【23】 母、娘と同席する③
「わたくしにいい考えがありますわ!」
私は「うっ」と、思わずたじろぎそうになる。
今までも何度かあったが、フィリシアが瞳を輝かせながら、この発言をするときは、良いことである場合と、悪いことである場合が、半々。
ほとんど博打と変わらなかった。今回は一体どちらへ転がるのか……。
「お母様、わたくしを厨房に……」
「いけません。何度も言っているでしょう。玉のような肌に、傷でも付いたらどうするの?」
「でしたら、料理はしません! ジャンに指示だけさせてください。作って欲しいものがあって……それなら“ウェウェーイ”をおいしく食べられるかもしれないです」
たしかに直接調理するわけじゃないなら、怪我をする可能性も低い。あの厄介な“ウェウェーイ”がおいしく食べられるなら、使い道もできて、一石二鳥だが……。
私は決めあぐねていた。
本当ならば、せめて調理台に、頭の高さが届くぐらいまでは、厨房に入れたくない。
ふと気づくと、フィリシアは私の手を握りしめ、うるうるとした瞳で私を見上げてくる。
(くっ、だんだん甘え上手になってくる……。これもニースがいらぬ知恵をつけたせいだ)
甘えれば何でも通る、手に入ると思っては困る。そんなものは可愛さでも、我が儘でもなんでもない。
一度ピシリと、言ってやらねばならない。
迷っていたが、私は決めた。
「今回……だけよっ!」
そうだ、理に適っている。何も問題ない。誰も損はしない。一件落着!
(我ながら良い判断だったわ、うんうん)
「ありがとうございます、お母様!」
私のことを力いっぱい抱きしめてくるフィリシア。その小さな手は、今はまだ膝にまでしか届かないが、いずれは腰、胸、肩……とだんだんと登ってくるだろう。
そう考えると、なぜか……寂しい気持ちがふっ、と湧き出てくる。
「あとはお肉を待つだけですね!」
「ふふっ……お肉って……」
不意にカイン王子が笑った。その顔は年相応の笑顔だった。
「カイン様、笑うなんてひどいですわ」
「君が……いや、そうだな。私が悪かった」
そして元の無表情に戻った。
(どうにも読めない王子様ですこと……)
たしかにフィリシアの発言はちょっとアレだった。
(害鳥とはいえ、お肉扱いにはほんのちょっぴりだけ、同情するわ。ウェウェーイ)
「待っている間、ジャンに指示もしたいですし、厨房へいきますわ」
フィリシアは一人で行こうとするので、私は制止する。
「待ちなさい。あなた一人で行ってもいいとは言っていません。私も付いてゆきます」
その間、カイン王子を一人にさせてしまうが、こればかりはしょうがない。フィリシアから目を離すわけにはいかないのだ。目を離した隙に、何をするかわかったものじゃない。
「ごめんなさいね、カイン様。少しの間、騎士の皆様と待っていてくださる?」
「ふむ……ならば私も共に行こう」
「えっ」
まさかカイン王子まで付いてくるなど、完全に想定外だ。というか、料理に興味なんてなさそうだが……。
「何か不都合でも……?」
まぁこの場合、フィリシアが作るわけでもないし、見学するだけなら大丈夫だろう。
「……ちょっと驚いただけよ。なら行きましょう」
厨房に着くと、フィリシアが元気よく、
「ジャン! きたわ!」
「またですかい? お嬢。勘弁してくださいよ」
料理人のジャンは夕食の準備でもしているのか、手を動かしたまま、こちらを見ようともせず、背中越しに話しかけてくる。
「ただでさえ、ここに来てるのがバレたら奥様に叱られるってのに、料理なんてさせられるわけないでしょ」
「あー……それなのだけど、ついにお母様から許可が出たわ」
「ホントですかい? それだったら、俺も怒鳴られずに……」
「ジャンカルロォォォ……」
恐る恐る、ゆっくりと、こちらを振り向くジャン。私が居るのを知って、顔が引きつっている。
「お、奥様……い、いらしたんですね……?」
「シアが厨房へ出入りしているなんて、聞いていないわよ。どうなっているのかしら? ねぇ……? ジャン! カルロッ!!」
「い、いやぁ、アレですよ、そのぅ……すんません!!」
別にそこまで腹を立てているわけでも、怒っているわけでもない。なんとなくそうなんじゃないかと思っていたぐらいだ。
ただ、私に一言も無く、黙っていたのはいただけない。屋敷の中を把握しておくのも、女主人である私の仕事なのだ。
「誰が謝れと言ったのかしら? 理由を聞いているのよ。理由を」
「俺は何度も厨房に出入りしちゃいけないって、言ったんですよ……。でも、ついつい押し切られちまったもんで……」
それはそうだろう。屋敷の者は皆フィリシアに甘い。
立場的なものもあるのだろうが、溢れんばかりの可愛さが原因なのだ。そう、あれは凶器だ……。気持ちはわかる。
私とて何度屈しそうになったことやら……。
ジャンカルロは腕の良い料理人だ。
面倒見がよく、商会にいた頃から、皆に「ジャンの兄貴」と慕われていたぐらいだ。
だから尚更フィリシアの頼みを断れなかったのだろう。
「あっ! でもお嬢には材料はおろか、調理器具も指一本触れさせちゃいませんぜ! このジャンカルロ、神に誓いましょう」
突然ひざまずき、両手を組んで天に掲げる。先ほどまで小麦粉を触っていたらしく、手が粉まみれだ。
その姿を見て、フィリシアは笑いを抑えようと、口を塞いでいるが、まったく抑えられていない。
(まったく大げさなのよ……)
ジャンは茶目っ気もあり、どこか憎めない。
「はぁ、そんなことをわざわざ誓わなくていいわ。あなたが嘘をつくなんて微塵も思っていないし。さっさと立ちなさい、カイン様もいらしているのに、みっともないわ」
「カイン様……?」
当然ジャンがカイン王子を知っているわけもなく、事態を把握できていない。王族が来ることは伝えてあるが、まさか、その王族が厨房にくるなど夢にも思わないだろう。
だが、どうであろうと、お客様の前でひざまずくのはやめてほしい。
「あー、彼はただの見学よ。気にしないで。それより、あくまで指示だけですからね」
忘れずに釘も刺しておく。しかしさすがに、子供が二人とはいえ、私とジャン、護衛の騎士二人、厨房に6人は手狭な気も……。
「ほらっ、ジャン! 立って! やっとお母様から許可が出たんですもの。やるわよっ!」
フィリシアはジャンを急き立てる。
「お、オウ……。それで何をするんだ? 俺はクッキーでも焼こうかと思ってたんだが」
(なるほど……それで粉まみれだったのね)
「この後、お肉が来るから。それを調理するのよ」
「にくぅ? 何の肉だ? 鹿肉ならあるぜ」
「ふふん、聞いて驚きなさい。“ウェウェーイ”よ!」
「おいおい、ウェウェーイの肉なんてどうするんだ? あんなもん食えたもんじゃないぜ」
料理人であるジャンは当然知っている。というか、大抵の人なら知っている。それぐらいウェウェーイが食べれたものじゃないのは、有名だ。
奴らは繁殖力が強く、無駄に数が多い。でっぷり太っているため足が遅く、簡単に捕れる。
根絶したと思っても、いつのまにか増えているめんどくさい連中なのだ。
そして獲ったところで、使い道がないのだから本当に質が悪い。
「いいから、いいから! えーと、まずは……小麦粉はあるわね?」
「そりゃクッキー作ろうと思ってたぐらいだから、あるが……」
「ちょっと見せて」
ジャンは手を濯いで、上の棚から陶器の壺を取り出して、蓋を開けてフィリシアに見せる。
「ほら」
「うーん、白くない……? おまけに粗いような……」
「何言ってんだ、お嬢。小麦粉が白いなんてあるわけねぇよ」
「まっ、いっか! えーと、あとは……醤油なんてないし……」
フィリシアは一所懸命考えながら、独り言をつぶやいている。
(ショウ=ユー……? 誰……?)
また聞きなれない言葉が出てきた。しかし、私たちは静かに見守っているだけだ。
「塩! ……は当然あるわよね」
「ああ、あるぜ」
「…………おわりっ!」
「おいおい、本当に大丈夫か。小麦粉と塩だけって、ソテーとほぼ変わらねぇぜ?」
「ふっふっふ……オーホッホッホ!」
(あっ、久々に聞いたわね。悪役令嬢? の高笑い。領地へ来てからは、あまり見なかったのよね)
「ソテーとはぜんぜん違うのよ! その名も……“からあげ”よ!」
「はぁ、から……あげ? ねぇ……」
ジャンは明らかにやる気が下がっている。きっとフィリシアが遊びでやっていると思っているのだろう。
私は出来上がったものを見るまで、口を挟む気はない。本当に遊んでいるだけだったら……。
ただ……フィシリアはあまりふざけたり、人で遊んだりしない娘だ。どういったものが出てくるのかはわからないが、本気で作りたいものがある……はず。
「それだけだと、時間が余っちゃうし、アレも作ろうかな……」
「まだあるんですかい? まぁやれと言われれば、やりますがね……」
ジャンは頭を掻いている。その後、目顔で「いいのか?」と私の様子を窺ってきたが、頷いておく。
(もっと何か言ったほうがいいのかしら……いや、ダメよ! 見守るのも大事なこと……)
カイン王子も黙っているし、今、あれやこれやと口を出すわけにはいかない。
「卵と、塩と、油を用意して、その3つ合わせてかき混ぜて欲しいの。あっ、卵は黄身だけね」
「量は?」
「とりあえず、卵1個と、塩は少々、油はそこそこで!」
(そんなざっくりでいいの!?)
「ちょうど材料はここにあるんで、混ぜますか」
「うまく出来れば、おいしい調味料ができるはずよ」
手際よく材料をボウルに入れ、木製スプーンでかき混ぜ始める。分量もジャンが適当に入れたようだ。
「しかし、調味料たって、これじゃ塩と卵の味しかしねぇけど、いいのか? これ」
かき混ぜながら質問をするジャン。
「あれ? 何か足りないような……これで混ぜてれば固まる……よね?」
「おいおい、俺は知らないぜ。ってか、塩と卵と油だけで固まるわけねぇよ」
「うー……なんだっけー……」
フィリシアは頭を抱える。
誰も喋らないので、厨房の中はかき混ぜる音だけが、鳴り響く。
正直何を作りたいのかわからないので、助言もしようがない。
「一応ドレッシング代りには使えると思うが、さして珍しい味でもねぇしなあ」
「あっ! それだ! 酸味! お酢を入れて! ジャン天才っ!」
「へへっ、よせやい。天才なのは事実だけどな」
(そこは否定しないのね。ジャンらしいわ)
「シア、人を指差すのは止めなさい」
いくら興奮したからといって、その行為はいただけない。
「ご、ごめんなさい……」
「で……酢はどのぐらいだ?」調理
「う、うーん……塩より多いぐらい? あんまり入れると酸っぱくなっちゃうし、そこそこ……?」
天才と言われ、気を良くしたジャンはぱぱっと、酢も適当に、ボウルの中へ入れると、再びかき混ぜ始めた。
「素早く、力強く混ぜてね」
「へいへいっと」
その後は、再び沈黙が続く。
しかし、先ほどと違って、シャカシャカとかき混ぜる音がしていたのが、あまり聞こえなくなってきた。
「んんっ? お嬢、なんか固まり始めてきたぞ。色も変わってきたな」
「もったりとしてきたら完成よ!」
「お嬢、こんなもんでどうだ?」
ジャンはボウルをフィリシアに見せ、確認している。
フィリシアは黄色いドロっとしたものを指ですくって口に含み、味を確かめる。
(あーもう、なぜ指を使うの! カトラリーか道具を使いなさい!)
「私にも見せてもらえないか?」
カイン王子が厨房へ来て、初めて口を開いた。
予定では3分割で、終わるはずだったんですが……思いのほか伸びて、結局、4話目に突入します。
それと次回の更新ですが、2~3週ほどお休みさせていただきます。
夏バテのせいもあるし、今月けっこう無理していたのか体調も思わしくないので、ゆっくり休養します。
その間も、細々とですが、しっかり書いておきます。
暑い日が続くので、皆様も夏バテと体調にはお気をつけを。




