【5】 母、オブライエン商会へ行く
国王夫妻との会見が終わった後、婚約も決まり、おめでたいので「ぜひに」
と昼食を共にすることになった。
「とってもおいしかったです。お城の料理はすごいのですね!」
初めて食べる料理の品々にシアもとても喜んでいた。
トリスタンもアリシアも婚約がよほど嬉しかったのだろう。料理人に腕を振るわせたみたいだ。
ただ、シアはまだ教育が進んでいないせいか、食事の作法に気になるところがあった。
国王夫妻はシアのたどたどしい動作に愛らしさを感じたのか、笑いを交えながら終始穏やかな雰囲気ではあったが、妃としての教育もあるし、今後はさらに勉強させなければいけないだろう。
(一流の悪役令嬢になると誓った以上、甘やかしませんよ、シア)
「すまないが俺は席を立たせてもらうよ。皆はそのまま食事を楽しんでいてくれ。さすがにそろそろ戻らないとテオドールに恨まれかねん。またな」
主菜が来る前にトリスタンはそう言い残し、足早に去っていった。
(そういえば政務を全部押し付けてきたって言ってたものね)
「はぁ、カインも参加してくれないし、嫌になるわ」
アリシアも愚痴気味にこぼす。
その後は私とシア、そしてアリシアの3人で歓談しながら食事を楽しんだ。
会食も終わり昼下がりの午後。
別れの挨拶をかわした際、
「またお茶会に来てね、エリザベス」
と悪戯っぽく微笑み、「早く会いに来なさいよ」と釘を刺すかのようなお誘いがあった。
御者に「オブライエン商会まで」と行先を告げ、見送りに来た騎士の手を借り、フィリシアと共に馬車へ乗り込んだ。
ゆるりとした速度で馬車が進みだす。
胸に手を当て、礼儀正しくお辞儀をしている騎士に対して、シアは窓越しに手をブンブン振りながら別れを告げている。
(こういうところはまだ子供っぽいわね)
にこやかな気持ちになり、思わず顔が緩む。
「お母さま、あそこにはなぜ何もないのですか?」
城から出てすぐ近くにある空き地を見つめながら、シアが質問する。
「あれは、戦争や有事の際、敵が矢から身を守ったり、物影に隠れて城に近づかせないために城の近くでは何かを建ててはいけない、という決まりがあるのよ。いざとなれば資材等を積んで、防壁を作ったり、城へ進むのを防いだりできるわ。そのために空き地にしてあるの」
……なんて恐ろしい事は教えられないわ。
「あれは……お城のすぐそばに建物があるとお城から街が見通せないし、それに周りに何も無いと、お城に用がある人がすぐわかるでしょう? そのために空き地になっているのよ」
「そうなんですね! すごいです!」
え? それってすごいの?
「王様っていろいろ考えているのですね!」
う、うぅん……? 別にトリスタンが考えたわけではないと思うけど、感心している事だしそういうことにしておきましょう、うん。
「そ、そうね」
その後もシアは街並みを「ふぉぉぉ、よ、ヨーロッパみたいでしゅごい……」と小声でときたま呟き、食い入るように眺めていた。
(よー……ろっぱ……? なにかしら……)
それとは別にふと気づいた事があったので、シアに聞いてみる。
「ねぇシア。行きと同じ道なのにどうしてそんなに街を眺めているの?」
するとフィリシアははにかみながら笑い、
「そ、それは……そのぅ……」
「ふふ、やっぱり。行きは緊張してて、見てなかったのね」
「えへへへ……」
なぜ神はこんなにもかわいい娘を私に授けてくださったのだろう?感謝します。感謝しかありません。
シアの笑顔の前には宝石もくすみ、どれほどの地位やお金があっても買えないほどの価値……いや、それ以上の価値がある。これには旦那様も諸手を上げて賛同してくれるだろう。
突然馬がいななき、馬車が止まった。
そこまで速度が出ていたわけではないので、大した衝撃は無く、私とシアはどこかにぶつかることもなく、無事だった。
「何事です?」
御者に詰問口調にならないよう問いただす。
「申し訳ありません、奥様。横道から突然子供が飛び出してきまして……」
「あっ! お母さま、子供が騎士様に追いかけられています!」
「待て! 盗人めっ!」
大声のする方向を窓から見てみると、みすぼらしい恰好をした子供がパンのような物を抱えて逃げていく姿が見えた。
その後ろから二人の騎士団員が追ってきている。
しかし子供の方が足が速く、引き離されていき、路地に入りこんだため追っていた騎士団員と共に見えなくなった。
(あの背格好や服装からみて孤児……でしょうね)
ふとフィリシアを見ると、さきほど景色の話をしていた時とは打って変わって何とも言えない複雑な顔ををしている。
口にこそ出さないが服装などを見て恐らく何かを察しているのだろう。
「申し訳ありませんでした、すぐに出発致します」
御者が一声かけ、馬車が再び動きだす。
私は思わず軽い溜息を吐いてしまう。
(シアにはあまり見せたくなかったわ……王都も昔より孤児が少くなったといえ、このあたりでまだ見るようでは話にならないわよ、テオドール、トリスタン……)
気まずさも手伝って気分を変えたかったので、さきほどシアが言っていた勘違いを正しておくことにする。
「そういえば……さっき追っていたのは“騎士”ではないのよ」
「え、そうなのですか?」
すっかり騎士だと思い込んでいたフィリシアは少し驚く。
「シアにはまだ教えていなかったわね。良い機会だから、騎士団について教えてあげましょう。勉強の一環だと思って、しっかり覚えるのですよ」
「はい、お母さま」
孤児の件から気を逸らす事に成功したようで、フィリシアは力強く頷いた。
「さきほどの二人は“騎士団員”です。私たちが城を離れる時、見送っていたのはあなたが「騎士様」と呼ぶ“騎士隊員”なのですよ」
「どう違うのですか?」
不思議そうにシアが聞いてくる。
「まず“騎士団員”ですが……さきほども言いましたが、彼らは騎士ではありません。あくまで騎士団に所属している人々の総称です。市民や、騎士に採用されなかった貴族の次男や三男等が多く、主に市井、つまり街の警備や治安維持などを担当しています」
「ではお母さまはどうやって騎士様と団員の方を見分けたのですか?」
「良い質問ですね」
私はにこりとシアに笑顔を向ける。ちゃんと私の話を聞き、しっかり学ぼうと言う意志を感じたからだ。
「よく見ると“騎士”より装備が軽装で鎧も簡素、武器も鉄製の剣ではなく木剣やこん棒などの木製です。なので慣れてしまえば一目で判断できるのですよ」
「そうなのですね! 言われてみればお城の騎士様より装備がしょぼ……簡素だった気がします!」
(慌てて言いなおしたようですが、何が言いたかったのかわかりますよ)
「武具が騎士より控えめなのはちゃんとした理由があるのよ。騎士が訓練をつけているとは言え、戦いの心得があるわけではありません。誰かを捕まえる時や、戦闘があった際、相手を間違って殺したり、過度に怪我をさせてしまいかねないでしょう? だから武器は木製なのです。犯罪者を相手にすることも少ないですし、防具も軽装で十分なのよ」
それを聞いたフィリシアは思案顔になり、
「……では団員の方が罪をおかした場合はどうなるのでしょう?」
と聞いてきた。
「それなら当然、騎士が出てきて、調べる事になるでしょうね。それと団員は騎士と違って、調べる事はできないの。あくまで一般市民の延長線上……自警団、と考えるとわかりやすいでしょう。出来るのは警備や見回り、逮捕のみですよ」
「そんなのがあるなんてすごいですわ!!」
今度は目をキラキラと輝かせながらシアは感心している。
あぁ! 娘がかわいすぎてどうしましょう。
短時間でこんなにも表情がコロコロ変わるなんて。
これからも一緒にいっっぱい出かけるとしましょう。そうしましょう。
(旦那様ももう少し時間があったら、一緒に出かけられるのに。そしたら家族3人で行けるわね……)
「あ! わ、わたくし……すごく悪い事を思いついてしまいましたわ!」
「どうしたのですか? シア」
「団員の方が、騎士様と同じ装備をしたら簡単になり済ませてしまいますの!」
(神よ……なぜシアはこんなにも聡く、賢く、そして天才なのでしょう?
はぁ……今すぐ抱きしめて、頭をなでて、背中をぽんぽんしたいです、神よ。しかし甘やかさないと誓った以上、私にはできません。これは酷ではないでしょうか? 私が何をしたというのでしょうか? 罰なのでしょうか? わかりません神よ、あぁ、神よ)
私は平静を装い心の中で葛藤しながら、神に祈る。
「シアは賢いですね」
するとシアは物凄くばつが悪そうに、もじもじと体を動かし、赤面し、耳まで赤くなりながら恥ずかしそうに口を開く。
「おおおおお母さま……ぜ、全部、全部口に出てしまってますぅ」
「……ッ!?」
(……ふふふ、全部聞かれていたというわけですか。うふふふふ……)
私は静かにほほ笑む。
「いいですか、シア」
「ひゃい!」
フィリシアは居住まいを正し、緊張気味にこちらを見上げている。
「淑女たるもの何時、如何なる時も狼狽えたりしてはいけません。もし、そのような場面に出くわすような事があったら、背筋を伸ばし、相手の目を一点に見つめ、ただ静かに笑いなさい。そうすれば何も問題ありません、いいですね?」
「あ、ありがとうございますっ!」
なぜかはよくわからないが、お礼を言われてしまった。
「ふふっ、でもシアが賢いと思うのは本当の事よ」
「あぅぅ……」
さきほど言われたことを思い出したのか、また赤くなっている。
「こほん……では問題について答えましょう。騎士のなりすましについてですね」
まだ恥ずかしいのかシアは無言で何度も頷いている。
「そうですね、簡単に答えを教えても良くないですし、どうしたらなりすましを防止できると思いますか?」
「え、えぇと……うーーん…………あ、わかりましたわ! お友達や、顔を知っている方に見てもらえばいいのですわ!」
「それも一つの方法ですね。では面識の無い騎士同士ならどうしましょう?」
「う、うーん……」
唸りながら、考え込んでいる。
これはさすがにわからないだろう。
「秘密の合言葉……」
「え?」
「秘密の合言葉を決めれば大丈夫ですわ!!」
どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。
(いい線行っているわね……)
「それも正解の一つよ。よく思い付いたわね、シア。えらいわ」
「えへへ」
褒められ天使のように笑うシア。ずっとこの笑顔を見ていたい。
しかし、そうも言っていられない。
「……本当はもっと大人になってから教えるつもりでしたが、良い機会だから教えておきましょう。これは一部の上級貴族しか知らない、国防に関する事です。決して他言してはいけません、いいですね?」
私は真剣にそう告げる。
シアもさきほどとは打って変わって真面目な顔つきになり、返事をした。
「はい、お母さま」
「“騎士”というのは団員と違って、必ず隊に所属しています。一番有名なのは騎士団長であるエルフリード様率いる1番隊です。ここまではいいですね?」
「はい」
「騎士になる際、陛下から剣が賜われます。その剣は彼らが初めて所属する隊の番号が彫られているのです。ちなみに数字の場所は柄の部分……厳密に言えば鍔の中心、にあります」
「え……? つば……?」
どこの事かわからないのか首をかしげている。
シアにはまだ武器を見せたことがなかったから、当然だろう。
「ごめんなさい、そういってもわからなかったわね。今度一緒に見ましょうね。とにかくわかりやすい部分に数字が彫ってある、と覚えていればいいわ」
「はい」
一緒に見る、という言葉に反応したのか少し嬉しそうにしている。
「これが一つ。つまり数字の無い剣は偽物ということね。」
「一つということはまだあるのですね?」
「ええ、数字だけならすぐ用意出来てしまうもの。二つ目はシアが言っていた合言葉に近いかしら? 彼らは必ず『〇番隊所属、××』と名乗りあう決まりがあるの。例えば『3番隊所属、フィリシア・フェルデン』といった具合よ。そういえば見送りに来た騎士も1番隊だったかしら?」
「か、かっこいいですわ……」
1番隊の騎士の方か、自分の名前が使われたことに対してなのかわからないが、このぐらいの年齢だと騎士とかって憧れるものなのよねぇ。
「ふふ、そうね。そしてこの隊員は、時期は秘密だけど、必ず異動があるのよ。つまり定期的に所属が変わるため、暗号のような役割を持っているの。これは隊長ですら例外ではないわ。変わらないのは騎士団長であるエルフリード様ぐらいかしら? 1番隊は彼が認めた騎士しか入れないし、すごく有名だからなりすます事は出来ないの」
「そうなのですね。でも、番号だけだと暗号にならない気がしますわ」
まだよく理解できない、という顔をしている。
「そろそろ商会に着くでしょうし、まとめましょう」
「お願いします、お母さま」
「鍵は、剣に彫られた数字、これは同期ならばすぐわかります。この数字は決して変わる事がなく、初めて所属した隊の番号ですから。次に、定期的に変わる隊の番号、そしてもう一つは隊長の名前です。これらを組み合わせて、知らないもの同士は名乗り合ったり、話をしたりするのです」
「話とはどんなものでしょう?」
「世間話や愚痴のようなものね。『今月の××隊長の訓練がきつかった』、『前の〇番隊の方がよかった』、『最近〇番隊のあいつはどうだ?』などでしょうか。隊員同士がどこの所属かは覚えている必要はありませんが、少なくても隊長の所属は必ず覚える必要があるので知らないはずはありません。これらが噛み合わなければ、正体がわかってしまうのです。もし疑わしい人物がいたなら、質問すればいいだけですからね」
御者側から壁を2回叩く音が聞こえた。
話し込んでて気づかなかったが、商会に到着したようだ。
「ちょうど到着したようですね。何か質問などがあったら、帰りに聞きましょう」
「はい。ありがとうございました、お母さま」
お礼と共に頭を下げたフィリシアの髪が、陽の光に照らされ、ふわりと金色に輝いて揺れる。
(まだまだ教えたいことはあるけれど、ゆっくりと、やっていきましょう)
2週間という時間があったので、おかげさまで細かいところまで構想が練れました。
今までは1話で話が完結してましたが、次話からはミニ長編?の商会編が始まります。
一応予定としては3話ぐらいになると思います。
お楽しみに!




