【12】 母、孤児と邂逅する②
フィリシアは扉を閉めるやいなや、興奮気味に口を開く。
「わたくしに考えがあります!」
「……聞かせてちょうだい」
すると少年の方へ向き直り、
「あなたたち、わたくしのために働きなさい」
さすがの私でもこの発言は予想できなかった。
そして言い切ったフィリシアの顔は「悪役令嬢として言ってやった」と、言わんばかりに満足げである。おまけになぜか髪を片手で払いのけた。
いまだに悪役令嬢を完全に理解したわけではないが、日ごろの態度や言動で、何となくわかってきたつもりだ。それでもまだまだわからないことだらけだ。
(あの動作に儀式的な何かがあるのかしら?)
「あのね、シア……犬やウェウェーイを拾うのとは訳が違うのよ? 素性もわからない者をおいそれと雇うわけには……」
私がやんわりやめさせようとしたのを察知したのか、言い終わる前にフィリシアは、私のひざ元に駆け込み、私の顔を見上げる。そして、その瞳は訴えるように潤んでいた。
(うっ、な、なに、このあざとい顔は……くっ…………)
「そんな顔をしても……」
フィリシアは何も言わずただ潤んだ瞳で私を射続ける。
(くぅぅぅ、一体どこでこんなの覚えてきたのよっ! だ、ダメぇ……うちの娘がかわいすぎるぅぅ)
「わ、わかったわ……まずは彼の気持ちを聞いてみましょう」
今まで一度も見たことも無いしぐさと、表情に私は負けた。わざとらしすぎるのだが、正直……何度でもやって欲しい。フィリシアの甘えた姿をもっと見たい、見ていたい。
「まだ名乗っていませんでしたわね。わたくしは、フィリシア・フェルデン。あなたは?」
「お、オレは……ハイド、ヴァールハイド。長いからみんなには“ハイド”って呼ばれてる」
「そう。よろしくね、ハイド」
「あ、ああ、よろしく……って、それよりいいのかよ!? オレみたいな孤児を雇うなんて……」
「いいのよ。わたくし、あなたの事が気に入ったの。お母さまも良いと言ってくれたし」
たしかに根負けして、一応良しとしたけれど、本当にいいのかしら……。
「私も良いと思いますよ」
これまで口を閉じていたニースが突然沈黙を破った。いつのまにか、少年の肩から手を離している。
「特にヴィクターのおっさんに預けたら面白いと思いますよ、エリザベス様」
「ヴィクターに……?」
(ニースもわかっているはず……。ヴィクターに教育させる、ということはただの従僕や執事にはならない。それでも、「預けろ」と言うのだから、この少年に、何かしら感じるところがあったということ……?)
「待ってくれ! ダメなんだ……オレがここから居なくなったら、あいつは……妹はどうすりゃいい!?」
フィリシアがあきれ顔でヴァールハイドへ向かって、
「あなたは何を言っているの?」
「だってそうだろ!! オレだけこのクソみたいな生活からぬけだして、妹をほっておけっていうのかよ!」
たぶんこの場にいるヴァールハイドを除いて、全員がわかっている。私のフィリシアは――
「わたくしはこう言ったはずよ、『あなたたち、わたくしのために働きなさい』と」
「あなた、たち……? つまりオレ一人じゃないってことか……?」
「わたくし、その、お友達が……いないの。だから二人ともなかよくしてくれたら、とってもうれしいわ」
少し恥ずかし気に、フィリシアは言った。
それを聞いたヴァールハイドは、俯きがちで表情はわからないが、肩が微かに震えている。もしかしたら泣いているのかもしれない。
(考えたら、シアを守るために使用人は少なくしていたし、そのため古株ばかりで、若い子なんて一人も居なかった。……使用人が二人増える上に、同じぐらい年の子供がいるのは、却って良い事なのかもしれない。ヴァールハイドに関しては、頭は悪くないし、自分だって食べていくのが大変だろうに、それでも自分より下の者の面倒を見てるのも良い。ニースの後押しもあるし、思いがけない、優良物件かもしれないわね)
「それでエリザベス様、どうするんですか?」
考え事している最中、催促するようにニースが声をかけてきた。
「そうねえ……フィリシア、何かあった時、あなたがちゃんと責任を持てるのかしら? 我が家の使用人になるという事は、本人達が問題を起こせば、そのまま当家の問題になることだってあるのよ」
「大丈夫です。しっかり見張っています! それにハイドと妹さんは決して問題などおこしませんわ! わたくしにはそんな気がするのです」
フィリシアは自信ありげに答えるが、一体ヴァールハイドに何が見えるのだろうか? それとも単純にこの兄妹の孤児に同情や憐れみを持っているだけなのか……。
(少し慎重になりすぎなのかしらね……いざとなれば、ヴィクターに対処してもらえばいいだけだし、念のためフィリシアにも釘も差しておいた。何より天使の願いを無下にしたくない気持ちが強い)
決めきれず、私の中の天秤が揺れ動く。
この間もフィリシアは私に甘えるように瞳を潤ませながら、じっと見つめ、ヴァールハイドはどうしていいかわからず、落ち着きがない。
ニースは無表情気味に事のなりゆきを見守っている。
娘の願い、孤児の兄妹の行く末、ニースの後押し……。様々な物が秤の上に乗り、そして傾いてゆく。
結局悩んでいるようで、初めから決めていたのかもしれない。
自嘲気味に心の中で笑う。決め手となるのは、いつだって一つしかない。
その時、扉を叩く音と共に、商会の人間が入ってきた。
「エリザベス様、お話中失礼します。旦那様が只今戻りました」
「そう、わざわざありがとう。すぐ行くと伝えて頂戴」
「かしこまりました」
返事をした後、一礼して去っていく。
「みんな聞いたわね。ばたばたして悪いけど、私もお父様に会わなきゃならないし、この話は終わりよ」
フィリシアもヴァールハイドも私の言ったこと聞いて、不安そうに私の顔を見つめている。
「ニース、ヴァールハイドと妹の身の回り、屋敷への連絡など手配をお願い。今日中に間に合わないなら無理せず、明日屋敷に寄越してちょうだい」
「喜んで、エリザベス様」
「さぁ二人共、いつまでもぼーっとしていてはダメよ。商人は『時は金なり』と言うぐらいなのだから、フィリシアはお爺様に会いにいくわよ。ヴァールハイドはニースの言う通りにすること! いいわね?」
二人は満面の笑みでお互いの顔を見合わせた後、
「「はい!」」
と元気な返事が返ってきた。
これでようやく長かった?ミニ中編の商会編が終わりです。
1話形式ならともかく、こんなに連続した話を書いたのは初めてで、ちゃんと書けていたでしょうか?
不安でいっぱいでしたが、ありがたいことにブクマを入れてくれた方もいたようで、
嬉しい限りです。ありがとうございます。
次話でこの商会編は終わりです。(たぶん)




