5 この惑星の捨て子
「んっ...」
「起きたか?」
「―――うん」
時計の針が六時を過ぎたころ、眠り姫は目を覚ました。まだ開き切らない目をこすりながら、俺の方を見ている。
「待っててくれたの?」
「ああ、今日は金曜だし。 それに、、来週の予習をやっていこうと思っていたからな」
「そう... ありがとう」
そう言うと彼女はいつも通り、せかせかと帰り支度をして教室を出ていこうとしていた。
「なぁ、寮まで一緒に帰らないか?」
「...分かった、いいよ」
少しばかりためらった後、彼女はそう返事をした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんで私なんかに気を遣うの?」
「隣人として、ずっと寝てるやつをほったらかしには出来ないんだ」
「そう...」
玄関を出ると、日は沈んでいて辺りは暗くなっていた。ぽつぽつと佇む街灯が道を照らしている。この時間になるともう生徒の人影は見えない。
例の男子数名はそろそろゲームを終えた頃だろうかと、そんなことを考えながら歩いていた。
「そういえば名前は何ていうんだ?」
一週間隣の席に座っていて相手の名前すら知らないのは少々居心地が悪かった。
「私は―――、私の名前は夜桜 衣撫――?」
彼女は、まるで自分の名前が分かっていないようなしぐさを見せた。首を少し傾げ、うつろな目でこちらをそっと見ている。
「そうか、いい名前だな」
「―――ありがとう、結城君――」
その直後だった。
「...っ!」
突然彼女が、小石につまずいたかの様によろめいて地面へ倒れた。
「...大丈夫か?」
俺は彼女に手を伸ばす。
「...ん、平気」
そういうと彼女は、俺の手を掴むことなく立ち上がった。特に痛がっている様子はないが、膝が擦り剥いていて真っ赤な血が滲んでいる。
俺はそのまま歩いていこうとする彼女を手で静止した。
「とりあえず膝を何とかしよう」
「...痛くない、大丈夫」
「そうはいってもな... ちょっとそこに座って待っててくれ」
俺は彼女に、街灯の下にあったベンチに腰掛けるよう促し、鞄に入れてあった予備のハンカチを取り出した。
「足出して」
ベンチに座り、縮こまっていた眠り姫に、手で催促する。
「脚フェチなの? 変態?」
「違う」
間髪入れず否定の意を表すと、彼女はそっと俺の前に足を差し出した。
彼女の膝にハンカチを巻き、裏側で縛る。消毒は必要ないだろう。そもそも消毒液なんてものは持ち合わせていない。
「不格好だが応急処置程度にはなっただろ、歩けるか?」
「...うん、大丈夫。 ありがとう」
そう言う彼女はどこか嬉しそうだった。
だが――― 礼を言われる筋合いなど一切ない。
なぜなら俺は、この状況を意図的に作り上げたのだから―――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――
眠り姫とは女子寮の前で別れ、俺は男子寮の近くにある電波塔の下に来ていた。
担任の常盤先生が、この塔の階段を上っていくのが見えたからだ。
俺は一段目に張られたロープを跨ぎ、階段を登って行った。
コツコツと鈍い金属音だけが、辺りに響いている。
しばらくして階段が途切れ、展望台のような開けた場所が現れた。
高さは50メートルほどあるだろうか、昼間ならかなり遠くまで見渡せるだろう。
ところどころ手すりが錆びているのは、この学園ができる前に、この塔がもともとこの場所にあったものだというのを感じさせる。
「誰ですか?」
不意に展望台の奥の方から声が聞こえた。常盤先生の声だ。
「一年一組の結城です」
「ああ、君でしたか。 階段下に張ってあった『関係者以外立ち入り禁止』の札は目に入りませんでした?」
「いえ、しっかり読みましたよ。 ただ俺はこの学校の生徒、れっきとした関係者だと思ったので」
「頭が悪いのか、頓智をしているのか知りませんが... 何の用です?」
早々と本題に移させてくれるのは有り難い。
「先生に二つだけ聞きたいことがあります」
「...」
常盤先生は黙ったままである。話せ、ということだろう。
「では、、一つ目に、俺の隣の席の少女、夜桜に関してです―――
―――――――――――――――――――――――――――――――――
一通り話をしたのち、俺は電波塔を離れ自分の部屋への帰路に就いた。
明日からは二連休、どのように過ごそうかと思案するが、これといって用事という用事もない。
週明けの月曜日には例の試験があるが、情報は皆無である。対策の方法もしようもないだろう。
薄暗い夜道をちらちらと街灯が照らしている。この先の学園生活ではどのようなことが待ち受けているだろうか。
俺は一人の人間として生活していけるだろうか。
そう思考する俺の目は、はたから見たら無機質でとても異様なものに映っっているのだろう。