家を乗っ取られて辺境に嫁がされることになったら、溺愛付きの研究生活が待っていました
「こんにちは、ライラ。今度は何の研究をしているの?」
薬草を刻んで他の薬品と調合していると、ライラにそんな声がかかった。
紺色の髪は緩やかなひとつ結びの三つ編みに結い、大きな丸硝子の眼鏡は彼女の黄色の瞳を覆い隠している。
貴族令嬢ではあるものの、飾り立てもせずに謎の研究に没頭している。そのため、変わり者令嬢だと揶揄されていることは、ライラ本人も知っている。
ぐるぐるとかき混ぜている内に、青色の薬草と赤色の液体がとろりと混ざり、融合して紫色へと変わってゆく。
ライラはその手を止め、顔を上げた。
「こんにちは。今日はフォンも研究できるんですね」
ライラに質問した冴えない白衣の男――フォンが研究室に来るのは一週間ぶりだ。
「しばらく来れなかった分も今からがんばるよ」
もっさりとした前髪の下で、フォンが笑っている。
(あ、そうです。質問に答えなくては)
彼に挨拶を済ませたライラは、先程の質問に答えることにした。
「えっと……以前 私が発明した<髪の色を変える魔法薬>がありますよね? その薬品に含まれる""薄毛""の副作用を、どうやって抑えようかと考えているのです」
「う、薄毛……?」
フォンはライラの予想外の回答に非常にたじろいだ。
もっさりとした鳶色の前髪に隠れた眼鏡も、少しズレたように思える。
(フォンったらどうしたのでしょう。でもそうですね、薄毛の副作用があるだなんて、由々しき事態ですもの)
ライラは心の中でそう頷いた。
――剣と魔法の国エルサトレド王国。ここは、その王宮の広大な敷地内にある離宮に設けられた薬学研究室だ。
以前の居住者にそういった趣味があったのか知らないが、ライラが初めてこの場所に足を踏み入れた時、離宮の周囲は自然の薬草園と化していた。
興味のない者にはただの雑草や雑木が生い茂った寂れた宮に見えただろうが、ライラにとってはまるで楽園かと思えた。
ライラ・ハルフォードは薬学をこよなく愛している。
限られた者しか扱えない治癒魔法とは違い、薬学の可能性は無限大だ。亡き母の影響で薬学を始めたライラはめきめきと実力を伸ばし、治療薬を作ることもあれば、楽しい効果のある魔法薬を作ることもある。
とはいえ、その地位は魔導士や治癒士と比べれば目立たないものだ。
眼鏡とおさげがトレードマークの地味な伯爵令嬢が、寂れたとはいえ王宮の一角のこのような場所に研究室を構えているのは、ひとえに友人のリカードのおかげである。
公爵家の次男であるリカードとは学園で出会った。
貴族子息といえばキラキラギラギラしていそうなものだが、彼はそれらとはどこか一線を画していた。
『君さあ、面白い研究してるんだって? 俺も交ぜてよ』
研究のために毎日のようにライラが行っていた化学室に突如として現れたリカードは、ライラと同じく薬学を志す者だった。
お互い貴族としては異端ではあるが、楽しいので仕方がない。
ライラの怪しい実験にも付き合ってくれて、リカードの鮮やかな赤髪の先がグレーになった事もあった。
そんなリカードとは良き友人となり、研究し放題の学園生活を満喫した後は彼と共に王宮に薬師として就職した。
そして、ライラには及びもつかない家の力(多分公爵家の権力)とコネを駆使し、ここに独立した研究室を構えてくれたのだ。
ここで作業をするのは、ライラとリカード。それからリカードの友人だというフォン。
たったの三人ではあるが。この研究室から生み出される魔法薬は、治癒魔法が行き届かない民にとってはなくてはならないものとなっている。
リカードからフォンを紹介された時は多少よそよそしい空気にはなったものの、数日共に過ごせば分かった。
もっさり眼鏡のフォンも、ライラたちと同じく薬学オタクだったのだ。
そうなれば話は早い。その出会いから一年程経つが、ライラとリカードとフォンは毎日楽しく研究と実験を繰り返している。
フォンの仕事はとても丁寧で、正確に計算された魔法薬は効き目もいい。彼が作った回復薬はリカードの古傷をたちまち治してしまうほどの効能があった。
素晴らしい功績があるにも関わらず、決して驕らず、常に冷静で穏やかなフォンとの時間をライラはとても気に入っていた。
ライラの発明する突飛な魔法薬にも冷静に助言をくれるため、研究がとても捗るのだ。(リカードとやると大体がお互いに暴走してとんでもないものが完成する)
「あの薬、薄毛になるんだね……?」
ライラの回答を聞いたフォンは、どこか恐る恐ると言った様子で確認をしてくる。
なぜ彼がたじろいでいるのかは不明だが、ライラはこれまでの試薬や薬品の成分解析の結果を元に明瞭に述べた。
「はい。そのようです」
残念ながら、実験の結果は"薄毛の可能性が0.1%ある"というものだった。
実験を手伝ってくれたモフモフの体毛が自慢の小さな生物<モフねずみ>の中に、薄毛の傾向が出たものがいたのだ。
若干お腹の辺りの毛が寂しくなってしまった被験体No.999の<モフねずみ>――通称『モフマール』は現在療養中である。
そのモフマールのことを思い出しながら、ライラは悲しげに眉を下げた。
「学生の頃に発明したものですが、実験を元に成分を見直していたら、副作用が気になりまして。今のままだと、将来、利用者が薄毛になるかもしれないんです。よほど高頻度で利用しなければ問題はないかもしれないのですけれど」
「……え」
「ですから、その副作用を出来るだけ減らせるようにと思いまして。製品化するにあたり、0.1%でも身体に害があるのであれば、それは成功とは言えません。同時に毛生え薬も発明中です」
「そ、そうか……是非頑張って……」
「はい! 頑張ります!」
なぜだか頭皮を押さえるフォンの姿を不思議に思いつつ、ライラは新薬の調合に勤しむことにした。
(フォンも応援してくれています。頑張って成果を出さなくては! もしかしたら、フォンも使ってみたかったのかもしれませんね)
今のところ、ライラが作成した<髪の色を変える魔法薬>は試薬品の状態だ。
リカードの依頼で毎日作って渡しているものの、彼が何に使っているのかは分からない。
それに、たまに瓶の数が合わないことがあり、こちらについては犯人は大体目星がついている。
(そうです。リカードにもお伝えしなくては。もしかしたら、彼も薄毛に……?)
「どうしよう」「僕も発明しなきゃ」とフォンがぶつぶつと何やら呟いている傍らで、ライラはそんなことを考えていた。
「遅くなった! ふたりともおつかれー! って、今日はやけに静かだな……?」
遅れてリカードがこの研究室に到着した時、そこにはいつもどおり研究に没頭するライラと、やけに鬼気迫る表情で作業をするフォンの姿があった。
「ああ、リカード! 聞いてください。実はあの<髪の色を変える魔法薬>に薄毛の副作用が見られるのです!」
「え、そうなん? それは困った事になったな……?」
ライラから例の薄毛の話を聞かされたリカードは、心配そうな彼女をよそに、憐れみの表情をフォンに向けた。
********
夜会は面倒だ。
華やかなパーティの片隅で、地味な藍色のドレスに身を包んだライラは、提供されている軽食をとりあえず摘んでいた。暇なのだ。
(こんな時間があるのなら、研究室の方に行きたいです。あと少しで薄毛の成分を無効化できそうなのに)
煌めくシャンデリアの元、鮮やかなドレスや宝石を身に纏う令嬢たち。そして、彼女たちをダンスに誘う麗しの貴公子たち。
あちらこちらに人の塊が出来ており、皆楽しそうに談笑している。
壁の花になるライラを物珍しそうにちらちらと眺める者もいるが、それらは気にも留めず、ずっと考え続ける。
ぼんやりと会場を眺めていると、向こうの窓際に飾られている花木に目が止まった。
ギザギザの濃い緑色の葉に、愛らしい小さな赤い実がたくさんついている。リスマスという名のそれは、冬によく見られるものだ。
(……そうです。リスマスの実を媒体に使うのはどうでしょう。ガツーショに含まれる酵素の5α-リダクターゼを軽減できるかもしれません。そうすれば、薄毛も軽減されて……)
「ライラ! こんな所にいたのかっ」
(早速試しにいきたいですね。誰も見ていないようですし、あの花を少しいただいて、もう帰ってもいいでしょうか? 王家主催の夜会だからと無理やり出席させられましたが、もういいでしょう)
「おい、ライラ! 聞いているのか!」
バン、と壁を叩く音がして、考え事に夢中になっていたライラはようやくそちらに顔を向けた。
恰幅の良い壮年の緑髪の男性が、顔を真っ赤にしてライラを睨みつけている。
「――ゲルティ叔父様。こんばんは。どうかなさいましたか?」
知っている男だった。
ライラの叔父で、現ハルフォード伯爵家の当主である、ゲルティ=ハルフォード。
「相変わらずみすぼらしいこと。よくその姿で夜会に出席出来ますわね。わたくしがいくら言っても聞かないのだから……」
その横にいるギラギラと飾り立てた淑女は、叔母であるオバールだ。
「お義姉さま……ぐすっ、わたしへのあてつけですの……? わたしが意地悪しているみたいに見せたいからって」
「そういうわけでは」
「ひどいですっ!」
大袈裟に泣いているのは、従姉妹のギーマインだ。現在は義妹にあたるだろうか。
「まあ可哀想なギーマイン。ライラ、謝りなさい!」
オバールはそう言ってライラを睨み付ける。
(またいつもの、ですか)
ライラは内心大きくため息をつく。
――ハルフォード伯爵家は、この叔父家族に丸々乗っ取られた。
大好きな母が亡くなって、その後を追うように何の予兆も無く父が倒れた。ライラが学園に通っていたとき、リカードとも出会う前のことだ。
未成年だったライラの後見の座に就いたゲルティは、そこから間もなくして当主となった。
親戚にもライラを支持する者はなく、全員が叔父についた。もしかしたら、ずっと前からそうだったのかもしれない。
元々の部屋もギーマインのものとなり、ライラの私物はほとんど売り払われた。
ライラが唯一持っているドレスは、母の形見であるこの一着のみで、ずっと研究室に隠していた。
母が大切に手入れをしていた薬草園も、ライラが邸に戻った時には跡形もなく整地されていた。
家には居場所がないライラだからこそ、研究室は救いだった。あの場所で寝泊まりすることもフォンたちは許してくれたし、食事を摂ることも出来たのだから。
ライラから全てを奪ったその張本人たちがここにそろい踏みである訳だが、それでもライラにひと言言わねば仕方がないらしい。
「全く……。相変わらず薬品臭い娘だ。家にも帰らずに、破廉恥な」
ゲルティは鼻をつまむような素振りを見せながら、ライラを見て顔をしかめる。
「あら、においますか? おかしいですね、試薬品の無香薬を使ってみたのですが……まだまだ改良の余地はありますね。叔父様、ご助言ありがとうございます」
ライラはドレスの袖をくんくんと嗅いでみる。匂いというものは自分では分からないものだと聞く。
そうであれば、まだ他人に対して不快な匂いが残っていると言えるだろう。
(何が足りなかったのでしょうか? ボーンの枝をもう少し長く煮出したほうがいいのかもしれないですね。少しだけオーミソ花の香りを足してみるのも――)
ライラが再び考えを深めていると、ゲルティは呆然としていた顔を引き締める。
「ぐっ……。お、お前というやつは本当に研究狂いだな!」
「ふふ、そうなんです。照れますね」
「褒めてないぞ!? なんなんだ、お前と話すと調子が狂う! さっさと用件を済ませることにするっ!!!」
ゲルティはそう言うと、書類のようなものをライラに突きつけた。
""婚約誓約書""
少し黄ばんだ紙には確かにそう書いてある。
末尾の署名は確かに叔父のものだ。ライラの名前も記載されている。
(婚約……私が、ですか……?)
首を傾げるライラを見て、ゲルティはせせら笑った。
「喜べライラ。お前の婚約が決まった。この決定は覆せないからな。ギディングス卿がお前のような娘を娶ってくださることに感謝するといい」
突然の事態に、会場はにわかにざわついた。
その異変はライラ達の近くにいた者たちから徐々に伝わり、誰もがこちら側を見ている。
心配そうな顔をする者、無関心を決め込む者、見世物が始まったと好奇の目を向ける者とその反応は様々だ。
ギディングスとは辺境伯の名だ。
確か齢六十程で、彼とライラとは祖父と孫と言ってもいいほど歳が離れている。
彼の妻は既に亡くなっているため、ライラは後妻ということになる。
「お義姉さま、おめでとうございますっ!」
「分かったわね、ライラ。あなたを娶ってくださるギディングス卿のためにもはやく荷物をまとめなさい」
叔父家族がニタニタと笑みを浮かべる様子からすると、もはやこの決定は覆せず、王家の了承も得ているのだろう。
(これが終わったら、モフマールを撫でに行きましょう。そうしましょう。辺境の地に連れて行っても大丈夫でしょうか)
居心地のいい研究室。気の合う仲間。どうやらそれももうお別れだ。
辺境の地は寒冷だと聞く。
体毛の多いモフネズミならば問題はない。せめてもの思い出に、モフマールだけでも。
「――わかりました」
ライラは前を向いた。
考えてみれば、確かに家を出るためには必要な婚姻かもしれない。
高齢のギディングス卿がどういった意図でライラを所望したのかは分からないが、わざわざ""変わり者令嬢""を選んだくらいだ。理由があるはず。
(そうです。もしかしたら、治療薬をお望みなのかもしれません。それに、国境を守る辺境の地ですから、怪我も絶えないのでは)
いつかはこうして政略結婚の駒になる可能性だってあった。それが、薬学の知識を求められての事だとしたら、ありがたいことだ。
……そうとは限らないかもしれない。でも、そう考えて自らを鼓舞することにした。
「わかりました。では早速、荷物をまとめますね。いつからですか? 明日? 早い方がいいですよね」
「えっ」
悲しみに暮れるはずの娘が、なぜだかやる気に満ちていることを察した一同は目を丸くした。
おかしい。辺境の地に追いやられることも、後妻にあてがわれることも、普通の令嬢であれば絶望的な案件だというのに。
叔父家族は、そんな気持ちが隠しきれない。
(荷物といっても、家には特にありませんね。研究室に寄って、そちらから運びましょう。それから、リカードやフォンにもお別れを……)
そう考えた時、ライラの胸は鈍く痛んだ。彼らとの別れが、何よりも辛いらしい。
出来ることならば、もっと一緒にいたかった。でもきっと、あの二人なら新天地へ向かうライラを応援してくれるはずだ。
(辺境の地にも、研究室のようなものを置かせていただけると嬉しいな……)
そうだ、とライラは研究室に向かおうとしていた足を止めた。
「あの、ゲルティ叔父様。最後にひとつだけお話がございます」
「ふん。いいだろう、聞いてやる。今さら婚約を取り消したりはしないからな……!」
のっしとふんぞり返ったまま、ゲルティは尊大な態度でそれに応えた。
先ほどライラの表情が曇ったのを見て、溜飲を下げたらしく、満足気にしている。
どうやら話は聞いてくれるらしいことに安堵したライラは、一拍置いて話し始めた。
「――数ヶ月前、叔父様が私が制作中だった<髪の色を変える魔法薬>を研究室から持ち出されたと思うのですけれど。その後も数回。直近だと一昨日でしたか」
「は、何を言う。言いがかりも甚だしい。そんなものは盗んでいない!」
ゲルティは薄ら笑いを浮かべたままその疑惑を否定すると、ライラを睨みつけた。
魔法薬の瓶が減っていた理由――ライラが目星をつけていたのはまさにこのゲルティだった。
瓶が減るのは、決まってライラの元に伯爵家からだという差し入れを持ってメイドが現れる日だ。
その時に限ってライラは訪問者がきていると言われて門番の兵士に呼ばれ、行った先には誰もいない。
そんなことが何度も続けばいくらライラが鈍くても気がつく。あまりにも雑なので、フォンやリカードも不思議そうにしていた。
(やはり認めませんね)
当然否定するだろうと思ってはいたため、ライラも特に驚きはしない。本題はそちらではないからだ。
「……そうですか。では叔父様は使っていないのですね。良かったです。一昨日盗まれた瓶に入っていたものは、実は薄毛になる成分を特に濃く抽出したものでして。うっかりいつもの魔法薬と瓶を間違ってしまいました。盗んだ方が飲んでいたら大変なことになる所でしたので、ひと安心です」
「えっ」
「では私はこれで。ああ、本当に良かったです。本日 叔父様にお会いするまで気が気じゃなかったので、ふさふさなご様子を見て安心しました。一応その効果を打ち消すための発毛剤もお持ちしていましたが、不要でしたね」
ゲルティの緑髪は未だ健在だ。当然副作用は直ぐに出るものではなかったりするが、飲んでいないと言い張るのであれば当然大丈夫だろう。
(もう、帰りましょう)
そう思ったライラがくるりと踵を返そうとすると、腕を強く掴まれた。
「ちょ、ちょっと待て、ライラ。いつからだ?」
「いつから……とは?」
「あの瓶の中身だ! 青色の液体はどっちなんだ!」
切羽詰まった様子のゲルティのぶ厚い手にはギリギリと力がこもり、ライラは苦痛に顔を歪める。
離してください――そう言おうとした所で、一気に身体の負担が軽くなった。
「青色は残念ながら薄毛の方だ。そうだね、ライラ」
ライラを強く掴んでいたゲルティをひねりあげていたのは、眩しい金の髪を持つ青年だった。
長めの前髪を後ろに流し、彫りの深い彫刻的な顔立ちをしている。その人の紫水晶のように美しい瞳は、ライラの方に向いている。
急なことにぱちくりと瞳を瞬かせたライラは、少し遅れて「そうです」とだけ短く答えた。
突然現れたこの男性は誰なのか。
ライラよりも早く、事態に気が付いたのは聴衆が先だった。ライラとゲルティのやり取りを興味本位で眺めていた彼らの様子が一変したことをライラも感じ取る。ぴり、と空気が張り詰めた。
「あ、あなた様は……っ!?」
腕を変な方向にひねりあげられたままのゲルティの顔がさっと青くなる。
その傍らで、ギーマインが頬を赤らめて「ローベルト殿下……!」と呟いた。
その呟きを拾ったライラは、再度視線を眼前のきらびやかな青年へと戻した。
(見たことがあると思ったら、そうでしたか)
エルサトレド王国の第三王子、ローベルト・フォン・エルサトレド。
学園生活や離宮生活で、遠くからしか見たことがなかった人物の名だ。
周囲には常に人が集まり、笑顔を絶やさずにいるその人は、ライラからはほど遠い存在だ。
(どうして殿下がここにいらっしゃるのでしょう。それにしても近くで見ると本当に目映い輝きですね……研究したいです)
彼がこれほどまでに人々を惹き付けるのは何故なのか。普段はあまり他人に興味がないライラも、好奇心がくすぐられる。
「な、なぜ殿下がライラの薬をご存知なのですかっ……うわあっ!?」
暴れるゲルティからローベルトは手を引く。突然支えを失ったゲルティは、無様にも体勢を崩して床に膝を突いてしまった。
その音で、ライラもはたと気を取り直す。
「そうですね……確かに、どうして殿下があの薬のことをご存知なのですか?」
悠然と笑む王子の周りは、星が散っているかのように目映い。
大きな眼鏡の下で、ライラは何度も瞬きをした。
「一緒に研究しただろう、ライラ」
ライラに語りかけるローベルトの声色は、とても柔らかで。
ゲルティに向けられたものとはまるで性質が違っている。おまけに美麗な笑みも付いているものだから、周囲の令嬢から悲鳴のような声が聞こえてきた。
(この声は……もしかして……)
「……フォン、ですか?」
見た目の雰囲気はまるで違うが、その包み込むような温かな声に心当たりがあった。
考え事をしがちなライラの回答を根気強く待って、ゆっくりと促してくれる優しい声。
「ご明察」
ふわり、と微笑む美麗なローベルトに、いつものもっさりフォンが重なって見えた。
「ち、ちょっと待てライラ。あの瓶にはずっと青色の液体が入っていたじゃないか!」
ライラとローベルトが見つめ合っていると、横からそんな声が割って入った。
縋るようにライラを見上げるゲルティの額には汗が滲んで、自慢の緑髪がぺたりと張り付いてしまっている。
「やはり、私の研究室に盗みに入っていたのは叔父様だったのですね」
「薬剤の窃盗は罪だよ、ハルフォード伯爵」
「ライラを養ってやってるのは私だ! 家族のことだから問題は無いだろう!!」
叔父様はそう言い切ると、何かを思いついたようににたりと口角を吊り上げた。
「そうか……ライラ。わざとハッタリを言ったんだな? 変わり者のお前が作ったようなあんなもの、別に減るものでもないだろう。私が直々に使ってやったんだ、ありがたく思いなさい」
ゲルティの犯行があまりに稚拙すぎるが故に、これはなにかの罠で、もっと強大な黒幕がいるのかも……と思って今日まで泳がせていたが、このことに関してはそんなものはなかったようだ。
開き直って吐き捨てるように言うゲルティを、ライラは憐憫の眼差しで見つめた。
「叔父様の髪は減ります」
「減るだろうね」
「ひいっ!?」
ライラとフォンの息の合った言葉に、ゲルティは慌てて髪の毛を押さえる。
ライラは顎に手をあて、思案するように首を捻る。
「せっかくですから、ゲルティ叔父様には研究対象になってもらいましょうか? 窃盗の回数から言うと、副作用マシマシの方の魔法薬を十回は服用しています」
「彼を罰しないといけない所だけど……貴重なデータが取れそうだね、ライラ」
「そういえば。あの、フォ……ローベルト殿下」
「フォンでいいよ。君は特別だ」
「そうですか? では……あの、フォン。あそこのリスマスの実を使ってみたいのですが、頂いてもいいでしょうか? 役立ちそうなのです」
「もちろん」
はくはくと言葉を失うゲルティをよそに、ライラとローベルト(フォン)はいつもの研究モードだ。
居心地の悪い夜会の会場も、フォンと話しているだけで心が軽くなる。
ああ、早く研究室に行きたい。そう思ったライラだったが、床を見て重要な事を思い出した。
(そうです。私はもう、あの場所での研究は出来ない……)
そこには、あの婚約誓約書がはらりと落ちていた。
「ライラ?」
急に動きが止まってしまったライラを、フォンは心配そうに覗き込む。
「フォン……あの、私、研究は続けられないかもしれません。辺境に行くことになるそうです」
気にしていないつもりだったが、ライラの声はどこか上擦ってしまった。
"研究ができない"
そのことを認めてしまうことは、ライラにとって何よりも怖かった。そして、それをフォンに伝えることも何故か苦しい。
「ああ、そのことか」
――何を言われるのだろう。
どこか緊張してしまったライラに、フォンは柔らかな笑みを湛えたまま頷いた。
「大丈夫だよ。君はこれからもずっと、研究を続けられる」
フォンの確信の笑みに、ライラは瞳を極限まで開く。彼は何もかも知っている上で、そう言っているように見えた。
「どうして――」
「い、いくらローベルト殿下と言えども、貴族家同士の婚約をやすやすと破棄には出来ませんぞっ!? ライラとどういう知り合いなのかは分かりませんが、これは我が家とギディングス辺境伯との間のことなのですからなっ!!」
ライラの問いは、息巻くゲルティの言によって遮られた。ただ、それは至極尤もだ。
ライラの認識では、貴族の婚約は国に管理され、婚約誓約書を国に届けて、その後に受理したとの通知が届いて初めて成立するものだ。
叔父の様子からして、もうその手続きは済んでいる。であれば、覆すことは容易ではない。
そのことは、王族であるフォンは誰よりも知っているはずだ。なのに、彼は表情を崩さない。
「そうですね。私もライラの婚約を取り消すつもりは毛頭ありません。婚約後も……結婚後も、彼女には好きに研究をしてもらうつもりでいます」
「がはは、そうでしょうな!! ……んん?」
「その調子では、書類をきちんと確認していないようですね、ハルフォード伯爵」
勢いよく品のない笑みを浮かべていたゲルティは、何かに気が付いたのか小首を傾げた。
その様子を見たフォンは、やれやれといった様子で肩をすくめる。
二人のやりとりを聞いていたライラは、何かを見落としているような気がした。
(書類を……ちゃんと……?)
ライラは急いで足元の書類を拾い上げる。
""婚約誓約書""
書類の冒頭には、確かにそう書かれている。間違いなくライラの婚約を示す書類だ。
読み進めてゆくと、あることに気が付いた。
そこには、婚約相手が『ギディングス辺境伯当主』としか記されていない。
そして『アルバン・エールラー・ギディングス』という辺境伯の名が記されているのは、"ライラ・ハルフォードの後見人"の欄だ。
「フォン。この誓約書、なんだか不思議なつくりをしていますね……?」
婚約相手の名が無く、現ギディングス卿は後見人であるとの書類。
しかし、そこにはしっかりとゲルティのサインもしてある。
いよいよ不思議だ。
婚約誓約書をこれまでに見たことがないため、判断がつかない。それでも、どこか違和感があったのだ。
「殿下、先ほどからのお言葉は、どういう意味ですかな!? まるで、私が見落としていることがあるかのような――」
「ローベルト。何をしている? こちらに来なさい」
会場に響き渡った重低音に、途端に静寂が訪れた。
声の主は国王陛下だ。その登場に、皆が深深と頭を下げる。
「ライラ。本当はこんな形での報告にはしたくなかったのだけど……ごめんね」
「?」
ライラの耳元でそう囁くと、フォンはひらりと身を翻して颯爽と玉座の方へと歩いていった。
「まったく、なんなんだ、ローベルト殿下は……この書類になんの不備があるというのだっ!」
憤慨した様子のゲルティは、ライラの手中にあった誓約書を奪い取る。そして舐めるように読んだ後、「は……」と顔を青くした。
赤くなったり青くなったり忙しない。
「お父様、どういたしましたの!?」
「あなた?」
シューアケの実よりもより真っ青な顔のゲルティに、オバールとギーマインも駆け寄った。
ちなみにシューアケの実というのは、大きな青色の球体の実をつける植物で、人を落ち込ませる・頭痛・腹痛といった作用のある毒を持つ。
「ま、まさか……!」
「みな、静粛に」
ゲルティの声と国王の声が再び重なる。
ライラもそちらに視線を向けると、国王陛下と妃殿下、それから三人の王子が勢揃いで並んでいた。
「今宵は集まってくれてありがとう。皆に大切な報告がある。まずはこの第一王子、ラインハルトについて。立太子の日取りが三月後に決まった」
第一王子のラインハルトは一歩前に出て頭を下げる。国王と揃いのダークブロンドの髪が揺れる。
「それから、この第二王子のアーチーについて。センツベリー侯爵家のウェンディ嬢との婚約が整った。挙式は一年後だ」
アーチーは恭しく頭を下げ、その傍らには愛らしく微笑む令嬢がいる。
(フォンは、本当に王子さまなんですね)
輝きを放つ王族の中にいても、フォンの輝きは損なわれない。むしろ、眩さで言えば一番なのではないかと思えるほど。
そんな人物が自分の隣で魔法薬の研究に精を出していたとは――改めて考えると、不思議なことである。
「――それから」
国王の重厚な声を受け、フォンが一歩前に出る。
その際、国王の鋭い眼差しが一瞬ゲルティに向いていたように思えた。
「第三王子のローベルトについては、貴族院の承認も経て手続きが完了した。臣籍に下り、亡き第三妃の生家であるギディングス辺境伯へと戻ることになる」
「ひっ」
漏れた声は、ゲルティのものだ。
「――なお、アルバン公はこれを機に高齢を理由とした当主の交代を訴えており、こちらについても受理済みだ。ギディングス辺境伯家の当主は、この第三王子ローベルトが務めることを皆にも知らせておく。以上だ」
国王の話が終わると、広間には静寂が訪れ、それから割れんばかりの拍手で満たされた。
三人の王子が揃うことは稀である。そして、これからはもう揃うことはない。
固まってしまったライラが呆然と壇上を見上げていると、ローベルト――つまりはフォンと目が合った。
「ライラ」
ふわりと微笑まれ、その攻撃力に眼鏡にヒビが入ったかのような気になる。
「なっ、なっ、なっ……!」
「おおおおおお義姉さまとっ、ローベルト殿下ががががっ」
「なんということ…!!」
国王に告げられた内容に、ゲルティとギーマインは壊れたおもちゃのようになり、オバールはへたりと座り込んでしまった。
ライラ本人でさえ、状況が理解できない。
(私は辺境伯当主に嫁がされることになっていて、でも辺境伯の当主はもうフォンになっていて……それって、つまり)
「ところで、ハルフォード伯爵よ」
慶びに沸いた会場が少し落ち着いた頃、国王の双眸はゲルティを捉えていた。
予想外の出来事に既に顔面が蒼白を通り越して緑色だ。先程よりも幾分か髪が薄くなった気さえする。
「伯爵にはいくつかの疑惑があってねえ。特に、前当主が倒れる前の横領についてと、君が一族の了承を得て伯爵家を継いだあたり。ローベルトが調べ上げてくれている」
はくはくと口を動かすゲルティは、脂汗が止まらないようだった。
「貴殿からも、もう少し話が聞きたいと思っていたんだ。――この者を連れてゆけ」
国王が合図をすると、どこからか現れた騎士たちがゲルティの周りに集まった。
突然のことに夜会の会場は騒然とする。
オバールとギーマインは悲鳴をあげ、叔母に至ってはそのまま倒れこむ。
「わ、私は何もしていないっ! 陛下! 違います!!」
「話は後で聞く」
抵抗むなしく騎士たちに拘束されたゲルティは、そのままどこかへと連れて行かれてしまった。
そして、ゲルティが暴れたその場に、緑色の髪が束ではらりと落ちている。
……効果は絶大だったらしい。
「ライラ、こちらにおいで」
いつの間にか玉座から降りてきていたフォンが、混乱したままのライラの手を優しく取る。
ライラはフォンに導かれるまま、夜会の会場から外に出た。
**************
夜会から連れ出されたライラは、フォンに手を引かれて知らない道を進んでいた。
外に出る際、フォンが羽織っていた上着を掛けられ、幾分か寒さは和らぐ。
(どこに行くのでしょう)
伯爵家の屋根裏部屋、離宮の研究所。ライラが知っている場所は限られている。
薬草ならば数百種類は覚えているが、貴族の顔はほとんど知らない。
「ライラ、こちらへ」
「ここは……?」
「私専用の温室だよ。離宮では管理出来ないものを、こちらに置いているんだ」
案内されるままに足を踏み入れると、ふわりと春の温かさがライラを包み込む。咲き乱れる花々は色とりどりで、冬であることを忘れてしまいそうになる。
「ライラ。姿や身分を偽っていてすまなかった」
温室の扉を閉めると、フォンはライラに向き直った。その表情は暗い。
「この姿のままでは、自由に動くことが出来なくて……悩んでいた所で、リカードに君の薬のことを聞いたんだ」
眉目秀麗な金髪の王子が、しゅん、と眉を下げる様子はやけに可愛らしく見える。
「本当にすまない。結果的には君を騙していたことになる」
フォンは何度も謝罪する。だが、ライラにとっては彼が何者であろうと特に何も問題はなかった。
「顔を上げてください、フォン。毎日そんなに煌びやかな顔でいられたら、私の眼鏡の強度が持たなかったかもしれませんし、いつものもっさりしたフォンも好きですよ」
目の前にいるのは、ローベルト殿下ではあるが、ライラにとっては"ただのフォン"でもある。
研究所でいつも意見を交わした、あの優しいフォンなのだから。
「す、好き……? ら、ライラ、私も……!」
「そんなことより、フォンがあの薬を服用していたということは、薄毛が心配ですね。この温室にも何かヒントはないでしょうか」
ライラは温室をよく見るために身を翻す。そのまま研究モードに突入したため、感極まったフォンの抱擁は空振りに終わってしまった。
「……ライラ、その、私との婚約についてだけれど。君をあの伯爵家からなんとか連れ出したいと思ったんだ。嫌ならいつでも解消する」
背中から聞こえて来た声に、ライラは花を物色していた手を止めて振り返った。
それから、何度もぱちぱちと瞬きをする。
フォンとの婚姻を嫌だと思う気持ちは、ライラの中にはない。
むしろ。
「私は、フォンが結婚相手だと知って嬉しかったです」
それがライラの正直な気持ちだ。
「それに、研究も続けていいのですよね。辺境にはどんな植物があるのでしょうか。寒冷な所は行ったことがないので、楽しみです」
「……! ああ、もちろん! 実は屋敷のそばにライラと一緒に研究するための研究室を用意してあるんだ。三食しっかり食べて寝て、研究はいつでもしていい。それからリカードも引き抜いて連れて行くつもりだ」
「まあ、リカードも」
「肩書きとしては私の秘書官として、だけどね。快諾してくれたから、彼もきっと準備をしていると思うよ」
見知らぬ土地でも、大切な友人たちが一緒だと思うと一気に楽しみになってくる。
先ほどまでの不安は一気になくなり、ライラは俄然楽しみになってきた。
「では、辺境に行く前に、こちらにある植物でも色々試してみたいです。フォン、この花はなんですか?」
そう問いかけると、優しい笑みが返ってきた。
「ああ。それはね──」
研究仲間から一変して婚約者となった二人だったが、温室の中でそのまま魔法薬についての意見交換をして、夜は更けていった。
ゲルティの騒動について少し。
捕らえられたゲルティは、フォンが綿密に調べあげた証拠が決定打となり、ハルフォード家の財産を横領していたことが明らかとなった。
その赤字を補填するためにライラの父は奔走し、過労で倒れてしまったのではないかと言われている。
ライラの父の死期が近いことを知ったゲルティは親戚筋と共謀してライラから権限を奪い、ハルフォード伯爵家を乗っ取った。ゲルティを支持した者たちには、見返りとして横領した金の一部や領地を勝手に与えていたという。
全てが詳らかになり、ゲルティ率いるハルフォード伯爵家は取り潰しとなり、その管理は国に委ねられることになった。
ゲルティはこれから罪を償うことになる。
彼の頭部については想像にお任せするが、ライラの魔法薬を使って美しい色を保っていた自慢のふさふさ緑髪は、取り調べが終わる頃には見る影もなくなっていたそうだ。
あの薬効とストレスとの組み合わせは最悪かもしれない。そんな貴重なサンプルが取れた。
**************
怒涛の夜会からひと月後。
ライラは変わらず研究室にいた。
ただひとつ違うのは、この場所があの寂れた離宮ではなく、辺境の地であるということ。
現在は婚約期間中ではあるけれど、衣食住の整ったこの場所で、本当に研究三昧の幸せな日々を送っている。
どろどろとした液体をかき混ぜ、そこにリスマスの実を入れる。少しずつ微調整している所で「ライラ」と名を呼ばれた。
「そっちの薬剤の状況はどう?」
顔を上げれば、そこには眩しい金髪に眼鏡と白衣という出で立ちのローベルト・フォン・ギディングスがいる。
「リスマスの実だと、魔法薬に苦味が出てしまうので、もう少し色々と試したいところです」
ライラの言葉に、フォンはふわりと微笑んだ。
「そうか。あと少しなのにね」
以前からのフォンと、王子様然としたローベルト。今のフォンは、ライラが知っている二人の人物の中間地点のような姿をしている。
「あの、ライラ」
再び名を呼ばれ、ライラは首を傾げながらフォンを見た。
「これを、君に」
「わあ……! 素敵な花ですね」
どこか緊張した様子のフォンが差し出したのは、赤、紫、桃色のカラフルなトゥリパの花束だ。トゥリパは円筒形のコロンとした愛らしい花で、五十本近くはある。
春の花のイメージが強いが、この季節に咲いているということはあの特別な温室で管理されたものだろう。貴重だ。
「ありがとうございます、フォン」
その花束を受け取ったライラは、満面の笑みを浮かべた。花は好きだ。見た目も香りも楽しめるし、何より花びらには薬効もある。
(そうです。この前は見落としていましたが、トゥリパの花びらの薬効は――!)
「ライラ。私はこれから先も君と共にありたいと思っている。婚約という形は既に整ってしまっているが……改めて、この先も一緒にいてくれないか?」
フォンが顔を赤らめつつ思いを告げる最中、ライラは悪癖が発動していた。
考え事に夢中になりすぎていたのだ。
「フォンっ!」
左手で花束を抱えたライラは、興奮気味にもう一方の手でフォンの手を取った。そしてきらきらとした表情で彼を見上げる。
「ありがとうございます! 紫のトゥリパの花びらが、既薬と相性がいいかもしれません。新しい<髪の色を変える魔法薬>と育毛剤をこれからも一緒に作りあげましょう!」
「あ、ああ……うん」
「?」
混じりっけのない純粋な瞳で見上げられ、ローベルトは歯切れの悪い返事をした。
これは絶対に伝わっていない。そう確信すらできる。
(この先もフォンと共に研究が出来るなんて、とても嬉しいです。……この動悸はなんでしょう。心臓の病気でしょうか。早速新薬を――)
生憎、それが恋だとか愛だとか、教えてくれる人はこれまでライラの周りにはいなかったのだ。
ずーっとずーっと前からローベルトの気持ちを知っていたリカードだけが、研究室の片隅で存在を忘れられつつ、噛み合わないふたりの様子を見て密かに笑いを堪えていた。
そして、ライラに早急に情操教育を施さなければ、と。
笑いを堪えすぎて涙が滲む顔でかたく決意したという。
――その後、無事に<髪の色を変える魔法薬・改>と<育毛剤・マックス>は完成した。
皆で喜びを分かちあう中、フォンは胸を撫で下ろした。
愛する人に気付かれない愛を注ぎ続けている若き辺境伯の髪は、こうして守られたのだった。
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髪の毛は大切にします