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異世界に行く方法  作者: メケモフ
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深淵の魔女とドゥベルクの鎧

 なにをしてもうまくいかない。だからかなにも楽しめない。

 なにかにすがりたいし甘えたい。だが、すがったところで悔いしか残らない。

 惨めさが後ででてくるだけだ。

 なにをやってもうまくいかないと、なにもしないと、こんどは、また、なにもしかなかったことで生まれるはずだった成功を見られなくて決まって人は後悔する。

 きっと後悔のない人生なんてないのだ。

 ずっと、そんなことを思っていて、人は過去を変えたいと願う。

 過去を変えたくない人は今悔いがないのだ。

 でも、きっとこの先必ず悔いが残る。

 悔いが残らないようにする。

 そうした願いは叶えられない。

 なぜだか。

 今。

 この時。

 この世界を生きることしかできない。

 未来はわからず、未来のためになにかをしようとしても今をどうにかしなければ、先のことなどなにもできない。なぜ人は悔いなければならないのか。これが罪だというのだろうか。なぜ完全な生を過ごせないのか。

 原初の後悔とはどこにあったのか・・・。いったいどこに・・・。

 闇深く、人が届かない場所。あるいはいずれ人が落ちた闇の先。深淵にいけば悔いがない真理があるのか。後悔がなく、罪を犯すこともない、絶対の真理があるのだろうか。

 そこにあるのだとわかれば探究者は必ず探し出すだろう。

 たとえ、真理を掴めてでられないとわかっていても・・・。 「とある傭兵隊長の日記」より






 序章「死の音」


 眠りを呼び覚ます鐘の音がした。

 今にも横たわりそうな木から腐った果実が落ち、虫が飛翔する。

 幼子を片手に槍をもつ長い赤髪の女武者の姿があった。

 槍の穂先は錆びており、血は凝り固まっていた。

 女は悲しそうに頭を下げると暗くたまった闇の穴にずるずると溶けて消えていく。

 その暗い穴を見続ける。

 色彩はあまりにも黒い。墨汁より黒かった。

 何者かに目をふさがれているようだとその人は思っていた。

 ひどく暗闇で暗かった。

『そこに行けばすべての真実がわかる・・・』

 どこからか声がした。

 うおんうおんと音が響く。いったいこの音はどこから響いているのだろうか。

 疑問をもつもまるで今ここがどこでいったいどういう状況なのかもその人にはわからなかった。記憶が欠如している。

『そこに行けば自由があるだろう・・・いこう・・・』

 今度は別の人物の声がした。腐った果実がまた落ちて虫が飛び回る。甘く腐った匂いがひどくあたりを充満させている。

『真実なのに・・・。なぜ・・・なにもなかったの・・・?愛なんて嘘だった・・・幸せになりたかった・・・わたしの子・・・』

 と美しいおんなの声。あの女武者の声だろうか。悲痛なその声を探そうとするがただの暗闇しかなく、その人はおびえる。

『ンギャー!ンギャー!』

 赤子の絶叫がうおんうおんと奥から響いてきた。赤子が鳴いている。だが、その泣き声もやがて消えていく。

 周囲を見渡すと暗闇の奥から一筋の光が照らした。

 あの青い光は、月の明かりだ。

 光に照らされてここはどこかわかってきていた。

 洞窟。

 広く細長い洞窟であった。

 天井は崩落した跡があり、そこから青い月の光が照らしているのだ。雪が積もっており、溶けた雪によって水たまりができていた。

 水たまりに波紋が浮かぶ。

 ドブネズミかあるいは、クマネズミに似た生き物がキーキーと鳴きながら走ってくる。

 害獣が逃げていった逆の方角。その奥はひどく不気味であった。

 この奥にはいったいなにがあるというのか。

 ひっそりとしずまりかえった洞窟のなかでその人は一人ぼっちだった。

 洞窟の奥からはなんの音も聞こえはしない。では、赤子と女の声はどこからやってきたのか?

 奥まで行ってみよう。

 そう思って足を踏み出してみたが急にふわふわとしていて足がおぼつかない。

 これはどうしたことか?

 その人は胸の動悸が高まるのを感じた。

 今まで静かだった洞窟の奥から足音が鳴る。

 ポタッ・・・。ポタッ・・・。と水滴の音まで近づいてくる。

 ただの水滴の音ではなかった。その人は、これは「死の足音」に違いないと直感した。

 その人もどう説明していいかわからないが。ああ、やがて自分は死んでしまうに違いない。早くここからでなくては・・・。だが足が動かないのだ。動いてくれ動いてくれ、となにかに縋っていた。  

 音が近づく。

 耳元に吐息が聞こえた。呼吸の音がすぐそばにある。

 ハア、ハアとした喘ぎ声で

「ああ、陛下・・・。陛下・・・。何故この国を選ばないのですかア――――――・・・!?」

 それは多くの人々の怨嗟の金切り声であった。

 叫び声に混ざって怒号と肉を切り裂くような音が響いた。大砲の音と馬のいななき声。それらは戦いの音であった。それら喧噪から逃れたくその人は耳を塞いだ。

 やがて、静かだがしわがれた老婆の、うめきに似た抑揚のない声が聞こえた。

「ああ・・・。呪われた狂戦士がくる・・・うらぎりものを殺しに・・・」

 そこで意識がぷっつりと途絶える。

 その人は意識が途絶える中で黒い炎を見た。黒く燃える炎を。その先に燃えながら立ちすくむ甲冑の騎士を。

『だから・・・・エナトよ・・・・深淵からの声を聴き給えよ・・・。そして、異界の門を閉めるのだ・・・ずっとこの先も・・・永遠に・・・そうしなければ・・・』


 

 一章 「砂漠の遺跡」



 ハッと目を覚ました馬上の女は姿勢が少し崩れてしまい慌てて体制を立て直した。

 ラクダのうえで「深淵の魔女エナト」は船を漕いでいたのだ。

 周囲を見渡すと何人かの「傭兵」の視線を浴びエナトは少し恥ずかしさを感じた。

 魔女と呼ばれるだけあって女の風体は変わっている。

 エナトは銀髪にぼろ布に呪詛を書いた目隠しをしているからか。静寧な感じというよりは、怪しさと神秘さが同居している風貌である。

 目隠しをしているのは理由がある。それは深淵に落ちて真理の一端を見た代償であった。

 真理を見ればその身体を深淵に蝕まれやがて燃えて消えてしまう。

 真理を見たら消えてしまうとはなんなのか。真理の一端しか見てこなかったエナトですら説明できないが、世界は「言葉」でできているという。そう説明したのが、神話の時代より深淵に住んでいる「深淵の主」だ。

 深淵の主は、姿形が闇に溶け込んでいてわからない。齢もわからないが深淵にずっといる人か神かさえもわからない存在である。だが、彼もしくは彼女はすべの「真理」を知っていると言われ、エナトは深淵の主の出した試練を乗り越えて「深淵の炎」の魔法使いとなった。

 さて、真理を見ると消えるその理由。それは言葉の情報。言葉の海だ。

 なにもないところから炎を出し燃やせる。それは神秘であった。神々の力であった。真理を知るからこそ神々の力を己の思うままに自在に変換できる。

 深淵の奥深くから、燃やすに必要なものをつなぎあわせ、物質を作り出し、人の手では決して消すことができない神秘の力「深淵の炎」を出せる。

 エナトはずっと燃えている火だ。ただ燃やすかどうかを自分の視線と認識次第で判断できるが、自分の「魂」も対象を燃やすたびに燃えているのだという。

 深淵に落ちた先の、「深淵の主」よりエナトはこう説明を受けた。

「汝の深淵の炎は目で見たものそれを言葉としてそのものを焼き尽くし無くす。いずれ自身も燃えて灰となろう。それ故、神にひとしきその力をうまく使いこなせ。そして今苦しむ人々をすくいたまえ」。

 現実のものをずっと見れば己の肉体が焼き消えてしまう。そうならないために深淵に落ちた人々の目を使ってエナトは呪詛を書いた。

 深淵に落ち、試練に挑んだが無念にも亡くなった人たちから奪い取った8つの目玉をつぶした液体で書かれた「魔法の目隠し」を作り出したのだ。視界が複眼のように見えて大変優れている。また深淵の炎を視線だけで燃やさず杖と言葉で生み出す、呪文も作り出した。太古の言葉の魔法を操り、ぼろ布の呪文が書かれた目隠しをして長い銀髪を一つに束ねている女。エナトといえばこの姿である。

 エナトはまた、灰色のとんがり帽子をかぶり背丈はある細長い杖をもっていて、身長は低すぎずさりとて、高すぎない。地面につくくらい長い灰色のローブを着て、つま先がとんがりとしたこれまた灰色の革靴をはいている。

 ローブの下の腰から黄金の色の柄が特徴的な魔法の剣「短い尾羽」を帯びているのが見える。

 変わった形の剣である。

 一見それは湾刀である。曲刀のようでもある。しかし、切っ先は両刃となっており、刺突と切断の両方が可能となっている。大陸中探してもこのような剣は見当たらない。何百年も使用して全く刃毀れせず、美しいままの姿である。

 剣術はそこらの名のある騎士より優れており、魔法がなくても英雄、勇者を相手に戦え、武名を轟かせている。

 12の国々の言葉を話し、古代の国々の言葉をすべて話せる。

 顔は幼さを残しているが、大変美しく一国の王女のような清廉さを持っている。

 声は幼くしかし細く綺麗で、肌は雪のように白くシミがひとつもない。

 年齢は20代前半に見えるが、すでに300年生きており、万能の賢者とも呼ばれている。

 その美しい顔のエナトも砂塵が肌にまとわりついて、よだれに砂が付着して口元は砂だらけであった。

「夢を見た・・・」

 とエナトはなにかを確認するかのように小声でつぶやいて口元を手の甲でふいた。

 ぼうっとした思考の中で笑い声と手をうつ音があった。

「おお大したものだな。落ちなかったぞ」と、声があがる。

 器用なものでラクダから落ちずにエナトはしばらく寝入っていたのを周囲の兵士たちもそれには感心しており尊敬的な目でみていた。

 ひまなものたちだ、とエナトは思った。だが、無理もないかもしれない。

 目の前は、黄色い大地の砂漠である。なにもないのだ。

 口を開ければ砂が入ってきて、舌についた砂粒をペッペッと唾を飛ばすたびにカラカラの喉がひどく痛くなる。靴にはどこからか砂が入るし、服も砂が入ってくる。エナトは喉に指をあてて魔法を使い、喉を潤す。エナトは魔法を使い体内の温度を調整していた。

 鼻筋から大きな汗を落とす兵士が見えた。額には汗が滲みでている。

 周囲はこうしてふざけているが疲れ切っている。

 くたくた顔の周囲に水を入れた水筒を放りなげてやると、皆顔を喜ばせてエナトに感謝する。

「さっすがエナト様だ。仕事が終わったらガリアで一杯おごりますぜ」

 そういわれてエナトははにかんだ笑顔を浮かべた。ガリアとはエナトたちが出発した故郷のような国のことだ。

 ガリアの酒場はいつも以上に砂とほこりだらけの男たちでうるさくなるだろうか。

「まったく、ありもしない呪われた鎧を探しにいくなんて」

 と、兵士の一人がぼやいた。

 そう言われてエナトは半分眠っていた脳がだんだんと覚醒したかのようだった。

「ありもしない鎧・・・か・・・」

 ドゥベルクの鎧という小人族が作った最強の戦士の鎧をガリアにある東の「竜王国」と海を越えた南の大陸にある「神聖帝国」が狙っている。

 ドゥベルクの鎧。それを着れば狂戦士となり万の軍勢に匹敵すると言われている。

 それは、世界の調和を乱す可能性がある。神聖帝国より先に鎧を奪い破壊すること。世界の乱れを防ぐ「調停者」としてガリア王国からのエナトへの依頼であった。

 深淵の主から命じられ、世界の調和を使命に生きてきた彼女は四方へ旅をする。そんな彼女も三百年以上も生きているとさすがに仕事の多忙さもあってと、時折忘れることが増える。

 使命を思い出しエナトはため息をついた。

「まったく・・・。まだ着かないのか・・・」

 と小さく呟いて二度目の大きなため息をついた。

 ラクダに揺られながら砂の大地をゆらゆらと進んでいく。ひどく乾燥していて皆、うんざりした表情をしているのをエナトは何百回も見た。

 砂漠の敵地だけに潜入の「極秘作戦」と言えば格好がつくものだろうか。

 しかし、皆の顔から緊張した雰囲気は漂って気はしない。

 大した任務だとはかんがえていないのだろう。無理もない。同じ内容の任務といってでかけた先は古いただのなんの変哲もない鎧だったのが何十件とあるからだ。

 兵たちの頭にあるのは、ただただ暑いのでどこかで涼みたいそれだけが願いなのだろう。骨董品を見つけようが目的地について報酬を貰えればそれでいい。

 だが、今回は、周囲は見渡す限り砂、そしてまた砂その連続。

 日が天まで上りきる午後。

 空気は乾燥し、微風だけ吹く。午後になり、夜になるとこんどはかなり冷え込む。これがこれで身体に堪えたりする。

 そして、朝になり、埃っぽい環境のなかを、日陰もない場所でゆらゆらとラクダにのりながら進んでいく。報酬に見合わないと考えた傭兵は圧倒的多数であろう。

 髭は伸び、顔に生気はない。酒臭く、汗臭く、この大地に適した装備ということもあるが、だらしない私服を着て革の鎧だけをつけて砂漠を歩く彼らはさながら盗賊である。

 傭兵も盗賊も荒くれものが武装しているのには変わりないが王国に雇われている彼らはそれなりの地位と力をもった傭兵集団だった。

 ガリア王国。その王国内には何万という傭兵があるが王国から直接雇われている傭兵はわずか1000人しかいない。

 多額の給料で雇われている彼らは王国の騎士以上の俸禄と爵位と土地すら有しているものもいる。仕事はでき、戦闘集団としては実力者でもあった。騎士と違うところは戦場の儀礼や常識にとらわれないある種合理的なところだろうか。

 だが、そんな傭兵団であってもすでに案内役の老人が何度も場所を間違えていて、傭兵部隊を率いる隊長はイライラしている様子だった。

「おい。くそじじぃ!何度道を間違えるんだ!」

 と隊長が怒号を上げる。

「隊長さん。砂だらけだから道なんてないんだよ。落ち着いて今思い出すから」

 と老人は額をぐりぐり拳で突く。

 いつもは冷静沈着な傭兵隊長殿も案内役にはこいつしかいなかったのか、と小さい砂が渦を巻いて襲いかかってくるたびに副長のジャンをいじめていた。

「こいつしかいないよ。こんな砂漠であれだけの銭でうごくのはよぉ」

「うるせ!女に金使ったからあれしかねーんだぁ。抱く女の数をおまえらは減らせ」

 二人は似た会話をずっとつづけている。

 この隊長とエナトとは長い付き合いであった。

 彼らは、ガリア王国を雇用主にもつ専属の傭兵部隊でこうしただれもやりたくないような仕事をやる「何でも屋」であった。

 隊長の名前は、ピエールと言う。副長はジャン。兄弟同士で顔が似ている。鉤型の長い鼻にもじゃもじゃの不揃いな手入れされていない髭。ほっそりとした体格。「ガリのピエールとジャン」と言えば彼ら二人のことでそれなりに名が知れている。ピエールは肌が白くジャンは額に黒子があり、浅黒い。歳は本人たちも知らないらしい。娼婦の子でおそらく30歳手前だろうということだった。

 そんな彼らも案内役にこの老人のような人物は初めてらしい。本来は二人を案内役に雇うものだ。一人を人質にし、一人を案内する。なかにはうそをつき騙すものもいるためだ。

 案内した先に賊が待ち伏せしているところであったなど、例が多い。金を二人分だし、一人を傍に(それも親族がいい)人質をとってやらせれば、二人とも殺させない、殺されまいとうそをつかずに案内してくれるものだ。もちろん例外もあるが、一番の慎重策だ。

 だが、ジャンが金を出せなかったためと、案内できる人間が信頼できそうにないはした金にむらがりそうなその一人しか雇えず、なおかつ老人一人とほかの(人質役)が途中、大喧嘩して老人に殴られたもう一人が心臓麻痺となってエナトに治療してもらい村に返されたため、この一人しか案内を頼めなかった。

 老人が道を間違えジャンが叱られる。そんなやりとりを何十回と繰り返した。

 乾燥した砂漠の地を駱駝に揺られながら見たことがあるようなないような光景を目にし、体についた砂と靴に入った砂を落とすとことを延々と繰り返した。

 砂漠の地平線の彼方の日は沈み夜が来る。

 砂漠へはあまり来たことがないエナトにはその光景は新鮮であった。三百年も生きてきてこの地へこなかったのはなぜなのか。朝日が昇ると強風とともに陽光がチリチリと肌にあたり熱く、夜がくれば風はぬるくなり次第に冷え込む。それがどこか物憂さを感じる。天は高く、星々はきらめいている。砂漠の夜はどこかせつなさを感じるとエナトは思った。

 目的地がどこかもわからないまま不安と怒りを忘れるように決まって夜になると火を囲むようにして、傭兵たちはバカさわぎをし始める。

 今日もどうやら前の出来事らしい。新入りも何人か入っているので古参の傭兵たちは自分たちの武勇伝を話し始める。

 みな脚色を入れて話す。だいたいがゴブリン(小鬼)退治か、帝国軍との戦いの話だ。

 エナトは皆の後ろで杖を抱えながら聞いていた。話が弾んだのか自分の得物の話となった。

 片目が小さく少し小太りの男が前に出て話し始める。

 メイスの使い手のルイだ。片目が小さいので独眼竜ともいわれている。

「あのときゃあ。お前、帝国軍は何人いたかわからん。8国の魔女たちも「不戦の契り」で参戦を拒否して、そりゃあ。王をはじめみんな孤立無援だった。内戦が終わって何年もたってねぇんだ。俺たちは港から離れた城にいた。浜に敵が上陸したことを知って驚いた。敵は5000人だ。こっちは500人。しかし、隊長はまだ敵が荷を下ろしていて体制を整えていない。打って出ようといったんだ。明け方、敵はこちらの奇襲に驚いてもろくも崩れたんだ。おれはそんときこのメイスで50の頭を叩き割ったわ。だが、前に進むと強固な陣とぶつかった。紅のカスパールだ。やつは、深紅の鎧をつけ手に大剣を構え隊列を組んで襲ってきた。やつとは宿敵の間柄だった。奇襲を予知していたやつの部隊だけ抵抗が激しかった。俺は咆哮を上げながら突進し、カスパールに襲い掛かった。一騎討ちだった。10合ほど打ち合うとやつの大剣ごと頭を砕き倒したのよ」

 グハハハと笑うルイに隊長は苦笑していた。小声で隣のジャンに「あいつあのメイスを使い始めたの最近じゃねーか」と言っていた。

「紅のカスパール」って誰ですか?とエナトの問いに隊長のピエールが寄ってきて「そんなやつはいねぇ」と言った。独眼竜の創作ということらしい。だが、新米兵士は目を輝かせて聞き、古参はとくに突っ込まず笑いをこらえていた。

「しかし、そうなるとメイスってやはり強いんですね」という新米兵士の話から一番の武器は剣か槍か。槍に決まっているだろ。いや、弓だ。いや盾だ。盾は合理的だ。などと話しとなった。

 一人のお調子者の傭兵が、いや杖だ、と言ってエナトを指さすと、話始める。

「あの時隊長と俺たちは絶命の危機であった。周囲はゴブリンの軍勢一万。俺たちはたったの50人」

 抑揚のある声に新人の傭兵たちは緊張した顔で聞いている。

「丘の砦に逃げ込んだ俺たちは援軍をまった。しかし、王の援軍はこない。ここまでか?ゴブリンの軍勢が門をうちやぶりなだれ込む。倒れる味方。日が落ちかけ、俺たちの灯も消えかけたその時、黒い炎がゴブリンの軍勢を焼き払った。それはまるで竜が吐く炎のようだった。一万の軍勢は灰燼に帰した。現れたのは、杖をもった目隠しをしたとんがり帽子の女。ゲホゲホと咳をしながら女は言った。ここは危険です。逃げてください」

「隊長は言った。なんでだ?ゴブリンなら・・・」

「いえ、私の魔法のせいで火の手がすさまじいのでここが危険なのです」

「ああ。と隊長は言ったあと一同は爆笑しちまった。それでなんとか脱出できた。それがエナト様との出会いよ。砦を見ると黒焦げになっていた。火はエナト様が長い解呪呪文を放つまでずっと燃えていたよ。だから、一番は魔女の杖だ」

 エナトは頬を赤く染めた。

 しかし、あの時のゴブリンの軍勢は一万もいなかった。たしか100ほどだった気がするとエナトは何年か前のことを思い出す。

「魔女の杖はそりゃ卑怯だろう。ありゃ、神様のような力だよ」

「ああ。いいよな、魔法使いは。俺も魔法使いになりたいよ」

 と傭兵たちは口々に言っていた。なんの魔法を使いたいのか。金を出す魔法と、女を惚れさせる魔法。基本的に彼らはその二つであった。

「いや、でも魔女様はとくにエナト様はこの世界の調和を守らなければいけないらしいぞ?」

「なんだよ?調和って?毎日喧嘩しないようにするってことか?」

「うーん。調和・・・調和・・・ってなんだ?」

 と傭兵たちはエナトを見つめる。エナトは単純に述べた。

「それは深淵の主様が決めてくださることです」

 それを聞いて傭兵たちは、うんうんと頷くと話題を変えてしまう。エナトは、その光景をみて寂しそうに笑っていた。

 実のところだれも世の中の均衡や調和など知らないし、どうでもいいのだ。

 常に世は乱れ、変化し、不自由さを感じ生きている。

 だから、傭兵のようなものたちが儲かる。

 暴力は金を生み。

 魔法という奇跡は魔女しか使えず、技術が発展してくにつれ、神々の愛を信じられなくなったこの世の中では、調和が来るなんて思っていない。

 全力で生きるのも馬鹿らしく、だからといって今の生を捨てきることなんてできない。ただ、嫌なことから回避しながらも生きるしかない。

 周りの目を気にし、傷つくことを恐れて、距離をとるしかない。「魔女がいても神はいない。魔女は人を愛さない」。

 エナトはすごい。だが、凄すぎるし、なにか途方もないこともしている愚か者にも見える。神聖だが、愚者。精良だが、途方もない夢を追いかけている夢想家なのだ。傭兵たちとはそのため、魔女と距離がある。

 始めは、神聖で近寄りがたい。それでも近寄ってみようとしたくなる。一人の女性としてエナトを見る。体つきは美しい。目隠しをしていても帽子とローブをとった姿。一緒にいれば下着のような薄い絹から裸体を見るだろう。皆が息を飲む。母親に育てられず、孤児のような暮らしをしてきたものが多いあらくれものにとって、その神に近い力をもつ魔女はなにか、触れたくなる存在となる。

 それは隊長たち幹部もそうで下々にとってエナトは触れたくなる。

 しかし、触れてしまったらいけない途方もない存在だと知るにつれてわかってしまうのだ。

 彼らは深淵の炎を見て、300年も途方もない目的のために戦う魔女を見てしまう。

 見た瞬間。畏れが生まれる。そのため、彼らとエナトは距離が開けすぎている。そうして思うのだ。きっと、この人はすべてを愛するが、同時に俺たちを絶望させる。きっと使命を終えてどこかへ消えてしまう。



 残り僅かの酒を傭兵たちは出してその夜に飲みつくしてしまった。

「そろそろ村かなにか見つけないと補給がやばくないか?」

 と弟のジャンが兄に言った。

「そうだなぁ。エナト様。水の魔法はいつまで出せる?」

「この人数ならば30日は持ちますよ」

「そうか。それならまだいけるな。薪はなくてもラクダどもの糞を燃やせばなんとかなる。食料は干し肉があと少しある。新人どもがさきに倒れちまいそうだが・・・」

 とジャンはいびきをかいて寝ている新人の傭兵たちを心配そうに見つめていた。隊長のピエールは冷たそうに

「ふん。その時はそれまでだな。そういう決まりだ」

 と言って、寝袋に入った。ジャンはため息をついて仕方ないと言って寝袋に入る。

 エナトは見張りもかねてずっと夜空を眺めていた。

 案内役の老人も寝付かず、エナトと一緒に夜空を眺めている。

「魔女様」

 と老人は話しかけてきた。

「どうしました?」

 とエナトは聞いた。

「いや、そのたいしたことではないです。エナト様はなぜ旅を続けられているのですか?」

「それが使命だからです」

「使命?」

「このガリア王国の。いや世界の調和を守る。それが私の使命です」

 エナトは深淵に落ちて初めて火を熾した。その火を熾した時からエナトは使命を与えられてきた。世界の「均衡」を保て。「調和」を守れ。その使命に疑問をもつこともない。与えられた使命を、息を吸うのと同じように当たり前にこなす。それだけのことだ。

 老人はエナトの横顔を見ると、ほぉとため息に似た息を吐いた。

「そうですか・・・。それは大変な使命でございますなぁ」

「ええ。まったくその通りですね」

 とエナトは感情のない声でいった。

「しかし、そうなるとエナト様がいなくなったらこの世界の調和はだれがまもるのですか?」

「さて・・・。わかりませんね。ですが・・・。いつしか、誰か守るものが出てくるでしょう」

 とエナトは言った。

「畏れながら、この老人より長生きのエナト様もわからないとなると、いよいよもってわかりませんな」

 そう。いつかエナトの旅も終わりが来る。まだ終われないが、終わるとき、いったい私が守った世界はどうなるのだろうか。エナトは夜空を眺めた。あの光は過去のもの。ならば私がまもってきたものも過去のものとなってくのだろう。

 老人は寝息を立てて寝ていた。エナトは周囲に結界を張り、朝まで見張りをしていた。


 ナンナン族という比較的温厚な民の部落を見つけた老人はあそこで少し聞きたいといい、一行は何週間ぶりかに屋根のある村で一夜を過ごせた。ジャンが懸念していた補給もここで少し回復できそうだ。

 ナンナン族の村は、獣の皮でつなぎあわせ、木々と土の壁を利用した不安定で不格好な家がならぶ村であった。もともと遊牧民の彼らはこうした定住するという考えがない。

 しかし、ナンナン族の何世代か前の族長がこの地を定住地にすると言い出した。族長はそこに剣を突き刺すと、不思議なことに水が溢れでてきた。瞬く間に池となり、湖となったという。

 今では湖は枯れたが、地下には水が大量にあるらしく、井戸が5個もあり、水には困らない。

 人口は50人はいるだろうか。

 老人はそのナンナン族の族長とは顔見知りのようであった。二三言葉を交わしただけで傭兵という大所帯を向かい入れてくれた。

 傭兵たちは各部落の家々に案内され、一泊を過ごす。

 夕餉は、羊の肉を焼いたものと、小麦を練って平たく焼いたものがでた。

 ピエールは村長に遺跡の場所を聞いたが、村長はそんなものは聞いたことがないと言い、それを聞いた老人の顔は蒼白となっていった。横のピエールは老人を睨みつけていた。

 それをよそ、村長は気になることを言った。

「おお。そういえば、最近。変なものたちを見る」

「変なもの?」

 とエナトは聞いた。

「うん。なんといえばいいかな。あれは・・・。言葉にできない。あまり近寄りたくない輩たちだった。全身黒い服を着ていてよくわからないんだが。武器を持っていたよ。遠目でわかった」

「俺たちみたいなやつらか?」

「いやぁ・・・。なんというか。あんたらとも少し違ったな」

 帝国軍かもしれないな、とピエールは言った。過去ピエールは帝国軍のそうした隠密部隊とも交戦したことがあった。今回もそうだろう。

 その話を聞いていた老人はにたりと笑った。エナトはその笑みに警戒感を抱いた。

「敵もドゥベルクの鎧を探している。早く探さなければならない」

 とピエールはエナトに言う。老人は立ちあがりエナトから逃げるように外に出ていく。

「・・・・」

 なるほど。帝国軍が近くにいるということは遺跡もあるということがわかってもらえて喜んだのか。自分の不信を取り除けた安堵の笑みなのか。しかし、と言ってエナトはピエールの横腹を小突いて

「警戒が必要のようです」

 とエナトはピエールに老人に気をつけるように言った。ピエールも気になっているようでジャンに老人を見張るよう厳命していた。


 ナンナン族の村を離れて二週間。

 先頭の老いた駱駝に乗っていた老人が嬉しそうに

「ここよ!」

 と叫んだ。

 黄色く濁った河畔が何百年も前にあったという地にぶつかると案内役の老人は、跨っていた駱駝から降りた。一生こんな砂の大地にいるかと考えていた一行は久しぶりに笑いがでた。老人も同じように笑うが、エナトはその笑顔を好きになれずむしろ警戒していた。

 老人の顔は、この砂漠の地と一緒である。肌は黄色い砂と似ていた。鼻は高いが曲がっており、背は低く、腰もかなり曲がっていて小さく見える。皺くちゃな顔でニタリと笑う。お人好しそうな顔をしているが、笑うと嫌らしさが出てくる。

 今さらだが、その表情にはずる賢さがあってなかなか注意すべき人物に見えた。

「あそこよ・・・。あそこに、4年前。帝国の軍人いたよ」

「使命を果たしたよ」

 とつたない南方にあった亡国の言語で老人は黄色い砂の丘を指さした。エナトは老人を見る。ニタニタと笑い心底嬉しそうでまるで子供のように見えた。

 亡国の言語・・・。この老人は滅んだ国の末裔だったのか。

 再びエナトは黄色い砂の丘を見る。

 かつて河畔があったとされるところからこんもりと盛り上がった砂の丘がいくつもみえた。

「あそこだな?」

 と、丘陵地帯を指さしたピエールは念を押すように確認した。じょりじょりと髭を指でこすりながらピエールは老人を睨んでいた。

 老人の倍の背丈があるピエールの威圧的な態度は部下でも身が竦むのだが老人はニヤついていた。

「こんどこそ。間違いないよ。隊長さん」

 と老人は顔を皺くちゃにして黄色い歯を見せた。皆、胡散臭いやつだと感じているようで老人を睨んでいた。

「ジャン。何人か連れて確認してこい。ほかは周囲を警戒せよ」

 と言ってピエールは駱駝から降りて酒を飲み始める。

 天幕を張ってみな影に入ると落ち着いた様子で、偵察の帰りをまった。

  半刻たつと、彼方より、黒装束の騎馬の姿があった。5騎である。

 しかしよく見ればその馬は白骨である。黒い装束に重装備の鎧をつけられてはいるが、白骨の馬で間違いない。異様な馬の乗り手も黒装束に身を包んでいるが、これも骸骨である。

「ペンテの兵か・・・」

 とエナトが言った。

「あれが死霊魔術師の兵士たち・・・」

 とピエールは初めてみる「屍人」の兵を見て驚いていた。

「昼間でも活動しているんだな・・・」

 と傭兵のだれかが言った。

「屍人」とは、死んだ者が死んだことすら忘れて、悔いを残したままずっと現世を漂う存在で、肉体が骨と皮となって朽ちた状態でも動く悪霊のことである。

 確かに屍人は夜にしか活動しない。それもめったに見ないものだ。洞窟や人がほとんどいない廃墟でみられるかどうかのものだ。たまに人を襲いその肉を食らうが近づいたり、話しかけたりしなければ襲ってきたりはしない。集団で固まって生活する屍人もいるが生前の残った記憶の残滓で活動しているだけにすぎない。ときおり、討伐の対象にもなるが、痛みを感じない彼らは戦いとなるとやっかいな存在でもある。

 それでも一般人のなかで一生のうちで目にかけるものたちはほとんどいない。

 そんな屍人であるが、上位の魔女である死霊魔術師のペンテの屍人たちは違う。ただの屍人は夜にしか活動しないただの食人でしかない。理性ももたず、ただ徘徊するだけの存在である。ペンテの屍人は理性をもち、兵士としての質も王国の近衛騎士以上の腕を持っている。

 死霊魔術師のためにだけ働く奴隷。死霊魔術師のための機械人形。それがペンテの死人軍団である。エナトが警戒する様子もないので傭兵たちは、屍人たちが近づいてもまったく武装すらせずに天幕のなかで博奕や色恋の話に興じていた。

「深淵の魔女様。我が主より、言伝を預かっております」

 と屍人の一騎が馬上からおりてエナトに近づく。巨漢の屍人であった。重厚な黒い鎧を全身に身に纏い、頭だけ白骨の頭を出している。目は緑に発光していようであった。腰には長い曲刀を二本さしていた。年季が入っているがよく手入れされているように見える。はげた装飾から名刀のようにみえた。生前はかなりの使い手であっただろうか。もしや、ナンナン族の村長がみたのはこの者たちだろうか。

 ペンテという魔女の名を聞いて久しぶりにエナトは緊張している自分に驚いた。

 エナトは剣の柄頭をぎゅっと握っていたのを離し、

「なんでしょうか?」

 と落ち着いた声で聞いた。

 屍人は抑揚のない声で

「ここはペンテ様のご領地となった。騎士団領より租借された土地である。どうかお引き取りくだされ、とのことです」

 と書簡を出してきた。印はガリア王国の騎士団長のものが押されている。なぜ、騎士団長のものだろうか。疑問をよそに王のものではないと知ったエナトはそれを受け取らず首を横に振った。

「そんな話は聞いていませんが」

「ですが、ここはペンテ様のご領地故・・・」

「領地と言っても借りたものでしょう?いつまでですか?」

「期間は99年です。99年はペンテ様のものでございます」

「我らは王の命で、ここに来ているのです。引き下がるわけにはいきませんよ?」

「存じております。なんでも遺跡調査であるとか」

「ペンテ公もお判りでしょう?なんならペンテと私が直接会って話してもいいです」

「あいや、わが君は多忙故、交渉につきましては私に直接言ってください。しかし、困りましたな。どうしても発掘されると言われるか?」

「それが我が主の命でもありますから」

 とエナトは杖をぎゅっと握った。

「主より無理強いするなと言われておりますが・・・。ふむ。いいですか?深淵の魔女様。かりに遺跡があったとしてですよ?中の遺跡のものはペンテ公のものです。それをお忘れなく」

「なに?あるかどうかもわからない遺跡もペンテ公のものと?」

「さようでございます。手出しはだめですよ。わが君の許可がいりますから」

「ではどうせよと?」

 エナトはだんだんいら立ってきた。

「無断で発掘した場合、ガリアへ着きましたらこの件に関して賢人会議で議題にさせてもらうことになりましょう」

「王の命より賢人会議の諸侯らのほうに権威があるのですか?」

 とエナトは声を強めた。

 屍人はわざとらしくため息をついた。

「エナト様。ペンテ公は西方諸侯の雄ですぞ?いかにガリア中興の英雄エナト様といえ、法を曲げたら困ります。ここは退くか。そうですな。かりに発掘した遺物はすべて明け渡すか、してもらいたいです」

「そうですか。ならばペンテに伝えてください。私たちは王の命で来ました。王から正式な命が下るまで退けませんと」

「む。ならば、エナト様。ここで待機願いたいがいかがですかな?」

 エナトはついに杖を地面に突き刺して、剣の柄に手を当てた。

「ならば待っている間深淵の炎を見て行かれますか?黒く消えぬ火を見たいものは屍人たちもいましょう。たまに火の粉が飛ぶことがあります。燃え移れば屍人も深淵の炎の前に焼かれるでしょうが」

「それは脅しか・・・?魔女よ・・・?」

 屍人から殺気が伝わる。博打に興じる傭兵たちは、それを感じるやさっと剣を手にし、屍人たちを囲んでいた。

「屍人の兵よ。手際が悪いですね。王の書状もなしにここへ来るとは・・・。ベンテはなにに焦っているのですか?」

「我が君の聡明さは我らにもわかりかねます」

 それは皮肉なのかどうなのかエナトにはわからなかった。

 屍人の兵たちはそれから遺跡があっても手を出すなと散々わめきながら言って去っていった。

「これは相当のものが眠っているんですかね?ついにアタリか?」

 とピエールは笑い、エナトは不安を覚えた。このまま待機したほうがいいのではないだろうか。そう思えてきた。なにか焦って行動するとよくない気がする。

「隊長。あいつらなにものですか?」

 と事情を知らない傭兵が聞いてきた。

「あいつらは、ペンテという死霊魔術師の兵たちだよ。てかおまえ死霊魔術師はさすがに知っているよな?死んだ人を甦らせたり操ったりできるやつ」

「そら、知っていますがペンテってなんですかい?いい女なんですかい?」

「おまえ少しは国際情勢ってものを知っておけよ?」

「はぁ・・・」

「いいか?この国に魔女が9人いるのは知っているだろう?」

「偉大な9人の魔女は知っていますよ。といってもエナト様しか知りませんけどね」

「まぁ、9人いるんだわ。そいつらは王に忠誠を誓い諸侯の列席に連なり、さらには、王に5年に一度会議の要請と権利を議決で主張できる賢人会議の諸侯でもあるんだ」

「はぁ。それなりに力があるんですね」

「それなりどころか王より力があるんだよ。諸侯はそれで、王から権利をとりまくって王より金と土地を持っているんだよ」

「んじゃうちの王様も大変ですな」

「ああ。だがな、やつらもさきの王位継承戦争でエナト様に負けちまってな。諸侯と魔女たちも痛手を食らってだな。おとなしくなったんだが、様子見していたペンテはこれ幸いにとあちこちの弱小領主の土地を強制的に併合し、後継者問題がおきている近隣領地に介入して武力で奪い取っているんだよ」

「うえ・・・」

「ペンテが通った土地は死霊たちの墓場だらけとなるんだわなぁ」

「ペンテはなにがしたいんですかい?」

「なんでも死んでもだれも悲しまない世界を作りたいとか」

「なんだ。いいやつじゃないですか」

「まじかよ。おまえ・・・。あのなぁ。いいやつかは知らないが、おまえ死人になっても俺と一緒にいたいか?」

「いやっすね。死人の巨乳の女とはイチャイチャしたいですけど・・・」

 死人になったら骨と皮で胸はほとんどないのでは?とエナトは思ったが黙っていた。

「んで、今ペンテがこの遺跡を租借してなにかしようとしているんだわ。はぁ」

 とピエールはため息をついた。

「なんだか嫌な感じですね。はやく帰りましょう。こんなとこより、女のとこに行ったほうがいいですよ」

 と傭兵は隊長に言ったが、お堅いピエールは、女も金がかかるから駄目だ、と言われていた。

 それにしても、とエナトは顎に手を当てた。

 ぺンテの屍人たちの慌てようといい。なにかおかしい。

 エナトは老人を見る。老人はニタニタと笑っている。屍人が来ても驚きもする様子はない。

 そうこうとピエールの皮の水筒がだいぶ減ったころ、ジャンが砂に足をすくわれながら走ってきた。

「隊長!ありましたよぉ!遺跡がありますよぉ!下に半分うもれながらも、あったよぉ!」

「ほら、言ったとおり。帝国軍。ひとを狩りだして、掘っていたよ」

 と案内役の老人は得意気な顔をしていた。ペンテの兵の様子をみてまさかとは思っていたが周囲は本当にあったことに驚いている様子だった。

 エナトはピエールに同行して向かうと、丘陵から降りた下にそれはあった。

 掘り返されて何年もたつらしいが遺跡がたしかに砂の中に埋まっていた。

 その遺跡は巨大な城の中に築かれたものだったのだろうか。円形の球場のような形をしている遺跡で奇妙な模様が周囲の壁に掘られてあった。高い城壁と巨大な城門のあとのようなものも確認できる。

 今は辺境なそこには何千年も前には栄えた大都市があったのだろう。時代が来るにつれてすべての人の痕跡はこうして砂の中に消えるのだろう、とエナトは遺跡を見ていいようのない不安に襲われた。

「エナト様。これは見たことありますかい?」

 とピエールはエナトに聞いてきた。

「いや、この地域にこのような遺跡があることなど聞いたことがないですね」

「そうですか。なかにはとんでもないお宝があったんでしょうかね」

 とピエールは言った。言われてエナトは遺跡を観察する。見れば不自然な亀裂があった。

 ピエールもそれに気づいたようであった。

「火薬を使用して中に入った跡が見られますね。かなり乱暴ですな」

 とピエールは穴を指さした。それはちょうど壁に亀裂が入っていて大きな穴がぽっかりと開いていた。穴は暗くひどく不気味に思える。

「連中。中のものを全部持ち去ったのだろうかなぁ・・・」

 とジャンはのんびりとした口調で言った。案内役の老人はそれを聞いて手を振った。

「うん。帝国。中の棺桶だけ持って帰ったよ。慌てて」

「棺桶?」

 とエナトは聞いた。

「そうよ。掘っている人に棺桶言っていたよ。でも、開けても変な汚い鎧と古臭い剣しか入ってなかったよ。偉い人・・・?覚えてないね。名前。とにかく、見せるといって持って帰ったよ」

「帝国は何年も前から大陸の遺跡をやたら発掘している・・・。ここもその調査ということだろうか・・・なかみはドゥベルクかな・・・?」

 とピエールはエナトに小声で言った。

 エナトは老人を見る。そして

「ドゥベルクの鎧というものを知っていますか?」

 と質問した。

「ドゥベルクの鎧?なんね、それ?わからないよ。呪われた鎧があるかなんて、わからないよ。でも、帝国。すぐ去っていったよ。まるで逃げるようだったよ」

 と案内役の老人は笑っていた。

 なにかひっかかる。エナトは試しに魔法を使った。

 エナトの弟子たちが開発した嘘暴きの魔法である。

「pseudo」。

 とエナトは小声で詠唱した。老人はぴくりとしたが、なにもしゃべらない。これが嘘なら、反応して、ぺらぺらと本当のことを話すのだがなにもなかった。

 魔法がダメだったのか。いや、それはありえない。実証済の魔法である。ならば老人はうそをついていないのか。

 となると、帝国軍が持ち去った鎧について。ドゥベルクの鎧があるというのはどうなのだろうか、とエナトは首を傾げた。先に盗られたのかもしれない。

 だが、先ほどのペンテの屍人の兵たちの慌てようといい、ペンテが租借した件といいエナトにはひっかかりを覚えた。

「ふーむ。どうしたものか・・・」

 とピエールもブツブツと考えていたが、エナトの肩をポンと叩いた。

「魔女様。何名か連れて中を確認してくれ」

 エナトは苦笑する。待機なんてするわけがない。中に呪われた鎧があればなおさらだ。ペンテの狙いはそれであろう。鎧を奪うこと。帝国はそうなると鎧を手にしたのか手にしてないのか。おそらくなにか違うものを奪ったのだろう。とすれば中には呪われた鎧がまだあるだろう。

 鎧を放置したままで。どこかに。隠し部屋かなにかあるのだろうか。

 それでは・・・、とエナトは人を選別する。

 傭兵は全部で70人もいる。うち20人は新しく募集した新兵であった。砂漠に行くと聞いて抜けたものたちの穴埋めである。現地で雇ったから使えるだろう、とジャンの判断であった。

 確かに現地人なだけあって食糧集めやラクダの調達は早かったが、金目当ての職もない、いわゆる落ちこぼれ連中には違いなかった。

 戦闘経験などはない。喧嘩は強いだろうが近所の不良たちだ。まだ若く、頼りなかった。

 その中の一人にジャンという十代の若者があった。

 副長と名前が一緒なので肌が少し桃色で、日焼けしてより赤ら顔なため、「赤いジャン」と呼ばれた。は、真面目というよりはなにかに焦っているようで、よくエナトやピエールに剣術を教えてくれとせがんできていた。早く強くなりたい、早く成長したいという思いがひしひしと伝わる。だがそれらもがむしゃらにやるため、本筋が通っていないため、多くが失敗したりした。

 意外なことに老人とこの赤いジャンは仲が良く、よく話をしていた。それをエナトは遠くで観察していたのを覚えている。

 故郷に恋人がいるようで稼いだ金で店を持ちたいという。その赤いジャンが俺も連れて行ってくれとエナトにせがんできた。

「魔女様。いや深淵の魔女偉大なる魔女エナト様。おれを連れていってくれ」

 と赤いジャンは頼み慣れていない頼み方をしてきた。

 思わずエナトはため息をついた。

「ジャン。魔女様魔女様と様付けで連呼されてもうれしくないですし、私はあなたを連れていく気はない」

「なんでだよ!?」

 と赤いジャンはエナトに詰め寄った。

「あなたが未熟だからです。地下になにが潜んでいるのかわからないからです」

「俺だって経験はある!ひ、人だって殺したことあるんだ」

 とジャンは鼻息荒かった。

「そんなことは誇るものではありません」

 エナトにそういわれて周囲から失笑がでた。「どうせ酔っ払いを殺したか便所で糞しているやつを刺しちまったんだろ?」そう言われてジャンの顔はさらに赤くなる。

「そ、そんな。俺だって、俺だって、役にたつんだよ」

「ジャン。なにも焦っていく必要はないのです。なぜ、そこまで地下に行きたがるのですか?地下には危険がいっぱいあるのですよ?」

「だ、だから役に立ちたいんだよ」

「十分役にたっていますよ」

 エナトの手が赤いジャンの肩に触れる。細く白く綺麗な手であった。

 エナトの美しい手を見たジャンは故郷に残してきた店の女を思い出した。

「俺はもっと役にたってこの傭兵団で活躍したいんだ!」

 と、それは怒声に近かった。しかし、熱意が伝わったのか面倒に思ったのかピエールはそれじゃ連れていけとジャンに松明になる木を放り投げた。

 エナトは首を振ったが副長のジャンが「別にいいだろうよぉ。なかにはどうせ大したものはないよぉ」と言われエナトは仕方なく連れていくことにした。 

 エナトは、頼りのあるジャンと頼りない赤いジャンと他20名をつれて亀裂の穴からぞろぞろと中に入った。穴は下へ続いている。灯りを用意し地下へと潜っていった。

 石で築かれた狭い地下道では、背中を丸めて中腰に歩きながら進んでいく。

 こうした探検になれているエナトであったが、彼らは息苦しそうにしながら黙々と歩いた。

 半刻ほど、細く長い地下を歩いたエナトたちは、ようやく広い部屋に出てホッと息を吐いた。

 エナトの杖から青白い光がでる。あたりはほんのりと暖かく輝く。

「ここがそうかなぁ・・・」

 と赤いジャンは不安そうに松明の灯を上にあげてみせた。

 空気が薄く、皆息苦しそうであった。

 天上には、星々を象った宝石が見える。足下を照らせば大陸全土を記した巨大な地図があった。

 それは、小さな大陸を墓の下に築いていた地下帝国であった。

 昔の古き城塞まできちんと置かれており、古代語で当時のものだろうか。地名らしきものまで彫ってある。

 水銀の川と海がどういう構造か流れており、小高い山や山脈が丁寧に築かれている。これほどの技術をもったものたちがこの砂漠の地にあったのか、とエナトは驚嘆したが、この地図と遺跡の上にある砂漠の地形がどう考えても一致せず、この地図がどこのことを表していたのかさすがの魔女にもわからなかった。

 また、天井の宝石の星もエナトが知っている星はどこにもなかった。

「地下にこの大陸を模した小さな大陸というわけでもないのでしょう・・・」

 とエナトは、周囲を見渡していると

「あの石棺がそうですかなぁ・・・」

 と、横にいた副長が中央に横たわる細長い石を指さした。水銀の細い河の向こう側に石棺がポツンと立っていた。なにかで壊された跡が残っておりきっとあの石棺の中に棺桶が入っていたのだろうとエナトは予測した。

 水銀の川を飛び越える。

 エナトが石棺に杖の光を持っていくと、異様な模様と見知らぬ文字に刻まれていて思わず鳥肌がたった。

 石棺の中に棺桶が入っていたようだったが、よく周囲を見渡すと棺桶だらけである。木で作られた棺桶が中央のこの部分にだけ散在してあった。

「しかし、棺桶の中身は鎧と言っていましたよね・・・?」

 とエナトは周囲に言ったがだれも聞いてはいなかった。

 皆、遺跡に見とれていた。

 エナトが石棺に近寄り、杖の光を近づけると、蜘蛛の巣と埃だらけであったが気にせずにほかの棺桶の中身を確認し、一つだけ鉛のように重たい棺桶をみつけた。

 それは石棺の後ろにあった。棺桶というよりは巨大な箱のように見えたし、地面に半分埋まっているそれは穴に蓋をしただけのように思える。

「中を見てみますか・・・」

 エナトは杖に力をこめ、魔法で蓋を持ち上げようと試みたがまったく持ち上がらなかった。なぜこの棺桶だけこんなに重たいのだろうか。

 そんなことを考えていると

「これは・・・!」

 と驚きの声があがった。

「どうしました!?」

 とエナトは声があがったほうを見に行く。すると、水銀の川がみるみると枯れていく。

「なにをしたのです!?」

 とエナトは怒鳴った。

「いや、こいつが勝手に壁の窪みによぉ・・・」

 とジャンが新米の兵士の頭を叩いていた。見れば赤いジャンだ。

 赤いジャンのそばの壁の窪みにがっちりと宝石がはまっている。

「い、いや、これだけ・・・。なんだか宝石に見えなかったから・・・。落ちていたからここにはめる

 のだと・・・あの案内役のじじいがはめれば大量のお宝でてくるって・・・。俺、仕事終わったら故郷

 で店だして一生暮らしたくて・・・だから・・・」

 と赤いジャンはおびえながら言い訳をしていた。

 副長のジャンが怒号をあげて新米兵士を殴るがエナトはやめさせる。

 全員を退けて、エナトはその窪みに嵌めてあるものを見た。それは血の塊のように赤い。

 文字はしだいに変化し、古代文字が浮かぶ。それは古の召喚呪文に酷似していた。

「あの案内役にはめられましたか・・・」

 あの老人の笑みを思い出し腹が煮えくり返る。「呪われた鎧があるかなんて、わからないよ。でも、帝国。すぐ去っていったよ。まるで逃げるようだったよ」。

 黄ばんだあの歯。砂で赤くなったあの一重の目。黄色い肌と笑ったあの薄気味悪い顔。

 そうだ・・・。いつ私たちは「呪われた鎧」なんて説明した?鎧のことなんて周囲の信頼あるものたちにしか説明していないのに。

 だが、なぜ嘘探知の魔法をすり抜けた!?

 窪みにそって壁に文字が浮かび上がっていく。ふっとなまぬるい風が吹いた。

 風が吹いた壁を見ると、薄い板が取り付けられている。外すと、帝国軍の兵士の遺体が部屋いっぱいに詰められていた。

「ヒッ」と赤いジャンは情けなく叫び、地面に尻餅をついた。

 浮かび上がっていた文字はやがて光を失い周囲は暗くなる。

 兵士たちは驚いて身構えた。靄がでてきて、手にもつ灯が冷えて消える。

 エナトのもつ杖からでる灯のみがたよりであった。

 ガタンと大きな音が鳴った。音が鳴ったのはあの鉛のように重たい棺桶であった。覗いてみると棺桶の底に闇があった。隠し扉だったのだろうか。井戸の奥底のようであった。なにかが這いずる音がした。

 その先になにがあるのかなど皆考えたくもない。どうでもよかった。いったいどんな罠なのか。

 奥底から足音が聞こえてくる。

 だれかが唾を飲み込む音が聞こえた。

「全員・・・来た道を戻ってください・・・」

 茫然としている副長に代わってエナトは、皆に指示をする。

「ま、魔女様・・・さっきの出入り口がなくなっているんだ」

 とおびえた赤いジャンが壁をぺたぺたと触っていた。

「くっ・・・」

 エナトは杖に力を込めた。

「出口を探している暇はなさそうです・・・剣を抜き。円陣をくんでください・・・なにかが・・・きます・・・」

 エナトは全員を中央にあつめて、周りをかためた。薄暗い中、大柄の甲冑の戦士が足を引きずり

 出てきた。

 どうやら一体だけのようだ。

 甲冑は錆びており褐色である。斑のような、だが擦れてしまっている模様が刻まれており、呪詛のような文字に見えてひどく不気味であった。

 手にもつメイスは魔法の冷気を帯びており、戦士は獣のような低い姿勢で猪のようにふごふごと鼻を鳴らしながらうなり声をあげてあたりを見渡していた。

 武器をもっていない片方の手をエナトは見た。

 小手のみつけておらず素肌がみえた。艶のない擦り切れた皮と骨がうきでた手をしている。血色もなさそうなその手を見てこの戦士は死んでいるとエナトは見た。

 するとこれがドゥベルクの鎧で相違ないだろう。死してもなお戦士として動く鎧。魂を吸い尽くしても動き続ける鎧。それがドゥベルクの鎧の力だ。まさか、呪われた鎧が死人として動いていたなんて・・・!?

 エナトを除いた、兵士たちは、冷気と恐怖で歯をがちがち鳴らしていた。無理もないこうした化け物を見たことなど彼らは一度もないのだ。

 戦士がふごふごと豚のような鼻声を出し兜から口を出していた。

 涎がたれ、ギザギザの何百という歯並びが悪い牙を並べて、もごもごとしゃべっている。

「あ・・・え・・・だ。よ・・・・。よ。ごろ・・・ごろ・・・じ・・・」

 恐怖に負けて思わず、一歩下がった兵士があった。独眼竜のルイだった。足に小石があたり遺跡に大きく響いた気がした。

 戦士はこちらの存在に気付くと雄叫びをあげて、飢えた猛獣のように猛進してくる。

 それに向けてジャンと他の傭兵らは短弓を取り出して矢を放った。矢はカンとむなしくも跳ね

 返り、余計に殺気だった戦士は、咆哮をあげながら迫る。

 兵士たちは円陣から、肩を小さくして縮こまりながら、エナトの背中に隠れる。

 エナトは静かに詠唱する。

「Hines rugia are Enat ageizum. Hines nouh onominos peninn tarumadei akitukusey」

 戦士を囲むように黒い炎が蛇のようにとぐろを巻いていく。戦士は全身に黒い炎がうつり燃えていた。

 深淵の焔。エナトが初めて見出した火の魔法である。呪われた黒い炎を浴びたものは人であれば灰燼に帰す。神話にでてくる伝説の魔法を前に兵士たちはエナトの背中からでてその光景を見て息を飲んだ。

 だが、全身が火だるまになってもまるで効いている様子はない。兵士たちは絶望の顔色となる。

 焦げたにおいが充満する。鎧は火によって溶けているようにもおもえた。褐色にはげおちた鉄がぽつりぽつりと地面に落ちて熱気を帯びている。小手だけはめていない手は消えてなくなっていた。

 冷気を宿すメイスを戦士が振るうと、鎧は冷え、煙が漂う。

 エナトは腰の剣を抜いた。

 剣は魔法にかかり黒い炎を刀身に灯らせていた。エナトは間合いを一気につめて戦士のもう片

 方の腕を落とそうと斬りかかる。

「がああああああああああ!」

 雄たけびとともに戦士もメイスを上から振り下ろした。風圧とともにエナトの剣とぶつかる。

 下がるエナトを追う戦士。型などない力任せの一撃をエナトにぶつける。

 エナトの杖とぶつかり、岩が粉砕されるかのような凄まじい音が響いた。

 エナトは苦悶の表情を浮かべながら障壁の魔法を張っていた。白く透明な乳白色のガラス細

 工のような障壁にひびが入る。

 二度目の攻撃でさらにひびがはいるが、はじかれると同時にエナトは衝撃魔法を放った。

 見えない風圧におされ、戦士もさすがに大きくのけぞった。

 エナトはすぐさま、杖を掲げ早口に詠唱する。

「Hines rugia are Enat ageizum. Hines nouh onominos peninn tarumadei akitukusey」

 杖に黒い炎が舞い、大剣のような形状となって戦士の胴を叩き斬った。 

 斬られたというより、叩かれて吹き飛んだが正しいかもしれない。

 壁にもたれかかるようにして吹き飛んだ戦士は全身があらぬ方向に折れ曲がっていた。

 持っていたメイスは粉々になっていた。エナトの魔法のおかげだ。

 獲物を無くしても蜘蛛のような形をしながら、ゴキゴキと関節と骨が折れる音を出し、再び猛進してくる。

 懐からエナトは赤い結晶が入った瓶を出して地面に割った。

 歯で自身の手を斬り結晶にふり撒く。赤黒く変色したそれをエナトは杖を片手に集中して詠唱している。

 ほのかに透明な手がエナトの腹から出てきた。

 子供の手だ。

 手には鈴が握られている。

 チリンと鈴の音が鳴った。

 鈴の音と共に、手はふっと消えるとうねうねと生き物のように動き、結晶は一瞬で液体となる。液体を踏んだ戦士は、槍となって変身した巨大な結晶の槍によって下半身を貫かれた。

 剣山に刺さる戦士はジタバタさせながら暴れるが脚に槍が何十本と刺さったまま身動がと

 れないでいる。

「やった」

 と後ろで兵士たちは勝どきをあげていた。

 だが、戦士は恐ろしい行動にでていた。

 ぶちぶちと下半身を無理やり切り離した。そして、這えずりながらなおも殺そうと猛進する。

 全く予期していなかった行動と速さにエナトも対処できない。

 二本の腕となりながらも大きく跳躍し、兵士たちの真ん中に着地すると、獲物を奪うクモのように、兜の中かから巨大な口を出し、長い蛇のような舌と大きな何百の牙でもって丸々と兵士たちを食い殺した。

「ぎゃあああああ」

 絶叫が遺跡に響わたる。

 ジャンが腕で腹を貫かれ、独眼竜のルイは自慢のメイスを振るうも首をもがれた。ほかのものも食い殺された。

 瞬く間に20人がやられた。

 ぼりぼりと骨を砕き貪るさまをエナトは見ていることしかできなかった。

 唸り声をあげる戦士。兜の隙間から見える目からは恨みしか見えない。赤く灯るその呪われた目とエナトの目隠しの奥底にある目とがずっと合っていた。

「ごろず・・・で・・・グ・・・ル」

 戦士は言った。

「狂戦士・・・。深淵の主が命により汝を破壊する・・・!」

 主よ・・・真理の一端を開示することをお許しください・・・。

 エナトは杖に力を籠め祈った。

 戦士は咆哮をあげる。

「ごろじ・・・ごろじいいいいいいい!でえええええええええ!ぐれえええええ!」

 エナトは目隠しを外した。と、同時に戦士もエナトにとびかかろうと跳躍し、そこで黒い炎に包まれた。

 戦士が最後に見た目は、青黒く燃える火のようなエナトの美しい目であった。眼球には赤く古の呪文が刺青のように書かれており、生き物のように目の周りをぐるりと一周していた。

 エナトの手が戦士の体に触れていた。

 それだけで身体のすべてが発火し、灰燼と化していく。一瞬で燃えて、溶けて消えていく。遺跡のあらゆるところで同じように火が灯る。黒い炎に地下は飲まれていき、宝石の星空も大陸の地図も消えていく。

 エナトの体も炭火のように燃えているようだった。現世の世界を見る代償に魂すらも燃えていく。だが。真理の一端を見たものの魔力は神の力に等しかった。

 兵士は唸り声をあげながらぶつぶつと呟いていた。

「ごろじで・・・」

「ごろじで・・・ごろじで・・・ころして・・・ころして・・・・・・・」

 鎧はあっという間に灰となった。灰は一つの形となって、小さな砂の山を築いていた。

 下を見れば指輪が転がっていた。

 エナトは手のひらにそっとのせて、灰を払った。

 きらりと真鍮の色が光った。ドゥベルクの鎧の持ち主のものだろうか・・・。

 エナトは、ゆっくりと瞼を閉じ、目隠しをいそいそとつけた。

「呪われた鎧は破壊しました・・・」

 とエナトは視線を下にしながら言った。

「罠だった・・・」

 だが、なぜ、ここで罠をはったのか。

 首を横に振る。

 きっと地上も危ない。

 燃え盛る地下と無残に散った仲間の遺灰を一瞥しながら、エナトは消えてなくなっていた穴を探し出しそこから地上に出た。


 地上は夕刻になっていた。

 見れば数千の兵が遺跡を囲むように布陣していた。

 遺跡にいる彼らの止めを刺すべく、戦列を整えた「軍勢」は横陣に展開していた。竜を剣で刺し殺す聖人の旗と、大樹の紋様の旗が靡いていた。南方の雄。神聖帝国の旗である。

 帝国軍は重厚な鎧をつけ、騎兵が持つ盾は自身の高貴さを表すかのように、見事な装飾がなされていた。

 盾は大きく、歩兵が持つ槍は長く、逃げようと突破を図る彼らを瞬く間に串刺しにしてしまうだろう。

 さらに、クロスボウを持った傭兵がこれから突撃をしかけてくるで、あろう相手に向けて構えていた。魔女対策に甲冑とローブに杖という異様ないで立ちの「魔道兵」という兵種もいた。魔道兵200人で魔女一人の魔法を防げるとされている。

 エナトが魔法をつかうものなら障壁や妨害魔法でエナトを拘束するつもりである。下の狂戦士に苦戦し大した魔法も使えないであろう。そうした事前の情報をもとの魔力が枯渇しているに相違ないという布陣であるようにも思えた。

 夕日の光が、武具に当たり炎の色が照り燃え盛るように光を放っていた。これから、武具も大地も夕日と同じ血の色で汚すこととなるだろう。


 老人を見張っていたはずの傭兵の頬が赤く腫れて、額に包帯が巻かれてあった。逃げられたことがそれだけでわかった。

 エナトは帽子を脱ぐ。

 彼女の綺麗な長い銀髪が、風になびき砂塵が舞う。風はまだ生暖かい。

 彼女の美しい人形のような容姿に、味方の傭兵の誰もが見惚れてしまった。肌の色は雪のように白く薄い。

「ピエール。地下は罠でした。ジャンたちが死にました」

 とエナトは報せると目深く帽子を被った。

 ピエールは目を大きく見開いたあと、視線をすっとしたに落とした。

「そうか・・・罠だったのか・・・あのじじい・・・」

 怒りと嗚咽を吐きながらピエールは剣を抜いて髪を逆立てながら、馬上の人となる。

 一瞬、討ち死にするかと思ったエナトだったが、ピエールは冷静であった。

「魔女様!やつらは帝国軍だ!これは罠だったんだよ。罠とわかればずらかろう!」

「突破します。私につづいてください」

「承知した!」

「野郎ども騎乗しろ」

 傭兵たちはラグダに跨り、剣を抜く。

 エナトだけ騎乗せず、杖を握り、帝国軍たちの矢が当たらないぎりぎりの前にでた。一瞬、降伏かと帝国軍は思った。

 その間がエナトに隙をつかれることとなった。

「真理の一端」を使用したことで魔力に限界が来ていた彼女は使える魔法がもうほとんどなかった。そこでエナトは最小限の魔法でここを打開しようとしていた。

 詠唱する。

「Hines rugia are Enat ageizum. Hines nouh onominos peninn tarumadei akitukusey」

 包囲していた軍勢の足元から黒い炎が吹きあがる。魔道兵たちは妨害魔法を使用し、黒炎を相殺しようとした。

 光の球体が魔道兵たちの両手から現れ、黒い炎を包み込んだその瞬間。それはパチパチとした派手な花火に近い。目の前で大きく爆ぜ、兵士たちは狼狽した。魔道兵たちも相殺したものが猛烈な閃光となって視界と音を奪った。

 兵士たちは大混乱した。

 そこへ、敵陣に怯むことなく突進する傭兵団。

 油断をしていた敵の司令官は驚いてすぐに迎撃の命令を下すが、声も届かず、視界はわからず、で敵陣の中央にいた兵は、脆くも総崩れを起こして、四散する。ピエールはその間隙をねらって敵陣を突破した。

 ラクダに乗ったピエールがエナトのそばに走ってくる。

 エナトはピエールの手につかまり後ろへ乗るとそのまま包囲網を脱した。

 そのなかで視界を失わずに追いかけてくる帝国の騎士があった。

 エナトは「短い尾羽」で一刀のもとに馬の足を斬り落馬させた。後から数本の矢が、傭兵団たちの頭上をかすめながら飛んでいくがあたりはしない。

 エナトたちはそのまま虎口を脱した。

 無暗に逃避していた傭兵たちは、エナトの「休みましょう」、の声でようやく足を止めた。



 数か月の逃避行が始まった。

 砂漠には悪鬼が住んでいる。上に鳥はなく下に獣はなかった。死者の白骨を標識となすのみ、とエナトはどこかのだれかの言葉を思い出した。

 まさしくその通りである。

 全員満身創痍であった。70名いた傭兵団は脱出の混乱で半数以下となっていた。

 来た道を戻るにしても景色はほとんど一緒である。

 帝国軍を巻いたと思っても騎兵だけをともなってしつこく追撃をおこなう。

 偵察に見つかると、傭兵たちは知られまいと全力で逃げる斥候を追いかけ撃ち殺した。

 討ち漏らすと翌日には、帰路を立つ形で帝国軍が陣を築いて待ち構えていた。

 ピエールは突破が難しいと考え、エナトに知恵を借りた。

 エナトは、ラクダたちの糞を集めるように傭兵たちに言うと、簡易な寝床だけを立てて、大量のラクダの糞を魔法で燃やした。そして、魔術学院で作らせた10個の人形を取り出し、血と水銀を振りまいた。人形は等身大の人型となったので、エナトは傭兵たちに皮の鎧をそれに着させた。ただの精巧にできた人に似た張りぼてだが遠目には、屈強な兵士に見える。

 こうして、あたかもそこに駐屯しているかのように見せかけて夜陰に紛れて脱出した。

 後で帝国軍は立っているのが張りぼてだと知り慌てて追いかけた。

 翌日に同じような幕舎を帝国の追手は見つけた。おなじく張りぼてが立っていたので先ほどのだましだと思い100騎が突っ込んだが、砂の下に隠れていたピエールのクロスボウの伏兵部隊の罠にはまり30騎も損害を出して退いた。

 追撃をここで巻いたピエールは、もとの来た道ではしつこく追いかけられると考え、別路を選ぶことにした。

 追撃はぴたりとやんだ。しかし、砂塵が舞うたびに兵士たちはカラカラの喉を鳴らそうとして、痛みを喉に走らせていた。

 水が欲しかった。食料もなかった。食料を調達したくてもなにもなかった。熱風と熱射でさらに半数の兵士が倒れる。エナトの水を出す魔法も魔力切れで、全くでなくなるといよいよもって危うくなってきた。

 皆、老人の顔を思い浮かべ殺してやると念仏のように唱えていたが、それをとなえているいうちはまだましでそれすらも言わずに黙るともうなにも言わないまま馬上から倒れて死んでいた。

 蜃気楼を何度みたかわからない。エナトですら、体力の限界が来て頭がおかしくなって魔法で井戸を掘ろうとひたすら土を掘り始めたりしたのをピエールに止められた。

 夜になると、砂漠の住人。「砂の小人たち」と遭遇した。

 髪はなく、体中刺青がある。肌は黒く身長はエナトの半分にも満たない。だが、短弓と馬を使いこなすものたちで砂漠の支配者でもあった。

 たちが悪い好戦的なモンモン族という部族であったため、何度か戦闘になった。

 魔法が使えないエナトは手に「短い尾根」をもって満身創痍の傭兵たちのために戦った。

 10人ほど斬り殺すと、小人たちは距離を離して嫌がらせのように夜、遠吠えをしたり、遠くから弓を射かけたりする。

「おそらく・・・力尽きるのを待っているのです・・・」

 とエナトが言うとピエールは項垂れながら、

「最後は魔女様。俺たちを頼むぜ」

 と力なく言った。エナトは杖をぎゅっと握り天をにらんだ。雨は降る様子などない。

 奇妙な大型の動物の頭蓋骨があった。そこが境界であったのだろう。モンモン族の襲撃はなくなった。モンモン族から奪った水や食料で数日はもったが、しかし、傭兵団は傭兵団ではなくなっていたのだった。

 後ろからゆらりと影が見えた気がした。頭上をカラスが飛んでいる。

 ふと振り返って数を数える。気づけばエナトをいれて7名であった。ピエールの姿はない。

 先ほどまでいたのにどこへいったのか。乗っていたラクダも皆で食い尽くしたので徒歩である。

 70人いた傭兵団がわずか7名である。

 だが、かなたには砦がかすかにゆらりとまるで蜃気楼のようにみえた。

 皆があそこにいけば助かると感じていた。同時に死も近づいてきている。

 背後の影がどんどんと近づいてくる。

 エナトは最後の魔法を剣にかけた。

 影は気づけば目の前にあった。傭兵たちはその姿を見てついに砂の上に倒れこんでしまった。

「魔女殿言ったはずですよ!遺跡のものはすべてペンテ様のものだと。さぁ、お渡しなさい」

 後ろにペンテの屍人があった。あの隊長らしき双剣の持ち主だ。まるで死神のようであった。

 数は3騎であった。

 初めて会見したときは5騎だった。2騎はどこへいったのだろうか。とエナトは思った。

 横に砂丘が見える。エナトはそこを背後にしながら移動した。

 囲まれるのを恐れたのだ。死人も距離をつめる。

「まさか、こんな悪路を選ぶとは思いませんでしたぞ」

 骸骨が顎を外しながらカラカラと笑っていた。

「だまれ、死人。さっさと消えるがいい」

 とエナトは口汚く言った。

「そうはまいりません。ハゲガラスからこういわれています。殺してでも奪えと」

 ペンテのハゲガラス。長距離を自在に飛ぶ屍鳥。しゃべらないペンテに代わりしゃべることができるといわれている。

「ペンテ様はおっしゃいました。エナトが遺跡から出てきたら指輪をもっているだろう。魔力は枯れてないはずだ」

 ペンテの動きの速さにエナトも舌を巻く。老人の裏切り、地下の鎧、帝国軍の待ち伏せ、一連の動きがすべてペンテの掌の上のように思えてきた。

 事実が違うとしても、魔力切れの情報を得て、屍人をここまで追撃させて情報力はすさまじい。二度しかあったこともなく会話もあまりしたことがない魔女ペンテ。彼女を見誤っていたか。敵に回すとこれほど恐ろしいものなのか。

 エナトは杖を地に捨て帽子をとり、まとっていたローブを脱いだ。

 軽装となった姿で鞘を左手でもち、いつでも剣を抜けるように構える。

「どけ・・・。どかねば、殺す」

 とエナトは「短い尾根」の柄を握った。

「魔女様。あなたが魔力を使い切ったことは存じております。そして優秀な傭兵たちも満身創痍なのも」

 傭兵たちは、剣をつかむ様子もなく諦めきっているようだった。

 エナトは唇を噛む。

「力づくでもとるがいい死人よ。おまえらを燃やして二度と地上を歩けなくしてやる」

 死人たちは馬からおりて剣を抜いた。エナトも剣を抜く。

 挙動ごとに砂が舞う。

 傭兵たちは力尽きて、横たわっている始末であった。うごけるのはエナトのみだ。

 エナトは剣を顔の高さにし切っ先を相手に向けた。相手の一撃を躱して突きをいれる構えである。

 死人たちはだが慎重であった。とくに双刀の死人はエナトの力量をよくわかっていた。

 相手は魔術と剣の使い手。伝説の英雄。神々の力をもつ魔女。万夫不当の豪傑を葬ってきた剣神。

 エナトの突きは恐ろしく早いと聞く。

 噂では三段とも四段ともいわれる神速の突きを繰り出すと死人たちは「ペンテのカラス」から聞いていた。

 つまり、死人たちの頭蓋骨を三段突きで容易く破壊できる速さである。一斉にとびかかってもやられるかもしれない。だが、彼らはただの死人ではない、ペンテの死人だ。それも英雄の域の死人でもあり、ペンテの精鋭である。頭蓋骨を破壊されても全身を破壊できなければ。大剣もしくはメイスならば危険である。だがただの剣ならば。勝機は大いにある。

「我が主の理想郷を作る。そのためにはあなたは邪魔だ。ここで消えるがいい」

 と双刀の死人は言った。

 瞬間。死人の一体が、腰のベルトにしまっていた短剣10本を抜きすべて投げた。

 それが合図であった。

「カー!」

 と、喉骨の隙間を風が抜けていく音を放って、砂を蹴って疾駆した。

 エナトは投げられた短剣を剣ですべて弾き、目の前に現れた死人の頭蓋骨と喉と胴を突き、壊した。

 ふらりと、倒れ、復活しようと骨と骨が吸着しようとした白骨の死人はそのまま深淵の炎によって焼かれていく。

「気をつけろ!剣にはまだ魔力が残っている!」

 死人たちはサッと砂を蹴って距離をとった。エナトは剣を下げて構える。

 長剣をもった死人は焦ったのか前にでた。「がぁ!」と咆哮をあげ、びゅっと、剣を振り降ろした。

 その一撃をエナトは剣を跳ね上げて、死人の剣を上方へ打ち上げた。

「な!?」

 白い頭目がけて振り下ろされ、頭蓋骨を粉々に砕き、骨はゆっくりと燃える。

「しゃああああ!」

 横から次の攻撃が来る。双刀が回転しながら迫る。

 エナトはそれらを受けきり、躱す。

「いまだ!やれ!」

 と双刀の死人が合図をした。

 砂丘から死人が現れ、エナトの背後に迫った。死人はあらかじめ、二体を砂中に潜らせ、砂丘に回り込ませたのだ。

「くっ!」

 背後に対処できない。魔力もない。エナトは足をつかまれ、双刀の餌食になりそうだった。

 その瞬間、びゅっ、と風をきる音が三つなった。

 双刀の腕が石で吹き飛び、背後の死人たちの武器も吹き飛んでいた。

 砂丘の上に3つの人影があった。手には紐が握られ、石を投擲したのだ。

「ピエール!」

「エナト様!いまだ!」

 エナトは、背後の死人を横一文字に切り伏せると、片手だけの死人が振り下ろした刀の柄を、つかんでそのまま切り伏せた。

 白骨は燃え上がり、砂塵に混じっていった。

「ゴホ。ピエールたち助かりました・・・」

 とエナトは咳き込みながら口に入った砂を吐き出した。

「エナト様。やりましたぜ・・・」

 とピエールは苦笑した。ほかの傭兵たちはぐったりとしたままだ。

「ええ・・・」

 とエナトは剣を鞘にしまった。乗り手がいなくなった骸骨の馬も砕け砂に溶け込んでいく。

「なんでこいつらここがわかったのでしょうね」

 と言いながらピエールは死人の持ち物を漁っていたがめぼしいものはなく、舌打ちをつく。

「そうですね」

 エナトは空を見る。

 上空を禿カラスが飛んでいる。

 旋回するとそのまま砦とは逆の方向へ飛んでいく。

「ピエール。あなたたちはそういえばどこへ行っていたのです?」

 とエナトは地面に落ちた自分の帽子を叩きながら聞いた。

「俺たちは、影が見えたんでね。変なカラスも飛んでいるのが見えた。嫌な予感がしたから、カラスが別方向に飛んでいる間、モンモン族の投擲紐と石をもってローブを使って砂の中に伏していたんだ。エナト様には悪いが気配を消させてもらったぜ」

「そうですか。ならば、帰ったらおごりましょう。亡くなったものたちのぶんも飲んでください」

「そうですな・・・魔女様・・・。すべて終わったのです・・・からね・・・」

 こうして、もうだめかと思われたがエナトたちはようやくガリア国境前の砦まで逃げ込めた。

 砂漠には違いないが緑がある土地で小さいながら湖畔の中の島にある城は白い壁の美しい造形の砦だった。

 エナトたちはそこが楽園のように思えた。

 砦の領主はエナトの声望を知っていたので快く迎えてくれた。

 エナトたちは世には、こんなにも優しく厚遇してくれる領主もいるものなのかと、体を一日休めた。

 泥のように眠ったあと、エナトとピエールは領主と会談し、先日助けてくれた御礼と、ことの経緯を説明した。

 領主は中央から徴税官が来たと思い込んでいたらしく、悪路を通ってきたから、そのまま疲れをいやして金で篭絡しようと思いました、と冗談なのか冗談ではないのかわからないことを言って笑った。

 ピエールとエナトは顔を見合わせてどう返事したらよいかわからないが苦笑した。

 この領主は私腹を肥やす悪徳貴族ではあった。太った体にツヤツヤの白い肌をしている。巨大な壺のような形をした顔をしていて、目つきは鋭く、唇は常に渇いているのかいつも蛇のように舌を出して舐めている。肥えた腹で服のボタンが飛んでしまいそうだった。

 この領主はエナトがあとで調べたところ、中央に税金を送らず、おのが地元にだけ金を消費させている。中央から徴税官が来ないようにあえて道路を補修しないままほったらかしにしている。美しい女がいれば屋敷に連れていき自分の女にしてしまう。それが家来の妻でもあっても。

 こんな悪徳領主でも地元では好かれているという。私服は肥やすが金はばらまくからだ。おかげで領民も貧しいことに変わりないが、生活に困ってはいない。

 くずの形にもいろいろなものがいるとエナトは常々不思議に思う。好かれるくずと嫌われるくずだ。深淵に落ちたエナトだがそうした真理の一端を見なかったことに少し残念だと思う。

 それにしても太った領主だと太鼓腹をずっと見ていたエナトに領主は少し憮然とした顔で先日、奇妙な手紙をもった老人が来て門の前で「我罪に服する」と言ったのち自決したことを教えてくれた。

「ご領主様。その老人の顔を見たいのですが」

「ああ。いいですとも偉大なる深淵の魔女様。わんわんと鳴きながら首をかききったぶさいくな顔をしておりますがなぁ。むふふふふ」

 領主は下種な笑みをしながら外へ案内約をよこさせた。

 砦から離れた外にその特殊な遺体置き場があった。

 四角い建物の板を張っただけのそこは柱を蹴破れば倒れてしまいそうだった。だが、そこに石でできた丈夫な溶鉱炉と土で固めてつくった煙突があり、そこだけ頑丈で壮麗にさえ見える。死んだあとこのなかに放り込まれても悔いはないようにとの宗教的な計らいのようだ。

「ああ、こいつだ俺たちをはめやがったのは」

 とピエールは藁のうえの遺体に唾を吐く。エナトは咎めようと口を開こうとしてつぐんだ。首をかききったのだろう。血は乾き、ぼろぼろの皮服は血まみれであった。さぞ壮絶な死に違いない。

「祭司様。このものはなにか持っていませんでしたか?」

 とエナトは異教徒を焼こうと準備を進めている祭司に声をかけた。領主の治める砂漠を含め異教徒が多い。三柱の女神を崇めるガリアの政策でそれ以外の神を崇める異教徒は亡くなれば焼かなければならない決まりがある。土葬すれば不浄な土地となるからだ。

「ああ。この異教徒の手紙ならここにありますよ」

 と祭司は懐から出してエナトに渡した。


 ・偉大なる深淵の魔女様と傭兵隊長様   


『あなたは私を疑い深く見て監視されていましたな。案内役を芝居で殴って気絶させようとしましたが心臓麻痺になってしまい驚きましたとも。だがあなたは魔法で治療して、彼を返しました。正直ほっとしましたが、あのころから気づいていたのでしょうか?いやいや存じておりましたとも。ですが、あなたをここへ呼び込み、あの呪われた鎧を葬るのは我が責務でした。

 どうかお許しください。死にたくても死ねない鎧をつけた罪人をあなた様の力でしか浄化できなかったのです。

 わたしはあなたがたを嵌めたくて嵌めたのではありません。狂った鎧に心を犯され、鎧に人生を脅されたものがたりを終わらせられるのは私とあなたしかいなかったのです。深淵の火という神々の力をお持ちのあなたでしかできないことだったのです。

 我が成就は達せられましたが、不幸にも隊長様の大切な方と部下たちが亡くなられたのは残念でなりません。

 そして、帝国軍があなたがたを包囲し、鎧を奪おうとしていたこと、そこで多くの兵が亡くなったのも残念でなりません。が、しかし、帝国軍が待ち伏せしていたことを私は存じませんでした。そこは信じてください。帝国が鎧を持ち帰ったと言ったのはそうでも言わないときっと中に入ってくれないと思ったからです。ですが・・・。

 きっとどこかで私の謀が何者かに知られたのでしょうなぁ。なにか裏で巨悪がはびこっているのでしょう。私が預かり知らぬところで、大きなことが起きようとしているのです。それを私は事前に防げたと思っておりますとも。

 あの鎧をつけていたもの。それが何者であったかは、私はわからんのです。もしかしたら知っていたかも。ですが、このぼけた老人が最近思い出したことが、言われてきたことが、ああ・・・。これが啓示であったと理解できたのですよ。異教徒の移民の私が、初めてこれをやらなければ魔女様。あなたの役に立てないと思ったのです。もう、何千、何百年、いやもしかしたら遥か生まれる前からこうするようにできていたように思えるのです。だから、あの赤い頬のジャンというものの死もなにか役に立ったように思えるのです。

 こうみえて私も傭兵団のはしくれでしたので、戦いごとやだまし討ちには、慣れていましてね。ああ。懐かしいですな。これもなにかの化かし合いなのだと思います。きっと何者かの遠大な計略なのでしょう。

 エナト様。最後になりますが我が依頼を受けてください。ドゥベルクの鎧の小手をご存知でしょうか?実は紛失されたままでして、ええ。見たでしょう?あの腐った手を。あれです。あそこだけ小手がなかったでしょう?まったくどこにあるのかわからんのです。帝国にはないとはっきりしています。それは私が人生の半分をつかって探したからですが、なんもないのです。あの国には。東の竜首長国か。あるいは、ガリアか。それとも魔族の国か・・・。真鍮の指輪をはめられるものが、小手をもつものです。指輪は鎧をしり、力を与えるでしょう。そのものはやがてドゥベルクの鎧に心を犯され鎧が再生され、狂戦士の力をもつことでしょう。しかし、とくべつな力をもつものです。どうか、そのものをお探しください。そして、来る異界の門を閉めるときにその力をお使いください・・・どうか北へ向かってください。そこで物語は終わりに向かうでしょう。追記。うそを暴く魔法を防ぐ手立てはあなたに昔教わりました」

 ・ずっとぼけていた老人



 ピエールは横でエナトが読むのを待っていた。彼は字が書けず読めない。

「なんて書いてあったんだ?魔女様?」

「どうもよくわかりません」

「どういうことだよ?」

 なんと説明していいかわからないエナトは手紙そのものを読み聞かせてやった。

「なんだとこのくそじじい!」

 ピエールは遺体を足蹴にした。何度も蹴るとごきりと嫌な音を立てて遺体の足が曲がるが気に留めもしなかった。

 足の裾に刺青が見えた。エナトはその刺青をどこかで見た気がしたが思い出せなかった。

 エナトはピエールを止めようとしたが全くきいていない。

「だれが!残念でなりません、だ!おまえが帝国と組んで俺らを嵌めたんだろ!そうに決まっている!エナトに!昨年の海戦で!船をぜんぶ焼かれたから!その復讐で!ドゥベルクの鎧を見つけて利用したんだろ!」

「ああ、ガリアもかかわっているにちがいない。俺ら傭兵団とエナト様は有名すぎる。嫉妬する輩がいる。あの伯爵に違いない。後継者の内戦で俺はやつらを散々叩いたからか。エナト様が戦争を止めてばかりいるから傭兵団のだれかが商売にならねえからと謀ったか?気持ちもわからねでもねえが、稼いだ金でおれらみたいななんでもややればいいだろうが。くそが」

 と、ピエールは狂ったように喚いていた。

 ここにいてもよくないと思ったエナトはピエールをつれて外を出た。

 湖畔を見ながら、ピエールと今後について話した。夕日が湖畔に光り、二人に影ができる。とんがり帽子の影と鉤鼻の影だ。その影を鳥が飛んで突き抜けていく。

「ピエール。私はあの手紙にあった小手について探そうと思います」

 とエナトは言った。

「あんなの信じるのかよ。魔女様よ。あんたは頭が良すぎる。しかし、良すぎでたまによくわらなくなるんじゃねえのかぁ?自分でも」

 ピエールは笑いながら言った。どこか冷笑が含んである。

「なぜ?」

 とエナトは首を傾げた。

「あんなぼけたじじいの手紙信じるのかよ?魔女様よ?」

 とピエールは珍しくくってかかる。

「私は、小手がないのを確かにみたし知っています。それにこの真鍮の指輪も気になります」

 とエナトは冷静に言った。ドゥベルクの鎧を燃やしても燃えカスにならなかった指輪。

「あ?そんなちっぽけな指輪どこにでもあるだろうよ」

「そうですか?これをつけられるものが小手の持ち主と老人の手紙に書いてありました。指輪は鎧を知ると」

「そんなのだれもがつけているだろ。露店で盗んだようなものよく並んでいるぞ?」

「果たして?」

 そう言ってエナトはピエールに指輪を渡した。指輪はぶかぶかのわっかのようだ。相当大きな指をしていないと入りそうにない。

 しかし

「なんだ・・・・これ・・・・?」

 ピエールは指輪をつけなかった。いや、指輪をつけられないのだ。

 つけたと思うと、手の平の上に戻っていた。さきほど指輪を渡したエナトの声が重複して届く。過去にもどったかのようである。

「果たして?」と声が届く。響く。

 視界が二重になり、吐き気がくる。

「なんだこの指輪は?」

 とピエールは立ちくらんだ。時がもどる感覚。影がもどり、夕日が少し天井に上がったかと思うと、またもとの場所と影ができている。さきほど湖畔の上を飛んでいた鳥がもとの位置に戻っていた。

「わかりません。魔法がかけられているようですが、どういった類のものか。時間がもどったような錯覚がおきますが・・・。どうやら持ち主しか嵌められないようです」

 エナトは指輪をはめようとしたがふっと指輪が消える。指輪は手のひらのうえだ。はたから見るとちょっとした子供騙しを見ているかのようだった。

「・・・。じゃあ、なにか少なくとも小手の持ち主にしか嵌められないっていうのは本当ってことか?」

「それと、老人の足に刺青がありました」

「ああ、あったな。それが?」

「あれは魔法です」

「魔法?」

「魔法陣といっていいかもしれないです。忘却魔法が掘ってありました」

「忘却魔法?なんでそんなものを?」

「魔法陣による技術は国家機密のものです。あれはガリア以外のものですし、少し古い」

「どこのものだよ?」

「すでに何千年も前に滅んだ国です。古の冥王の友とされるシンドリがいたとされる国。その名はニザヴェッリル」

「ニザヴェッリル?」

「武器に文字を刻むことで、武器に魔力を与えてその技術によって冥王の覇権を手助けしたとされています。さて、その場所というのが、北。現在の魔物たちがいる地です」

「魔物たちの領土かよ・・・。まさか魔女様はそんなとこへ行くのか?」

「探してみる価値はありそうです・・・。異界の門を閉める件というのも気になります」

「あれか・・・。何年か一度鍵を王族から選んで閉めている・・・」

 異界の門。神話の時代。女神たちが冥王を封じるためにつくった門。

 門の中で冥王は力を徐々に失い。体が消えていっていると言われている。魔族の森の中に何個もあり、数年に一度封じた冥王がでてこようと門をあけようとし、少しだけ扉が開く。その時、瘴気が溢れ、人が浴びると、獣となり、理性を失って人を襲うという。数十年に一度、それを閉めるために王国から女神の血をひく「鍵」が選ばれる。その使命は、森にある何個のも門にいき、その命と引き換えに門を閉めることにある。ガリアでは知らないものはいない。その儀式と世界を守るという使命を引き受けているゆえにガリア王国は暴君がでようとも王朝が崩壊することはなかったとされる。

「・・・。今回の依頼は王国からでした。老人。ドゥベルクの鎧。小手。指輪。」

「なるほど。魔女様はひっかかるわけですかい」

「そうです。なので、ピエール。私は明日小手捜しの旅に出ます」

「そうか・・・。深淵の魔女様は・・・いつもそうだな・・・せっかちで慌ただしい」

「これが我が使命なので」

「深淵の主か・・・。主様から毎月お給料請求してもよさそうなのに。よくもそんなに働けるぜ。ばかばかしい」

「ピエールはどうします?これから?」

「さて・・・俺はガリアの王都ルテティアに戻るかな・・・。ジャンも。他のやつらも死んじまったしな。遺族には年金渡してやらないといけない決まりだから・・・。エナト様はそこでまでいくんだろう?」

「ええ」

「じゃあ、途中まで一緒だな」

 一行はそこから翌日ガリア王都ルテティアへ向かった。

 馬へ乗り換えたエナトらはそのまま馬上で眠りながら旅をした。

 起きて自分を笑った兵士たちはもういない。

 自分より先に消えて亡くなる人をエナトは何度も見てきた。

 だが、何百年も生きても慣れないでいた。



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