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【15】 母、父親と会う③

「そういえばお父様、珍しく留守にしていたようでしたがどちらへ?」

「んっ? ああ、ちょっと取引先とな……。前から付き合いがあるのだが、急にオブライエン商会(うち)と取引をやめると言い出して、な」 

「わざわざお父様自ら出向いたのですか?」


 お父様ほどの商人となれば、おいそれと動いたりはしない。逆に下手に動くと様々な方面から勘ぐられたりもする。それほどの影響力があるのだ。


「そう尖るな。似たような事が重なっておったし、話を聞くのにちょうどよかったのだ」

「それで……?」


 私が話を先へと促すと、


「さすがに、はっきりとは答えが聞けなかったが、横槍が入ったようだ。まぁ十中八九、ライネス商会の仕業だろう。大方、うちより高値で取引を持ち掛けられたんじゃないか」

「うちとの付き合いがあったのにも関わらず、その程度で手のひらを返したと言うのですか?」

「商人たる者、儲け話があるのならば、そちらへ乗ることは悪いことではない。ただ、不義理を働くような者ではなかった。私が出向いて話を聞いても、口は重かったが、何度も『申し訳ない』と謝っていたよ」

「そうですか……しかし似たような事が、最近続いてると言いましたね?」

「ライネス商会は評判も売り上げもあまりよろしくない。それでこちらの陣営を切り崩そうとしているのだろう。ただ……最近動きが活発すぎる気がする」


 そう言うとお父様は沈思してしまった。今日初めて内情を聞いたが、私の想像よりはるかにむこうの攻勢が強いのかもしれない。 

 十にも、いや、千が一にも、お父様とオブライエン商会が負ける事はないだろうが、頭の片隅にライネス商会の事を置いといたほうがいいだろう。

(まさか手鏡の件もライネス商会が関わっている、なんてことはないだろうか……?)


「お父様、手鏡の件ですが……」


 私は今日あった事件に関わった孤児や、そしてライネス商会の関与を懸念していることも含め伝えた。


「たしかにその可能性もある。そちらは……ニースに調査を任せておけば大丈夫だろう。()()はうちの中でも特に優秀だからな。それにしてもよく対処してくれた。ありがとう、エリザベス」


 お父様はまるで小さい子供を褒めるかのように、温かい笑顔を私へ向けた。その素直な気持ちに当てられたせいか、思わず恥ずかしさが込み上げてくる。


「こ、このぐらい当然ですわ」


 心なしか顔が熱い気がして、手で顔を扇ぐ。


「でも、サミア夫人が社交時季で、王都にいて助かりましたわ。領地に戻っていたら、間に合いませんでしたもの」

「彼女の領地は手鏡の産地だからな。うちでも世話になっているよ。それにしても、急に頼みこんで大丈夫なのか?」

「はぁ……」


 私は思わずため息を漏らす。

(これからを考えると憂鬱なのよね……)


「それは大丈夫です。彼女は、なぜかはわかりませんが、私に以前から好意を抱いてくれているようなので、たぶん……条件一つで二つ返事をくれるでしょう」

「条件……だと? 何か厄介なことじゃないだろうな?」


 サミア夫人との会合を考えると唸ってしまう。


「厄介と言えば厄介ですけど……お父様や商会に迷惑がかかるようことはありません。彼女の噂、ご存じないですか?」

「ふむ……。サミア夫人は、噂好きで『三度の食事よりお喋りが好き』と聞いているが……」

「そうなのです……だから()()()()に誘われるでしょう」


 お父様は怪訝そうな顔をしている。「それのどこが厄介なのか?」と。

 そう……これは彼女と直接会った者にしかわからないことなのだ。

 その時、大きな鐘の音が外から聞こえてきた。

 七回鳴っては、間隔を空け、再び七回鳴る。それが何度か繰り返される。しばらくして、鐘は鳴りやんだが、しばしの余韻が残る。

 教会の終課(午後6時)を知らせる鐘だ。商会も店仕舞いの時間だし、窓から見える景色もすっかり影ってきている。

 部屋には壁掛け燭台が初めから灯されていたし、いつのまにかそんなに時間が経っていたことに、気づかなかった。


「もうこんな時間か。遅くまで済まなかったな、リズ」

「いえ、こちらこそお邪魔してすみません。フィリシアも待っているでしょうし、屋敷に戻るとします」

「……元気でな。たまには顔を見せにきてくれよ」


 表情こそ変わらないが、どことなく寂しそうなお父様。

 今までだって頻繁に会えていたわけではないのに、領地に帰ればもっと会えなくなる。フィリシアに会えなくなるのは、爺馬鹿であるお父様には、辛いだろう。


「フィリシアだけじゃない、お前もだぞ、リジー」

「……っ」


 不覚にも瞳が潤み、一瞬顔を背けてしまった。

(まだまだこの人には敵わないな……)

 気持ちを落ち着かせて、すぐにお父様の方へ向き直り、


「お父様こそお元気で。お体に気を付けてくださいね」

「なぁに、儂のことは気にするな。刺されたって倒れるようなタマじゃないわ! わぁはっはっは」


 豪快に笑い飛ばすと、呼び鈴を鳴らし、ニースを呼んだ。フィリシアを伴なってニースがすぐに現れた。

 さすがに朝から外に出ているせいか、フィリシアに疲れの様子が見える。

(一度屋敷に戻って、シアを置いてきたほうがよかったのかしら……? でも、それだとお父様に会わせられなかったし、最後の挨拶もできなかったわよね……。ごめんなさいね、シア。無理をさせて)


「さあ、帰りましょう。シア。待たせてごめんなさいね」

「いいえ、お母さま。とっても楽しかったです」


 フィリシアはちらりとニースを見上げると、はにかんだ。

ニースも()()()()と笑顔で嬉しそうにしている。


「お爺様にお別れのご挨拶なさい」


 お父様は立ち上がると、両手をいっぱいに広げ、フィリシアを向かい入れる態勢をとる。


「おじいちゃまに挨拶しておくれ」


 フィリシアは少し気恥ずかしそうに、そっとお父様の腕の中に飛び込む。

(シアがまだ小さいからお父様、前かがみになってて辛そうだわ……ふふ) 


 抱擁が終わり、二人は手が届く範囲まで離れると、


「また来るね、おじいちゃま」

「……いつでもおいで」


 そう言ってお父様はフィリシアの頭を優しくなでる。

 フィシリアも嬉しそうだ。

 その間、()()()ニースが私に耳打ちしてきた。


「孤児の兄妹は、明朝、屋敷へお届けします」


 何も言わず、軽くうなずく。

 フィリシアは今日一緒に、屋敷へ行くつもりかもしれないが、今すぐ、というわけにはいかない。

 兄のヴァールハイドはともかく、妹だって準備ができていないだろう。

 ニースにまかせておけば、孤児院と屋敷への手続きや衣服の心配もないし、妹もうまく説得できるだろう。フィシリアには私からうまく言っておこう。


「馬車のご用意ができております」


 ニースが皆に聞こえるように知らせる。


「ではお父様、お暇させてもらいますわ」

「ああ、気を付けてな」

「いきましょう、シア」

「ばいばい、おじいちゃま」


 フィリシアがお父様へ手を振ると、お父様もそれに答えて手を振り返す。

 私は会釈をし、部屋を出る。

(やっと一日が終わるわ……)

 だけど、私にはまだやることが一つだけ……残っている。もしかしたら、それが一番厄介かもしれない。

 だがすべてを終わらせる事が出来れば、あとはゆっくり、フィリシアと領地で過ごせる。

 今考えても始まらない。まずは屋敷へ帰ろう。

 私は物憂い気分で、帰路につく。


これにて話のストックは全部無くなったので、続きを書くのに集中します。

今回のお父さんとの会合はそこそこ(話の尺が)長くて、3話に分割しましたが、

次のお話はそこまで長くならないと思うので、今月(5月)中には書き終わると思います。


次回はいつもとはちょっとだけ違う雰囲気でお送りします。

お楽しみに!



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