
「思い出し笑い?する人って確かすごくえっちなんだよね。」
「…えっ!!?あ、あず…さ先輩っ!いつから…」
後ろを振り向くと梓先輩がいて、にこにこしている。
「見た目によらず意外と栞ちゃんて…?」
恥ずかしすぎておかしくなりそう…!!
プリントで顔を覆ってみても隠しきれない。
相変わらず先輩はにこにこと微笑っている。
「可愛いなぁ、栞ちゃん♪男は喜ぶよ?君みたいに清純派が案外…っていう感じ。たまらないと思うよ。」
私はプリントを少しだけ下にズラして先輩を見つめた。
「…梓先輩も?」
私何てこと聞いているのだろう…。
信じられない。
すると先輩はネクタイを緩めて両手を広げた。
「…僕はどなたでも!大光栄です♪」
「……っ!!」
白いシャツに緩めたネクタイ、そのすき間から覗く胸元が、
もう先輩のすべてが…
愛おしくてたまらない。
やっぱり心臓に悪い。
「こ、これ!!王子先輩に頼まれました。生徒会のプリントです。ど、どうぞ!」
先輩の胸の前に持ってきたプリントを押しだした。
「…生徒会のプリントねぇ…?」
「先輩…?」
先輩はプリントをめくってくすくす微笑っている。
「王子先輩&梓先輩のいいところ、悪いところTOP10か…ふ〜ん♪?」
「……それっ!!?」
さっきの休み時間に結依と2人で書いてたルーズリーフ!
プリントに混ざっちゃったんだ…っ!
最低だよ。
「あの…えっと…つまりその…」
穴があったら入りたい。
ううん。
いっそ冬眠でもしてしまいたい。
…初夏だけど。
「恭ちゃんは悪いところないのに僕はずいぶんあるんだね?」
「あ…っ!それは結依が…いや…」
結依は書き始めたら止まらない♪なんて永遠、梓先輩の悪いところばかり書き込んでいた。
いじわる結依。
「あはは!冗談だよ♪気にしてない。それより恭ちゃん…王子先輩は、」
「王子先輩は…?」
「喜ぶタイプだと思うよ?」
「え…?」
「栞ちゃんみたいな清楚風が好みってこと♪」
「……っ!!」
「じゃあまたね。」
「梓先輩どこ行くんですかっ?」
「内〜緒。授業始まっちゃうよ?生徒会の栞ちゃんが遅刻したら示しがつかないよ。じゃあね♪」
「先輩…っ!」
そうして先輩はそのまま歩いて行ってしまった。
「…先輩も副会長なのに。あっ、プリント…っ。」
─キーンコーンカーンコーン♪
麗しき後ろ姿を見つめていた初夏の午後─
 




