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【3】 母、婚約者を手に入れる①

 アリシアとのお茶会から一ヶ月後、私はフィリシアを連れ、王城にやってきた。

 フィリシアは初めて王城に来たからか、心なしか緊張しているようにも見える。

 私は娘の顔は見ずに、そっと手を取り、軽く握りしめてあげる。

(見なくても感じるわ、シア。あなたが微笑んでいるのを)

 これで少しは緊張が解けるだろう。


 前回のお茶会も担当していた馴染みの侍女に先導されながら、他愛ない話をいくつか交わし、応接室に通された。

 ほどなくしてアリシアが一人の男の子を連れ立って現れた。


「今日はいつものやり取りは省くわよ、リズ。さすがに息子の前では恥ずかしいわ。さぁ、挨拶なさいカイン」

「……エヴァンス国王子、カイン・エヴァンス」


(容姿端麗とはこういう子を言うのね。大きくなったらご婦人方がほっておかないでしょう。でも何かしら、この違和感……?)

 でもまずは顔合わせを無事終わらせる方が先決ね。


「エリザベス・フェルデンでございます、殿下。あなたも王子殿下にご挨拶するのよ、フィリシア」

「フェ、フェルデン侯爵の娘、フィリシア・フェルデンで()()


 まだ緊張していたらしく、最後で噛んでしまったフィリシアは恥ずかしさで耳まで紅潮し、うつむいて少し震えている。

 

 フォローしようと口を開きかけた途端、フィリシアが自分の両頬を叩き小気味よい音が室内に響く。

 その場に居た全員が呆気に取られていると……


「フェルデン侯爵の娘、フィリシア・フェルデンでしゅッ!」


 何事も無かったかのように再び挨拶をし、そして……同じところでまた噛んだ。

 ああっ!シアが可愛すぎて、今すぐ屋敷に持ち帰りたい。


「あっははは、……さすがリズの娘ね。久しぶりフィリシアちゃん。私のこと覚えているかしら? アリシアよ」

「はい! アリシアおば様。お久しぶりです」

「後でほっぺを冷やしておくのよ。せっかくのかわいらしい顔が、赤くなってしまってるわ」


 カイン王子は状況が呑み込めていないのか、口元に手をかざし首をひねっている。……先ほど感じていた違和感の正体が、今わかってしまった。


「カインはフィリシアちゃんをエスコートしてあげなさい。初めて王城に来たのですから。紳士たるもの女性を退屈させてはいけませんよ」

「……はい、母様」


 どこか冷めたような目で抑揚なく返事をする。

 どうしていいかわからないフィリシアは私の顔を何度も見返す。


「行ってらっしゃい。せっかく殿下が案内してくださるのだから」


 二人が部屋から出ていき、残った私たちは、ソファーに真向いで腰かける。


「さて……ごめんなさいね、リズ。急で大変だったでしょ」


 珍しくアリシアが申し訳なさそうな笑顔を私に向ける。


「いいのよ。元々婚約者をどうすればいいか相談しにいったんだから。まさか、カイン王子が相手になるとは思わなかったけどね。それにまだ口約束程度のものでしょう?」


「ええ、二人の気持ちもあるでしょうし、フィリシアちゃんは私にとっても娘同然ですもの。いくらこちらの都合もあるとは言え政治に利用したくはないわ。私としてはこのまま正式に婚約してくれればいいと思うけど」


 シアが王子との婚約を望まなければ、この話は白紙になる。でも、もし正式に決まれば旦那様が黙ってはいないだろう。

 あの人なら「よし、王家を潰そう」とか淡々と言いかねない。


「……それだけじゃないの。貴方も気づいたでしょう? カインの事」

「気のせい……ではなかったのね」


 カイン王子には子供らしい表情が一切無い。笑ったり、泣いたり、喜んだり……大仰でなくても多少変化があるものだ。

 しかし王子は部屋に入ってきてから、出ていくまでただの一度も表情の変化がなかった。

 そして……異様に目が冷たい。あんな6才児は見たことがない。シアと一つ違いとは到底思えない。


 その時突然扉をノックする音が聞こえ「失礼するよ、ご婦人方」と片手を上げ、気さくに挨拶しながらカイン王子に引けを取らない端正な顔立ちの男性が入ってきた。

 私は考え込んでいたため一瞬反応が遅れたが、すぐに立ち上がり礼儀正しく挨拶をする。


「お久しぶりです、トリスタン陛下」

「おいおい、やめてくれ。公式な場じゃないんだから堅苦しいのは勘弁だ」


 私たちのやりとりを見ていたアリシアがクスクス笑いながら嬉しそうにしている。


「あら、あなたも鈍いわね。これがエリザベス流の歓迎よ」

「そ……そうなのか? はぁ、担がれた気分だ。まったく君は昔から変わらないな」

「陛下がいらっしゃった、ということは宰相様もいらっしゃるのですか?」

「おい、本気で怒るぞ。その喋り方はやめてくれ。陛下も無しだ」


 さすがにからかい過ぎたらしい。この辺でやめてあげようかしら。


「はいはい、わかったわよ。なら『トリスタン君』がいいかしら?」

「いいわね、私も昔みたいに『トリスタン殿下』って呼ぼうかしら」


 アリシアも私に乗っかってくる。


「あーーもう降参だ! 俺が悪かった」


 トリスタンが両手を上げ降参のポーズを取る。それを合図に皆で笑い合う。


「やはり気の置けない友は良いものだな」


 どことなく憂いを帯びた雰囲気がする。国王として毎日の政務、隣国との折り合いなど様々なものが重責となって押しかかってくるだろうし、国内も昔より安定したとは言え問題を探り出したらキリが無い。

 なかなか気の休まる時間も取れないのだろう。

(旦那様とじゃ気楽に……とはいかないわよねぇ)


「先ほどの質問に答えてなかったな。テオドールなら来ないぞ。政務を全部、奴に投げてきたから、なっ! それにあいつには知られない方がいいのだろう?」

「ご配慮に感謝致しますわ、陛下」


 今度は茶目っ気たっぷりにおどけながら頭を下げる。

(旦那様の事を考えると少し気が重くなるわね。目に浮かぶようだわ「シアに婚約者などまだ早い」と言いそうよねぇ。でもまだシアと王子がどうなるかわからない……決まってから考えましょう)


「それにしてもフィリシアちゃんは遠目からだったが見た限り感情豊かで、噂とは大分違うな。

あれでは人形――」


 トリスタンは途中まで言いかけて、私の顔を見た途端、言葉を詰まらせた。

 私は今鏡を見ることが出来ない。たぶん恐ろしい顔をしている、のだと思う。自分ではわからないが何となく感じている。

 もちろん相手は国王だ。いくら旧知の仲とは言え、怒るわけにはいかない。かといって嫌悪の感情はない。ただ、ただ私の心が……冷たいだけだ。

 例え相手が神だろうと、国王だろうと私の娘に向かってそんな言葉を吐いて欲しくない。


 ガッ! と大きな音が聞こえた後、アリシアの怒声が耳に入ってくる。


「……謝罪なさい。トリスタン! 今すぐッ!!」


 アリシアが私に頭を下げる。


「……ごめんなさい、エリザベス。悪気あったわけではないけど、悪気があっても無くても関係ないわね……。後で百叩きしておくから。大丈夫、全部同じ場所、同じ箇所を叩いておくわ」


 ああ……やっぱり私の親友はアリシアしかいない。

 不思議とさっきまで感じていた冷たい部分が溶けて無くなってゆく。


「ッーー!」


 トリスタンの方はというと、よほど叩かれて打ちどころか悪かったのか、頭を抱えている。

(そういえばなにで叩いたのだろう?)

 どうも持っていた手鏡の柄だったようだ。

 うん、まぁ良い気味ね。おほほほ。


「いやそのなんだ……すまなかった、エリザベス。俺も王としても人としてもまだまだだな」


 まだ痛むらしく片手で叩かれた場所を押さえながら、頭を下げる。

 私は謝罪を受け入れ、一度仕切りなおした。


3話は予定より長くなったため二つに分けます。

王子は当初のイメージ通りですんなり登場させられました。

その代わり王様はなかなかイメージが固まらず大変でした。

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