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【25】 母、娘と同席する⑤

「い、いっぱい見てるから、いろいろと混ざっちゃったかもしれませんわぁ……」


 いつもの口調になっている。どうも王子に対しては、喋り方が戻るらしい。これも訓練の賜物だろうか?

 ただ、どんなことを隠していようと、ここまで狼狽(うろた)えるようでは、話にならない。

 再びみっちりと、教育する必要があるようだ。

(あれほど不利な立場に陥った時ほど、不遜にただ笑みを浮かべなさいと、教えたのに……まぁ最初から出来れば誰も苦労はしない、か。ましてや相手が悪かったわね)


「ならば、何か思い出したらまた教えて欲しい」

「は、はい……。そ、それより! ジャン! そろそろできたんじゃない?」


 フィリシアはジャンのほうに向き直る。

(露骨に話を逸らしたわね……)

 王子が再び質問する機会があったら、その時どう答えるのか私も楽しみにしておこう。


「中も火が通っただろうし、いいと思うぜ」

「出来たら、油をしっかり切ってね。それで完成よ」


 ジャンは穴の開いたレードルで油をしっかりきり、平皿に次々と載せていく。


「さてと、まずは一つ味見させてもらうぜ」


 一口大のからあげとやらを、ひょい、と指でつまんで口の中に放りこむ。

 その後、身悶え始めた。

 たぶん熱かったのだろう。吐き出すわけにもいかず、悶えながら耐えて、食べているようだ。

 食べ終わると、腕を組みながら唸っている。


「ど、どうだった?」


 フィリシアが恐る恐る尋ねると、


「いやー、こんなもん食ったことないわ。はっきり言って……」

「いって……?」

「うまいぜ、お嬢!」

「ほ、ほんとう?」

「ああ! 初めはどうなることかと思ったが、食感が全然違うな。外がカリッと、魚の皮目を焼いたようだし、中は噛んだ瞬間に肉汁が溢れてきやがる。ウェウェーイなんて食えたもんじゃないと思ってたが、これならイケるぜ!」

「ーーっ!」


 フィリシアは声にならない喜びを噛みしめている。

(よかったわね、シア……)

 私も自分のことように嬉しい。


「まぁ肉質がいまいちでもこの出来なら、ほかの肉ならもっといけるんじゃないか……? いやちょっと待てよ……これならほかの調理法でも……」


 どうやらジャンの料理人としての血が騒いだらしく、すっかり自分の世界に入り込んでしまった。


「フィリシア嬢、私にも一つもらえるだろうか?」


 いつのまにか降ろされていたカイン王子が、味を確かめるためにからあげを希望する。


「え? あっ、は、はい!」


 そうだった。私たちは成果を確かめるためにここへ来ていたのだ。味を確かめてみないと。


「殿下、お待ちください!」


 そこに止めに入ったのはサラザール隊長だった。 


「この様な()()()()()()()物を口にするのは、お止めください」

「得体の知れないだと……? サラザール、おまえは何を見ていた。()()()()()が指示を飛ばし、侯爵家の料理人が目の前で作った物を、訝しむ必要がどこにあると言うのだ。答えてみよ」

「し、しかし! 何かあっては両陛下に申し訳が立ちませぬ。殿下の身を預かる者として、軽率な行動を見逃すわけにはいかないのです」


 これに関しては、サラザール隊長の言い分も理解できる。唯一の王位継承者で、次期国王のカイン王子に何かあってからでは遅いのだ。

 それに毒味についても言っているのだろう。

 ジャンが試食したとはいえ、それは侯爵家側の人間であって、王家に忠誠を誓った人間ではないのだから。

(気持ちはわかるけど、目の前で「信用できない」と言われているのと変わりない。護衛としては優秀だろうけど、業腹だわ)


「じゃあ俺が代わりに食べますよ」


(えっ、誰?)

 突然背後から声がしたので振り返ってみると、厨房に来ていた筋骨たくましい、若いもう一人の騎士だった。

 笑顔で片手を天高く掲げ、まるで授業中に先生の問題を答える生徒のようにしている。


「トマス、おまえ何をいって……」

「まーまー、いいじゃないっすか。隊長は気にしすぎなんですよ」


 サラザール隊長がトマスと呼んだ若い騎士は、ずいぶんと軽い性格の青年だった。


「う、ううむ……」

「隙あり!」


 サラザール隊長が悩んでいるうちに、電光石火の早業で、トマスはからあげを口へ放り込む。

(だから、どうして皆指でつまむの! 男の人ってこういうところあるわよ

ねぇ……)


「むっ!」

「うぐっ……」

「おいトマス! 大丈夫か!? 無理をするなっ!」

「ぐぐぐ……」

「平気なのか!?」

「……ふぅ。大丈夫です」


(トマスの顔から笑顔が消えたわ)


「やはり殿下が口にするようなものではないのか?」

「いえ、まだわかりません。先ほどの会話から察するに、黄色いソレをつけてもいいんですよね? お嬢さん」


 トマスが黄色のアレを指しながら、フィリシアへ尋ねる。突然聞かれたフィリシアは面食らっている。


「え? あ、は、はい。味が変わりますわ」

「ではつけさせてもらいます」


 またもや指で一つつまむと、謎の黄色い調味料をからあげに半分ほどつけて食べる。


「…………」


 無言かつ、真顔のままトマスはからあげを食べている。


「どうなのだ? トマス。害はないのか……?」


 私たちを侮辱したことには腹がたったが、部下の心配をしているところをみると、上司としては好感の持てる人物なのだろう。


「……これはやめたほうがいいですね」

「やはりそうなのか……! よくやったトマス!」

「殿下は口になさらないほうがいいです。だから……」

「だから……?」


(王都で暮らしているような騎士様の口には合わなかったのかしらね)


「責任もって、俺が全部食います!」

「馬鹿者! おまえが食いたいだけだろう!」

「えー、いいじゃないっすか。こんなうまいもん食ったことないっすよ。特にこの黄色のつけるとめっちゃうまいです」


 逆に気に入ったらしい。

(このトマスという騎士はなかなか見所があるじゃない)

 そういえば黄色の調味料の名前はなんというのだろうか? 誰もわからずトマスもアレとか黄色のとしか言っていない。


「シア、その調味料に名前はないの?」

「まよねーず、です!」

「それも本に書いてあったのかしら?」

「そそそうですよ! 本は万能なのです!」

「ふふっ、そう。なら私ももっと読まないとダメね」


 今まで一緒に暮らしてきて、今日のようなフィリシアの姿を見るのも、こういった楽しいやりとりをするのも初めてだ。

 勉強漬けの毎日は教えがいもあり、楽しさもあったが親娘といった感じではなかったし、王子が訪ねてきたのは予想外だったが、領地に戻ってきてから本当によかった。


「お母様は今のままでも素敵です!」

「あら、ありがとう、シア」

「私も一ついいだろうか?」


 今まで止められていたカイン王子も、トマスが食べたこともあって、止められないと踏んだのだろう。

 カイン王子が手を伸ばした時、九時課(午後3時)の鐘がなった。


「殿下。そろそろお戻りになりませんと……」


 ここぞとばかりにサラザール隊長が止めに入る。


「むっ……」


(心配なのはわかるけど、それは酷ってものじゃないかしら?)

 隊長には悪いが、少し我慢してもらうとしよう。

 これ以上遅くなれば、王都へ戻れるのは真夜中になってしまう。だったら簡単な話だ。帰りながら食べればどちらも解決する。

(毒味まで済ませたのだから、これ以上とやかく言われる筋合いはないわよ)


「ジャン、カイン様と騎士の皆様が持ち帰れるようにからあげを包んで差し上げて」


 サラザール隊長へ無言で笑顔を向けておく。

 意図が伝わったのか、気まずそうにしている。


「はい、奥様」

「あ、俺のは大きいを多めでお願いします。もちろんまよ……うんたらもお願いします!」


 トマスはからあげが大変気に入ったようだ。

 サラザール隊長は何か言いたそうな顔だったが、さすがに何も言ってこなかった。


「でももったいねぇなぁ……あったかいうちに食べたほうがうまいのに」


 何の気なしにつぶやいた一言だったのだろうが、料理人として、美味しいものを食べてもらいたいという胸のうちが感じ取れる。


「本当においしい料理は冷めてもおいしいんだよ。だからジャンの料理もいつもおいしいよ」

「お、お嬢……」


 フィリシアからの思いがけない言葉で、ジャンは目が潤んでいる。


「私もそう思うわ。いつもありがとう。さぁ、今は持ち帰りの準備を急いでちょうだい」

「お、奥様まで……くっ……」


(顔を伏せたけど、うん、これ絶対泣いているわね。大げさなんだから……このぐらいじゃあなたに感謝は伝えきれないわよ)


 ジャンは涙ぐみながらも準備を手早く済まし、トマスへ持ち帰り用のからあげを手渡す。トマスはそれを大喜びで受け取った。

 私とフィリシアは屋敷の外まで王子一行をお見送りする。

 カイン王子は馬車へ乗る前に、


「フィリシア嬢、一つ()()をしてくれないか」

「やくそく……?」

「大きくなったら、君がからあげを私に作ってくれないか?」

「そんなことでよろしければ、かまいませんわ!」

「……ありがとう」


(これは……なかなかやるわね、王子サマ。そこらの令嬢なら大喜びでしょう)


 カイン王子は今日のやり取りで、フィリシアが厨房に入ることを禁止されているのは知っている。

 ましてや年頃の女性が、男性に料理を振る舞うということは、家族を除いて恋人か婚約者ぐらいなものだ。

 それを約束させるということは、このままの関係でいたい……求婚、とまで行かなくても、好意があることを伝えているわけだ。 

(でも悲しきかな、当のシアにはまったく意図が伝わっていないのよねぇ。今から作れるわけでもないのに、得意顔で胸を張っているもの。……恋する乙女ならこんな顔にならないわよねぇ。これからも大変だと思うけど、頑張って王子様)


「殿下……」


 サラザール隊長がじれて、帰りを促してくる。


「殿下、またいつでもお越しください。騎士の皆様も今日お会いしたのは何かのご縁。近くにお寄りになった際には、遠慮なさらず当屋敷に足をお運びください。精一杯もてなさせていただきます」


 私も王子が早く帰途につけれるように、別れの挨拶を済ます。

(いくら私的に訪ねてきたと言っても、最後ぐらいけじめをつけなければね)


「いただきますわ!」


 フィリシアも私にならう。


「道中の安全を祈っております。運命の女神(イリシシュカ)旅の神(トラル)の御加護があらんことを」

「感謝する。フェルデン侯爵夫人」


 カイン王子は小さくうなずき、騎士たちは片手を胸に当て、敬礼している。

そして去る間際に……


「義母上、もう『()()()』とは呼んでくださらないのですか?」


 一言残して、馬車へ乗り込んでいった。その顔は、年相応のいたずら好きな少年のようだった。

(やられた……1回だけ呼び捨てにしたの覚えていたの……?)

 あの雰囲気ならごまかせると思ったけど、そこまで甘くなかったようだ。


 正直なところ、彼が一体何をしに来たのかさっぱりわからない。ただ……何も滞りなく、問題が起きなかっただけのが救いだ。

(静かではあるけど、それがかえって不気味だったわね……。あんなのお父様ぐらいしか相手にできないわよ……)

 フィリシアは騎士を間近に見れたし、私とのお喋りや、からあげを作ることができて満足したようだった。

 あの二人って本当に婚約者よね……?

 兎も角、嵐のような1日だった。

 今日はとにかく()()()()()()()

 私はまだ日も落ちてないのに、旦那様が帰ってくるまで、ただただその想いに駆られながら過ごした。


ついにからあげ編 完!

次回 トマスのグルメ紀行スタート!

まぁそんな冗談は置いといて、これでも多少削りました……長かった。


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