【10】 母、問題に巻き込まれる④
扉に手をかけると、部屋の中から「はなせっ!」という大きな声が漏れてくる。
(ニースは誰を連れてきたのかしら……)
気にしながら部屋の中に入ると、髪はぼさぼさで、薄汚れ、みすぼらしい少年をニースが、猫を捕まえたかのように首根っこを押さえている。
捕まえられながらも少年は時折じたばたと暴れ、「はなせっていってんだろ!」と語気を強め、怒っている。
「ニース、その子は一体……?」
私が声をかけるとニースは、うんざりしたような顔をし、
「例の犯人かもしれない孤児ですよ。話を聞きたいだけなのに、ずっとこの調子で暴れているのでどうしようかと……」
「そういってオレを騎士団に突き出すつもりなんだろ!」
「だーかーらー、それは話の内容次第って言ってるでしょ」
「やっぱりそうじゃないか! はなせっ! はなせー!!」
喋っている間も首根っこを掴まれている少年は、たまに暴れているがニースはビクともせず、離す気配もない。
(このままじゃ埒が明かないわね……)
状況を変えるため私は少年に話しかける。
「ねぇ、あなた、お名前は?」
ニースにばかり気を取られていたのか、少年は私が話しかけたことで少し驚いたようだが、こちらを見据えて睨み始めた。
「あんたこそ誰だよ。オレの名前を聞いてどうすんだ?」
「安心して、別にどうもしないわ。なんて呼んだらいいのかわからなかったから」
「ふんっ、そうかよ。好きに呼べばいいだろ。“孤児”でも“ガキ”でも」
「言いたくないのね。わかったわ。……立ったままじゃ落ち着く事もできないし、よかったらお互い座らない?」
少年はちらりとニースの方を一瞬見上げると、諦めたようで、
「つかまれたままどうやってすわんだよ」
と答えた。
私はニースへ目くばせし、それに応じてニースも掴んでいた手を離す。
(この子から先に話を聞くよりまずは報告を聞いた方がいいわね……)
少年が座るのを待ち、一呼吸置いてから、
「まずは報告をお願い」
ニースは頷き、話し始める。
「まずは運んでいた人間に話を聞きました。当初、二人組で荷物を運んでいて、中身が中身だけに気を付けていたそうです。運んでいる最中、孤児の一人に声を掛けられたようですが、邪魔なので追い払おうとして、そちらに気を取られていたらしく、もう一人潜伏していた事に気づかなかったようです。その孤児が荷物に体当たりし、態勢を崩したところに、声を掛けてきた孤児からも追い打ちをかけられ、すべておじゃん、ということです」
言い終えると同時に両手を広げ、肩をすくめておどけて見せる。
「……なら彼はその孤児の一人、ということかしら?」
目の前に座っている少年を見据えつつ、質問する。
「だからオレは……!」
「はいはい、いいから君は黙っていようね。まだ終わっていないんだから」
ニースが座っている少年の両肩を掴み、暴れないようにしている。何もできない少年は、また私の方を睨む。
(私を睨まれても困るのだけど……)
「その後も調べたところ、孤児がもう一人目撃されてました」
「もう一人?」
「はい。騒ぎを聞いた住人が見ていてたのですが……近くの路地裏から、一人の孤児が様子を窺うようにジッと、事件の様子を見ていたそうで、眼が合うと急に逃げ出した、とのことです」
「つまりその子を見張り役か、事件の首謀者、と考えているのね?」
「仰る通りです。そして、その路地裏で見ていたというのが……」
……なるほど。ニースがみなまで言わずとも読めてきた。犯行は二人で行われていた、と思いきや実は三人組で、目の前に居る少年が目撃された路地裏の孤児なのだろう。
だけど、問題は二つほどある。1つはこの少年が目撃された少年自身なのか? ……ただニースの態度からしても、しかと調査した結果で間違いもないだろう。もう一つは本当に犯行に加担していたのか? こちらの方が大事だ。
さらに疑問もわいてくる。目的が済んだのならなぜ現場に残っていたのか? 普通に考えれば見張り役にしろ、首謀者にせよ、事が終わった時点で、去ればいいだけだ。
(現場に居たのは間違いないようだから、「何をしていた」かによるわね……)
これはあれこれ考えるより、当人にぶつけて反応を見てみよう。
「ありがとう、ニース。あらましはわかったわ」
「いえ、とんでもありません」
改めて少年の方に向きなおし、真正面から見据える。
「名乗るのが遅れましたね。私の名前はエリザベス、エリザベス・フェルデンといいます。よかったらあなたの名前も教えてくださる?」
私の名前を聞いた途端、さきほどまで睨んでいた少年の表情が消え、驚いているかのように見える。今度は怪訝そうにしきりに私の顔を見始めた。まだ警戒を解いた様子はない。
「あんた……ほんとうにエリザベスなのか?」
少年が私の事を呼び捨てにしたせいか、ニースは感情を殺した顔をしている。許せないのだろうが、ここは耐えてほしい。あと「私はそこまで気にしてないから!」と眼で訴えておく。……じゃないと後がいろいろと面倒そうだ。
「ええ、この商会にエリザベスという名の者はほかにいないわ」
「だったらオレの話を聞いてくれ! オレは何もやってない!!」
「もちろん話を聞かせてもらうわ。もとよりそのために来てもらったのだから」
「そのまえにあんたに見せたいものがあるんだ……」
少年が私を「あんた」呼ばわりするものだから、たださえ無表情気味だったニースの顔が、恐ろしいほど無表情になる。ちなみに眼も怖い。
(私が貴族だって知っているわけじゃないし、子供に何を求めているの!)
後でよく言い聞かせておこう。そうじゃないとこれは不味い気がする。
(うちの者もそうだけど、みんな私の事となると過剰に反応しすぎなのよねぇ)
そうこう考えているうちに、少年が取り出したのは私が花売りの少女にあげた……ハンカチだった。
「……貴方、これをどこで手に入れたの?」
思いがけない物が出てきた事で、声に力が入る。
なんだかんだと10話まできて、自分でもビックリです。
そして初めのお母さんのようにやっぱり名前がなかなか出てこない新しいキャラ。




