【21】 母、娘と同席する
領地に戻ってから半年以上が経ち、フィリシアも無事6歳を迎えた。
その間、作法、礼儀、刺繍、貴族の常識など……必要と思われる勉強に勤しんだ。
フィリシアのやる気は著しく、とてもやりがいがあり、楽しい日々だった。反面、以前は幼い部分もあったのが、それは鳴りを潜めたので、寂しい部分もある。
その成果もあって、どこへ出しても恥ずかしくない……とまでは言わないが、人前に出しても問題ない程度にはなった。
一朝一夕で身につくものではないし、これからも研鑽を積めば体に染みつくだろう。足りないものは学園でも補える。
残っているのは……実戦経験ぐらいだろうか。こればかりはどうにもならない。かと言って、フィリシアを社交界に送り出すわけにはいかないし、適当な貴族の子息や子女を捕まえるわけにもいかない。
下手に貴族と付き合えを持てば、いろいろ面倒が起こる公算が大きい。
時が来るまで、私相手に練習あるのみ、だ。
朝食前に私室で紅茶を飲みながら休んでいると、2度ほど扉を叩く音がしたので、「どうぞ」と入室を促す。
するとヴィクターが珍しく神妙な面持ちで、部屋の中へ入ってきた。
「もうできたのかしら……?」
「いえ、お食事はまだですが……王都より騎士が早馬で参りました」
一瞬で、厄介なことだとわかった。
(良い知らせ……なわけはないか。それだったらこんな朝早くから、来るわけがない)
王都からこの領地まで早馬と言えど、かなりかかる。それなのにこの時間にたどり着いた、ということは夜中から馬を飛ばし続けたということだ。
そう考えただけで、私は陰鬱な気分になった。
「それで用件は……?」
「殿下が……カイン王子が今日、お越しになるそうです」
「は……?」
これには私も面食らった。思わぬ人物が来訪するというのだから。
しかも先触れが当日とはどういうことか。
これがただの貴族だったら無礼な輩として、相手にもしないが、王子……王家の人間だったらそうもいかない。
当然来客があるなら、いろいろと準備もしなければいけないし、ましてやただの客ではない。王族、仮にも次期国王なのだ。
これには迷惑千万というしかあるまい。昨日旦那様は、一言もこの件について言及してなかった。
つまりカイン王子単独で、決めたというわけだ。
婚約者を訪ねてくること自体は何も不自然ではないが……ないが、やはり唐突すぎる。
(どういうことだろう……。領地へ戻ってから半年以上経つ……カイン王子は一度たりとも、シアを尋ねてきたことはない)
それが気が変わったのか、それともただの気まぐれか……。なんにせよ迷惑なことには変わりないが。
「至急来訪した騎士に、軽くお腹に入れる物と、気付けの蜂蜜酒を。それと、体を休めるられるよう空いている部屋に案内して頂戴」
「差し出がましいかと存じましたが、エリザベス様が仰ったように先んじて手配りしておきました。ご指示も待たず申し訳ございません」
ヴィクターの態度を咎めるように、私は手で払いのける仕草をする。
「やめてよ、ヴィクター。そういうのはいらないわ。貴方無しじゃ、私なんてただの有象無象の貴族だもの」
「そのようなことはございません。今も的確な指示だったかと」
「それに貴方と私の仲で、その態度はかえって嫌味よ」
ヴィクターが、私へ珍しく微笑む。
「それにエリザベス様は少々自己評価が低すぎます。もっと胸を張るべきです」
(まったく……貴方ほど有能な男に笑顔で言われれば、嫌でもその気になるわ)
笑顔のせいで、態度のことなど、すっかりどうでもよくなってしまった。
うまくはぐらかされた気もする。
ヴィクターとのお喋りが済んだ頃、休息を取った騎士が挨拶にやって来た。
彼は鍋の水が煮立つ程度にしか休んでいなかった。
その程度で本当に休めたのだろうか?
食事や部屋を割り当ててもらった事の礼を述べると「王子の元へ戻らなければいけない」という旨を伝え、足早に屋敷を後にする。
2階の窓から眺めていると、近くに繋いでおいてあった馬にまたがり、再びカイン王子の元へ駆けていった。
ヴィクターから聞いた話だと、屋敷に着いた時は土ぼこりもひどかったらしい。
夜通し馬を駆れば、自然とそうなるのだという。
あまり薄汚れた感じはしなかったので、私と会う前には軽く身なりも整えたようだ。
「大変ねぇ。そういえばどこかで見たような……」
「第一部隊所属の騎士だったかと……存じます」
後ろで控えていたヴィクターが教えてくれた。
うろ覚えだが、たしか……彼は私がアリシアと茶会をしている時も護衛していた……はず。
なので主に王族の護衛を担当しているのだろう。
つまり今回は知らせを届けに来ただけではなく、王子の護衛も兼ねているわけだ。
騎士の割には、筋骨隆々というわけではなく、線の細い、優しそうな青年だった。
(名前は……えーと……知らないわね)
あまり騎士と接点も無いし、名を呼ぶ機会も無いのだから、問題ないだろう。
「それで……いつ到着すると言ってたかしら?」
「昼を大分過ぎた頃に、お着きになるそうです」
「まったく頭が痛くなるわね……昼食はどうするのかしら?
……いえ、いいわ。例えどちらだとしても、用意しないわけにはいかないし、粗末なものを出したあっては侯爵家の恥よ。わかっているわね?」
「はい」
「食器は高価な銀のものを使いましょう。絶対!! ミリアを近づけてはダメよ!! 割れこそしないものの、当たり所が悪ければ傷つくのだから。それと……いつもより豪華な食事にするよう料理人に言っておいてちょうだい。豪勢にする必要はないわ。晩餐じゃないのだから」
「心得ました。では諸々すべて、準備してまいります」
「お願いね。よろしく」
(あとやることと言えば……昼食は一緒に取る必要はないわよね……? たぶん。いや、一緒に食べたほうがいいのかしら……? あっ! シアにも伝えなければ。まぁ、これは急ぐ必要はないわね。朝食時に話すとしましょう)
食事の用意が出来たと、知らせが来たので食堂へ移動する。
フィリシアもすぐにやってきた。「おはよう」とお互い挨拶を済ますと私の斜め右に座る。
料理が運ばれてきた。話は食事を済ませからしよう。
「お母様はあまりお肉、お好きではないのですか?」
私がウサギのパイを一切れ食していると、フィリシアが聞いてきた。パイの残りを葡萄酒で流し込み、口の中を空にしてから質問に答える。
「そうね……平民でいる時間が長かったから、そこまで食べないわね。別に嫌いなわけじゃないのよ。昔は肉と言えば贅沢品だったから、食べる習慣が身についていないのかもしれないわ。茹でたジャガイモに塩とバター、一つまみの野草…朝はこれと、ほかのものは少しで十分」
「そうなんですね。わたくしもお母様に似たのかもしれません」
フィリシアもあまり肉を食べない。どちらかと言えば、野菜を中心に食する。菓子類などの甘いものはかなり好きなようだが……。
「逆にお父様は、よくお肉食べますよね」
「そうねぇ……男の人だからというのもあるのでしょうけど、でも他の貴族より食べないわよ。ああ、でも……ふふっ」
ある事を思い出して、思わず笑ってしまった。
「どうしたのですか?」
「ちょっと昔のことを、ね。学園に居た頃、テオドールも肉ばかり食べていてね。近寄ると臭ったのよ。私が『肉臭くて嫌っ!』って言ったら動揺しちゃってね。随分落ち込んでいたわ。それからあまり食べなくなったの」
「そ、そうなんですか? 全然想像つきません……」
「この話にはまだ続きがあってね……あまりの落ち込みように友人たちが理由を聞いたの。それを聞いた友人たちも一様に皆、衝撃を受けていたわ。自分の身体を嗅いだりしてね。笑っちゃうでしょ? そのあたりからかしら? 肉ばかりたくさん食べる人が減ったの。そういう体臭が好き、という令嬢も居たけど、大半は私と同じだったみたい。アリシアも喜んでいたわ。トリスタンが食事を変えたって」
「なるほど……つまりお母様は歴史を変えた、と」
キラリとフィリシアの眼が光る。どうもこの娘は私を過分に評価する癖がある。
「やあねぇ、シアったら。そんな大げさなものじゃないわ」
その後は、食事を淡々と済ませ、落ち着いたところに話を切り出す。
「あのね、シア……実は今日カイン王子が訪ねてくるそうよ」
「えっ!?」
「そうなのよ……私も今朝早く知らせを受けて驚いたわ」
「お、お母様……着るものど、どどうしましょう?」
(うーん、実にわかりやすく動揺している)
実践経験が乏しいのが、見事に露呈した。
やはり座学だけでは限界がある。想定外の出来事が起きたとしても、冷静に対応できるようにならなくてはいけない。
「大丈夫。私も一緒に選んであげるわ」
「お母様は何を着られるのですか?」
「そうねぇ……私は髪の色と合わせて、落ち着いた赤色のガウンにするわ。“女主人”って感じがするでしょ?」
「すっごく似合いますわ! わたくしもお母様のように、赤色の髪がよかったですわ……」
エヴァンス王国では赤色の髪は少なく、割と珍しい。逆に帝国には多く、あり触れた色ではあったが。
「シアのテオドールに似た蜂蜜色の髪もすごく綺麗よ。淡い桃色のドレスなんてピッタリだと思うわ」
カイン王子とはまだそこまで親しくないので、婚約者とはいえ、相手の髪色や瞳の色に服装を合わせる必要はないだろう。
「なら一緒に選んでくださいね!」
今日も私のフィリシアは可愛らしかった。
これで出来ることはしたはず。あとは王子が到着するのを待つだけだ。おかげで朝から気が休まらなかった。
カイン王子が来るまで、何か手抜かりがあってはいけないので、確認やら、娘と私の服装選びなど……念入りに準備していたら、時間が経つのはあっという間だった。
カイン王子は聞いていた通り、昼を大分過ぎたころ、九時課(午後3時)の鐘が鳴る前に到着した。
屋敷に知らせを届けに来た騎士が1名、それに護衛と思われる騎士が2名、世話係などは居らず、王子も含め4名だけだった。
「殿下。ようこそおいでくださいました。フェルデン家侯爵夫人、エリザベス・フェルデンでございます」
スカートの裾を持ち上げ、丁寧に挨拶する。
「フェルデン家が一人娘、フィリシア・フェルデンですわ」
フィリシアも私に習い同じく挨拶をする。ちらりと横目で見たが、しっかり出来ている。教えたかいがあったというものだ。
初めて会ったわけではないが、今日で2度目に過ぎない。
だからこそ、丁寧に挨拶するに越したことはない。久方ぶりに会うのだ。相手が覚えているとも限らない……。
「ああ、カインだ」
カイン王子は片手を上げ、無表情で挨拶を返す。恐ろしく簡略的だった。
(よくわからない……公式の訪問なのか、それとも私人としてなのか……)
前者ならかなり無礼な態度だし、後者ならさして問題にはならない。
私自身、カイン王子とはほとんど口をきいたことがないので、どういった人物なのか推し量れずにいる。
ふと、何気なく騎士の一人に目をやったら、外套をつけている。
(隊長が来ているの!?)
エヴァンス王国の騎士は外套を着けない。着けてはいけない。一部例外はあるが、その中で唯一、各番隊の隊長のみが許された、誉れ高い印……それが外套だ。
この外套には家門の紋章が描かれており、どこの家かすぐにわかる。それゆえに羨望の的であり、騎士ならば誰しもが一度は目指す場所でもある。
彼らは滅多に人前には出てこないことで、有名なので、見られるだけでも貴重だ。
少し下世話だが、隊長は美丈夫も多く、「一目見れるなら死んでもいい」などと、戯言を吐くご婦人もいるとか。
実力も確かなもので、一人で20人分の働きをする、と聞いたことがある。王子の護衛にしては少々物足りない人数だとは思っていたが、これなら納得できる。
(私もせっかくだからお顔を拝見したいわ……。どこの家の方かしら……?)
騎士たちは胸に片手を当て、軽く頭を下げおり、顔もはっきりとは見えない。ましてや背中の外套が覗けるわけがない。
かといって、カイン王子をほったらかして、回り込むわけにもいかず……。
自分でも少し、そわそわしてしまっているのがわかる。どうやら横にいるフィリシアも、似たような状態のようだ。
(何となく憧れちゃうのよね……)
「こほん……」
ヴィクターの咳払いが聞こえ、我に返った。
「殿下、少し遅いですが昼食はいかがでしょうか? ご用意しておりますので、よかったら……」
「いや、馬車の中で軽く食べたので結構」
(だったらそれも先に伝えなさいよ……!)
「フェルデン夫人、話がある。……二人だけで」
「は、はい」
(はいぃ? え、ちょっと待って。なぜ私と二人っきり? シアに会いのきたのではないの? しかも何の話か皆目見当がつかない……)
やっと物語が動き始めた……かな?
これからもどんどんこの世界のことが明るみになってきます。
娘のフィリシアも悪役令嬢らしさが少しづつ増してくるので、諸々お楽しみに。
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