表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/27

【18】 母、新しい使用人を迎え入れる

 翌朝、朝食前に兄妹はやってきた。

 前日とは違い、身なりが整えられ、どこからを見ても孤児には見えなかった。

 玄関で私とヴィクター、そしてミーシャも同席する。ヴィクターとミーシャが二人同時に揃うのはなかなか珍しい。大抵はミーシャがヴィクターを避けるからだ。

 私たちは三人で兄妹を迎え入れる。

 ただ、届けにきた人物には少しビックリした。


「おはよう、ニース。仕事はキッチリやってくれたみたいね」


 ニースはスカートの端を持ち上げ、丁寧に挨拶を返す。いつもはもっと綺麗な所作だが、今日はこじんまりと小さくまとまっている。どちらかと言えば可愛らしい動作だ。顔に似合わず、()()()()茶目っ気たっぷりの挨拶だった。


「おはようございます、エリザベス様。本日もご機嫌麗しゅうございますか」

「あなたの顔を見たおかげで、だいぶいいわ」


 兄妹はかなり緊張しているようで、ニースの斜め後ろで石のように固まったまま、ほとんど動きもせず、喋りもしない。

(妹はともかく、ヴァールハイドの態度は昨日からは考えられないわね)


「わたくしのような者がお役に立てたようで、何よりでございます。ご依頼のありました兄妹を連れて参りました」


(教育の一環として、こういう態度なんでしょうけど、二人とも見てる余裕ないわよ。ニース)

 今まで貴族の元で働いたことがあるわけもない兄妹にとって、この先どういった世界で働くのか……見せることは大事だ。

 さすがにニースに預けた以上、無知蒙昧なまま来たわけではないだろう。だが1日程度では理解できまい。だからこうして改めて見せているわけだ。

 二人とも頭の回転が良く、状況が理解できるからこそ余計緊張しているのだろう。


「二人とも教えた通りに挨拶して」


 ニースが促すと二人とも前へ出て、


「ヴぁ、ヴァールハイドですっ! よろしくお願いします!」

「ミリアリアです……よろしくおねがいします」


 硬さが残りつつも、挨拶をしてきた。そして妹の名前が「ミリアリア」ということを今、初めて知った。

 三人に屋敷の中へ入るように伝えると、「まだ仕事がありますので」とニースは残念そうに辞意して、二人を残し去っていった。どうやら昨日、やらかしたせいか真面目に仕事をしているようだ。

 そして去り際にヴィクターを一瞥していった気がする。

(昔からこの二人って仲が良いのか、悪いのか、よくわからないのよねぇ。でもなんとなくお互い認め合ってるというかなんというか……)


「そうね……とりあえず、ヴァールハイドは見習いとして、ヴィクターへ師事なさい。ミリアリアはメイド見習いとして、私へついてちょうだい。ミーシャに教わりながらやりなさい」


 さすがにいきなり娘へ付けるわけにはいかない。

 私へ付けて様子を見るのが、妥当だろう。

 玄関の広間でさきほどの指示した4人が壁際により、二手に分かれたので、私はどんな風に教育するのか高見の見物を決め込むことにした。

(まずはヴィクターとヴァールハイド……ニースが「ヴィクターへ預けろ」と言っていたから一筋縄じゃいかなそうよね……)


「お、オレは何をすればいいんだ……?」

「わたし」

「へ……?」

 

 よくわからず首をかしげるヴァールハイド。


「オレではなく、私、もしくは僕と必ず言いなさい。年齢的に僕で良いでしょう」

「おい! オレはこれでも7才だぞ! 何がボクだ、気持ちわりぃ……」

「……それが何か?」


 しばしの間があった後、


「わ……わかったよ……」


 ヴァールハイドは慄き、諦めた。後ろから見ていたのでヴィクターの顔は見えないが、

たぶん恐ろしい顔をしていたに違いない。

 こういう時のヴィクターの顔は、本当に何の感情も感じさせず、ただただこちらを見返してくる。恐ろしく冷たい眼差しで。

 下手に何か言われるよりよほど性質(たち)が悪い。ヴァールハイドからは見上げる形になるし、尚更だろう。


「わかったではなく、わかりました」

「わ、わかりましたっ!」

「よろしい。すぐには身につかないでしょうが、徐々に慣れ、覚えていくように」

「うん……わかりました」

「返事は必ず『はい』と答えるように」

「は、はい!」

「さて、貴方の仕事ですが……特にありません」


(えっ? 無いの? なぜ)

 思わず私が心の中で聞いてしまった。


「えっ、じゃあオ――じゃなくボクは何をしたらいいんだ?」

「私に付いて回りながら、見てるだけでけっこう」

「それだけ……?」


(うーーん? ああ、もしかして「見て仕事を覚えろ」ということね。たしかにうちの商会でも、新人にはたまにやらせるわね。でもこれって、意図も言ってやらないとやってる方は、全っ然! わからないのよねぇ。まぁ、少しも意図を汲み取れない人間なら用はないけれど)


「それと、もう一つ」

「屋敷の周りを50周走りなさい。刻限は領地へ帰るまで。4、5日というところでしょうか」

「じゃあ今から走って……」

「誰が行っていいと言いました? 私の側に居なさいと言ったはずです」

「じゃあいつ走ればいいんだよ?」

「空いた時間、好きな時に走りなさい」

「それだと間に合わねぇかもしれねぇじゃん」

「完走してもいいし、しなくても構いません。やってもいいし、やらなくてもいいのです。私は貴方を見張ったり、経過を聞いたり、命令したりするようなことは一切ありません。もちろん報告も要りません」

「いいの? なら楽勝じゃん」

「……そうですね。その通りならば、私も非常に助かります」


 それを聞いたヴァールハイドは、何か思うところがあったのか、黙りこんで考え始めてしまった。


「質問が無いようなら私は自分の仕事に取り掛かりますが、よろしいですか?」

「一つだけある」

「……手短にお願いします」

「あんたはどうして走れなんて……んー違うか。もし、オ……ボクがまったくやらなかったらどう思う?」


 これはなかなか良い質問だ。核心をついていると言ってもいい。もし初めに聞こうとした通り「どうして走れと言うのか?」だったら、ヴィクターはこう答えただろう「ただ、見るため」と。


「貴方に失望するだけです。それ以上でも、それ以下でも、ありません」


(ニースに見込まれて、預かったからには、ね)


「ふーん……だったら見てな。やってやるぜっ!」

「先程言ったように、私が貴方を見る事はありません」

「ちぇ、なんだよあんた。ノリがわりぃな」

「これ以上質問が無いのなら、仕事に取り掛かります。着いてきなさい」

「なぁ、あんたボ、ボク……のこと何も聞かねぇのか?」

「何をです?」

「そ、その……今までどこに住んでたとか、何やってたとか……」


 どうやら孤児院出身で、盗みをしていたことを気にしているらしい。

 それもそうか……昨日まで、いつ食べれるかもわからなくて、盗みを働いていたのだから……どう思われるか怖いはずだ。


「興味ありませんね。私にとって大事なのは、貴方がエリザベス様とフィリシア様の役に立つかどうか、だけですので」


 一切詮索をしない(こういう)ところ、ヴィクターは徹底している。役に立つのなら家柄や血筋などどうでもいいのだ。……もちろん我が侯爵家に仇なす者は別として。この価値観は、ヴィクター自身の出自や、過去にも関係しているのだろう。

 実際兄妹の身辺調査はしているので、何も知らないわけではないが。


「ふ、ふーん、そっか。よくわかんねぇけど、あんたにいやでも興味を持たせてやるよ。このままじゃなんか気に入らねぇし」


 照れ隠しのなのか、本心なのか、わからないが、やる気なのはいいことだ。

 ヴィクターは聞くだけ聞くと、くるっと反転して歩き出した。

 そして最後に、


「それと私は“()()()”ではなく、“()()()()()”です」


 と背中越しにヴァールハイドへ告げると、私に頭を下げ、屋敷の中へ去って行く。

 その時見た彼の眼は、心なしか笑っているように見えた。


「お、おいっ! おいていくなよっ!」


 その背中を急いでヴァールハイドが追っていった。

(意外と馬が合うかもしれないわね、あの二人。さてもう一方は……)

 私は見やすいように階段の脇へ行き、近くにあった手すりに手をかけ、ミーシャとミリアリアのほうを見る。

 二人は楽し気に笑いあっている。こちらは先ほどの二人とは違って、打ち解けるのが早かったようだ。


「仕事ってのは大変っす。いつも全力でやったら疲れちゃうっすよ。だから適度に手を抜くぐらいでいいんすよ」


 片手をひらひらと、如何にも手を抜けといわんばかりに踊らせている。


(初日のメイド見習いにいきなり「手を抜け」なんて教える人がどこにいるのよ! さすがにこれは見過ごせないわね)


ヴィクター(あーんな)細目みたいになっちゃダメっすよ。アレは細かいし、しつこいし、うるさいっすからね」


 今度はヴィクターの真似をして、目を細めている。

(いやそんな糸みたいじゃほとんど見えないでしょう……)


「ふふ、ミーシャ姉さんったら」


(み、ミーシャ姉さん!?)


 どうやらこちらはこちらで、違う問題が起きているようだ。

私はこっそりとミーシャの死角へ移動する。


「みぃぃぃしゃぁぁぁああ!」

「うみゃっ!?」


 声を聞いたミーシャは、ビクッと一瞬体を震わせ、私の方を、恐る恐る振り返る。……それは野良猫が餌を盗んでいる最中に見つかり、驚いて、飛び上がっている姿にそっくりだった。


「あーエリザベス様、アハハ……」


 引きつった笑顔で、口元が()()()()と震えている。


「何てことを教えているの! しかも姉さんなんて呼ばせてどういうつもり?」

「あ、あの、奥さま……」


 おずおずとミリアリアが口を挟む。


「ミーシャ姉さんは悪くないんです……緊張させないように、わたしのことを思っていろいろ言ってくれたんです。それに孤児院では、年長者や自分の面倒を見てくれる人を“兄”や“姉”って呼ぶことがあって、それでつい……」


 そんな慣習があるなんてつゆほども知らなかった。

(だからヴァールハイドもミリアリアのことを妹と呼んでいたのか)


「そうなの? ミーシャ」

「い、いやぁ、アタシはこんな妹が居ればいいなーって思ってただけっす。仕事のことはもちろん冗談っすよ、冗談。やだなーアハハ」


「はぁ、まったく。あなたは何だかんだ言いながらキッチリ仕事をこなすから、見逃しているけれど、本当に真似したら困るようなことは言わないの。ちゃんと仕事を覚えることが、この子達のためでもあるのよ?」


「わかってるっすよ。しっかり教えるんで、大丈夫っす!」

「ミリアリアも怖がらせてごめんなさい。屋敷の者は皆優しいし、私も厳しくするつもりはないわ。だから、そんなに緊張しなくても大丈夫」

「は、はい、奥さま!」

「ふふっ、なかなか新鮮ね」

「……?」


 ミリアリアがきょとんとした顔をしている。意味がわからなかったのだろう。


「あまり家では私のことを『奥様』と呼ぶ人って居ないのよ。それでつい、ね」

「え、えと、ほかの呼びかたを知らなくて……」

「好きに呼んでいいわ。『奥様』でも『エリザベス』でも。私はそういうのこだわらないから」

「そうそう。よほど変なことしなければなんでも大丈夫っす」


 横から水を差してくるミーシャ。一度ヴィクターに頼んでしっかり教育してもらおう。


「さぁ、そろそろあなた達も仕事にかかりなさい。いつまでも遊んでいると、ヴィクターの雷が落ちるわよ」

「うひーそれは勘弁っす。ミリアちゃんいくっすよ。この大先輩であるミーシャ姉さんが教えるっす。ウェーイに乗ったつもりでいるっすよ!」

「ミーシャ姉さん、それじゃ沈んじゃいますし、捕まえたら騎士につかまっちゃいますよ。()()なんですから」

「バレなきゃ大丈夫っすよ」


 最初の時のように、二人は笑いながら屋敷の奥へ消えていった。

(いつのまにか愛称で呼んでいるし、私も次からそうしようかしら)

 ミーシャが猫を被らず接しているのだから、あの二人も大丈夫だろう。もしかしたらあの兄妹に親近感を抱いているのかもしれない。

(さて、私も領地へ戻る準備をしなければいけないわね)

 孤児がやってきたこの日は、じわりと汗ばむぐらいに暑い1日だった。


今話から、1話あたりの量が増量します!

もちろん嫌だと言っても返品は受け付けませんので、悪しからず。

さらに一応、たぶん……そうだといいなぁ……毎週更新するつもりです。

なので、これからはもう少し読み応えが出るかと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ