【22】 母、娘と同席する②
私は困惑するばかりだったが、考えをまとめる時間もない。とりあえず、カイン王子をゆっくり話の出来る部屋に案内するしかない。
フィリシアにはこちらの話が終わり次第、知らせるので待つように言っておいた。
フィリシアは、騎士に興味津々で私とカイン王子が二人っきりで、話すことをあまり気にしていなかったようだが……。
1階の応接室へ案内をし、ヴィクターに飲み物を頼む。
カイン王子が椅子に座るのを確認してから、私も真向いに座る。
「下がっていい」
部屋の中まで着いてきた護衛を下がらせる。
カイン王子の傍にピタリとくっついていた2名の騎士は部屋から出ていった。下がったと言っても、部屋の前で警護しているだろうが。
すぐに紅茶が運ばれてき、ヴィクターが丁寧に入れてくれた。
その後は頭を下げ、静かに出ていく。
その間もカイン王子は一言も喋ることもなく、私も何を言っていいからよくわからずお互い無言なままだった。
カイン王子は無表情かつ、無言なまま、時折紅茶に手をつけている。
このままでは埒が明かないので、思い切って、私から尋ねてみることにする。
「……殿下。私にお話しがあると……?」
手に持っていた紅茶をテーブルに置き、静かに、そして真っ直ぐ私を見据える。
「畏まる必要はない。敬称も不要だ」
「そうは申されましても、殿下は王家の……ましてや次期国王で有らせられるので……」
「……貴女は私の母となるのだろう?」
「しかし、まだ娘とは婚約の間柄ですし……時期尚早かと存じます」
「私に……二度も同じこと口にせよ、と?」
これが7歳児……フィリシアの一つ上とは思えない。
“天才”、“神童”と呼ばれていた者の才なのかわからないが、圧がすごい。
それとも王の器、だとでもいうのだろうか……? この雰囲気を発して、今は「才能もやる気もない」と言われているのだから、……末恐ろしい。存分に力を発揮していたら、どうなるのか想像もつかない。
「はぁ……わかったわ。王家の人間ですから、実の子のような扱いはできませんよ? カイン様」
今まで無表情かつ、冷たい目をしていたカイン王子が、くすりと一瞬だけ笑った。本当に一瞬の事で、すぐ元の無表情に戻った。
「貴女方は、面白い親娘だ」
(どの辺がよ!? わからない……この王子のことがまったくわからない……)
「……一つ頼みがある」
(うわーこの上まだ何かあるのぉ? 絶対ろくなことじゃないわね……。もう部屋に戻りたいわ……)
王子の次の言葉を固唾を呑んで待つ。
「安心するといい。大したことではない。フィリシア嬢との茶会に、同席して欲しいだけだ」
「えっ、こ、この後ですよね?」
「そうだよ、義母上」
これまた謎のお誘いに、私は再び困惑する。おまけに突然「義母」と呼ばれる。前振りがあったといえ、今日の訪問といい、この王子様は唐突すぎる。
(普通親と一緒だと嫌……よね? まさか逆に一緒に居て欲しいとは……)
「まだ早いと言っていたが、そう呼んでも構わないだろう?」
「ま、まぁそれは構わないけれど……」
言い方こそ親しみがこもってはいるが、無表情なままなので、若干怖い。どこまでが本音なのか……。
これで愛想まで身についていたら、綺麗な顔立ちなだけにご婦人方はころりといきそうだ。
「それより、本当にいいの? 同席するなんて……」
「私はあまりくどいのは好まない」
つまり何度も聞くな、と言いたいのだろうが、さすがにこの言い方にはむっとした。
「あのねカイン……貴方はいいでしょう。そうやって、ふんぞり返っていれば。でも、下々の者はそうはいかないのよ。確認しないで間違いがあったらどうするつもり? 上の者は『そんなこと言った覚えはない!』と怒り、責めるだけ。確認を怠って、割を食うのは下の者なのよ。それを『くどいのは好まない』ですって? 少しは考えて物を言いなさい。これが次期国王とは……先行き暗いわね」
私は肩をすくめる。
商会に立っていた頃、何度も当たり散らす貴族を相手にしてきた。貴族とは理不尽なものだ。間違っていようが、間違っていまいが、自分たちが「気に入らない」ただその1点だけで十分なのだ。
だが聞くのが億劫でも、決して確認を怠ってはいけない。間違っている場合と、怒鳴られながら確認するのでは、彼らの結果に天と地ほどの差があるのだから……。
(はっ! 思わずシアに説教するように言ってしまった……)
勢いで言ってしまって、軽く後悔したが、一度口に出してしまったものは、無かったことにはできない。
恐る恐るカイン王子の様子を窺うと……
「ふむ……そのような見方もあるのか」
どうやら腹を立てたり、気分を害した……わけではなさそうだ。ある意味貴族然としておらず、変わり者でよかった。
娘の婚約者といえど、王族に無礼を働くなど、首がいくらあっても足りない。
さすがに不敬罪で処刑されたりはしないだろうが、確実に旦那様に迷惑がかかるのは間違いない。
「すまなかった、義母上」
カイン王子は私に頭を下げる。
正直なところ素直に謝れるのは好感が持てる。……が、しかし……。
「王族がみだりに頭を下げるものではありません」
「……そうなのか。そのようなこと誰も教えてくれなかった」
周りの家庭教師に頭を下げるようなことはないだろうし、カイン王子の境遇からしても、当たらず触らずな状態で接しているのだろう。
あとは二親である、王妃と国王が教える可能性もあるが……前者は心配性だし、後者は細かいことは気にしない主義で、どちらにしても絶望的だ。
「国の上に立つ者として、みだりに頭を下げれば、下の者に示しがつきません。当然下の者は次第に王を軽んじるようになり、引いては王家への忠誠も低下しかねません。……まだあります。自分のやったことに責任を持てない、と取られるのもそうですし、優柔不断にも見えます。そして、詫びるのに頭を下げるだけが、方法ではないのですよ。やり方はいろいろとあります。それが事も無げにできるようになってこそ、賢王というものです」
「…………」
カイン王子は黙ったまま、真剣に耳を傾けている。
「……貴族として、そして、王族としては褒められたものではありませんが、私は一人の人間としては、非常に好ましいと思いますよ。間違ったことをやったり、言ったりしたにも関わらず、謝罪一つもできないなんて、碌な人間じゃないですもの。カイン様は……素直なところは、お父上のトリスタン国王に似たのね」
「父上に……」
一言発した後、カイン王子は沈黙してしまった。
(ま、間が持たない……)
私はそこで妙案が浮かんだ。「早くフィリシアを呼ぼう!」と。
「そろそろ娘を呼んできますわ。失礼します」
私は足早に部屋を出ると、扉の開けるとすぐ目の前に護衛の騎士が立っていた。
まさか扉の前に居るとは思わず少々驚き、小さな声で「あっ」と漏らしてしまった。
「ごめんなさい。こんなに近くにいるなんて思わなくて……」
「いえ、こちらこそ。大事はございませんか?」
外套を身に着けた隊長が私を気にかけてくれる。
(あら、やっぱり良い男だわ……。目の保養になるわね……声も透き通ってて、耳触りがいいわ。うふふ)
「……フェルデン夫人?」
返事もせずに、ぼーっと見入っていたので怪訝な顔をされてしまった。
「あっ、は、はい。大丈夫です。ヴィクター……我が家の執事を見かけませんでしたか?」
「部屋を出て行った後は見ていません」
「そうですか……ありがとう存じます。では、失礼して……」
私は手を打ち鳴らす。
するとカイン王子と私がいた応接室の隣の部屋から、ヴィクターは出てきた。
いつもなら、キビキビと……もしくは私の背後へ人知れず忍び寄ったりするのだが、珍しくゆったりとした歩き方で私へ近づいてくる。
騎士の手前、遠慮しているのだろうか?
騎士達は顔を見合わせている。
「お呼びですか、エリザベス様」
「ええ、フィリシアを呼んできてちょうだい」
「はい。フィリシア様、エリザベス様がお呼びです」
ヴィクターが廊下の奥へ向かって、少し大きめな声で呼ぶ。呼んだ先をよく見ると廊下の角から、
待っているはずのフィリシアが半分だけ顔を出して、ちらちらとこちらの様子を伺っていた。
(あの子、何をしているのかしら……?)
すぐに思い当たった。
(さては、ずっと騎士を見ていたわね)
王都でも屋敷に籠りきりだったし、侯爵領で騎士など見れるものではない。
旦那様の護衛騎士はいるが、フィリシアが寝ている時間に出立するので、姿を見ることは叶わない。
騎士の物語はよくあるし、目の前に本物が現れたら、興味を持つなというほうが無理がある。
ましてやフィリシアはまだまだ子供で、夢見がちな年頃だ。
(まぁ私も隊長を魅入っていたから、あまり人のことも言えないけども……)
私に見つかったフィリシアは、駆け足で寄ってくる。
「こらっ、走ってはダメでしょう」
「ごめんなさい……」
しゅんとした姿が愛らしい。
護衛騎士の一人が小声で笑っている。
(うんうん、うちのシアはかわいいわよね。わかるわ)
「さぁカイン王子がお待ちよ。入りましょう」
「はい」
部屋の中に入り、待たせたことを謝罪する。
そして、3人揃ったのでお茶会しながら、お喋りをしないかと誘った。
すると……
「カイン様、天気もいいですし、2階のバルコニーへ行きませんか?」
部屋に入ってからフィリシアがカイン王子に提案する。
「フィリシア嬢がそうしたいなら」
ヴィクターが先導し、その後にぞろぞろと私やフィリシア、カイン王子・騎士が続く。
特に役割を決めていない、大きめなこの部屋にはバルコニーがついており、私とフィリシアのお気に入りだったりする。
眼下には森が広がっており、遠くを見渡すとジーア山脈が悠然とそびえ立つ。
今日は雲一つない晴れ空で、ジーア山脈方面から時折風が吹いてくる。
バルコニーには運びこんであった椅子とテーブルがあるので、そこでお茶会を開く。
「カイン様、いかがですか? わたくしとお母様のお気に入りの場所ですのよ」
カイン王子は一呼吸置いてから、
「悪くない」
と感想をもらした。
初めはカイン王子に、気を使って何度か話しかけていたフィリシアも、「私には構わなくていい」とカイン王子に言われてからは、私とのお喋りに専念するようになった。
カイン王子は私たち親娘が話している間も、特には口を挟まず、時折相槌を打ったりはするが、無言で私たちを見守るだけだった。
「最近、腕の良い鍛冶屋さんが越してきたそうですよ」
「知らなかったわ。誰から聞いたの?」
「ミーシャです! 町の様子をいろいろ教えてくれるんです」
ミーシャは町へ買い物に行ったりするので、その時、話を仕入れてくるのだろう。
それにしても腕の良い鍛冶職人が来てくれたというのは、侯爵領にとって非常に喜ばしいことだ。
手に職がある者はどこへ行っても喜ばれる。腕が良ければ尚更だ。
一部の場所では流れ者を嫌ったりするようだが、侯爵領では来るものを拒まない。
領民も人が良く、優しい人々ばかりだ。私もかつてこの地へ嫁いできて、それが身に染みた一人でもある。
鍛冶屋がどんな人物かは知らないが、きっと歓迎されているだろう。そのまま根を張ってくれることを願う。
するとその時――
「ウェ……ウェーーイ」
「お母様、“ウェーイ”が鳴いていますよ! 珍しいですね、こんな時間に」
「……あれが“ウェーイ”なのか。初めて聞いた」
王都で“ウェーイ”を見かけることは疎か、鳴き声すら聞こえないので、もはや生息していないのだろう。カイン王子が知らないのも無理はない。
しかしあの鳴き声は……
「ヴィクター! ヴィクターは居ないの!」
私は立ち上がり、大きな声でヴィクターを呼ぶ。すぐさまヴィクターはやってきて、
「参上致しました」
「聞いたわね?」
「確かに」
「すぐさま駆除なさいっ!」
「はっ」
ヴィクターは私の命令に返事をすると、間、髪を容れず部屋を出ていく。
「お、お母様っ! 国鳥である“ウェーイ”を駆除なさるなんて……!」
フィリシアが困惑するのも当然だ。奴らのことを教えていなかった私の落ち度だ。
カイン王子は黙ったままで何も言わない。もしかしたら奴らを知っているのかもしれない。
「聞いてちょうだい、シア。あれは“ウェーイ”ではないわ」
「えっ、違うのですか……?」
「教えていなかった私が悪いの。最近出没することがなかったから、油断していたわ。あれは……“ウェウェーイ”よ」
「ウェ……ウェーイ……?」
「“ウェーイ”とは似て非なるものよ。“ウェーイ”の特徴は覚えているわね?」
フィリシアが記憶を手繰り寄せているのがわかる。
「たしか……日が昇ると同時に鳴き、その正確さから“時を告げる鳥”と、呼ばれています。非常に繊細で、か弱いため数が少なく、森や水辺などの自然を好み、大変貴重なため国鳥として扱われています」
「えらいわ、ちゃんと覚えていて」
思わずフィリシアを頭を優しく撫でる。
「えへへ……」
撫でられたフィリシアも至極嬉しそうだ。こういうところが本当にかわいらしい。
「“ウェーイ”については問題ないわね。では“ウェウェーイ”ついてよ」
「はい」
「“ウェウェーイ”は“ウェーイ”に非常に似ていて、鳴き声もそっくりだけど、その名の通り“ウェ”を一つ多く鳴いてしまうの。奴らは“ウェーイ”に擬態していて、餌場や住処を横取りしてしまう。そして奪われた“ウェーイ”はほっておくと死んでしまうわ。“ウェーイ”と違って、正確に時も告げないことから、害鳥とされているのよ。だから駆除しなければいけないの。おまけに捕ったところで、脂肪ばかりな上、肉もパサパサでおいしくないのよね。何一つ良いことがないわ」
来週の更新は木曜ではなく、数日ずれる見込みです。
今月中には間違いなく、残り(23話)を更新します。




