ずるいが口癖の妹を懸念して、転生者の姉は五歳の時にとある小説を流行らせました。
シリアスっぽいものばかり書いているとどうしようもないものを書きたくなるものです。
あまり細かいことを気にせずにお楽しみください。
※一段下げや改行、空白行の使用など、作文の原則からは敢えて外してあります。
※文中の感嘆符や疑問符の後のスペースは使用しません。
※“ら抜き言葉”は意識的に使用することがあります。
産まれた時から前世の記憶がありました。
前世は普通の女子高校生でした。
乙女ゲームや、ラノベが大好きでした。
今いるこの世界が、そういう世界観に似ているなぁとは思っていました。
でも、どのゲームなのか、どの小説なのか、いまいちピンときません。
こんなふざけた名前は見たことがなかったからです。
アネージョ=ユウフクダー
この世界の言葉では、なんの意味も持たない、普通の名前です。
でも、どうしても笑ってしまうのです。
ハハーギミ=ユウフクダー
チチーウェ=ユウフクダー
はい。
母と父の名前です。
私が二歳になった時、妹が産まれました。
まさかと思うでしょう?
イモートゥ=ユウフクダー
はい。
大真面目です。
みんな、可愛いイモートゥにメロメロです。
まぁ、だからといって姉妹差別はありません。
私のことも、ちゃんと可愛がってくれます。
ただ、ちょっとイモートゥに手がかかるというだけで。
私が五歳、イモートゥが三歳になるころには、それは顕著になりました。
「ずるい!ずるい!おねえさまばかり、ずるいわ!」
イモートゥの“ずるい”病です。
見たことがありますね、こういう作品。
こんな名前ではなかったですけれど、よく見るお話です。
もしかしたら、素人投稿作品の中にあったのかもしれません。
もしそうだとしても、内容を知らない私は、危機を回避する方法も、どんな終焉が訪れるのかも分かりません。
私の破滅か、ざまぁか。
折角なので、前世の知識を使うことにしました。
小説を書きます。
まずは、王道のシンデレラ・ストーリー。
『ハィカ・ブリー』
主人公はハィカ・ブリーという美しい娘。
継母と異母姉たちに冷たい仕打ちを受けている。
ある日、お城の王子様が婚約者を探すための舞踏会を開いたが、継母と異母姉たちに監禁されたハィカ・ブリーは舞踏会へ行けない。
魔女の力を借りて舞踏会へ行くことができたハィカ・ブリーは、魔女との約束の零時に慌てて帰ったため、お城に硝子の靴を片方落とす。
王子様は硝子の靴を頼りにハィカ・ブリーを探しだし、ふたりは結婚して幸せに暮らした。
このハィカ・ブリーという名前も、この世界では何の意味もありません。
私は“ゼンブ・シッテル”という作者名を添えて、とても五歳児が書いたとは思えない筆跡で、五百頁にもなる大作を二日で書き上げました。
ユウフクダー家はその名の通り――いえ、文字列に意味はありませんが、この国ではとても裕福な公爵家です。
買い物なんかも商人がわざわざ家に来ます。
最高品質のドレスやアクセサリーを扱う、大手商会の会頭が直々に。
父と母が会頭と話している間に、私はこっそり、会頭の鞄にその小説を忍ばせました。
最後の頁に“お金は要りません。どうか出版してください”と書きつけて。
後は運に頼るしかありません。
翌日、商会の会頭が再び我が家に訪れました。
例の小説を見せてまわり、誰が作者か探っているようです。
勿論誰も知らないというし、その筆跡も屋敷の誰のものでもありませんでした。
小説にざっと目を通したハハーギミは、これを出版しましょうと会頭に持ちかけます。
作者は誰か分からないが、出版を希望しているのだし、この話は面白くて斬新です、ユウフクダー家が支援します、と。
こうして、無事に『ハィカ・ブリー』は出版されました。
王道のシンデレラ・ストーリーということもあり、庶民や下位貴族にウケが良く、高位貴族にも戒めとして人気が出ました。
王子様を格好良く描写したのも良かったのかもしれません。
これにより、心の清らかな乙女がブームとなり、継子苛めや、姉妹がどちらかを虐げる事件は激減しました。
その一ヶ月後、私は新たな作品を世に送り出しました。
『アクヤク・デスワ』
“ハィカ・ブリー”のサイドストーリー。
別の世界から転生してきたハィカ・ブリーは、性格の悪い娘だった。
小説ハィカ・ブリーの世界に転生した彼女は、最後は王子様に見初められる結末を知っていたため、影で様々な悪事を繰り返す。
実は王子様には婚約者がいて、婚約破棄をさせて自分と結婚するように仕向けていた。
継母と異母姉からのありもしない苛めを捏造し、それを王子様の婚約者アクヤク・デスワが指示していたように見せかけたのだ。
しかし主人公アクヤク・デスワは賢い令嬢だった。
ハィカ・ブリーの動きに初期段階から疑問を持っていた彼女は、全ての悪事の証拠を握っていた。
そして、典型的な“ざまぁ”展開でハィカ・ブリー(偽)を断罪し、アクヤク・デスワと王子は無事に結婚したのだった。
はい。
勿論、この名前もただの文字列です。
本当はアクヤク・レイジョーにしたかったのですが、次回作の登場人物の名前との整合性を考えて、デスワにしてみました。
この小説も、飛ぶように売れました。
『ハィカ・ブリー』ファンと『アクヤク・デスワ』ファンの間に少しの軋轢はありましたが、アクヤク・デスワに出てくるハィカ・ブリーは中身が別人で、別の世界の話、というあとがきを付けていたので、なんとか落ち着いた模様。
これにより、冤罪の恐ろしさ、証拠保全の重要性が見直されました。
更に一ヶ月後、私は新作を発表しました。
『ズルイ・デスワ』
“アクヤク・デスワ”のサイドストーリー。
アクヤク・デスワの妹、ズルイ・デスワは、「ずるい!ずるい!」が口癖の少女。
この話の中にはハィカ・ブリーは登場しない。
王子様の婚約者であるアクヤク・デスワの妹ズルイ・デスワは、常に姉の物を欲しがる我儘な令嬢だ。
姉のぬいぐるみ、姉のアクセサリー、姉のドレス、姉の家庭教師、姉の友だち、そしてついには姉の婚約者まで。
全部ずるいずるいと欲しがり、また、両親もそれを叶えてきた。
その結果、出来の悪い妹を押し付けられた王子様が激怒し、ズルイ・デスワは修道院送りに、デスワ家は領地を大幅に減らされた。
そして王子は初恋の人アクヤク・デスワと結婚して幸せに暮らした。
この場合の名前の“ズルイ”と、台詞の“ずるい”は別の文字列で別の発音なので、意味が変わってきます。
名前が日本語で文章が英語、みたいなイメージでしょうか。
面白いものですね、この世界。
自分が“姉”の立場であるからか、どうしてもアクヤク・デスワに肩入れしてしまいます。
仕方のないことです。
この作品を世に出すことで、私の目論見はほぼ完了しました。
ゼンブ・シッテルの著書は全て、世の中に多大な影響を与えています。
彼だか彼女だかの小説を読んでいない者は、社交界で会話に加わることができないほどに。
『ズルイ・デスワ』の登場により、姉であろうと妹であろうと、人のものを“ずるいずるい”と言って欲しがる者は卑しい者とされ、それをちゃんと教育しない親にも責任がある、と見做されました。
一応、なにかしらの障害や問題があって教育できない場合も想定して、画一的に親の責任を追及し過ぎるようなこともないように配慮はしました。
どうにもならない子どもを更生させる施設の創設も始まったそうです。
私はゼンブ・シッテルの最後の作品として、纏めの小説を書き上げました。
あとがきに“これで最後です”と書いたため、商会の会頭は肩を落としてしまいましたが。
『ミンナ・ナカヨシ』
今までの作品のキャラクター全員が出てくるが、独立したストーリー。
ハィカ・ブリーは継母にも異母姉にも苛められず、普通に美しい令嬢に成長して素敵な騎士と婚約する。
アクヤク・デスワはライバルにも妹にも煩わされず、順調に王妃教育を修めて王子様であるオウジ・サマーとの結婚直前。
ズルイ・デスワはずるいずるいなんて言わず、姉を慕い可憐で優しい令嬢に成長し、敏腕魔導師と婚約する。
そんな中、伝説の魔王“ワルイ・ヤツー”が復活。
三人の令嬢と三人の婚約者は力を合わせ、その愛の力で伝説の女神“ミンナ・ナカヨシ”を召喚し、魔王を倒す。
世界に平和が訪れた。
【完】
ゼンブ・シッテルの最後の作品ということで、『ミンナ・ナカヨシ』は今まで以上の売れ行きを見せ、音楽が付けられたり舞台化されたり、国内外に拡がって行きました。
さすがに一冊五百頁超えのシリーズ四冊は子どもには読めないということで、有名絵本作家さんがさっくりと短く読み易いお話にしてくれて、絵本になったので子どもでも読めるようになりました。
そうして、私が著者だとはバレないまま、ゼンブ・シッテルの著書は『人生の指南書』として定着したのでした。
あれから十年。
私は十五歳になり、イモートゥは十三歳になりました。
たまにずるいと言うこともありますが、その度に両親や家令が窘めています。
十年経っても、あの小説の影響力は甚大です。
私はあろうことか、学園の同級生でこの国の王子のコンヤークシャ=エライヒトーに見初められ、婚約者に選ばれました。
もう名前にツッコミたくもありません。
名前を見る度に笑いそうだから、コンちゃんとか呼んでも良いでしょうか。
婚約の挨拶に訪れたコンヤークシャは、見た目だけは可愛らしい妹イモートゥに一瞬目を奪われます。
えぇー?
まさかね。
イモートゥも、王子様然としたコンヤークシャに一目惚れした模様。
嫌な予感がします。
「お姉さまばかりずる…」
とっさに母のハハーギミが口を塞ぎました。
そのまま父のチチーウェが、イモートゥを小脇に抱えて退出します。
コンヤークシャの蕩けるような視線が、急激に冷めたのが分かりました。
「ほほほ」
と誤魔化し笑いをして、私はコンヤークシャにお茶を勧めました。
しかし、コンヤークシャは誤魔化されてはくれませんでした。
「アネージョの妹は、もしかして本を読まない無知蒙昧なのかい?」
「お恥ずかしい限りです。両親も家令も皆指導はしているのですが」
コンヤークシャはふむ――と顎に右手を添え、その肘を左手で支えます。
なかなか様になっていますよ。
そしてにっこりと、満面の笑みをその美麗すぎる貌に乗せ、あっさり言い放ちました。
「小説通り、修道院に送ってはどうかな☆」
私は本当にこの人と結婚して大丈夫なのでしょうか。
妹の存在のせいで、両親共々消されたりはしませんかね?
コンヤークシャが我が家から去った後、イモートゥが閉じ込められている蔵へ両親と共に向かいます。
母は怒り心頭です。
「ずるいですわ!お姉さまが王子様と婚約だなんて、ずるいです!!!」
「貴女、未だにそんな流行遅れの古臭いことをやっているの?!断罪されますわよ?!」
「?!」
「明日までに、この小説を四冊、全てお読みなさい!!!」
母はそう言って、ゼンブ・シッテルの著書四冊をイモートゥに与え、再び蔵の戸を外から施錠しました。
厠も水場も灯りも空調もあるから、一晩くらいで死にはしないでしょう。
私も子どものころに、イモートゥの悪戯で閉じ込められたことがありましたけど、なんともありませんでしたし。
「お母さま、イモートゥはまだ読んでいませんでしたの?」
「何度も読ませようとはしたのよ。実際に読んでいるところは確認してはいないけれど、まさか今まで読んでいないとは思わなかったの。それとも、読んでも意味が分からなかったのかしら…」
頭を抱える両親に、私はコンヤークシャの言葉を伝えました。
“小説通り、修道院に送ってはどうかな☆”と。
翌朝。
蔵の中は、酷い有様でした。
家具は倒され、ビリビリに破られた小説の欠片が、紙吹雪のように床に撒かれて、それはびしゃびしゃの水浸しになっていました。
ソファーの上で爆睡しているイモートゥを叩き起こすと、ギャン泣きで殴りかかってくるのです。
「ずるいわ!お姉さまばかりずるいわ!どうしてあたしがこんなところに入れられるの?!あんな分厚い本なんか、読めるわけないじゃない!!!」
「イモートゥ…。結局、読まなかったのね…」
「読めないのよ!!!」
母は溜息をつき、父は覚悟を決めたようでした。
「修道院に、入れよう」
その日の内に、イモートゥは犯罪者を乗せる護送馬車に乗せられ、修道院に送られることになりました。
こんなに言葉の通じない子になっているなんて、思いもしませんでした。
私が全寮制の学園に通っている三年間に、一体何があったのでしょう。
私が家を出た――あの子が十歳のころまで、こんな子ではなかったのです。
あの四冊の小説があったからこそ、両親が妹を甘やかしたとは思えないのですが。
下手したら、保護者として責任を果たしていないと、断罪される恐れがあるのですから。
「貴方が学寮に入った後、イモートゥが高熱を出したことがあってね。三日ほど寝込んだのだけれど、目が覚めたら記憶が曖昧で、字が読めなくなっていたのよ」
それ以来、どんなに文字を覚えさせようとしても、マナーを叩きこもうとしても、ずるいずるいと逃げてばかりでどうにもできなかったのだとか。
まさかとは思うけれど。
イモートゥも転生者とかだったのではないかしら。
この世界の文字は独特で、もしも元が日本人だったりしたら、かなり大変だと思うのです。
私は産まれた時から記憶があったので、普通に子どもが文字を覚える感覚でできましたけれど、十歳で突然前世の記憶が蘇ったとしたら、ちょっと難しいかも。
それでも、ずるいずるいと逃げてばかりではいけません。
小説が読めなかったとしても、人道的なことは躾として両親や家令が教えてくれたはずです。
少しは修道院で真面目になってくれれば良いのですが。
北の修道院『アバシリー』に向かう馬車を見送りながら、私はしんみりと、そんな風に思うのでした。
【おしまい】
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