【1】 母、悪役令嬢の母になる
「お母さま! わたくし悪役令嬢になりますわ!」
朝食を済ました後、私の可愛い天使である愛娘のフィリシアが発した第一声がそれだった。
最近侍女から少し様子がおかしいと聞いていたけれど……。
それにしても『悪役』とはどういうことかしら?
貴族にしても賄賂を受け取ったり弱者を食い物にする悪い貴族、盗賊や殺人などを犯す犯罪者などは悪と言えるだろう。でも悪いでもなく、悪でもない。……『悪役』なのよね? 令嬢は兎も角、『悪役』って何かしら……もしかして劇の役者とか?
「ねぇ、フィリシア。悪役令嬢とは何のことか教えてちょうだい」
「悪役令嬢とはババーン! と婚約破棄され、パーティーでグヌヌしながら断罪されることですわ!! そのあと修道院に入りこの国と神に毎日祈りをささげるんですの!」
まったく意味がわからないわ……
フィリシアはまだ誰とも婚約していない。なので婚約破棄されようがないし、『悪役』すらまだわかっていないのに、また新しい言葉『断罪』というのまで飛び出してきた。
私に説明したフィリシアは胸の前で両手を握りしめながら、興奮した面持ちでいる。
その青い瞳を覗いていると今すぐ抱きしめたい気持ちが沸き上がってくるが、まだ聞かなければいけないことがある。
「落ち着いて、一から説明してちょうだい。聞きなれない言葉が多くてまだよくわからないの」
「は、はい、お母さま!」
申し訳なさそうにした様子で、少し落ち着いたフィリシアと何度かやり取りすることで、やっと理解できた。
どうも悪役と言うのは特定の人物に対していじわるをし、罵詈雑言を浴びせ、嫌がらせしながらあえていじめ抜くこと。その後弾劾され、追放されることを断罪というらしい。
ちょっと待ってちょうだい……それってやる意味あるの? お母さんはわからない。
わからない、わからないけど……娘が初めて言ってくれた我が儘だもの。応援するのが母親ってものよ!
「わかりました、フィリシア。あなたがやりたいと言うならばおやりなさい」
フィリシアが嬉しそうに見ている。
「ただし! やるからには半端は許しません。一流の『悪役令嬢』になってみせなさい。あなたにはまだ早いと思っていたけれど、当然貴族としてのお勉強もしなければなりません。決して甘くはありませんよ、いいですね」
「ありがとうお母さまっ!!」
言うやいなやフィリシアが私の胸に飛び込んできた。
本当にかわいい……この子が望むならどんな事でも叶えてあげよう。
「いいのよ、シア。だってあなたは私の可愛い娘ですもの」
私も力を入れすぎないよう抱き返す。
それにしてもなぜわざわざ疎まれる役をやりたいのかしら? これについては本人に聞くよりあの娘に聞いた方が早いわね。
名残惜しいけれどシアを少し離し、
「いろいろと手配しなくはいけませんね。後はお母さまにまかせておきなさい。それからミーシャを呼んできてくれるかしら? あなたは部屋に戻って構いません」
「わかりましたっ! わたくしにお任せください」
得意げな表情をしながら小走りでミーシャを呼びに行った。
少し考え事をしている間に扉をノックする音が聞こえ、「失礼します」という声と共に茶色の髪でショートのメイド服を着た女の子が元気に入ってきた。
「何か用っすか! お嬢」
はぁ……まったくこの娘はどうしていつもいつもこうなのかしら。
「いつもお嬢って呼ぶのはやめなさいって言ってるでしょ。誰かが聞いていたらどうすんのよ」
「いやーあたしもその辺は気を付けてるっすよ。二人の時ぐらいイイじゃないっすか」
私も釣られてくだけた口調になる。
ミーシャが言うようにこれまではボロを出したことはない。他人がいる時は「かしこまりました、奥様」なんてうやうやしく喋るぐらいだ。昔っから要領良いのよね、この娘。どうせ言っても直さないでしょうし、さっさと本題に入るとしよう。
「あなたのことだから察しはついてるだろうけど、シアの事よ。一体どうなっているの? 様子がおかしいと言っていたけれど」
「どう? と言われてもわかんないっす。時々独り言でぜん……せ? がうんとか、記憶がどーたら言ってるっす。もしかして悪魔付きってやつっすかね?」
そう言いながら軽快に笑い飛ばしてる。
「ちょっと! 冗談でもやめてよね!!」
悪魔付きなんて冗談じゃない!
そんな噂が広まったらシアの評判に傷がつく。
「まーなんでもいいんじゃないっすか? あたしは今のフィリシア様の方が好きっす。以前はちょっと……怖かったっすから」
「ミーシャは見る目がないわね。前からかわいいわよ、うちの娘は」
ただミーシャの言う事を一部認めないわけにはいかない。
以前より感情豊かになり、今日に至っては生まれてから初めて自分の望みを私に口にした。どちらが好ましいかなんて気にもならない。
あの子が幸せになってくれればそれでいい。
そのためにも私自身動かなければならない。早ければ早いほどいいだろう。さっそく行動に移すとしよう。
「ヴィクターに伝えてちょうだい。“あの人”と約束を取り付けるように」
「“あの人”……っすか? あぁ、ヴィクターさんってことはいつもの……前にみたいにうちに呼んだらいいじゃないっすか」
私は「早く行け」と言わんばかりに手で追い払うような仕草し、少しだけミーシャを睨んだ。
ミーシャは一瞬口元を緩ませ、真顔で
「失礼致しました、奥様」
と言い、一礼して出て行った。
「……これから忙しくなるわね」
私は誰ともなしにつぶやきながら、軽く溜息を吐いた。
初めて小説を書くので至らない点もあるかと思いますが、よろしくお願いします。
1話では分からないことが多いですが、2話、3話と進む毎にわかるようになっています。
(主人公である母親の名前とか)
3話までは完成しているので順次アップしていきます。
筆が遅い方なので2週間に1話ぐらいのペースになるかと思います。
少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
ブックマーク、評価等々してもらえるとモニター越しに尻尾を振りながら喜びます。
どうぞよしなに。