第8話 第二魔法属性
不可避の閃光が俺を直撃する。
「うわぁああ!」
目の奥に強烈な稲光が焼き付き、耳の奥に雷鳴が滲み込む。
一瞬、俺は死んだかもしれないと思った。
だが、その閃光は俺を貫くことなく、俺の体表を伝って地面に散っていく。
「な、なんだ……いまのは!?」
しばらく、体が小刻みに震えるのを自分で止めることはできなかった。
だが、不思議と大きな怪我は負っていない。
雷に打たれたらしいのだが、どうやら俺は無事なようだ。
俺が不可解に思っている一方で、シルはフムフムといった感じで頷いていた。
「へぇ~やっぱりね」
「どういうことだ? 今のは一体なんだ? 雷のように見えたが……」
「そうよ、雷魔法」
「雷魔法? なんだそれ? 精霊の魔法か?」
「ううん、そういうわけでもないけど……」
わけがわからない。
魔法の根源となる四大元素は「火」「風」「水」「土」のはず。
俺は物覚えのいい学生ではなかったが、騎士訓練校の指導教官は確かにそう言っていた。
雷魔法など知らないし、二つの属性を持ち合わせる魔法使いなど聞いたこともない。
「シル、お前は風精霊だよな? お前の属性は『風』ではなかったのか?」
「そうよ。でもね、人間が風属性と呼んでいるものは、いってみれば、大気から生まれる力を扱うことができる性質のこと。風属性の持ち主のうち、まれにだけど、わたしみたいに大気から雷を生み出すことできる使い手もいるのよ」
ちょっと待ってほしい。
理解が追いつかない。
「お前は、風属性であると同時に雷属性でもあるということか?」
「う~ん、雷属性という言い方が正しいのか分からないけど……まあ、そう思ってくれていいかな。そうすると、あなたも雷属性ということになるわね」
「なっ! バカな!?」
子供のころ受けた適性検査では、俺は風属性だと言われた。
だからこそ、風魔法の使い手として修練を積んできたのだ。
「そうはいっても、現にあなたは雷電に耐えた。耐性がちゃんとあったんだから、あなたもわたしと同じ雷属性よ」
にわかには信じがたい。
だが、あのような激しい雷に打たれても俺が致命傷を負わなかったのは事実だ。
「……それは分かったが、どうして俺が雷への耐性を備えていると?」
「え~と、う~ん……それはただの勘……かな? あなたとわたしは魔力の波長がとても似ているの。だから、きっとあなたも雷の適性があると思ったのよ」
そんなにざっくりとした判断でいいのか?
「あ、あのなー。たまたま俺にその雷耐性とやらがあったからよかったものの、そうでなかったらどうなっていたのだ? あんな危ない攻撃まともに受けたら、普通、死ぬぞ」
「男のくせに細かいわね。別にいいじゃない。そんなに怒らないでよ。わたしの勘は当たったでしょう? 魔法の適性が拡がったんだからもっとわたしに感謝してほしいわ」
「お、お前なー、ちょっと雑すぎやしないか?」
天真爛漫を通り越して能天気とも思える風精霊の言葉に眩暈がした。
…………いや、ほんとうに軽く眩暈がする。
体に残っていた痺れがとれると、急に力が抜けたようになった。
騎士らしくもないが、ふにゃふにゃと地面にへたり込んでしまう。
これが雷撃魔法……雷属性……
風と雷の魔法剣……
驚きと喜び、期待と不安。
いろいろな感情が入り混じる。
そうして、俺は草むらに臥せったまま、いつのまにか意識を手放してしまった。
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小一時間後。
ぼんやりとした意識のなか、喉の奥に甘い潤いが落ちてきた。
「ふふ、目が覚めた?」
すぐ目の前にシルのニコニコした顔があった。
釣鐘型の花の杯を手に抱えている。
どうやら、彼女が草花の雫を飲ませてくれていたようだ。
「あ、ああ、すまない。面倒をかけたな」
不覚にもしばらくの間、気絶していたらしい。
剣士ともあろう者が失格だ。
「ううん、仕方ないのよ。わたしも同じだった。初めてお父さんの電に打たれたとき、しばらく気を失っていたらしいわ。でもそれは体が順応している証拠。雷耐性が整うから二回目からの受雷は問題ないよ」
「そ、そうか。よく分らんが、複雑なのだな……」
初めて聞くことばかりだ。人間の魔法研究はそんなところまで進んでいない。
さすがは大気を操る風精霊といったところか……。
ところで――
「今の話だと、お前の家族も雷魔法が使えるのか? そうなら、すごいな。さぞかし自慢だろう?」
「ええ、大好きだったお父さんとお母さんも雷魔法の使い手。わたしの自慢だったのよ。雷を操れるのは両親の血のおかげ、わたしの誇りよ」
ん? 大好きだった?
どうして過去形なのだ?
そういえば、どうしてシルはこんなところに一人でいる?
ここにはシルの同族は見当たらない。
どこかに隠れているわけでもなさそうだ。
鈍いにもほどがあるが、俺はいま初めてシルがひとりぼっちなのに気が付いた。
「あ、あのな、シルはなぜこんなところにいるのだ?」
「えーとね、わたしたちは元々こことは別の森で暮らしていたの」
聞いたところによると、シルは辺境伯領の森にいたらしい。
そこは北の隣国に接する広大な森だ。
「でもね、わたしの両親は死んじゃった……わたしがこの森に移ってきたのは最近よ」
シルが悲しそうに目を伏せる。
どうしてだろうか、俺はその表情がとても気になった。
「悪かった。立ち入ったことを聞いてしまったな」
「べつにいいのよ。もうだいぶ前のこと。それに寂しいことはないわ。ここはとても賑やか。花も鳥も風も元気いっぱいだから」
そう明るく言い放ったシルだったが、言葉とは裏腹にとても辛そうに見える。
俺は人の心の機微に触れるのが得意な方ではない。
だが、いくら鈍感な俺でも、このときばかりはシルが無理をしているのがはっきりと分かってしまった。
しかし、だからといって、気の利いた言葉のひとつも見つからない。
気遣いが下手な自分がもどかしい。
「あ、あのな、シル。もうじきお昼だ。お腹が空かないか?」
「え?」
「弁当をもってきたのだ。人種族の食べ物は平気か? 人間の食べ物がお前の口に合うか分からないが、一緒に食べないか? たくさんある」
「え~、いいの? 苦手な物も少しあるけど、ほとんど大丈夫よ。でもあなたの分がなくならない?」
メイドのエリスが用意してくれた弁当。
朝の分はまだ手をつけていないから、量はたっぷりある。
それに――
「バカだな。そんな心配しなくていい。お前はどうせそんなに食べないだろう?」
「アハハ、それもそうだね。じゃあ、遠慮なくいただくわ」
明るく笑うシルを見て、やっぱり彼女には悲しい表情は似合わないと思った。