声なし聖女は、自由を望む。
※このお話は『殿下、これって契約違反では?』
https://ncode.syosetu.com/n8303ie/ とリンクした短編ですが、お話のトーンが違います。ご注意ください。もちろん単独作品としてお読みいただけます。
「善なる神よ、お答えください。ここにいるオリヴィアは、聖女で間違いないでしょうか?」
否。
神託のペンジュラムが、否定を示したから。
私は"偽聖女"として、キルティスの国から追い出されることになった──。
◇
誰を恨めばよいのかわからない。
私は幼い頃、地方の神殿に買われた。
神殿が権威を持つには、聖女を抱えることが必須。
私の神聖力に気づいた奴隷商が、近隣の神官長に売りつけたことから、私の"聖女"としての人生が始まった。
なぜ奴隷商の元にいたかって?
戦争孤児として彷徨っていた時、ならず者たちに捕まって、酒代として売り飛ばされたからだ。
たとえ殴られて痛くとも、神聖力で治すのではなかった。
当時小さな子どもだった私は、自分の力を特別と思わず、隠す気もなく行使してしまった。
それが間違いだったと気づいた時には、もう"聖女"にされていた。
「ふむ。お前の名は、今日からオリヴィアだ」
神官長の言葉に、私は親から貰った名前すら失う。
神殿で始まった日々は、希望や安息とは縁遠いものだった。
掃除、洗濯をはじめとした下働きはもちろん、聖務では、列なす信者の傷や病を癒す。
厨房を手伝うのに、私の食事は粗末を極め、パンの一切れさえ渋られた。
「お前が育ちすぎたら困るからな」
神官長はいつもそう言った。
年齢に反して低い背に、貧相な体つき。
それらを長いローブで隠し、顔と髪だけは整えるよう、指示された。
"聖女"として人前に出るために、それなりの見た目は必要だったから。
これが、他の女性の嫉妬を買った。
私の顔は上等の部類だったから、それで男の気を引く"遊び女"だという噂を立てられた。
男どもはそんな話を真に受け、私に秋波を送っては、茂みに連れ込もうとする。
ほとほと嫌気がさしていたが、王侯貴族と会う場でも、訴えることは出来なかった。
私の声は、首につけられたチョーカーで封じられていたから。
酷使され、搾取される扱いは、大神殿からの推薦で王都に移っても、変わらなかった。
神官長が栄転して、王都の神殿に付いてきたからだ。
"希代の聖女を見出した"という功績を、評されて。
王都に結界を張り、傷病者を癒す。
毎日、毎日、毎日!
祭壇の前に跪き、声が出ぬのに祈りを捧げる。
神はどうしてこんな力を私に与えたのか。
こんな……、他人だけが奇跡の恩恵に預かり、私は寝る間すら与えられない環境で。
世にあるという"幸せ"とは伝説で、作り話の存在だと。
俯きながら、私は耐える。
食いしばった歯で血を流しても、神が私を助け出すことはなかった。
ある日、満面の笑みを浮かべた神官長の言葉に、私は耳を疑うことになる。
「喜べ、オリヴィアよ! お前が王太子殿下の婚約相手として選ばれたぞ!」
彼は一体、何を言っているのか。
無謀にもほどがある!
私は全身で反対を訴えたが、いつも通り無視され、厳しい折檻のもと、狭い納屋に閉じ込められた。
言葉を紡げぬ我が身を、何度も何度も悔しく思った。
一切の書物を遠ざけ、私を文盲に育てたのは神官長だ。
伝える手段を持たない私は、何度も逃げようとして、そのたびに連れ戻された。
そしてさらに、事態は悪いほうへ進み出す。
王太子の婚約者。
その座を狙っている貴族は数多いて、私を敵視する目は一層増えた。
神官長は、彼と近づきたい相手からの贈り物に腹を揺らしてご満悦だったようだけど、私に対する周囲からの嫌がらせは苛烈を極め。
その様子を、神官長は面白がった。
私は彼の娯楽のひとつで、稼ぐための金の卵で、支払い不要の労働力だった。
そして、とうとう。
王太子に恋慕する貴族のご令嬢に、私は目障りだと神殿から引っ張り出され、王宮広間に立たされた。
"聖女"が王太子妃としてふさわしいかどうか。
公の場で神に問う儀式が設けられ、神託は私を"聖女"と認めなかった。
「"聖女"を騙る偽物だ!」
人々は一斉に牙を剥き、婚約話は破棄されて、私は追われて国を出た。
これまで私の神聖力を目の当たりにした人たちは、一体何をどう見ていたのか。
そこに疑問すら抱かない、そんな国は私からも願い下げだ。
神官長も私を手放した。
さすがの彼も、私が真に王太子に嫁げないことは、わかっていたのだろう。
私は隣国レトニアへと、やって来た。
「これが、私の身の上話です」
「……なるほど……」
神妙な空気が場を包む。
私を見る目は三対。
若い男性。
若い女性。
そして愛しい女性。
「それは確かに、聖女、ではないだろう。神は正しいな」
「むしろよく今まで、周りが気づかなかったわね」
黒髪の男性と、金髪の女性が言う。
「チョーカーで、声が出せませんでしたからね」
忌々しい魔道具が外された首に、そっと手を当てる。
微かな突起が上下して出る声は、年相応に低く。
私は自分の声変わり時期すら、知らないままに過ごしてきたと実感する。
それに今の私は、変装のために前髪を下ろし、顔の大半を隠している。
彼らは、キルティスに居た頃の私の姿を知らない。
「"聖男"って呼ぶのかしら」
ピンク色の長い髪を、肩位置でゆるく束ねた女性が言う。
「いいえ、ミュゼット。そこは普通に"聖人"でしょうよ」
金髪女性が呆れた声を隣の女性……ミュゼットにかける。
レトニア王都の片隅、街はずれの料理店。
閉店した後のカウンターに座して、並んでいるのは。
驚くことにレトニアの第一王子と、彼の婚約者である公爵令嬢。
そして元男爵家の養女、現平民として店を切り盛りする女主人ミュゼット。
成人したばかりの男女が、同年代の私を囲んで、その過去話に耳を傾けていたわけだ。
盛られた料理をつつきながら。
「でも助かりました。行き倒れた私を拾ってくださり、こうして店で雇ってくださって」
「望めば我が国の神官の地位くらい、用意出来るがな」
レトニアの王子ロデイルが言う。
「いえ、それは──」
「そうよ。オリヴァーはもう、聖なるご奉仕は辟易してると思うわ」
「というか、そんなことしたらウチの国にいることがバレちゃうじゃない。キルティス国が必死で"聖女オリヴィア"を探してるのに」
私が居た国は、いまは強力な"聖女"を失って、四苦八苦しているらしい。
蔓延した流行り病に、襲い来る魔物たち。傾く経済に、嘆く人民。
気の毒だとは思うものの、神殿は健在だし、聖女は他にもいる。騎士団もある。
自分たちで何とかするだろう。
だって私はもう、どう見ても聖女……女には見えない。
この国に来て以来、タガが外れたように、身体が成長したから。
それに一生分の奉仕はしてきたと思う。
お役御免で充分だ。
私が断りを口にする前に、女性陣が元気よく反論している。
「大体殿下、オリヴァーの力は秘密ということで、ご病気を治していただいたのに」
エリシアが婚約者に意見する。
「うっ、しかし、俺の治療という大恩に報いないというのも。俺とお前からの謝礼金だけじゃ足りないだろう? それなりの地位だって……」
「だから、目立てばオリヴァーの素性を探る者だって出てきちゃうんですってば」
この国の王太子は、微笑ましくも生真面目だ。
そして、婚約者であるエリシア・ウェルテネス公爵令嬢にめっぽう弱いらしい。
彼女の言葉にブツブツ言いながら、引き下がっている。
なぜこんな大物たちが、場末ともいえる料理店に集結しているのか。
それは、この店のオーナーが公爵令嬢エリシアその人であり、任されて店を切り盛りしているのがミュゼットだから。
かつて三人は、ややこしい関係だったらしい。
王子と婚約者、そして王子の恋人の座を狙う、男爵令嬢。
名前をロデイル、エリシア、そしてミュゼット。
ミュゼットは王子の政敵に遣わされ、彼の誘惑に務めていたが、エリシアを階段から突き落とした罪で牢につながれることになった。
……のだが、突き落としたという話は、突き詰めれば事故まがいのものだったらしい。
届かぬほど遠い異国から来たというミュゼットは、"階段から落ちれば元の世界に帰れるのでは"と思い詰めるほど精神を病み、自分が飛び降りようとした弾みに、居合わせたエリシアを突き飛ばす形になった。
牢に繋がれたミュゼットに、エリシアが面会して真相が判明し、また、ミュゼットの故郷という国を、なぜかエリシアが知っていたことから、"被害者の嘆願"という形でミュゼットは放免された。
周囲の反対は、"エリシアがミュゼットを使う"という罰で押し切ったらしい。以来ふたりは親友のようだ。
そんなミュゼットの店の前で、キルティス国から出た私が行き倒れたことから、不思議な縁が繋がった。
ミュゼットに介抱され、エリシアと知り合い。フロア係の男性店員として雇われた。
そして当時、重い病を患っていたロデイルを秘密裏に治癒したことから、深い感謝を向けられた。
私の過去と素性を知るのは、この三人。
王族や貴族がそんなことで良いのかと思うけれど、誰も私を利用しようとはしないし、友達として私の幸せを応援してくれている。
もし例え、"黙っていた方がキルティスの国力を削げる"という思惑でも、私は一向に構わない。
打ち明けたのは、彼らになら使われても良いと思ったからだ。
「恩は十分に返していただいています。安らぐ場を与えていただき、感謝しているのは私です。お金も使い切れない程、いただきました」
そう言うと、うっと涙ぐむエリシアが感極まったように言った。
「何かあったら遠慮なく言ってね? 私たちに出来ることなら、なんでもするから」
エリシアの言葉に、残るふたりがうんうんと頷く。
(ミュゼットまで……、嬉しいな……)
じんわりと胸が熱くなる。
こんなあたたかな世界があることを、私は知らなかった。
ただ互いを思いやる、心地よい関係。
私は、自分の名前を取り戻せたことが嬉しい。
なんでもすると、エリシアは言ってくれたけど、大丈夫。
私が想うミュゼットは、手を伸ばせば届く場所にいる。
なら後は、自分の力で頑張ろうと思う。
自分のために努力できるということが、こんなにも有難く、嬉しい。
明日を思って、私の心は歓喜に震える。
ひとつ屋根の下で、その春色の髪に口づけを落とせるよう。
この腕の中に、優しい彼女を包み込めるよう。
美貌と謳われたこの顔が、ミュゼットの好みであれば良いと期待しながら、そっと髪をかきあげる。
純粋な気持ちで私の首輪を外してくれたミュゼットに、少しずつ、けれど全力で心を伝えていくつもりだ。
あのチョーカーは、自分では無理でも、相手を労わる気持ちさえあれば、誰にでも外せる魔道具だった。
けれどキルティスでは、私はそんな相手に出会えなかった。
キルティスの人々よ。
善なる神に問うならば、こう尋ねるべきだった。
「ここにいるオリヴァーは、あなたの神子ですか?」と。
声を奪わず、そのままに育ててくれていたならば。
建国以来の神子の血筋だと、私は自ら、告げていたことだろう。
私の働きに正しく応じてくれていたならば。私は終生、国を護っていただろう。
私が国を出た後の、神官長の凄惨な最期を聞いたが、食べれもしない挽き肉に払う感傷はなかった。
神の加護は、キルティスを離れ、レトニアに移った。
神の振り子が、指し示すままに。
お読みいただき有難うございました!
本日締切りの長岡更紗様「ドアマット大好き企画」参加のため、急ぎ書き上げました。
でもドアマットはキャラが可哀想でツライ。 ←
拙作『偽り聖女と私が断罪されてから、わずか10日で王都が滅んだ話』とパターンが似通ってますが、ご了承ください。
そして『殿下、これって契約違反では?』のキャラクターが登場しています。ロデイル、エリシア、ミゼットの三人再び(笑)。
『殿下、これって契約違反では?』には《異世界転生/転移ジャンル》での月間5位ありがとうございます!!
5位お礼短編と企画参加を混ぜた突発短編……。こんななった……。
あちらの感想欄で「ミゼットってもしかして転生者?」「ミゼットにも幸せを」とピンク髪への応援を多々いただきましたので、その部分を書いてみました。
またもエリシアはとんでも料理を考えていたのに! 2種類も出す予定だったのに!
混ぜると長文になったので、そちらは没にしました。
エリシアの欲する現代食はまた後日。機会があれば書けたらなぁと思います。
スピンオフのようで、まったく毛色の違う作品ですが、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
ご感想、ご評価ぜひよろしくお願いします♪
【いただきもの追加! 2023.05.26】
汐の音様(ID:1476257)からキルティス時代の聖女オリヴィアです!! 麗しい!!
---
うちのラフ。