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【2】 母、娘を覗き見る


 私が出かける前に屋敷の中を歩いていると、メイドのミーシャが娘フィリシアの部屋を、ほんの少しだけ開いている扉の外から中腰で見つからないように中を覗いているのを見つけた。

 ミーシャは主に娘の世話をしているので、部屋の前にいること自体はおかしくないのだが、何を覗き見ているのだろう?


「ミーシャ……」


 声をかけようとすると、途中で気づいたミーシャは人差し指を立て、口の前に持っていき「静かにしろ」と言わんばかりに目で訴えてきた。声を出さないのを確認した後に手招きをして私を呼び寄せる。

 半ば呆れた顔をしながら、仕方なしに付き合う事にした。

 扉の前に来ると今度は部屋の中を何度か指差すので、覗いてみる。

(この状況って……はたから見るとすごく間抜けに見えるわよね……。大の大人が折り重なって覗き見だなんて)


 部屋の中ではフィリシアが鏡の前に立ち、片手を腰に当て、もう片方の手の甲を顎に沿って水平に置いている。


「あははははは!」


 すると突然大きめの声で笑いだした。……目が点になるとはこの事だろうか。

 娘に聞こえないようミーシャに小声で話しかける。


「ねぇ、アレは一体何をやっているの?」

「笑い……の練習?じゃないっすかね。さっきから何度かやってるんすけど」

「なんでそんなことやってるのよ!?」

「それは本人に聞くしかないんじゃないっすかねー」


 練習は終わってないらしく、少し姿勢(ポーズ)を変えたフィリシアが再び笑いだした。


「オーッホッホッホ……ごほっ、げほげほっ」


「「あっ、むせた」」


 私とミーシャは思わず同時に口に出してしまった。

 あのフィリシアがこんなに一所懸命練習しているということは、これも『悪役令嬢』に必要なことなのだろう。慣れない高音まで出してやっているのだ。

 ならば私もやるべき事をやろう。お母さんも頑張るわ!


 娘に聞こえぬようミーシャに扉から離れるように目顔で促し、


「シアに後で伝えておいてちょうだい、腰に当てるのは、返した手首をつけた方が格好がつくって。それともう片方の手は水平ではなく、少し上向きに、そして手のひらが完全に見えるか見えないか程度の角度にしなさい。上体も真正面ではなく、左右どちらかを相手に向けるといいわね」


「了か――かしこまりました、奥様」


 うん? なぜ途中で言いなおしたのかしら?


「エリザベス様」


 不意に後ろから声を掛けられ、私は振り返る。


「馬車のご用意が出来ました」


 白髪が交じり始めた執事、ヴィクターが左腕を腹部に当て、頭を少し下げ立っている。


「あら、ヴィクター、ありがとう。呼びに来てくれたのね」


 玄関に向かう途中だったのをまさか娘を盗み見ていたとは言えない。

(ごめんなさい、ヴィクター)心の中で素直に謝る。

 ミーシャが言いなおした理由もわかった。ヴィクターが現れたのを察知したからだ。

 そういえばヴィクターって何歳なのかしら? 

私が子供の時から、気づいたらずっと一緒だったのよねぇ。所作一つ取っても卒がないし、背筋も伸びてて佇まいもいつも綺麗ね。


「お気になさらずに。大方の原因はミーシャでしょう。後で仕置しておきますので。言葉遣いもいい加減調教……教育せねばなりません」


(笑顔がこっっっわ。目が笑ってないわよ、ヴィクター……)

 しかも絶対調教って言ったわよね? 昔からヴィクターは怒ると怖い。きっと笑いながら一人や二人笑顔で消したことあるわね、うんうん。

 そして肝心のミーシャは私とヴィクターが話している間に、脱兎のごとく逃げたようだ。さすが抜け目ない。

 でも逃げられないと思うわよミーシャ……。


「エリザベス様、そろそろお時間ですので……」

「いけない、もうそんな時間だったのね。遅れると後が怖いわ。すぐに行きます」

「いってらっしゃいませ、奥様」


 ヴィクターやメイド達(その中にはミーシャもしっかり居た)に見送られながら馬車に乗り、

街中を走り抜け、目的地に着くまでの間、私は相手にどう切り出せばいいのか思いを巡らせた。



 騎士に先導され中庭に案内されると東屋があり、

そこにはテーブル、椅子などティータイムに必要なものがすべてセットされてあった。

 すでに先客は到着しており、二脚しかない椅子の一つに座りながらこちらを見ている。


 私はスカートの裾の広げ方、膝の折る角度、目線……憎たらしいほどの完璧な所作でカーテシーを披露する。


「ご機嫌麗しゅうございます、アリシア・ラーナ・エヴァンス王妃殿下。拝謁を賜り、身に余る光栄でございますわ」

「エリザベス・フェルデン侯爵夫人、壮健なようで何よりです。そちらへお座りになって」

「はい、ありがとう存じます」


 示されたアリシア王妃の斜め向かいの椅子に座り、一呼吸置いたあと、


「ふっ……」

「うふふ」

「「あははははっ」」


 思わず私たちは笑ってしまった。


「何が『拝謁を賜り~』よ、まったく笑っちゃうわ」


 私も負けじと王妃の口調や表情を真似しながら、


「『エリザベス・フェルデン侯爵夫人、壮健なようで何よりです』の方がよほどおかしいわよ」


 側にいるお付きの侍女や、警護の騎士は我関せずという表情をしているが、心なしか笑っているように見える。

 そりゃそうよね、毎回この似たようなやりとりを見てるし。初めての時は皆困惑してたのを覚えているわ。

 そのせいか私とのお茶会や約束がある時はなるべく同じ侍女や騎士にしてるみたい。さすがに私でも顔を覚えてきたわ。


「今日はどうしたのリズ」

「その前にこちらをお納めください、王妃様」


 いたずらっぽく微笑み、ヴィクターが馬車に積んでおいてくれた茶葉が入った箱を渡す。


「あら、いけない娘ね。賄賂は重罪よ?」

「とんでもございません。()()()()王妃様お好みの茶葉なだけですわ」

「ふふ、感謝します。フェルデン公爵夫人」


 アリシアが侍女に茶葉を渡し、その茶葉で紅茶を入れ始める。


「良い香り……これもオブライエン商会から?」

「ええ、もちろん」


 自慢げにうなずく。

 すでに準備してあったので数分と待たず私とアリシアに紅茶が出された。

 アリシアが紅茶に口をつけたので、私も一口飲み、お互い一息ついたところで、


「実は……」


 私は数日前フィリシアから聞いた悪役令嬢や断罪について、かいつまんで説明した。

 アリシアは話を聞き終わり少し考え込んだあと、


「……いいかもしれない」


 小声でつぶやいた。


「えっ?」

「ねぇリズ、うちの子と婚約しましょう」


主人公の名前をやっと出すことが出来ました。

それでもまだわからない事が多いですが、3話目でさらに解明されるようになっています。

量も多くなるので、少しは読みごたえがあるかと思います。

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