プロローグ
2050年、春――― 俺ととある少女は、東京の西部にある都立桜帝おうてい高校の敷地内を淡々と歩いていた。暖かな四月の陽に照らされ、綺麗な淡紅色の八重桜が道の両側に並んでいる。
風が吹くたび花びらが空を舞い、ゆっくりと落ちていく。
「―――ってことは、人の物盗んでもいいわけか」
「ええ」
「飲酒は?」
「OKよ」
「一応聞くけど、殺しとかは?」
「もちろん大丈夫よ」
「なら―――」
少しためらったが、まあこの位は許容範囲だろう。
「もし俺が姫川の胸を鷲掴みにしたら?」
「痴漢犯罪にはならないけれど、ピストルで頭吹き飛ばすわよ?」
ハードな言葉で一蹴されてしまった―――
というか、ピストルって言ったな、今。
「あら、『そんなもの持ってないだろ』とでも言いたげな顔ね」
「だってそうだろ? 学生がそんなも...」
「あるわよ、ここに」
彼女は俺の言葉を遮ると、履いていたスカートを片手でめくった。
一瞬ネコのイラストが印刷された白いものが見えた気がするが、多分見間違いだ。
透き通るように白い右の太ももに、黒いベルトが拳銃と共に巻かれていた。見たところ鉄製で、おそらく本物だろう。
「これで分かったかしら? 私はあなたを生かすことも殺すこともできる。 あらゆる行為がこの学園では許されるの。 『自由』という唯一の法の下もとにね」
そう言うと彼女はベルトから拳銃を抜き、銃口を俺の首元に押し当てた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
彼女との出会いは、ついさっきの入学式の時だった―――――
俺はずっと海外で生活してきた上、少々複雑な環境で育ったこともあり、日本の高校がどんな所かはよくhは知らない。
せいぜい本やテレビで見た知識しかない。
そんな中迎えた入学式は新鮮だった。
俺は最前列の一番端で、一普通の生徒として静かに腰を下ろしていた。
校長の式辞、在校生の歓迎の言葉に続き、新入生挨拶をしたのは俺の隣に座っていた少女だった。
腰まで伸びた長く白い髪、整った顔立ちで宝石のように赤く輝いた眼、色素が抜けたように透き通った肌の持ち主、姫川 加恋は、その場にいるすべての人を魅了していた。
「今年度入学試験次席より挨拶」
そんな司会の言葉と同時に彼女は席を立ち壇上に登った。
「暖かな春の訪れを感じ、この良き日に私たちは桜帝高校の入学式を迎えることとなりました」
透き通った声が、マイクを通じ体育館の中に響き渡る。文章は一字一句緻密に作り上げられていて非の打ち所がない。
ただ―――――
しばらくして挨拶を終え、彼女が席に戻ってきた。
近くで見ても、やはり『美少女』という言葉が良く似合っている。思わず見入ってしまった。
「ん、私の顔に何かついてる?」
「いや別に何も。 けど、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なに?」
「今の新入生挨拶――― えっと、すごく良かった、何というか詩的な感じで」
「それはどうも、で本題は?」
俺が多少頑張って頭から引っ張り出してきた『詩的』という褒め言葉は、あっという間に突っぱねられてしまった。
「その、挨拶で言ってた『軍事』とか『法律の不適用』ってなんのこと―――、ですか?」
少なくとも俺が今までに読んだ本にそんな危なっかしいような言葉は書いてなかった。
彼女があまりにも『みんな知ってるのは当然よね?』みたくな話していたのを思い出し、下手に出て問いただす。
「なに冗談言ってるの? 入学書類にも書いてあったじゃない」
いや、俺のもとにそんな書類は届いていない。
まさかとは思うが―――
ここは知っていたふりで通しておくか。
「ああ、そういえばそんなことも書いてあったな。すまない、変なことを聞いて」
彼女は少々納得がいかないようなしぐさを見せたが、些細なことだと思ったのかすぐに前を向きなおした。
しかし、この学校についての情報を俺はもっと知っておかなければならない。
少ししか知らないという体で、もう少し深堀してみるか。
「なあ、このあと時間あるか?」
俺はそっと彼女に耳打ちし、彼女は少しけだるげながらも小さく頷いた。
そんなことがあり、現在に至ったのだ―――――
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