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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

そして、全てが暴露された

作者: 猫宮蒼



 ファルカロテ貴族学院。


 年頃の貴族たちが通う学舎にて、教師であるダンデは気だるげな表情のまま教室へと足を踏み入れた。

 白衣と無精ひげが目立つ、到底貴族たちの中にいていいとは思えないような見た目であるが、これでも彼自身、なんと侯爵家の人間である。人は見かけによらない。


 ダンデが教室に入ったと同時に生徒たちはすっと起立し、礼をする。おはようございます、ダンデ先生、という声にやはり気だるげに「おー」と返し、着席した生徒たちを見やった。


 体調不良などで休む生徒もたまに出るが、本日の欠席者は無し。

 手間が省けるな、とダンデは思った。


「あー、突然で悪いが本日は授業の変更がある」


 ぼりぼりと頭を掻きながら言えば、生徒たちは「えーっ」と返してきた。

 このクラスは案外ノリが軽い。公式の場でこんな風にやらかすのは問題であるが、今は問題がないのでダンデも「ホントそれなー」とゆるく返す。


「本来の授業を変更して、割と重要な授業に変わる。これは、決してお前らにとっても他人事じゃない話だ」


 先程までのゆるっとした雰囲気ががらりと変わる。突然大真面目な顔をされた事で、生徒たちも元々姿勢は良かったけれどそれでも更にすっと背筋を伸ばした。


「とはいえまぁ、このクラスの連中はこんな事しでかさないと信じてるが……被害者の立場にならないとも限らない」


 被害者、と言われて生徒たちの大半は思わず視線をあちこちに向ける。向けたのは男子生徒で、向けられたのは女子生徒である。被害者、という言葉から自然とそうなってしまった結果だった。実際何らかの事件が起きた際、どうしたって非力とされる女性が狙われやすいのは否定できないので、視線を向けられた女子生徒たちも知らず警戒するようにきゅっ、と拳を握り締めていた。



「ケリーグウェン侯爵家の話は知っているか?」


 ダンデがそう言えば、生徒たちの大半はまるで周囲の空気が凍ってでもしまったかのような反応を示した。

 知らないはずがない。

 何せ少し前の社交界でそれはもう広まりに広まった噂であるのだ。


 王家の覚えも目出度い家の一つであったが、少し前に子爵家にまで落ちた挙句家人が夜逃げし貴族名鑑からも名前を消された家。

 お手本のような没落具合に、広まる醜聞。とはいえ、噂はあくまでも噂であるのでどこまでが真実かもわからない……そんな話だ。


 ある程度事件の概要は知っていても、結末がどうであって真相がどうだったのか、を正確に知る者は多くない。


「ま、真相を知らずとも噂では知ってるよな。今でも噂になってる話だ。

 今日の授業はそれについて、という形になる」


 そう言われて、つまりそれは真相をここで明らかにする、という事かと生徒たちは声に出しこそしなかったが驚愕した。ゴシップとして他家の醜聞を広めたりすることはあるけれど、それはあくまでも社交の場での他愛ない話としてである。学院の授業でやる、というのはある意味で前代未聞であった。



 ケリーグウェン侯爵家。

 それなりに大きな派閥の中心にいた家だった。


 優秀な人物を多く輩出し、それぞれが各分野で活躍していたのもあって、あの家と縁付く事ができれば安泰であるとまで言われていた家。ケリーグウェン侯爵家に生まれたのであれば、それなりの重責はあろうともそれでも将来が約束されているとまで言われていた輝かしい家。

 だがしかし、その栄華はとうに崩れ去り、今となってはその名も消えた。



 事の発端が何であったか、と問われれば、当主となったばかりのカイン・ケリーグウェンであろうか。

 彼は伯爵令嬢でもあったセシリア・メリーティンと結婚した。その婚約、並びに結婚は王命で結ばれたものだった。


 貴族からすれば政略結婚は何も珍しいものではない。


 そして、愛のない結婚も。



 ところが内心でカインはこの結婚にとても不満があったらしい。

 彼には以前より想いあっていた恋人がいた。

 子爵令嬢ミラ・ルエンダである。


 侯爵家と子爵家、となれば結婚するにも余程の何かがない限りは難しい。しかしルエンダ子爵家は特に何らかの功績を出したというわけでもなく、またミラも突出した才があるというわけでもなかった。

 ミラが優れていたと言えるのは、精々その外見だろうか。


 大っぴらに恋人であると言えない関係。カインはミラと結ばれたいと思っていたがしかし王命で結ばれた婚約がある。王家であれば側妃といったものもあるが、カインは侯爵家。セシリアが妻となるのであれば、どうしたってミラは日陰の存在である。


 そこで、健気に日陰の存在であってもカインを思い続ける事ができるような殊勝な女性であればよかったが、ミラはそうではなかった。

 己の美貌に絶対的な自信があったし、それと比べればセシリアは劣る。

 大輪の薔薇のような美貌を持つのがミラであるとするならば、セシリアはスズランのような控えめな女性であった。


 そんなミラからしてパッとしない女性が愛する男の妻として、と考えただけでミラは怒りでどうにかなりそうだった。愛しているのに結ばれない。愛していないくせに結ばれている。貴族であれば仕方のない事であっても、ミラはそれでも納得がいかなかったのである。


 ルエンダ子爵家が貴族としてそこまで貴族らしい暮らしをしていなかったのもミラの想いの形成の一部になったのかもしれない。ミラの両親は恋愛結婚であったのもそうなる原因の一つだったのかもしれない。


 王命で逆らえないのであれば。大人しく結婚だけはしましょう。

 ミラはカインにそう唆した。


 カインはたとえセシリアと結婚しても最愛はミラであると伝えていたが、それでも気乗りはしなかった。

 カインの目から見てもセシリアは確かに儚げな美貌を持ってはいるけれど、しかしそれはカインの好みではなかったので。彼の好みはミラのような華やかな美貌の女性であった。


 大人しく控えめな女性。

 婚約してからの顔合わせで何度か会うこともあったけれど、カインがセシリアに抱いた感想はそういった、何とも面白みのないものであったのも事件を引き起こす原因の一つとなったのかもしれない。



 侯爵家の跡取りは必須である。

 故に、カインはセシリアと子をなさねばならない。

 けれどミラはそれすら許せなかった。愛する男が他の女と、と考えただけでも怒りで血が沸騰しそうになる。


 カインの子である事が跡取りとして必須ならば、別にセシリアでなくともミラとカインの子でも良いではないか。ミラは本気でそう思っていた。

 王家としては、ケリーグウェン侯爵家とメリーティン伯爵家の血を必要としていたので、カインとミラの子など全く何の価値もなかったのだが。


 愛する女に可愛らしく懇願され、王命であるという事実を頭でわかっていながらも、それでもカインは揺らいだ。あの女とは白い結婚で、私との子を跡取りにすればいい。伯爵家にも子が必要だというのなら、それこそセシリアには子を産んでもらうけれど、でもその相手はカインじゃなくてもいいじゃない、と必死に訴えた。


 冷静に考えなくてもどうかしている案であるが、恋に溺れた二人の中でその案は段々と最良のものに思えてしまっていた。これが、恐らく破滅の始まりである。


 全ての、というわけではないが王族は勿論貴族たちの中には魔法を使える者もいた。とはいえ、そこまで絶大な力というものでもない。精々が日常を少し便利にできるかどうか、といったささやかな力であり、だがしかしそれは中々に侮れないものであった。


 メリーティン伯爵家の者は歴代、ほとんどの者が魔法を使えた。他の家はというと、力を使える者も使えない者もバラバラで親が使えなくとも子が使えたりだとか、またその逆もあった。ほぼずっと使える者が生まれてくるメリーティンの血は、魔法の力を持つ子が欲しい家からすれば無視できない存在であった。


 ケリーグウェンの血に魔法を使える者は今までそこまでいなかった。出現したとしても、何代かに一人といった具合で滅多にいない。

 けれどもケリーグウェンで生まれ魔法が使えた者たちは、中々に便利な魔法を覚えていた。

 王家としてはそういった部分で、両家の血を引いた者を希望したというのもある。勿論それ以外にも理由はあるが。


 故に、跡取りとして望まれているのはカインとセシリアの子であるのだがミラはそこまで詳しく知らなかったのだ。なにせミラの家でもあるルエンダ子爵家も過去に大分遡ってかろうじて数名魔法が使えた者がいたかもしれない……といったくらいに魔法が使える者が生まれなかったので。それに、ルエンダ子爵家はそこまで貴族として格式ばった暮らしをしていたわけではない。それ故にそういった知識・情報をミラは学ぶ機会さえなかったのである。


 知っていたとして、果たして踏みとどまったかは定かではないが。



 計画はある意味で杜撰だった。


 セシリアとカインが結婚式を挙げ、初夜を迎えるまさにその日。

 夫婦の寝室として用意された部屋で待つセシリアの元へ別の男を向かわせて、そうしてその男と子を作ればいい。ミラはそうのたまった。

 室内は薄暗くした状態で夫となったカインがくるのをセシリアは待つだろうし、ドアを開けて中に入る時、廊下側が明るければ室内から見てそこは逆光となり男の顔などハッキリ見えない。


 その隙を突いてさっさと組み敷いて事に及んでしまえば、女の細腕で男の力にそう簡単に勝てるはずもない。


 初夜であるというのに夫ですらない別の男と、だなんて知られたらセシリアとて無事では済まない。不貞、ふしだら、そんな程度で済めばいいが噂話が大好きで真実などどうでもよいと思う一部の貴族たちは更に尾びれ背びれをくっつけてもっと酷い噂にだってなるだろう。


 黙ってさえいれば、丸く収まると言い聞かせ、そうしてミラはセシリアを掌握するつもりだった。

 セシリアだけに我慢を強いて、そうして犠牲にした上で、ミラは自分がカインの妻の座に収まろうと目論んでいた。


 さて、この計画だけでは当然人が足りない。


 セシリアを襲う男である。


 ミラが思いついたものではあれど、それに賛同したカインが実行するわけにもいかない。それは普通にただの初夜だ。


 であれば、もう一人最低でも共犯者が必要になってくる。

 初夜の日、事が起きてもすぐに誰かが駆け付けられないように使用人たちに用事を言いつけるのはそう難しい事ではないが、しかしセシリアを直接襲いその純潔を奪う役割を持った男がいなければその計画は頓挫する。


 それに対してミラはアテがあるとうっそりとした笑みを見せた。


 ペテル・ロッジ男爵。


 ミラの幼馴染にして、最近家を継いだばかりの男。

 しかし貴族としてやっていけるだけの才覚があるでもなく、見目も麗しいわけでもなく、性格も社交に向いているわけでもなく、全てにおいて貴族として向いていないと思わせる程の男であった。


 幼い頃はよく他の者に虐められていたのもあって、根は陰湿。卑屈で常に暗い性格をしていて、ミラとしてもこの男が幼馴染であるという事実だけはなかったことにしたいと思う程度には、普段から関わろうとは思わない相手。


 せめて誰か、彼を支えてくれる嫁がいたなら少しは変わったかもしれない。しかし大人しく控えめな令嬢は彼の陰鬱な雰囲気に表情をひきつらせないようにしながら遠巻きに眺める程度で、関わろうとはしなかったしでは逆に気の強い女性はどうだろうか、となればそちらもそちらでじめじめしていて鬱陶しい、と相手にしない。


 ミラだって幼い頃によくうじうじしていたのがイライラして、怒鳴り飛ばした事だって何度もあった。

 何度かは虐めっ子を追い払ったりしてやったけれど、自分で立ち向かうとかそういう事は思えば一度もなかった。恐らくはそういった部分がミラにとって余計にイラつくのだろう。


 ただ、幼い頃からそれなりに助けてやったこともあって、ペテルはミラに逆らえなかった。傍から見れば親分と子分である。

 普段からそう無茶な事は言わないけれど、それでもミラがたまに言った事にペテルは必ず従っていた。


 ミラに想いを寄せているというよりは、逆らえばどんな目に遭うかわからない、といったところだろうか。

 毎日のようにいびられてはいないけれど、それでも時々会った時、ミラの機嫌を損ねれば酷い目に遭うとペテルはとうの昔に学習していたのである。


 自分の言う事に絶対逆らわない都合のいい男。


 駒はすぐに用意されてしまった。


 勿論ペテルは最初、無理矢理女性に乱暴するなんて、と拒んだが上手くやれば美人の嫁が、それも世間体から絶対に口外できようもない事をするのだから、自分に逆らえない嫁が手に入るかもしれないのよ、と肩を壊れそうな勢いで掴まれて、強い眼差しと口調で言われ、夢を見てしまった。


 大輪の薔薇のような美貌の女の強い口調に、逸らそうにも逸らせない程の強い眼差しに、ペテルは夢を見てしまったのだ。


 出会いは最悪だろうけれども、しかしカインの妻にミラがおさまり、そして代わりにセシリアがペテルの妻となる。表向き堂々と嫁と公言はできないだろうけれど、それでもペテルは知っていた。セシリア・メリーティン伯爵令嬢の事を。


 儚げで嫋やかな、控えめな美しさを持った娘。

 ミラとは正反対の、柔らかな木漏れ日のような優しげな令嬢。


 決して自分では手の届かない存在。


 それが、手に入るかもしれない。

 直接関わったことはないが、それでも何度か見かけた事はある。

 憧れて、遠くから見かけるたびにペテルはその眩しさに胸の内が焦がされるようだった。


 決して人に言えるような事ではない。けれど、それでも。

 ミラに従えば、彼女が手に入るのだと言われて。

 純潔を散らす事ができるのだと唆されて。


 ペテルは思った。

 悪魔と言うのはきっと薔薇のような姿をしているのだろうと。


 抗うべきである、と頭のどこかが警鐘を鳴らしてもいた。

 けれども、ペテルはその日、大輪の薔薇のような女の甘言に惑わされ悪魔に魂を売ったのである。



 故に、事件は起きた。



 計画は計画と言っていいかもわからないくらいに杜撰であったけれど。

 しかしそれでも実行されてしまった。


 カインの屋敷にいた使用人たちは初夜を迎えるまさにその日、寝室に近づかぬようにと事前に言われてもいたし、どこか照れたような態度のカインに微笑ましさを感じつつも言いつけを守った。

 勿論照れたような態度は演技だ。

 これが何か、それこそセシリアを害そうと思われるような態度であったなら念の為に……と誰かしら控えた可能性はある。

 特に大きな事件があったわけでもなく、平和な日々が続いていた事もあって警備はそこまで厳重にもされていなかった。屋敷の外で、屋敷に近付く不審者やならず者に目を光らせる者たちはいたけれど、屋敷の中で蛮行が行われるなどとは誰も思っていなかったのである。


 ミラもペテルも、こっそりと手引きされとっくに屋敷の中だった。


 セシリアが身を清め、そうして夫婦の寝室である屋敷の奥まった一室に入ったのを確認し、少しだけ時間を置いてペテルが室内に侵入した。

 勢いに任せて襲って、なし崩しに事に及べばセシリアが泣こうが叫ぼうが問題はなかったのだ。


 使用人たちも離れた場所にいる以上、最初にセシリアの口を封じて大声を出せないようにしてしまえば駆けつけてくる事もない。


 事が終わった後、カインとミラがセシリアを脅し自分たちに逆らえないようにしてしまえば、計画は完了する。


 ……はずであった。



 計画は、初手で躓いた。


 貴族の中に魔法が使える者がいるといっても、そこまで凄い魔法を使える者、というのはそういない。

 そして貴族たちもわざわざ自分は〇〇の魔法が使えます、と普段から公表するわけでもない。確かに社交での会話でそれとなく匂わせる事はあれど、ハッキリとは伝えないものだ。

 それらの情報を網羅しているのは王家と一部の貴族の家くらいだが、正直知らなくても多くの貴族はそこまで困るものでもないのだ。勿論自分たちの家に必要な魔法を持っている者、というのが知れればお近づきになりたいとは思うだろうけれど、魔法が全てではない。


 セシリアもまた魔法を使えるという話であったが、カインが聞いた時彼女はちょっとした風を起こすだけですわ、としか言っていなかった。室内でも洗濯物が乾かせるので、大雨の日は重宝しますわね、なんて朗らかに微笑むセシリアに、なんだその程度の魔法か、なんてカインは思ったものだ。

 自分は魔法を使えないくせに。


 だから、ペテルがセシリアを襲ったとして、セシリアはロクな抵抗などできぬままその純潔を散らされるものだとばかり思っていたのに。


 ペテルが寝室に入って数秒の後、セシリアの悲鳴が響き渡った。

 それは驚く程屋敷中に響き渡り遠く離れた場所にいたはずの使用人たちも一斉に駆けつける程のものであった。


「賊よ! 侵入者よ! どこから忍び込んだかわからないけれど、不審者がいるわ!!」


 そう叫ばれては、駆け付けないわけにもいかないだろう。


 近くの部屋で事が済むのを待とうとしていたカインとミラは、あまりの大声に驚き思わず部屋から出そうになったけれど、しかしミラも一緒にとなると流石に問題がある。彼女は本来この屋敷にいないはずの人間だ。ペテルがセシリアを襲った後で、呆然自失になっているだろうセシリアを脅し、自分たちの言う事をきくように言い聞かせるというのがミラの役割であり、またセシリアの心をへし折るためにカインとの仲を見せつけるつもりでもあった。


 だからこそ、ミラは部屋から出ないようにとカインに言われ勿論頷くしかない。今出たら、ミラまでもが不審者扱いをされかねないのだから。


「セシリア! 一体何が……ッ!?」


 近くの部屋から、これから寝室へ向かう途中でしたよ、というのを装いながら駆け付けたカインが部屋に入ろうとして思わず足を止めた。入れなかったのだ。いや、入りたくなかった、というべきか。


 室内は、血まみれであった。


 部屋の入口だけが、というわけではない。

 床は勿論壁にも天井にも血が飛び散っている。

 その中にいるセシリアには一滴の血もついていない、というのがひたすら異様であった。


 血だけではない。


 見れば何やらよくわからない塊がいくつか落ちている。


 初夜を迎えるための部屋。明るい中で待つのは恥じらいもあるだろうと予め薄暗いままであった寝室の明かりをつければ、廊下側の明かりだけで見えていた以上に更に鮮明に室内が血に彩られている事実を悟る。

 そして同時に理解する。室内に落ちている何かの塊が、ペテルであったものなのだと。


「あぁ、カイン様。これは一体どういう事でしょう。突然何も言わずに押し入ってまいりましたので、咄嗟に殺してしまいましたが……まさか彼、使用人だとかではありませんよね? だってもし使用人ならドアを開ける前に何か一言あっていいはずですもの」


 血まみれの室内で悠然と微笑むセシリアに、この時カインは咄嗟に言葉を返せなかった。


 カインの背後から室内をそっと覗き込むようにしたのは、古くからこの家に仕える執事のトムだった。老齢の身にあまりにもショッキングな光景。思わず目を見開くも、身体は肉塊へとなり果てても顔だけはそのまま転がっているペテルを見て、トムは、

「このような者は我が屋敷におりませんね」

 そう、しっかりと言い切ったのである。


 トムの言葉に嘘はない。

 最初に客人としてペテル男爵が来ている、だとか言われていれば話は違っただろうけれど、ペテルもミラも今現在本来はこの屋敷にいるはずがない人物だ。

 そしてペテルは、後を継ぎ男爵令息から男爵へとなったとはいえ社交界に滅多に出てこなかった。没落寸前で社交の場に出てくるにしても服を仕立てる事すら難しく、またペテルは自らの容姿にコンプレックスを持っていたために華やかな場に嫁になってくれそうな相手を探しに行く事すらできていなかった。


 そんなわけなので、ある程度の貴族の顔を覚えているトムですらペテルの事をロッジ男爵である、と気付けなかったのである。せめてどこかで顔を見る機会があったなら身元もすぐに判明しただろうに。


 そしてカインが彼はペテル・ロッジ男爵である、などと言えるはずもなかった。

 言えば何故そのような人物が来ているのかを問いただされ、またどうして初夜を迎えるべき夫婦の寝室へ足を運んだのかを聞かれ、いやそれ以前に何故そのような日に彼を屋敷に迎え入れたのか――どう足掻いても追究は免れない。

 であれば、カインは黙るしかないのだ。

 そうすれば、少なくともこの場は賊が侵入した事にできる。


 単独犯。金に困っての犯行。

 そういう方向にどうにか持っていけるか……? とカインは脳内で凄まじい勢いで考え始める。

 もし彼がロッジ男爵であると判明したとしても、金に困っての犯行、という線でいけば不自然ではない。

 ただ、ロッジ男爵の家とカインの屋敷はそれなりに離れている。いや、それもある意味犯行を行うのであれば離れた場所を選んだ、という方向性に持っていけるだろうか。


 だがしかし、事態は更にカインにとって望ましくない方向へと向かう。


「そうですか……では、まだ他にも賊が入り込んでいるかもしれませんね。屋敷の中を一度検めるべきでしょう」

「ただちに」


 本来ならばカインがこの場を主導すべきである。だがしかしカインはこの場をどう切り抜けるかを考える方に忙しく、そしてセシリアはこの場で誰よりも落ち着いていた。ペテルの首を凝視しているカインが事態に追いつけていないと判断し、セシリアは当然の主張であり指示を出す。

 既にカインと結婚し、奥方となったセシリアの言葉に反発する者などこの場にはいなかった。もしまだ賊が入り込んでいるだとか、屋敷周辺に潜んでいるだとかであれば見逃すわけにはいかないのだから。


「ま、待ってくれ。他にも賊が!? いると思うのかきみは!?」

「単独で侯爵家に忍び込むだなんて無謀だと思うのですが……であれば、他にも手引きした者や仲間がいると考えるのが自然でしょう。他にも屋敷に入り込まれていたならば、危険なのはこの屋敷にいる者たち全員ですよ?」


 確かに本当に賊が忍び込んでいるのであれば、誰が危険にさらされてもおかしくはない。

 だが――


「いや、でも」

「どうしたのですかカイン様。もしやこの賊に見覚えでも?」

「あ、いや、それは」


 煮え切らない態度。当然だ。

 このまま手の空いている者たちを総動員して屋敷の中を探せ、なんて事になればミラが見つかるのは時間の問題で、そうなればますますカインの立場は危うくなる。


 今ならばまだ、どうにかミラを逃せばペテルが全て一人でやらかした事にできなくもないが、もしミラまで見つかれば言い逃れる事も難しくなるだろう。

「カイン様が危険に陥るのも、わたくしが危険な目に遭うのも。ましてやこの屋敷で働く者たちとて誰一人、賊にいいようにやられるわけにはまいりません。今ならばまだ複数名で行動すればそこまで危険はないでしょう。もし賊がいたとして、まだ自分たちに気付いた、などと思いもしていないでしょうから。ですが、あまり時間をかければ向こうもこちらが警戒している事に気付き、そうなれば誰彼構わず危害を加えるかもしれないのです」


 言ってる事はそこまでおかしくもないし、ましてや嫁いできたばかりだがこの屋敷の者たちを心配もしているその言葉に。

 血まみれの部屋を見て怯えている使用人たちも、ハッとしたように顔を上げた。


「勿論、賊を見つけ対処するのが優先ではありますが、危険を感じたならば逃げたっていいのです。何事も生きてこそなのですから。安全が確認できるまで一人で行動せず、なるべく複数名で行動しなさい。そうすれば、もし誰か一人が危険な目に遭っても他の人が助けに入るなり助けを呼ぶなりできるでしょう」


 穏やかな笑み。血まみれの室内にいるというのに似つかわしくないその笑みは、しかしどうしようもなくこの場にいた者たちを安心させていた。――カインを除いて。


 そうしてカインが口を挟む隙もないままに、あれよあれよという間に使用人たちはバディを組んで行動を開始してしまったのである。流石は侯爵家に仕える使用人と言うべきか、皆優秀であった。



 ――そして、あまりにもあっさりと部屋に隠れていたミラは発見され引きずり出されたのである。



 まるで熱に浮かされたようにミラに言われていた時は上手くいきそうだと思えていた作戦も、しかしふたを開けてみればあまりにも杜撰であった。


 メリーティン伯爵家の者たちのほとんどが魔法を使えるという事をカインは知っていたはずなのに、しかし多くの貴族が使える魔法などそこまで大したものではない、という事もあってセシリアの使える魔法に関して対策も警戒もしていなかった。

 セシリア曰く風を起こす程度、と言っていたし、普段の用途は室内で洗濯物を乾かす程度だと言っていたのでこれっぽっちも脅威だと認識していなかったのである。

 けれども風を操る魔法である。使い方一つで恐ろしいものになるというのは、ペテルの末路を見れば一目瞭然だろう。


 首だけになったペテルを見たミラは恐怖に駆られた。

 てっきりペテルに力尽くで凌辱された惨めな女がいるものだと思っていたはずなのに、使用人たちに引きずり出され賊扱いを受け、更には首尾よくやっているだろうと思っていたはずのペテルの死である。

 屋敷の者たちはミラの存在など勿論知るはずもない。

 何せ婚約者がいる身で、浮気相手をカインが家に連れてくるはずなどなかったのだから。


 ミラがルエンダ子爵家の令嬢である、という事を知っている者はもしかしたらいたかもしれない。

 けれどもそのルエンダ子爵令嬢が何故この屋敷にいるのか、というのを知る者はいるはずがないのだ。


 ペテルの首を見てミラは人殺しと叫んだ。

 賊を討っただけです、とセシリアはしれっと返した。事実である。

 もしあのまま大人しくしていたら、セシリアは無事では済まなかった。

 純潔を、夫ですらない男に散らされるかもしれなかったし、その後生きていたかも疑わしいのだ。


 計画が思い通りにならなかった怒り。そしてペテルの死という恐怖。

 例えば貴族同士のやりとりでギスギスした空気の中での立ち回りだとかであれば、まだミラもどうにかできたかもしれない。けれど荒事に慣れているわけでもない一介の貴族令嬢にとっては、この状況はあまりにも現実離れしていたのだ。


 怒りも恐怖もごちゃごちゃになって混乱していた、とは後になって思ったかもしれないが、使用人たちに捕らえられたままミラはアンタがペテルにやられてればよかったのに! と計画の内容をポロリと漏らしてしまったのである。

 カインが止めようとした時には、完全に手遅れだった。


 堰を切ったように暴露するミラの言い分はマトモな者からすると聞くに堪えない内容で。

 そして同時にカインの裏切りも発覚し、使用人たちは己が仕える主がまさかこのような事を……と失望すら抱いたのである。

 侯爵としての立場を息子に譲り領地の端っこで隠居生活を送っていたカインの両親も、きっと知らない事実だろう。彼らは結婚式を見届けた後、あとは任せたとばかりに自分たちの家に戻っていったがこんなことになるのであれば、屋敷にいてもらった方が良かったかもしれない。



 そもそもセシリアとカインの結婚は王命である。

 優れた血筋を確実に残したいというものが一番の理由ではあるけれど、それ以外にも両家が繋がる事にメリットはあった。結果としてゆくゆくは両家のみならず王家、国全体にも良い影響がでるだろうと思っての判断であったというのに、カインはその王命に背いたのである。


 ミラに唆されたとはいえ、その計画に頷いたのは事実だ。今更自分は関係ない、などという言い分は通用しない。

 しかもセシリアを襲おうとして返り討ちに遭い死んだのがペテル・ロッジ男爵であるというのも発覚した。


 貴族を殺した、という点では重罪であるのだが、しかしセシリアの正当防衛であるし、身分的にも現時点でセシリアは侯爵夫人。それ以前であっても伯爵令嬢だ。没落寸前のそのうち平民になるだろう男の死は、まず重たい扱いにはならない。

 とはいえ、それでも貴族の死だ。


 事件にならないはずもない。


 だがしかし、ペテルの死はミラとカインが馬鹿げた事をやろうとした結果だ。



「王命での結婚だというのにそれに逆らうような事をするのであれば、最初から身分を捨ててお二人で駆け落ちをなさるべきでしたね。もしくはせめて白い結婚の後に離縁をして、それからお二人が結ばれるべきでした」


 杜撰すぎる犯罪計画を暴露し終わったミラに対して、セシリアはどこまでも冷静であった。


 とはいえ。

 仮に白い結婚であったとしても王命に背いているようなものだ。ただでは済まないだろう。

 白い結婚からの離縁、その後セシリアが別の家に嫁がされそこで子供を産んだ場合、そしてその時点でカインとミラの間に子がいなかった場合。

 間違いなくカインが原因で子が産まれなかったのだ、と周囲は噂するだろうし、もしカインとミラの間に子が産まれたならば、それはそれで問題がある。

 ましてや新しい夫にセシリアが純潔であった事を知られていたならば、カインが王命に背いたという結論にどうしたって辿り着くだろう。


 二人が結ばれるためには、何もかもを捨てて駆け落ちするのがもっとも可能性が高かったのである。



 けれども、事件は騒ぎにならないはずがないし、企みも明かされてしまった。

 セシリアが嫁いできた時、彼女にはお守りが授けられていた。

 特殊な魔法の力のこもった石で作られた首飾りは見た目は地味なので服の下に隠してしまえばそう簡単には気付かれない。けれども、それを握り魔法を使えば、対の石がある場所にも声を届ける事ができたのである。


 つまりは。


 ペテルが室内に侵入しようとした直後から何もかも。

 全て、筒抜けだったのである。


 そして筒抜けになったその時、夜も更けたその時間。

 対の石を持っていたのはセシリアの父である。

 娘が嫁に行って寂しいと感傷に浸っていた彼の元には、王命を出した本人――つまりは国王もいた。

 できる事ならセシリアには幸せな結婚をしてほしいと思っていた。けれども、国のためを思えば両家を縁付かせるべきだ、と思ってしまった。であれば、せめてセシリアがカインと幸せになってくれる事を願うのは親としては当然であったし、その命を下した王もまた、臣下であり友でもある男の元で酒を酌み交わそうとしていたのである。


 二人は学生時代からの友人であった。


 娘が生まれたのだというあの日から、あっという間でその娘が嫁入りしたのだ。

 思い出話だってすぐに終わるものではない。

 しんみりとした空気の中、それでもセシリアの幸せを願う二人のところに突如流れてくるとんでもない事件。


 えっ、賊!? 仮にも侯爵家に!? 一体どんな規模で押し入った……えっ? 単独? と聞こえてくる音声に二人はすぐに理解が追い付かなかったが、その後の他にもいるかもしれない、からの捜索に始まり捕まったミラのお粗末にも程がありすぎた杜撰な計画。


 あくまでも音を届けるだけでこちらの音声は向こうに聞こえなくとも、セシリアの父は怒りで顔を真っ赤に染めて思わず手にしていたワインの瓶を叩き割るところであった。寸前で王が止めていなければどうなっていた事か。


 初夜に別の男に襲わせて、それを黙る代わりに自分たちの言う事をきけ、だとかあまりにもセシリアを食いつぶすだけの要望。今まで大事に育ててきた娘の父がそれを聞けば怒り狂うのも当然である。

 ルエンダ子爵家ね、ふぅん……? と怒りすぎて一周回って冷静になったセシリアの父は、まるでこれから世界を滅ぼすと宣言する魔王みたいな顔をしていた。


 それにしたってカインもカインである。


 王命の意味が理解できない程愚かではなかったと思うのだが……とこれには王も困惑しきりである。


 けれど、聞いてしまった以上なかった事にできるはずもない。


「これならせめて初夜の日に君を愛することはない、なんていう大衆小説の展開の方がまだマシでしたわね」


 なんて。

 そんなセシリアの呟きが聞こえてきたけれど。


 悲しい事にセシリアの父も国王も生憎とそういったジャンルの本は嗜まなかったので、セシリアのその呟きの意味までは理解できなかったのである。



 流石に、一連の出来事何もかもをすぐに周知できるはずもなかった。

 やらかしたのはミラでありペテルであるけれど、カインはその作戦にのっかって二人を屋敷にそっと手引きしたのだ。無関係だと言えるはずもない。

 王命に背き、妻となった女性を別の男に襲わせようとした、という内容は流石に社交界にちょっとでも知られれば爆発的に広まるだろう。

 伏せるべき部分をできる限り伏せて。


 カインは王命に背いた事もあってその罪を償う形で身分を子爵家に落とされた。

 隠居生活していた親もこれにはびっくりである。

 そして事情を聞いて更にびっくり。

 理解するまでに相当の時間がかかったのは言うまでもない。


 国王が所持していた魔道具の中には、音声を保存する物もあった。

 対の石から流れてきた一連の内容は咄嗟にではあったが、王もまた保存していたのだ。

 聞けば聞く程とんでもない事件である。


 勿論、セシリアとカインの結婚はなかったことにされた。

 こんなことをしておいて、この上で更にセシリアにカインとの子を産み育てろと無茶は言えない。

 それ以前に、王命を軽んじる相手に身分を与えてもロクな事にならない。

 莫大な慰謝料が発生し、屋敷を売り払う形になってしまったケリーグウェン侯爵家――否、子爵家はそれでも金が足りず、当面の生活に行き詰ったカインは領地の隅に隠居生活をしていた両親を頼ったが、流石にあまりにも愚かな事をしでかした息子を助けてやろうという思いは両親にはなかったのである。

 折角今まで努力して繋いできた家をよくもお前……! といった気持ちが大きい。


 こんなことになるとわかっていたなら、間違いなくカインの父はカインに侯爵の立場を譲って隠居などしなかっただろう。


 領地の一部をメリーティン伯爵家への慰謝料とし、残りは王家が管轄する事になった。カインの両親は息子のために何かをしてやろうという気はなかったが、それでも将来の娘になると思っていたセシリアに思う所がありどうにか彼らの個人資産から慰謝料を、となったがそちらはセシリア本人が辞退した。

 悪いのはあくまでも恋に溺れ愚かな選択をしたカインであり、カインの両親は決して息子をロクデナシに育てていたわけではない。幼い頃からどうしようもない人間の片鱗が見えていたならセシリアもその申し訳程度の慰謝料をむしり取ったかもしれないが、セシリアは別にカインの両親に対しては怒りも憎しみも悲しみもないのだ。どちらかといえば、予想もしていなかったところでやらかされた事に対する同情が強い。


 とはいえ、結局カインの両親は平民になった上でメリーティン伯爵家の領地でせめて何らかの罪滅ぼしに……と働く事を決めた。隠居したとはいえまだそれなりに働けるし、そもそもカインの両親は決して無能などではなかった。ここまでされては、メリーティン伯爵家一同カインの両親に怒りを向けようはずもなかったのである。


 子爵へと落とされたカインはというと、慰謝料も支払いきれず、頼った両親にも見捨てられどうにか手元に少しだけ残っていた金と、金になりそうな宝石などをいくつか持って何処かへと逃げ出した。

 何せ彼が愛していたミラはとっくにこの世にいない。

 二人で愛の逃避行、なんてものもできず、友を頼ろうにも真相が明かされれば間違いなく追い出される。それ以前に侯爵から子爵になった、というだけでも社交界では様々な憶測が飛び交った。王命に背いた事も知られているが、どうしてそうなったのか、という細かい点までは国王も明かさなかった。もしこの時点で何もかも明らかにしていたら、社交界の話題は当分これ一色だっただろう。

 その噂ばかりが目立って他の話が入らないのも困るのだ。そういった大きな話の陰に隠れるように悪事を働こうとする者が行動に出れば、また面倒な事になる。

 故に、ある程度の情報を規制したに過ぎなかった。


 とはいえ、カインにとってそれは何の救いにもならない。

 一部事実は明らかになっているが、詳しい部分はわからないまま。一体何があったのかしら? 見え隠れする真実に貴族たちは謎を解き明かす探偵のようにああでもないこうでもないと様々な憶測を広げ、気付けば尾びれ背びれがくっついてとんでもない話がさも本当のようになっていく。


 渦中の人物であるカインが、その状況で社交界になど出られるはずもない。

 結局何があったの? なんて自分より上の身分の者に言われて上手く言葉を濁せる気がしなかった。

 かつては侯爵であっても、今は子爵だ。以前のような態度をとる事すらままならない。


 結局、カインは耐え切れずに逃げだしたのだ。



 そんなカインの最愛だったはずのミラはというと、彼女は人知れず毒殺される形となった。

 毒杯ではない。毒杯を賜る、なんて事になれば無駄に社交界に話題を提供しかねない。

 ルエンダ子爵家にも当然事の次第が明かされて、ミラの両親もまた酷く驚いたのだ。

 恋人がいるとは聞いていた。

 その恋人とは近いうちに結婚する予定だから、紹介するまでもう少し待っててなんて言われて、楽しみにしていたのだ。

 ルエンダ子爵家はある意味で名ばかりの貴族であったので、娘の恋人が誰であるのだとかわざわざ調べたりせずに、娘が連れてくるのを待っていた。

 その方が驚きも楽しみもある、なんて思って。


 だがしかしふたを開けてみればミラの恋人には王命で結婚する相手がいたというし、その王命に背いた挙句とんでもない計画を立てていたと聞かされて。

 まさしく寝耳に水だった。驚きすぎてミラの母など心臓が止まるかと思った程だ。父は一瞬呼吸が止まった。


 犯罪計画の立案者であるが故、言い逃れのしようもなくミラは罰を受ける形となった。

 両親にまで累が及ばなかったのは、両親はたまに参加する社交の場などでもマトモである事が周知されているし、ましてや娘にそんな事をしろと唆した事など一度もなかったからだ。

 娘のしでかしを聞いた時ミラの両親は勢い余って額から血が出るくらいに頭を擦り付けとにかくひたすら己が子育ての失敗を謝罪した。

 大体王命に背くような事を唆した挙句、そのせいでペテル・ロッジ男爵までもが死ぬ事となってしまったのだ。実際ペテルを殺したのがセシリアであろうとも、ミラが余計な事を考えなければペテルは死ななかった。勿論その話に乗ったペテルも悪いけれど、だがしかし元凶はとなれば間違いなくミラであったのだ。


 いっそ我らも処罰してくれて構わない、とあまりにもあっさりと命までをも差し出そうとしていたが、だから娘を許してくれとは決して言わなかった。

 娘のした事の責任をかわりに取るにしても慰謝料などを払えるだけの財はないし、となればもう差し出せるものなど限られている。

 両親は娘の教育に関しては真面目にやっていたと言えるけれど、しかしそれが反映されていないのは明らか。


 事前に仕出かす事を知っていたなら引っ叩いてでも止めたけれど、ミラは両親に相談なんてするはずもなく、知る機会すらなかったのだ。


 そうまでしても娘を助けてほしいと言わなかった両親にミラが喚き散らしたものの、逆に両親から盛大に叱られ殴られたミラは子供のようにわんわん泣いたけれど。

 それでも結局やってしまった過去は変えられない。


 結局のところ両親に咎無し、となりミラだけが処刑される事となったのである。

 とはいえ、衆人環視の前で罪状を述べて、というわけにもいかない。自宅で毒を飲まされて、そのまま病気で死んだという事にされた。


 メリーティン伯爵家としても、たった一人の娘を失う形となってしまったルエンダ子爵家に特に何かしようとは思わなかった。逆恨みでもしてきたなら話は別だが、ミラの両親は恐らくそんな事にはならないだろう。

 ルエンダ夫妻は最終的にお互いが教会に入り、修道女、修道士となった。親類には娘の冥福を祈るために、だとか言えば納得されたので深く追究される事もなかった。



 ケリーグウェン侯爵家からケリーグウェン子爵家へとなってしまった挙句屋敷も家財も売り払う事となった結果、この家に仕えていた使用人たちもまた己の身の振り方に悩む形となった。

 主のやらかしには驚いたし失望もした。後継ぎとして学んでいた時だけではない、もっとずっと昔、カインが幼かった頃から仕えていた者もいたのだ。

 カインが侯爵となった時、これからもっとこの家は発展していくのだろう、と誰もが思っていた。だというのに。

 僅かばかり残されていた金目の物を持ち出して逃げ出したカイン。

 残された使用人たちが今後の将来に不安を感じ暇を申し出る間さえなく、彼は姿を消したのだ。


 紹介状も何もない。

 侯爵家から子爵家になった家に勤めていた、なんて言っても新しい働き口はきっとあまり良いところは見つからないだろう。

 こうなる前にもっと早く、紹介状だけでも書いてもらうべきだったのだ、なんて今更な後悔をした者も多い。


 人によっては次の仕事場が見つかる者もいるだろう。けれども全員がそうではない。一部の者は路頭に迷う事も覚悟しなければならなかった。


 だがしかし、救いはもたらされた。

 メリーティン伯爵家が慰謝料としてケリーグウェン侯爵家の領地だった一部をもらった事もあり少しばかり人手を募集したいのだと言って彼らを雇う事にしたのである。

 勿論ここではないところで働きたいというのなら、こちらで紹介状も用意しようと言われれば断る理由なんてどこにもない。


 たった一日、奥方と呼ばれる事も数える程度でそれもすぐに無かったことにされてしまったようなものだけれど。


 それでもほんの少しとはいえ一緒に暮らす事が決まった人たちでしたから。


 あの人の妻ではなくなったけれど、それでも最低限、手を出せる部分は出しておくべきかと。


 そんな風にセシリアに言われて、一部の者は思わずセシリアを拝んだりもした。

 ミラのような華やかな美貌ではないけれど、それでもその穏やかな笑みに彼らは女神の慈愛を確かに見たのである。


 その後セシリアは別の相手と改めて婚約を結ぶ事となった。



 これが、ケリーグウェン侯爵家に関する一件の全てである。




「――はい、というわけで。途中休憩を挟んだりしたけどお前らちゃんと聞いたな?」

「聞きましたけど……でもあの、これ本当に本当の話ですか? だって相手の心境みたいなのとかどうやって知ったんです?」

「そんなの魔法に決まってんだろ。はい君たちも貴族として生まれたなら自分なり親戚なり友人だとかに魔法が使えるって人はいると思うんですが。

 中にはあまり使い道ないな、なんて魔法の持ち主もいるとは思います。けれども大っぴらにどういう魔法が使えるかはあまり言わない方がいい、なんて言われてるわけだな? 人によってはとんでもねぇ使い方思いつく奴もいるから、それで利用されて悪事に巻き込まれたらたまったもんじゃないってのもまぁある。


 ちなみにメリーティン伯爵家の親戚筋の中に、物に宿る記憶を読み取る、なんて魔法を使える人がいます。

 事件があった後、その人の協力の元関係していた場所だとかに魔法を沢山使ってもらって明らかにできる部分ほとんどやってもらいました。

 もう二度とやりたくないって言ってた。可哀そう」


 ダンデのその言葉に生徒たちもそりゃ可哀そうが過ぎる……と否定できなかった。


「でも先生、場合によっては私たちも被害者になるかもしれない、って言ってましたよね?」

「あぁ、それな。婚約者と冷え切った関係の場合、流石にこんな事件にまではならなくても白い結婚の強制だとか、明らかに自分を食い物にされるような事を脅されるかもしれないだろ。

 そういう意味での被害者はわかりやすいが、ロッジ男爵のように旨い話にのっかって、なんて事だって有り得なくもない。目がくらんでる時って案外そういう明らかヤバイ事って気付けないからな」


 まぁそれは確かに、と生徒たちは頷く。

 周囲から見れば明らかに拙いだろうと思う事でも、当事者は案外どうにかなる、なんて楽観的に考えてそうして後から酷い目に遭ったりするなんてのはよく聞く話だ。



「今回あえてこの件を明らかにしたのは、だ。

 最近、うちの国に限った話じゃないけど近隣諸国とかで身分がそれなりにある奴らがこぞって真実の愛を見つけただとかで、やれ婚約破棄だやれ邪魔な奴らを蹴落とそうだとかでやらかした話がちらほら聞こえてくるようになったからだ。

 うちのクラスではそんな事する奴ぁいないと思いたいが、常識も倫理観も何もかもすっ飛ばすからな、盲目な恋って。

 挙句の果てにやっちゃいけない作戦とか、今回みたいな馬鹿な事をしないようにって教訓も兼ねて明かしたわけだ。あとテストにも出ます。


 いいか、間違ってもカインは失敗したけど自分なら上手くやれるとか思うんじゃねーぞ。そうやって実行したものは大体失敗します。やるな。王命ならなおの事だけど、王命じゃなくても婚約に不満があるならまず関係者とじっくり話し合え。

 周囲の人に相談もできないような内容の事を勢い余って自分の判断だけでやらかすなよ。結果被害に遭うのが自分だけならいいけど、身内まで巻き込んだりとか、出さなくていい犠牲が出る事もあるからな。

 ほら、今の話だとペテル・ロッジ男爵とか。ミラ・ルエンダだってそうだ。馬鹿な考えを思いつかなきゃ死なずに済んだ。

 なんだったら、後日の聞き取り調査でセシリア嬢曰く、事前に相談されていたら、愛人としてならミラの事は目こぼしするつもりでいたそうだ。相談も何もされない挙句やらかされたからその考えも今となっては、なんて言ってたそうだが」


 まぁ、愛人で収まりたくないからこそミラはあんな計画を立てて実行しようとしたのだけれど。


 けれどももしやらかした結果死ぬことがわかっていたなら、愛人として甘んじたかもしれない。内心でセシリアに対する怒りをふつふつと煮えたぎらせていたとしても、それでも本当にカインに愛されているのは自分であるという優越感もあったかもしれない。そういった部分でどうにか折り合いをつけていけば。

 こんな結末は迎えていなかっただろう。


「あー、あとこの話に関してのレポートとかも後で出してもらいまーす。はい、それじゃあ午後からの授業は本来予定していたものと変わらないので真面目に受けるように。昼飯もしっかり食えよー」


 ダンデが相変わらずゆる~い声で言えば、生徒たちは起立! 礼! と一糸乱れぬ動きで授業の終わりを告げ、そうして食堂に向かったりテラスへ移動する者とに分かれた。


 恐らく今日はどのクラスもこの話に関する話題ばかりになるだろう。


 王命に背いた結果爵位を落としたケリーグウェン侯爵家。

 行方知れずの当主。

 結婚したはずがその結婚自体がなかった事になったメリーティン伯爵家。

 セシリアはミラの存在を知らなかったけれど、それでもデートなどでカインとミラ、二人が共にいるのを見た事がない者がいないわけではない。

 噂は密やかにされていたが、ここにきてミラが病死したというニュース。両親は娘の冥福を祈るために修道女と修道士になった事まで広まっていたのだ。


 とはいえ、ミラの両親に関しては噂の広まり方からそこまで関係はないのでは? とも言われていたが。


 直接関連しているかどうかもわからないが、それでも結び付けようと思えばできなくもない。


 憶測は様々、人の数だけ広まって、実際以上に荒唐無稽な話になった物もあったけれど。


「これに懲りたらもう馬鹿な事する奴も出なくなるといいんだろうけど、ま、出るんだろうなァ……」


 自分のクラスでやらかす奴はいないだろうけれど、それでも怪しいと思われているのが今まさにこの学院にいるのだ。

 もしやらかしたら。

 生きていればそれだけで奇跡と呼べるかもしれない。



 ダンデはセシリアに関してはそこまで詳しく話さなかったけれど、彼女は決して控えめで優しいだけの女性ではない。むしろミラと違い幼い頃から多くの貴族と交流してきた。そのどれもが和気藹々としていたか、と問われればそうではない。

 腹の探り合い、弱みの探り合いなんていう殺伐としたものだっていくつもあったはずだ。

 ダンデは男性であるが故、女性の茶会や社交に関しては詳しくないが、それでも聞こえてくる噂から想像する事はできる。

 男の社交も時として女性以上にドロドロしたものもあるが、それでも女性と比べればマシな方だろう。


 殺伐とした社交など、それこそ透明な毒の川に浸るようなものだ。明確に見えるものではないけれど、それは確かに心を蝕むものとなるのだから。

 そんな場を優雅に泳ぎ渡ってきたセシリアと比べ、幼い頃から割かし自由に奔放に育てられてきたミラが勝てるはずがなかったのだ。


 ミラは大輪の薔薇のような美貌だと言われていたが、対するセシリアは控えめな白い花のようなものだとか囁かれていた。しかし実際、セシリアの本性は平然と毒を飲み込める蛇のような女である。

 恨みつらみは決して忘れず、相手を攻撃する時は一切の躊躇をしない。穏やかで控えめな姿はあくまでも仮面だ。


 初夜があった日、寝室にやって来たペテルは廊下側の明かりでセシリアから見れば逆光であり、普通に考えればカインであると誤認してもおかしくはなかった。これから初夜を迎える夫婦の寝室に訪れる者など、妻が既にいるのであれば後は夫でしかないのだから。

 けれどもセシリアは即座に別人であると見抜いたのだ。

 確かに背格好は似ていなかった。だがそれでも、場の状況を考えればほんの一瞬の隙ができてもおかしくはない。


 けれどもセシリアはやって来たのがカインではないと瞬時に判断し、そしてすぐさま攻撃に移ったのである。使用人であればドアを開ける前に声をかけるくらいはするだろう。声もかけずに入ってくるとすれば夫となった男だけのはずだが、しかし来たのは夫ではない。

 セシリアが一瞬でも戸惑った隙に押し倒し組み伏せようとしていたはずのペテルは、その隙を得る事なく結果として首から下はこまぎれになって死んだのだ。

 風を操り自分に返り血がつかないように、それでいて部屋中を悲惨な状況にあえてした上で。


 僅かな時間で咄嗟にそれだけの事ができる女に、魔法も使えない、賢いわけでもない、ただ美貌だけが取り柄の女が勝てるはずがなかったのだ。


 美貌だけで言うならば、確かにミラに勝ち目があったかもしれない。けれどもミラが仕掛けたものは決してどちらが美しいか決めるための戦いなどではなかった。そしてミラはそんな簡単な事にすら気付けなかった。



「さて、そのうちやらかしそうな連中も、割とアレなんだよなぁ……」


 真実の愛を見つけた、なんて嘯いて周囲の目も憚らず婚約者をそっちのけにしている困った生徒がいるのだが。その真実の愛だという令嬢もなんというかミラと似通った、美貌以外に取り柄がなさそうな相手であるのもダンデからすると先が見えているとしか思えないし、そんな女を選んだ令息も見る目がないなとしか思えない。

 ましてや、その令息の婚約者である令嬢は愛嬌がある小動物めいた可愛らしさの持ち主で確かに色気だとかはないかもしれないけれど、しかしその内面はセシリアと似通っている。というかなんだったらメリーティン伯爵家の遠い親戚筋にあたる。家名こそ違うしメリーティン伯爵家の名を彼女が一切口にしていないから気付ける者はいないだろうけれど。


 知らぬ間に、敵に回してはいけない相手を敵に回そうとしている生徒が自分のクラスではなくともいるのだ。


「何事もなきゃいいんだけど……無理かもわからんね」


 きっと、この話を聞いたところで該当者になるだろう令息と真実の愛のお相手は自分たちとは無関係だと判断するだろう。


 いずれ来る、とわかっていても。


 今はまだ、嵐の前の静けさであった。

 物に宿る記憶を読み取る魔法に関して。

 物以外の、死体からでも可能です。

 つまりそういう事だよ!

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やらかしそうな生徒がいると分かっているなら、お前らのためにやってる授業だよこのままだと二の舞だぞと、名指しで直接教えてあげようよ先生…
[良い点] 記憶読みの人が気の毒すぎるw
[一言] >ダンデのその言葉に生徒たちもそりゃ可哀そうが過ぎる……と否定できなかった。 便利すぐるから……。 そいや、おそらく日本で一番有名なサイコメトラー(それを扱った漫画の主人公)も、「妹が連…
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