結 自分のことは誰かが知っている
自分を正しく認識することなんてできはしない。長所が短所になり、短所が長所になる以上、人は自分の納得のいくようにしか自分を評価しない。だから、自己評価なんて当てにならない。
それは他人に対する評価でも同じだ。人はバイアスをかけずに他人を見ることはできない。自分の主観や伝聞でしか相手を語れない。感情を交えずに相手のことを考えられはしない。
結局のところ、人を正しく見るというのは無理な話なのかもしれない。それでももしかすると、自分自身の正しい姿というのはどこかの誰かが知っているのではないだろうか。俺自身や他人が作り出した星の数ほどの天都賀直人の虚像の中に、実像と一致する天都賀直人がいるのかもしれない。
それは偶然にも自分だったり、家族であったり。あるいは、放課後の廊下で所在なさげにしているクラスメートだったりするかもしれない。
木倉は、あのときのように拳を握りしめ、顔を上げた。
「……あの、天都賀さん」
目を見なくても何が言いたいのかはわかる。木倉が意を決しなければならないことなんて、ほとんどないだろう。
つまり、
「行き先は大講義室か?」
木倉は驚いた顔をして、うなずいた。
「はい」
なにかわざとらしい台詞でも言えば、格好もつくし場も和むのかもしれない。けれど、それは正しい俺じゃない。だから、足の向きを変えて歩き出す。
果たして、俺は正しい解答を導き出せるのか。探偵役に向いているのか。探偵役としてふさわしいのか。
そんな疑問に対する答えも、きっと誰かが知っている。
了