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【17】 母、夫へ伝える②

「人の口に戸は立てられないもの……仕方ないわ。だからこそ領地に戻りたいの。人前には出さず、数年も立てば自然と噂も忘れられるはずよ」

「どうしても領地に戻ると?」

「……はい。あの子を守るためにも」


 じっと私の顔を見ながら旦那様は、押し黙る。そのままどれぐらいの時間が経ったかわからない。

(ほかにも手はあるけど、あまり使いたくないわ……。できればこのまま了承して、お願い!)

 私が祈りにも似た気持ちで願っていると、旦那様は顔が緩み、諦めた表情で、


「ふっ、昔から君はそうだったな。一度決めたら頑として曲げない。……それが魅力でもあるが」

「あら、その私に『君は可愛げの無い令嬢だな』、と仰ったのはどちら様だったかしら?」

「あ、あれはっ……負け惜しみだよ。成績を抜かれて悔しかったのさ。君が来るまでずっと、私が一番だったからね」

「では、認めてくださるのね?」

「ああ。ただ一つだけ条件がある。これが呑めないというならば、この話は聞かなかったことにする」


 聞かなかった。つまり話自体存在しなかったということだ。私の好きにしても良い……などと都合の良い話ではなく、どんな手を使っても潰すという意味。

 正直どんな要求なのか皆目見当がつかない。


「条件とは……?」

「……私も戻る」

「はい……?」


(この人は何を言っているんだろうか。戻るって一体どこへ?)


「だからっ、私も共に領地へ戻ると言っている」


 旦那様は語気を強める。そしてそれは親に構ってもらえず、拗ねた子供のようだった。


「旦那様……お仕事はどうされるのですか? まさかお辞めになるのでは……」

「憐れむような顔はやめてくれ。私は至って真面目だし、本気だ。もちろん仕事を放棄するつもりも、やめるつもりもない」


 旦那様は朝早くに登城して、夜遅くに帰ってくる。家族3人で一緒に居れるのは朝食の時ぐらいだ。それも毎朝ではなく、たまにだ。

 立ち直ったとは言え、この国にはまだまだやるべきことが多い。

 重職であり、国の行方をも左右する宰相という仕事は、忙しいのは当然のことだし、城に拘束されるのは仕方のないことだった。

(どう考えても無理なのでは……)

 続けざまに旦那様は言う。


「たしかに簡単なことではない。だが、不可能ではない。領地から王都まで通えばいいのだ。君の顔を見れば、言いたいこともわかるよ。無理だと思っているのだろう? だが、私を侮ってもらっては困る。エリザベス、君の夫は仮にもこの国の宰相なのだよ。無理で、無謀で、無策で挑むほど馬鹿ではないさ」


 たしかにただ通うだけなら可能だろう。しかし、政務もこなし、王都と領地を行き来するなどありえない。

 どうすれば二兎追えるのか、私には思いつきもしない。

 普通に考えれば、普段は王都の屋敷で寝泊まりし、休みの日に領地へ戻ってくる。これが一番理想的だろう。

 休みは決まっているわけでもないし、なかなか取れるものでもないから、結局私やフィリシアにはあまり会えなくなるが……。


王都(ここ)から領地へまで、鐘二つ(約6時間)はかかります。一体どうするおつもりなのですか?」

「幸い、私はあまり眠るほうではない。今までは朝食を共に過ごしていたが、次回から少し遅い、夕食を共にするようになるだろう」


 つまり屋敷の者が起きる前に登城し、昼過ぎぐらいには向こうを立ち、こちらへ戻ってくるということだ。普通の人間ならば睡眠時間をかなり削らなければできないし、一月と持たないだろう。

 旦那様は元々眠る時間が短いし、できなくはないだろうが、移動時間が増えることによって疲れも出てくるだろうし、身心共に負担が増えることには変わりない。


「そもそも陛下が許すのですか? 政務への影響もあると思いますが……」

「それぐらい認めさせるさ」


 再び手を組み、無表情かつ、低い声音で喋り始めた。


「認めないというならば……いっそこの国を出て、帝国へ行ってもいい。元宰相ならば、帝国でも邪険には扱われまい。何かしら仕事につけるだろう」


 旦那様はこう言っているが、半分冗談だろうと私は踏んでいる。冗談とも本気とも取れる発言を、至って真面目に口にするところが、氷の宰相などと呼ばれる所以なのだろう。相手からすればこれほど、意図や本心が掴みづらいものはない。

 しかし、まさかこんな形で口に出されるとは思わなかった。エヴァンス王国(この国)から山脈を超えた先にある、隣国の大国であるハイン帝国。そして、私の生まれ育った故郷……。今やお父様とさえ語り合うことの無い場所。郷愁(きょうしゅう)にかられそうになるが、今はその時ではない。


「こればかりは君にも譲れない。私の我儘だと思ってくれ。私はただ、生きる希望……生きる喜びが欲しいだけなんだ。君だってフィリシアと離れ離れになったら、と考えてみて欲しい」

「旦那様……」

「この国を良くする、それだってもちろんやりがいのある仕事だ。それと同じ……いやそれ以上に妻と娘と過ごす日々は、私にとって幸せなのだ。……昔では考えられないがね」

「貴方はこの国を立て直すこと……良くすることばかり考えていたものね」

「君と接するうちに、いつのまにか毒されいたよ。特にフィリシアが生まれてからはね」

「私たちにとって、フィリシアは何よりの宝になったわ。……でも不安なの。フィリシアがかつてのように戻ってしまわないか……。だからこそ不安な要素は出来るだけ排除したい」

「大丈夫さ。あの子を気味悪がる使用人も居なくなった。噂も数年も経てば消える。ヴィクターからの報告を聞く限り、今は元気いっぱいだそうじゃないか」

「ええ、まるで別人のようよ。かつての名残など無いみたいに……でもいいの。昔も今も、私の可愛い娘には変わりないのだから」

「……そうだな。だが一つ訂正させてもらおう。()()()の可愛い娘だ」

「あら……ふふっ、ごめんなさい。その通りだわ」

「だから君は何も心配しなくていい。陛下には二つ返事で、首を縦に振らせてみせるよ。準備のほうは君にすべてまかせる。3人で領地へ戻るという予定で動いて構わない。まぁ、もはや決定事項だがね」

「わかりました。それと明日から新しい使用人が来ることになっています。2名ほど新たに雇ったので」

「ふむ……ヴィクターは了承しているのか?」

「はい。旦那様にも思うところはあると思いますが……」

「いや、家のことは君とヴィクターにまかせているから、好きにしなさい。しかし、ヴィクターも我が侯爵家の家令になってくれれば、いいのだがな」

「私も何度か言ってはいるのですが、思うところがあるらしく、なかなか首を縦に振ってくれません」

「あれほど有能な男だ、無理にとはいうまい」


 家令ともなれば、屋敷のことはおろか、他家とのやり取りなど外交面でも働くことになる。主の代理人にもなれるのだ。執事とは格も権限も違う。

 実際ヴィクターのやっていることは家令とほぼ変わりないが……。彼無しで、屋敷が回ることはないだろう。

(実は貴族とのやりとりが嫌で断っているのかしら……? 機会があったら尋ねてみましょう)


「ほかにお話しが無ければ、先に寝具(ベッド)を温めておきますわ」

「ああ、私もこれだけやったらすぐ向かうよ。また後で、リズ」

「わかったわ、テオ。また後で」


 最初とは打って変わって、旦那様は顔を上げたまま、私が部屋を出るまで、どことなく甘い雰囲気を漂わせ見守っていた。

 部屋から出ると、全身で息を吐き、体の中をすべて空にする。

 私は肩の荷をすべて下ろし、長い、長い、一日を……やっと終えることができた。



お母さんも言ってますが、実は5話~17話まで、ずっーーーとたったの1日を描いていたという……

な が い !

自分も後で知ってビックリしました。まるで「24」をやってるようだ……

まぁ10年ぐらい半荘やっている漫画があるぐらいですからねぇ。


特に決めていたわけではありませんが、一段落というか、キリが良くなったというか……

このあたりまでが序章、といった感じだと思います。あと2~3話後にはいよいよ領地へ戻るので、

そこからが本番!……のはず。

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