【26】 母、娘と妖精祭を楽しむ
5月の頭、カイン王子が訪ねてきてから一月が経ち、今日からいよいよ妖精祭が始まる。
去年は間に合わず、フィリシアと一緒に参加することができなかったが、今年は違う。私もそうだが、フィリシアも楽しみにしていたに違いない。
「うわぁー、お母様すごいですね! みんな楽しそうですわ!」
「ふふ、そうね。お祭りだもの」
初めての妖精祭……さらに初めて村へ出てきたので、かなり興奮している。しきりに頭を右へ左へと忙く振っている。
「お、お嬢様、そんなに首を動かしては酔ってしまいますよ」
心配したミリアがフィリシアに寄り添う。
「大丈夫っすよー。疲れたらそこらで休めばいいっす」
ミーシャは両腕を頭の後ろで組んだまま、あっけらかんとミリアリアの心配などまったく意に介さない。
「でもいいのでしょうか……せっかくお祭りなのに、私たちだけで……」
一緒にこれなかった男性陣を気にしているのだろう。
「大丈夫よ。お祭りは7日前後やっているから、今日は女性陣だけで来たけど、ほかの皆とは明日以降にまた来ればいいわ」
「そうなのですね! また明日ヴィクターやハイドと一緒に来ましょう! ね? お母様」
「はいはい。せっかく来たんですもの、ほかの事は考えずに、まずは妖精祭を楽しみましょう」
(さて、どこから見て回ろうか?)
「人が多いから手をつなぎましょ。はぐれたらいけませんからね」
右手をフィリシアへ差し出す。
「もうお母様ったら。わたくし、そんな子供じゃありませんわ」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。これは予想だにしていなかった。子供の成長は早いと聞くけれど、こんなことで実感したくなかった……。
「でも、わたくしの手が寂しいと言っているので……」
そう言うと、フィリシアは嬉しそうに私の手を握ってきた。
(え? なにこの子? かわいいにもほどがありませんこと?)
「私の手も寂しかったから、両想いね」
「はうっ、お母様はそういうところありますわよね……」
「そういうところ?」
どのことを言っているのだろうか?
「もうっ! 知りませんわっ」
それきりそっぽを向いてしまった。でもしっかり手はつないでいる。カイン王子との一件から、どうも気難しくなった気がする。
(これが年頃ってやつなのかしらね……)
でも私にとってはまだまだ、可愛いフィリシアに変わりはない。
「エリザベス様……私も手を握ってもよろしいでしょうか?」
おずおずとミリアが尋ねてくる。
「かまわないわよ」
手を握るというより、胸に抱きかかえられた。
(あ、歩きづらい……しかもちょっと腕に頬ずりされてる……。きっと母親が恋しいのね)
「まずは広場へ行きましょう」
村の広場へ行けば、屋台や出店が多く出ているはずだ。興味を引くものがあれば、ぜひ買ってやらねば。
4人で横並びに歩いていると、
「両手に花で、いいっすねー」
自分に関係ないからと、ミーシャがすかさず冷やかしてくる。
(でも知っているのよ。ミリアの面倒良く見ていて、姉のように慕われているのを)
なのでそこまで気にならない。
「ふふん、うらやましいでしょう。頼んだって代わってあげないわよ」
実際私はこの状況に満足している。
フィリシアもミリアもまだ小さいから、甘えてくれているが、数年も経てばこんな風に3人揃って、手をつなぎながら歩くなんてことは無くなるだろう。
「ちぇー、からかいがいがなくてつまんないっす」
「主人をからかうなんて、あなたぐらいなものよ。普通だったら、こうなのよ、こう」
手で首を切る動作をしたいのだが、あいにく両手が塞がっていたので、首を捻って伝えてみる。
「うひーそんな主人には絶対仕えたくないっすね。おっかない、おっかない」
不格好な仕草だったが、どうやらしっかり伝わったらしい。
「ミーシャ……あなた、まさかとは思うけど、旦那様にもそんな態度じゃないでしょうね?」
「大丈夫っすよ。そんなヘマはしないですから。これでも人を選んでるっす!」
余計性質が悪いわ! とは思ったが言わないでおいた。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。エリザベス様とあたしの仲じゃないっすか」
ミーシャはけらけらと笑いだす。
実際私たちのような間柄じゃなければ、確実にクビ……いや下手したら、本当に首が飛んでいるかもしれない。
貴族とはそういうものだ。
ミーシャは聡いというか……抜け目ないところがあるから、本人は大丈夫だろうが、新しく入ったヴァールハイドや、ミリアリアに悪影響を与えないか心配だ。
私たちのような関係を、一般的な貴族と使用人の関係だと思っては困るのだ。
幸い社交界にも顔を出してないし、我が家で貴族を招くような機会は無いのが救いといったところだろうか。
「とやかく言うつもりは無いけど、気を付けてちょうだいね」
「了解っす」
ミーシャは返事をすると急に歩く速度を上げて、私たちの前に躍り出た。
人除けをしてくれているのかもしれない。そういった細やかなところがヴィク
ター仕込みなのだろう。
それにしても私以外の前では猫をかぶっていたミーシャも、この二人の前だと割と本来の姿でいるようだ。良い傾向だと思う。
(シアは私の娘だからともかく、ミリアはやっぱり自分と境遇が似てるせいなのかしら……?)
広場へ近づくに連れ人が増え、活気に溢れてきた。
家や路地など、そこかしこで花が飾られており、華やかだ。こうやって妖精を誘っていたのだろう。
妖精でなくても、お祭りというのは気持ちを浮き立たせる。
広場へ入る手前で、
「綺麗なお嬢さん方、妖精の羽はどうだい? 見ていかないかい」
と、飴細工の屋台をしている男性に声を掛けられた。
「よ、妖精さんの羽を取ってしまったのですか!?」
「ひ、ひどい……」
フィリシアとミリアは今にも後退りしそうな様子だ。
「ははは、ちがうちがう。これははちみつを薄く延ばして、焼き固めたものだよ。妖精の羽のように薄く、透き通っているだろう?」
「なんだ……びっくりしましたわ」
「その様子だと初めて祭りに来たのかな? なら記念に一つずつあげるよ。はい、どうぞ」
先ほどとは違い、フィリシアとミリアは興味津々、といった様子で素直に受け取る。
「二人とも、ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとうございますわ!」
「ありがとう、おじさん」
二人はどこから舐めていいのかわからず、はちみつ飴に悪戦苦闘している。
「どういたしまして。あのぅ……勘違いだったら、申し訳ないんですが、もしかして領主様の奥方様じゃ……?」
「……あまり大きい声で言うつもりはないけど、その通りよ。今日は娘と屋敷の者を連れて、祭りを楽しみに来ただけ……だから普段通りに接して欲しいわ」
数年ぶりに領地へ帰ってきて、しかもまさか祭りの最中に私のことに気づく領民がいるとは思わなかった。
「そうでしたか……奥方様には感謝を伝えたいと思っていたんです」
「感謝……?」
「今お母様に感謝と言いました? そのお話、ぜひ聞かせてください」
飴に苦戦していたフィリシアが、なぜか前のめり気味に割り込んできた。
後ろではミリアが、飴の一部が割れて落としたことを、嘆いている。
「私たち領民は奥方様には顔を上げられないんです」
「ほう、それはなぜですか?」
(それを聞くのは私の役目な気がするが、シアが先立って聞きたいと言うならば、それはそれでまぁいいか……)




