【18】 母、新しい使用人を迎え入れる
翌朝、朝食前に兄妹はやってきた。
前日とは違い、身なりが整えられ、どこからを見ても孤児には見えなかった。
玄関で私とヴィクター、そしてミーシャも同席する。ヴィクターとミーシャが二人同時に揃うのはなかなか珍しい。大抵はミーシャがヴィクターを避けるからだ。
私たちは三人で兄妹を迎え入れる。
ただ、届けにきた人物には少しビックリした。
「おはよう、ニース。仕事はキッチリやってくれたみたいね」
ニースはスカートの端を持ち上げ、丁寧に挨拶を返す。いつもはもっと綺麗な所作だが、今日はこじんまりと小さくまとまっている。どちらかと言えば可愛らしい動作だ。顔に似合わず、彼らしい茶目っ気たっぷりの挨拶だった。
「おはようございます、エリザベス様。本日もご機嫌麗しゅうございますか」
「あなたの顔を見たおかげで、だいぶいいわ」
兄妹はかなり緊張しているようで、ニースの斜め後ろで石のように固まったまま、ほとんど動きもせず、喋りもしない。
(妹はともかく、ヴァールハイドの態度は昨日からは考えられないわね)
「わたくしのような者がお役に立てたようで、何よりでございます。ご依頼のありました兄妹を連れて参りました」
(教育の一環として、こういう態度なんでしょうけど、二人とも見てる余裕ないわよ。ニース)
今まで貴族の元で働いたことがあるわけもない兄妹にとって、この先どういった世界で働くのか……見せることは大事だ。
さすがにニースに預けた以上、無知蒙昧なまま来たわけではないだろう。だが1日程度では理解できまい。だからこうして改めて見せているわけだ。
二人とも頭の回転が良く、状況が理解できるからこそ余計緊張しているのだろう。
「二人とも教えた通りに挨拶して」
ニースが促すと二人とも前へ出て、
「ヴぁ、ヴァールハイドですっ! よろしくお願いします!」
「ミリアリアです……よろしくおねがいします」
硬さが残りつつも、挨拶をしてきた。そして妹の名前が「ミリアリア」ということを今、初めて知った。
三人に屋敷の中へ入るように伝えると、「まだ仕事がありますので」とニースは残念そうに辞意して、二人を残し去っていった。どうやら昨日、やらかしたせいか真面目に仕事をしているようだ。
そして去り際にヴィクターを一瞥していった気がする。
(昔からこの二人って仲が良いのか、悪いのか、よくわからないのよねぇ。でもなんとなくお互い認め合ってるというかなんというか……)
「そうね……とりあえず、ヴァールハイドは見習いとして、ヴィクターへ師事なさい。ミリアリアはメイド見習いとして、私へついてちょうだい。ミーシャに教わりながらやりなさい」
さすがにいきなり娘へ付けるわけにはいかない。
私へ付けて様子を見るのが、妥当だろう。
玄関の広間でさきほどの指示した4人が壁際により、二手に分かれたので、私はどんな風に教育するのか高見の見物を決め込むことにした。
(まずはヴィクターとヴァールハイド……ニースが「ヴィクターへ預けろ」と言っていたから一筋縄じゃいかなそうよね……)
「お、オレは何をすればいいんだ……?」
「わたし」
「へ……?」
よくわからず首をかしげるヴァールハイド。
「オレではなく、私、もしくは僕と必ず言いなさい。年齢的に僕で良いでしょう」
「おい! オレはこれでも7才だぞ! 何がボクだ、気持ちわりぃ……」
「……それが何か?」
しばしの間があった後、
「わ……わかったよ……」
ヴァールハイドは慄き、諦めた。後ろから見ていたのでヴィクターの顔は見えないが、
たぶん恐ろしい顔をしていたに違いない。
こういう時のヴィクターの顔は、本当に何の感情も感じさせず、ただただこちらを見返してくる。恐ろしく冷たい眼差しで。
下手に何か言われるよりよほど性質が悪い。ヴァールハイドからは見上げる形になるし、尚更だろう。
「わかったではなく、わかりました」
「わ、わかりましたっ!」
「よろしい。すぐには身につかないでしょうが、徐々に慣れ、覚えていくように」
「うん……わかりました」
「返事は必ず『はい』と答えるように」
「は、はい!」
「さて、貴方の仕事ですが……特にありません」
(えっ? 無いの? なぜ)
思わず私が心の中で聞いてしまった。
「えっ、じゃあオ――じゃなくボクは何をしたらいいんだ?」
「私に付いて回りながら、見てるだけでけっこう」
「それだけ……?」
(うーーん? ああ、もしかして「見て仕事を覚えろ」ということね。たしかにうちの商会でも、新人にはたまにやらせるわね。でもこれって、意図も言ってやらないとやってる方は、全っ然! わからないのよねぇ。まぁ、少しも意図を汲み取れない人間なら用はないけれど)
「それと、もう一つ」
「屋敷の周りを50周走りなさい。刻限は領地へ帰るまで。4、5日というところでしょうか」
「じゃあ今から走って……」
「誰が行っていいと言いました? 私の側に居なさいと言ったはずです」
「じゃあいつ走ればいいんだよ?」
「空いた時間、好きな時に走りなさい」
「それだと間に合わねぇかもしれねぇじゃん」
「完走してもいいし、しなくても構いません。やってもいいし、やらなくてもいいのです。私は貴方を見張ったり、経過を聞いたり、命令したりするようなことは一切ありません。もちろん報告も要りません」
「いいの? なら楽勝じゃん」
「……そうですね。その通りならば、私も非常に助かります」
それを聞いたヴァールハイドは、何か思うところがあったのか、黙りこんで考え始めてしまった。
「質問が無いようなら私は自分の仕事に取り掛かりますが、よろしいですか?」
「一つだけある」
「……手短にお願いします」
「あんたはどうして走れなんて……んー違うか。もし、オ……ボクがまったくやらなかったらどう思う?」
これはなかなか良い質問だ。核心をついていると言ってもいい。もし初めに聞こうとした通り「どうして走れと言うのか?」だったら、ヴィクターはこう答えただろう「ただ、見るため」と。
「貴方に失望するだけです。それ以上でも、それ以下でも、ありません」
(ニースに見込まれて、預かったからには、ね)
「ふーん……だったら見てな。やってやるぜっ!」
「先程言ったように、私が貴方を見る事はありません」
「ちぇ、なんだよあんた。ノリがわりぃな」
「これ以上質問が無いのなら、仕事に取り掛かります。着いてきなさい」
「なぁ、あんたボ、ボク……のこと何も聞かねぇのか?」
「何をです?」
「そ、その……今までどこに住んでたとか、何やってたとか……」
どうやら孤児院出身で、盗みをしていたことを気にしているらしい。
それもそうか……昨日まで、いつ食べれるかもわからなくて、盗みを働いていたのだから……どう思われるか怖いはずだ。
「興味ありませんね。私にとって大事なのは、貴方がエリザベス様とフィリシア様の役に立つかどうか、だけですので」
一切詮索をしないところ、ヴィクターは徹底している。役に立つのなら家柄や血筋などどうでもいいのだ。……もちろん我が侯爵家に仇なす者は別として。この価値観は、ヴィクター自身の出自や、過去にも関係しているのだろう。
実際兄妹の身辺調査はしているので、何も知らないわけではないが。
「ふ、ふーん、そっか。よくわかんねぇけど、あんたにいやでも興味を持たせてやるよ。このままじゃなんか気に入らねぇし」
照れ隠しのなのか、本心なのか、わからないが、やる気なのはいいことだ。
ヴィクターは聞くだけ聞くと、くるっと反転して歩き出した。
そして最後に、
「それと私は“あんた”ではなく、“ヴィクター”です」
と背中越しにヴァールハイドへ告げると、私に頭を下げ、屋敷の中へ去って行く。
その時見た彼の眼は、心なしか笑っているように見えた。
「お、おいっ! おいていくなよっ!」
その背中を急いでヴァールハイドが追っていった。
(意外と馬が合うかもしれないわね、あの二人。さてもう一方は……)
私は見やすいように階段の脇へ行き、近くにあった手すりに手をかけ、ミーシャとミリアリアのほうを見る。
二人は楽し気に笑いあっている。こちらは先ほどの二人とは違って、打ち解けるのが早かったようだ。
「仕事ってのは大変っす。いつも全力でやったら疲れちゃうっすよ。だから適度に手を抜くぐらいでいいんすよ」
片手をひらひらと、如何にも手を抜けといわんばかりに踊らせている。
(初日のメイド見習いにいきなり「手を抜け」なんて教える人がどこにいるのよ! さすがにこれは見過ごせないわね)
「ヴィクター細目みたいになっちゃダメっすよ。アレは細かいし、しつこいし、うるさいっすからね」
今度はヴィクターの真似をして、目を細めている。
(いやそんな糸みたいじゃほとんど見えないでしょう……)
「ふふ、ミーシャ姉さんったら」
(み、ミーシャ姉さん!?)
どうやらこちらはこちらで、違う問題が起きているようだ。
私はこっそりとミーシャの死角へ移動する。
「みぃぃぃしゃぁぁぁああ!」
「うみゃっ!?」
声を聞いたミーシャは、ビクッと一瞬体を震わせ、私の方を、恐る恐る振り返る。……それは野良猫が餌を盗んでいる最中に見つかり、驚いて、飛び上がっている姿にそっくりだった。
「あーエリザベス様、アハハ……」
引きつった笑顔で、口元がピクピクと震えている。
「何てことを教えているの! しかも姉さんなんて呼ばせてどういうつもり?」
「あ、あの、奥さま……」
おずおずとミリアリアが口を挟む。
「ミーシャ姉さんは悪くないんです……緊張させないように、わたしのことを思っていろいろ言ってくれたんです。それに孤児院では、年長者や自分の面倒を見てくれる人を“兄”や“姉”って呼ぶことがあって、それでつい……」
そんな慣習があるなんてつゆほども知らなかった。
(だからヴァールハイドもミリアリアのことを妹と呼んでいたのか)
「そうなの? ミーシャ」
「い、いやぁ、アタシはこんな妹が居ればいいなーって思ってただけっす。仕事のことはもちろん冗談っすよ、冗談。やだなーアハハ」
「はぁ、まったく。あなたは何だかんだ言いながらキッチリ仕事をこなすから、見逃しているけれど、本当に真似したら困るようなことは言わないの。ちゃんと仕事を覚えることが、この子達のためでもあるのよ?」
「わかってるっすよ。しっかり教えるんで、大丈夫っす!」
「ミリアリアも怖がらせてごめんなさい。屋敷の者は皆優しいし、私も厳しくするつもりはないわ。だから、そんなに緊張しなくても大丈夫」
「は、はい、奥さま!」
「ふふっ、なかなか新鮮ね」
「……?」
ミリアリアがきょとんとした顔をしている。意味がわからなかったのだろう。
「あまり家では私のことを『奥様』と呼ぶ人って居ないのよ。それでつい、ね」
「え、えと、ほかの呼びかたを知らなくて……」
「好きに呼んでいいわ。『奥様』でも『エリザベス』でも。私はそういうのこだわらないから」
「そうそう。よほど変なことしなければなんでも大丈夫っす」
横から水を差してくるミーシャ。一度ヴィクターに頼んでしっかり教育してもらおう。
「さぁ、そろそろあなた達も仕事にかかりなさい。いつまでも遊んでいると、ヴィクターの雷が落ちるわよ」
「うひーそれは勘弁っす。ミリアちゃんいくっすよ。この大先輩であるミーシャ姉さんが教えるっす。ウェーイに乗ったつもりでいるっすよ!」
「ミーシャ姉さん、それじゃ沈んじゃいますし、捕まえたら騎士につかまっちゃいますよ。国鳥なんですから」
「バレなきゃ大丈夫っすよ」
最初の時のように、二人は笑いながら屋敷の奥へ消えていった。
(いつのまにか愛称で呼んでいるし、私も次からそうしようかしら)
ミーシャが猫を被らず接しているのだから、あの二人も大丈夫だろう。もしかしたらあの兄妹に親近感を抱いているのかもしれない。
(さて、私も領地へ戻る準備をしなければいけないわね)
孤児がやってきたこの日は、じわりと汗ばむぐらいに暑い1日だった。
今話から、1話あたりの量が増量します!
もちろん嫌だと言っても返品は受け付けませんので、悪しからず。
さらに一応、たぶん……そうだといいなぁ……毎週更新するつもりです。
なので、これからはもう少し読み応えが出るかと思います。




