2 悪の華
俺にとっては地獄のようだった自己紹介が全員終了したところで、校内放送がかかった。
今日はもう寮に行き明日からの学校生活の準備をしなさい、とのことだった。
俺は、早々と席を立ち教室を後にしようとする。
正直早く一人になりたい―――
ただ、隣の席の少女が気がかりだった。
今まで気にしないようにはしていたが、ホームルーム前からずっと机に突っ伏し眠っているのだ。
自己紹介の時でさえ、起きなかったので俺は名前すら知らないのだが。
『こいつは、隣人である俺が起こさなくては、夜までこうしているのではないか』という妄想が、俺の中で右往左往する。
俺は声をかけることにした。
「なあ、帰らないのか?」
返事は無い。そっとため息をつき、仕方なく肩を叩こうかと少女に手を伸ばそうとしたときだった。
俺は妙な違和感に気が付いた―――
が、そうもしないうちに、先ほどまでぐっすり眠っていた彼女はぬっと立ち上がってこちらを見た。
短く切った茶色の髪に入ったメッシュが特徴的で、起きたばかりだからなのか、なんとも無気力な目をしていた。
まるで精霊のような顔立ちで、きめ細かい肌はまるで人形のようだった。
どこか神秘的でもあり、怪しげでもある。
「私に触ろうとした―――、 変態?」
「いや、誤解だ。 俺はただ起こそうとしただけ」
「ならいい、ありがとう」
少女はそう言うと、ゆっくりと席を立ち、教室を後にした。
隣の席になったのも何かの縁だ。もう少し色々と話してみたいことはあったが、これから少しずつ打ち解けていければいいだろう。
俺は彼女の背中を見送ると、ひとりで寮へと向かった。
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この学園には一人一部屋の寮がある。卒業するまでは学校の敷地から出てはならないという規則がある為、寮生活は必然ともいえる。
俺の部屋は男子寮の最上階、8階の角部屋だった。偶然か否か、俺はここに来てからというもの端に位置することが多い。入学式でも教室でも、席は角だった。
寮の近くには大きな鉄づくりの電波塔が立っていて不気味な貞操を帯びている。
エントランスのエレベーターに乗って8階に移動し、事前に貰っていたカードキーで自分の部屋に入る。
中は思ったより広い。キッチンや風呂も完備されていた。
頼んでいた家具や、家電もしっかりと届いている。
俺はひとまずソファに座り、机の上に置かれた二枚のプリントに目を通す。
一枚目は、生徒全員に宛てられた用紙だ。寮生活でのざっくりとした注意事項が記されている。詳しくは、手元の携帯端末を見ろとのことだった。
用紙の隣にあった携帯デバイスを手に取り、電源を付ける。
黒い画面に桜帝高校の校章が映し出され、すぐにホーム画面に切り替わった。OSはこの学園専用にカスタマイズされているようで、外部の情報には接続できないらしい。一度左にスワイプすると、俺の個人情報や入学テストでの成績などが箇条書きで並んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
1年1組35番 結城 竣
・出生地 -
・親類 -
・出身中学 -
・年齢 16歳
〈入学テスト〉
国語100点
数学100点
理科100点
社会100点
英語100点 (500/500 点) (1/240 位)
〈その他能力〉
体力 測定不要(S+)
知性 測定不要(S+)
忍耐力 測定不要(S+)
俊敏性 測定不要(S+)
適応力 測定不要(S+)
判断力 測定不要(S+)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
宿舎での詳しい説明を読むのは後でいいと思い、俺は端末を机の上に戻した。もう一枚の、恐らく俺自身に宛てられたであろう用紙に目を移す。
しかしそこには、ただ
『結城君、入学おめでとう。楽しんで下さいね。』
とだけ書かれていた。
A4の紙にこの文量は何とも不格好だ。
右下には、俺にこの高校に入学することを勧めてきた張本人、理事長:逸戯 界人の名が記されていた。