【13】 母、父親と会う
二階にあるお父様の書斎へ入ると、こちらへ気づいたお父様が椅子から立ち上がり、満面の笑みで私たちを迎える。
「おお、よく来たな」
「おじい様!」
フィリシアも嬉しそうに応える。しかし、お父様は不満そうな顔をすると、
「誰だそれは? “おじいちゃま”ならいるんだがなぁ……」
至極残念そうに惚けて見せる。
フィリシアがまだ悪役令嬢を目指すと宣言する前に会った時、噛んでしまったのが事の発端だ。
以来すっかり気に入ってしまって、味を占めたお父様は、おじいちゃま呼ばないとまともに相手をしてくれない。
「あうぅ~……」
当然フィリシアは恥ずかしがっている。
(まったくお父様も大人げない……。これで王国随一の商人なのだから、人は見かけによらないというかなんというか……。爺馬鹿? 笑顔の中にもたまにキリッとして、けっこう渋くてかっこいいのに。
普段は温和で優しいけど、交渉の時なんかはこう……ヴィクターとは同じような歳だろうけど、また違った良さね)
「あーおじいちゃまなら居るんだがなぁ……困ったもんだ」
「お父様、あまりシアを苛めないでくださいませ」
「私の老い先短い人生で楽しみなんて少ないものでな。それにエリザベス、お前も口元が少し笑っておったぞ」
「あら嫌だ、お父様。女性の口元など見つめるものではありませんわ」
「ん? そうだな、はっはっは。いや、すまんすまん。愛しい娘と孫娘が尋ねてきたので、つい嬉しくなってしまって、思わず、な」
こうやってするりと、懐に入ってくる。
たしかになかなか会えないし、ここは普段不精にしている詫びの意味も込めて、喜ばせてあげましょう。
「シア、あなたも会うのは久しぶりでしょう? せっかくだから呼んでおあげなさい」
まだ恥ずかしそうしている、フィシリアに耳打ちする。
「ああ見えて子供なの。呼んであげれば満足するわ。おっきなヴァールハイドみたいなものよ」
それを聞いたフィリシアは一瞬考え込んだ後、思わず噴き出した。たぶんおっきなヴァールハイドを想像したのだろう。お父様は私たちの様子をニコニコと笑顔で見守っているだけだ。
フィリシアは意を決したようで手を握りしめた。
「お、おじいちゃま……」
「おお、フィリシア! 私の愛しい孫娘よ、そこに居たか! さきほどまではお爺様とかいう輩に閉じ込められておってな、フィシリアのおかげで出てこれたぞ。ありがとう」
(演技がく、さ、い。銅貨役者!)
あまりの馬鹿馬鹿しい茶番劇に心の中で父親をなじる。
(わざとらしくお道化るのは昔から好きになれないわ……。まぁしばらくの我慢……良しとしましょう)
「さあさあ、お前達もいつまでも立ってないで座りなさい」
書斎机の前にある長椅子にお互い腰を下ろす。
フィリシアは私の隣に座ったが、お父様は一瞬駄々っ子のように拗ねた顔をした。
(隣に座って欲しかったのでしょうね)
さすがに口に出すのは憚れたのか、「隣に座って欲しい」とまでは言い出さなかった。その代わり、「ちらっちらっ」と私の顔を何度か催促するように見てきたが。
それは無視することにした。
魂胆はわかっている。自分から言えば嫌がられたり、最悪嫌われる可能性があるが、私の口から言えばそういった要素は排除できる。その上、私が言えばフィリシアも、嫌とは言わないだろう。
自分の身は痛まず、嫌われ役を押し付け、自分の望み通りにする……それらを計算づくでやっているのだから、性質が悪い。でも、だからこそ商人として、一流なのだ。
(私だって、長らくお父様の元で働いていたのですからね! お父様の意図通りには動きませんから)
話を逸らす目的もあり、例の件についてフィリシアへ水を向ける。
「シア、お爺様にお願いがあるのでしょう? 言ってごらんなさい」
「そうなのか?」
これにはお父様も意外そうだった。
これまでのフィリシアを考えれば当然だろう。
私のフィリシアはまだおねだりなんて覚えたばかりで、よちよち歩きの可愛い赤ん坊だ。
「欲しいのは服か? 宝石か? 城でも領地でもなんでも言って見なさい。いくらでも用意してあげよう。国は……少し難しいかもしれないな」
(どこの世界に国を欲しがる5歳児がいるのよ! まったく王族じゃないんだから……)
普通に考えれば城や領地だって難しい。しかもお父様は一代限りの爵位があるとはいえ、一介の商人に過ぎない。それでも用意して見せると言うのだから、自分の父ながら恐ろしい。
「わたくし……お母さまのように、お店ではたらきたいのですっ」
「ほう……」
それを聞いたお父様は少しだけ目を細め、顎を撫でる。おねだりもそうだが、願いの中身も意外だったはずだ。
さすがにこれはお父様でも許可できないだろう。
(出来れば傷つけないようにお願いしますね、お父様。さきほど私が釘を刺したばかりなんですから)
「………………」
少し沈黙が続いた後、
「構わんよ」
と放言した。
「は?」
私は貴族としての作法も矜持も忘れ、思わず口に出してしまった。
「おや? どうしたんだ、エリザベス。怖い顔をして。いかんぞ、女性がそんな顔をしては」
どうしたもこうしたも、今、貴方から、飛び出してきた言葉が、……原因なのですが?
「ほんとうですかっ! おじいちゃま大好き!」
もちろんの事ながらフィリシアは大喜びしている。今にも抱き着きそうな勢いである。
「そうかそうか。おじいちゃまもフィリシアの事が大好きだからな。儂等は両想いじゃな」
「お、お父様ぁ? フィリシアを店先に立たせるのはいかがなものかとぞ、存じますが?」
怒りと混乱のあまり声が裏返った。
「何もそう目くじら立てんでもいいじゃろ」
口をとがらせ、抗議している。
「孫が可愛いからといって、いくらなんでも言って良い事と悪い事があります!」
「はぁ……エリザベスがそこまで言うならしょうがない。フィリシア、すまんな。お母さんが怖い顔してダメというから、違う仕事で我慢してくれ」
(くっ、初めからこれが狙いだったのねっ!)
いくらお父様でも侯爵家の令嬢を店先に出す事が出来ないのは、わかっていたのだ。当然私も反対するものだとばかりと思っていた。それなのに簡単に許可してしまったものだから、逆に私が焦ってしまった。
当然のごとく、私は反対し、お父様は「私から反対された」という大義名分を得て、しぶしぶ折れたように見せたのだ。そうすることによって、孫に対して自分の好感度を上げ、嫌な役目はすべて私へ押し付けたわけだ。
(完全にやられたわ……もしかしてシアが隣に座る件からすでに誘導されていたのでは……? あからさまだったし、挨拶代わりなのだと、てっきり思っていたのだけど、今考えればあの時からすでに仕込んでいたのね)
「ふふっ……」
お父様はからくりに気づいたであろう私の眼を見ながら笑っている。
「儂はいつとも言っていないし、何をさせるとも
言っておらんのだがな。まだまだ精進が足りんようだぞ、エリザベス」
「……ご冗談を。お父様に掛かれば私など赤子の手を捻るようなもの。話になりませんわ」
「お母さま、赤ちゃんの手はひねるものではありませんわ! それはあまりにかわいそうです!」
腹いせにお父様にちくちくと、嫌味を言ってやろうと思っていたら、フィリシアから援護射撃ではなく、背中を撃たれた。
「シ、シア、それは比喩というもので……しかもやっているのはお爺様で、私が赤子って……ああ、もうっ!」
「はっはっは、いいんだよフィリシア。儂がお母さんをちょっと虐めてしまっただけなんだ」
「そうなのですか? おじいちゃま、いけません!」
フィリシアは頬を膨らませ、私のために怒っている。
その姿も可愛いのだが、背中を撃たれた身としては、少々複雑である。
「すまんすまん。フィリシアに怒られてしまったわ。お詫びと言ってはなんだがニースと遊んでおいで。話も聞きたいだろう?」
「えっ、ニース姉さまと? いいのですか?」
ちょっと待って! ニース姉さまって何!? いつのまにそんな仲良くなったの? というか呼び方もおかしい!
お父様が呼び鈴を鳴らすと「失礼します」という声と共にニースがすぐ現れた。近くで待機していたらしい。
「ニース、なかなか憎らしいな。お姫様のご指名だ。丁重に持て成してくれ」
「ありがたいですね。では参りましょう、小さなお姫様」
ニースは細く、長い美しい白い手をフィリシアへ差し出す。
「では、お母さま、行ってまいります」
私はまだ頭が整理できていなかったので、無言でうなずくしなかった。フィリシアは立ち上がり、嬉しそうにニースに手を引かれ出て行った。
「ニース姉さま、ほかにも教えてください!」
壁越しにフィリシアの声が聞こえてくる。
何かを話しているようだが、ニースの声は大きくないため、内容がわからない。
遠ざかりながら話しているため、声も徐々に聞こえなくなっていった。
「エリザベス、一体どこを見ている? まったくおまえときたら……」
お父様はかぶりを振って、落胆の様子を見せる。
初めましての方はこんにちは、前から見てくださってる方はお久しぶりです。
いろいろあって数か月更新が空きましたが、これからも更新していきます。
あんまり気になる人は居ないと思いますが、その間何があったかは活動日誌の方へ書いておきます。
これからもよろしくお願いします。




