【24】 母、娘と同席する④
ジャンはカイン王子にボウルの中が見えるように、傾ける。
「…………ふむ」
カイン王子は見ただけで満足したようだ。それともそこまで興味を抱かったのか……。
「で、どうなんだ? お嬢。これで完成なのか?」
「うん、初めてだし、こんなもんでいいよ」
私は今、初めて知った。フィリシアが皆と、こんなに砕けた喋り方をしているのを。
だが、それを口にするのは野暮というものだ。きっとフィリシア本人も気づいていない。
だから、今は何も聞いていなかったことにする。
いつか……私にもあんな風に話かけてくれるだろうか……?
「あとは……フライパンに油を少し多めに引いて、お肉が来るのを待つだけ」
その時、ヴィクターが厨房へでっぷりと太ったウェウェーイを担ぎ込んできた。
「エリザベス様、お持ち致しました。すでに血抜きも済ませてありますので、いつでもご使用になれます」
どうやらヴィクターへウェウェーイを、「厨房へ運ぶように」という指示がうまく届いたようだ。
血抜きまで済ませてあるのが、相も変わらずやることにそつがない。
「相変わらずだな、おっさん。真ん中あたりに置いてくれ」
「こちらへ置けばよろしいですか? エリザベス様」
ヴィクターはジャンを無視し、私に話しかけてくる。
「ええ、いいんじゃないかしら」
ドン! と中央の作業台へウェウェーイを置く。音からしても、そこそこの重さであることがわかる。
「この野郎……俺を無視するとは良い度胸だな。この双刃のジャンと呼ばれた……」
双刃……つまり、包丁を両手に持っただけ。料理人なら、一度ぐらい双刃になるだろう。
「どうやら厨房にはウェウェーイが、2羽もいるようですな。煩くて敵いません」
二人とも仲が悪いというわけではないのだが、馬が合わないみたいだ。
(名前じゃなく、いきなりおっさん呼ばわりするジャンも悪いよわね……。そういえばヴィクターって友達、居るのかしら……? ニースとも仲が良いわけではないし、休日に誰かと一緒に過ごしたりとか、聞いたこともないわね……)
「だ、誰が害鳥だコラァ!」
ジャンは今にも噛みつきそうな顔をして、ヴィクターへ食って掛かる。
「では、私はこれにて」
ジャンを華麗に無視し続け、去ろうとしたヴィクターを私は呼び止め、
「これから面白いものができるらしいのだけれど、一緒に見ていかないかしら?」
「大変興味をそそられるのですが、服に臭いがついてしまったので着替えたく思います。また後ほどにでも」
誘ってみたが、躱されてしまった。
彼は大勢の居る場所を好まない。後と言っても、皆が退出するまで戻ってこないだろう。
まぁ出来たものをヴィクターにも取っておけばいい。
せっかくフィリシアが新しい料理を作らせているのだ。皆で味わなければ勿体無い。
私が一人で考え込んでいる隙に、ジャンは手際よくウェウェーイの羽をむしり、残った細かい毛を火で炙り、内臓を取り出した後、中をよく洗ったようだ。
その後、使えない部分と余分な脂を落とし、食べられそうな部位ごとに切り分けてゆく。終わるとフィリシアの方へ向き直り、
「それでお嬢、どこの肉を使うんだ?」
「え、えーと……脂が少し乗ってるところがおいしい……かな?」
自信なさげに首を傾げるフィリシア。
「なら、ももにするか。脂があったほうが、ぱさぱさ感も多少マシだろうからな」
「うんうん、ジャンわかってるー!」
「おうよ! まかせときな」
どうやらジャンにはそれで伝わるようで、心配ないようだ。
「さて、材料は揃ったし……こっからどうするんだ?」
ここからが肝心なのだ。あくまで下準備が完了したに過ぎない。材料を見た限り、普段の料理と変わり映えしない。
しいて言えば、あの謎の物体である調味料が増えたぐらいだ。
「まずはお肉を一口大に切って、塩を揉みこんで、下味をつけます! そのあとまんべんなく小麦粉をまぶした後、余分な粉は払ってね。フライパンに底がひたひたぐらいに油を入れて、火をつけた後、油の温度が上がってきたら……お肉を投入!」
「ふぅん、何か変わったことするのかと思ったら、特にねぇんだな」
ジャンはフィリシアの言う通りに動く。
厨房の火は朝から晩まで、屋敷の者が起きている限り1日中、絶やされることはないので、すぐさまフライパンに油を入れ、火にかけることができた。
温めている間に、肉の準備を進めていく。
「あっ、温度は小麦粉をフライパンに少し入れて、『じゅわ』って音がしてから、お肉を入れてね」
たしかにジャンの言っていた通り、別段変わった調理方法ではなかった。少し変わっているのは、油を多めに入れたことぐらいだろうか?
(本当にこれであの“ウェウェーイ”が、おいしく食べられるのかしら……)
まぁ失敗も経験の内だ。もしダメだとしても、笑って慰めてあげればよい。
ジャンが小麦粉入れ、「じゅわ」っと良い音を立てた。香ばしい匂いが厨房に広がる。
ジャンが目顔で、「入れていいか?」とフィリシアに伺うと、フィリシアが大きくうなずく。
「お嬢は見るつもりなら、いつも通り台を使って離れたところから見ててくれ」
調理台から少し離れたところに、この場には似つかわしくない大き目な台があると思ったら、フィリシアが覗けるように足場にして置いてあったものらしい。
逆に言えば、いかにここへよく出入りしていたのかがわかる。
フィリシアが台の上に立つと、ジャンの手元が見れるぐらいの高さだった。
時折背伸びして、もっと上から見えるよう覗こうとしてる姿がかわいらしい。
ジャンはフィリシアが台の上に立つのを、ちらりと確認すると、肉をフライパンに投入した。
すると、先ほどよりも鼻先をくすぐる香ばしい匂いが厨房へ広がった。肉の焼ける音といい、昼食を取ったとはいえ、お腹が空いたような感覚に陥る。
「サラザール、あれを見えるようにせよ」
カイン王子が誰かの名を呼んだ。
(サラザール……? どちらかの騎士、よね……?)
「はい。失礼致します」
返事をしたのは外套を身に着けている隊長のほうだった。サラザール隊長は、王子を片手で楽々と胸の高さまで抱えた。
(やっぱり鍛え方が違うのかしら……。旦那様だったらきっと無理ね)
「ジャン、お肉を動かしちゃダメよ。コツはあんまり動かさないことなんだから! でも焦げないようにね」
「はいよ。しかし、これがからあげってやつなのか……? ただの焼き物と違いがよくわからんな」
「……実はからあげとはちょっと違うんだよね」
「そうなのか? じゃ何作ってるんだ、これ」
ジャンは手持無沙汰なのか、肉の様子を見ながら、フィリシアと話している。
「本当のからあげは、肉が全部埋まるぐらいの大量の油で揚げるの。でも初めてだと成功するかわからなかったから……。これは簡易版の焼き揚げっていう方法よ。これだと油も少なくていいし、焼きながら揚げるから失敗もなしっ!」
「へぇ、面白いもんだな。お嬢はこんな方法どこで知ったんだ?」
肉をひっくり返すジャン。「おっ、良い具合だな」と独り言をつぶやきながら、コンロからフライパンを離したりして、火力を調整している。
遠目から見ても、肉が焦げることなく、キツネ色に染まり、良い焼き加減なのがわかる。
たしかにフィリシアが言っていたように、ただ肉を焼いていたのとは少し違う気がする。
尋ねられたフィリシアは固まっている。
「え、えーと……ほ、本よ。うん、そう。何かの本」
「表題を教えてくれないか? フィリシア嬢」
ここにきてカイン王子が口を挟む。実のところ私もちょっと気になっていた。
しかし、抱きかかえられたまま喋るその姿は、少々間が抜けている。
思わず笑いそうになるが、ぐっと堪える。
「な、ななんだったかしらー、お、おほほほ……」
いつもの高笑いにも力がこもっていない。
「一部だけでも覚えていないか?」
なんとさらに食い下がる。
フィリシアはたまに謎の知識をどこからか持ってはくるが、いつも聞くと答えは決まって「本」だった。
たしかにフィリシアは本好き、とまではいかないが、好んで読んでいる。
だからといって、我が家に見たことも、聞いたことも無い言葉や物が載っているような本があるだろうか? と前々から私は訝しんでいる。
悪いことをしているわけではないので、問いただすような真似はしないが……気になっているか? と聞かれれば、気になっている。
私の代わりにカイン王子が聞き出してくれるというならば、願ったり叶ったりだ。
「え、えーと、ううーん……あー……うーーーー」
思い出せないというよりは、明らかに困り果てている、という感じだ。
「い、いにしえの……」
「いにしえの……?」
「ちょ、ちょう……せか……うーー、……せ、せいじょ……でん?」
「古の聖女伝……? ふむ、聞いたこともないな」
私もまったく知らない。
あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!
④でケリがつくと思ったら、⑤に持ち越していた……
な、何を言ってるのか(ry
本当に自分でもビックリするほど長くなってます。
この王子が来た話だけで、2万文字ぐらいいきそう……
それと一日更新が遅くなってすみません。




