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落ちこぼれ魔法剣士の大逆転~精霊に愛された双剣使いが王国最強の騎士になるまで~  作者: スギタジュン
終章 王都動乱

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最終話  精霊の騎士 

ここまでまでお付き合いいただきありがとうございました。ご愛読ありがとうございました。応援してくれた方ありがとうございます。最後に評価などいただけると大変ありがたいです。

 

 シルが去ってから数日。

 いまの俺はほとんど抜け殻に近い。


 念願だった近衛騎士団にも入ることができた。

 反乱鎮圧に多大の貢献をした功績により、身に余るさまざま褒賞も与えられた。

 つい先日、子供のころから夢見ていた近衛騎士の一員になることもできた。


 だが、しかし……

 俺の心は少しも晴れない。


 お礼もお別れもできないまま、シルが俺の目の前から姿を消してしまったから。

 この一年、いつもそばにいてくれた彼女が突然いなくなるなど想像もしなかった。


 後悔が募る。

 もう少し彼女の気持ちに寄り添うことができたなら……


 仲間もおらず、人種族のなかでただ一人の風精霊。

 人間ばかりに囲まれたシルはとても不安だったに違いない。

 寂しい思いをしていたに決まっている。


 もっと親身になるべきだった……

 そう思うが、いまさら悔いてもはじまらない。

 自分の不甲斐なさが腹立たしかった。


 ぼーっと窓から外を眺めていると、自室の扉を叩く音が聞こえた。

 たぶん、メイドのエリスだ。


「開いてるぞ。勝手に入ってくれ」

「失礼します。ライナー様。奥様に言われてご様子をうかがいに来ました。引っ越しの準備は順調でございますか?」

「ああ、すまない。見てのとおり……まったく進んでいない」


 エリスが呆れたような、あるいは困ったような表情を浮かべた。


「新居の方の受け入れ準備はもうすぐ整うのではありませんか? 早くしないと差し障りがありますよ?」

「ああ、分かっている。分かってはいるのだが……なかなか手が動かない」


 近衛騎士に叙任された後、俺はある辞令を受け取った。

 その辞令の内容は俺が希望したとおりのもの。

 国王陛下と騎士団上層部は俺のわがままな願いを聞きいれてくれた。


 あと数日のうちに新しい任地に赴かなくてはならない……。

 だが、転居の準備がまったくと言っていいほど進んでいなかった。


「はぁ、ライナー様はほんとうに手が掛かりますね。もう時間もありませんので、必要なものだけ手当たり次第に箱に放り込んでください。開梱かいこんと整理は向こうで(・・・・)わたくしが(・・・・)行いますので……」

「ああ、すまないな……ん? 向こう? お前が?」


 エリスの言葉を疑問に思ったが、彼女は黙って、俺の荷物の整理と梱包を手伝い始めた。


「もう、まったく、何をやっているんでしょうね……もどかしいです……このお二人は」

「ん?」

「あなた様と泥棒猫のことです。こんなことを教えて差し上げる義理はないのですけどね……ライナー様の腑抜けた姿はもうこれ以上見ていられません。庭先のあの辺りですよ」


 エリスが窓の外をそっと指さす。


「いったい、なにを、」

「ですから、小さな彼女は何日も前からずっとあそこにいます。草木に水やりをするとき、わたくしは気づいておりました」


 シルか?

 シルがあそこにいる?


「ほんとうか?」

「嘘はいいません。これは貸しですよ」

「あっ、ああ、すまない。エリス、感謝する。この借りは必ず。王都にはしばらく戻れないが必ず返す。今度会うときには、きっと」


 俺はエリスの手をとって、ありったけの感謝を伝えようとしたのだが……。

 彼女はなぜか首を横に振った。


「ライナー様? 聞いておられないのですか!? 異動先の騎士団借り上げ住居にはわたくしも同行するのですよ?」

「はぁ?」

「奥様から命じられているのです。ライナー様を監視、ゴホッ、ゴホン、お世話するようにと。ですから、わたしくはライナー様専属のメイドとして本家から派遣される予定なのです」

「そ、そんな話、初耳だが、」

「ライナー様が周りの話を全然聞いておられなかっただけです。旦那様のお許しもすでにいただいております。ですが、そんなことより、いまは小さな彼女に早く会いに行ってあげた方がいいのではないですか?」

「あ、ああ、そうだった。すまん」


 エリスのいうことはもっともだ。

 俺は慌てて部屋を飛び出そうとしたのだが――


「ライナー様」


 とエリスに呼び止められた。


「わたくしは別に諦めたわけではありませんよ。順番には特にこだわりがありませんから……というより、精霊は勘定の外(ノーカウント)でしょうか? ふふふ」


 エリスが何を嬉しそうに言っているか見当がつかない。

 だが、とにかく今はそれどころではない。

 もう一度エリスに「ありがとう」といって俺は走り出した。


❖*✽*❖*✽*❖*✽*❖


「シル、そこだろう?」


 屋敷の庭先に小さな風が通り抜ける。

 もうすぐ咲きそうな白精蘭が揺らいでいた。


「隠れてないでお願いだからでてきてくれないか?」


 目の前にいることはわかっているのだが、何も反応が返ってこない。

 が、何度か呼びかけると、ついに観念したのか、小さな彼女が姿を現した。


「えっと……どうして分かったの?」


 俺は数日ぶりにシルの姿を目にして心の底からほっとする。


「お前からは特別な香りがするらしい。うちの屋敷には鼻のいい名探偵がいるからな」

「そう、ご忠告ありがとう。今度からは人間に見つからないように気をつけることにするわ」


 もう二度と会えないのかもしれないと考えていた。

 でも、こうしてまた話せることを俺はとても嬉しく感じた。


 その反対に、シルは、少し気まずそうに苦笑いを浮かべている。

 たぶん案外近くにいてあっけなく見つかってしまったからだ。

 恥ずかしいのかもしれない。


「なあ、シル。いったいどこへ行こうというのだ? 一人で勝手に」

「あなたには関係ない」

「お前は俺に力を与えてくれた恩人だ。悲しいことは言わないでくれ」


 そんなつもりはなかったのだが、思ったよりも強い感情が顔に現れてしまったようだ。

 シルが存外に慌てる。


「あ、あの、ご、ごめんなさい。お父さん、お母さん、里のみんなのかたきをとってくれたこと、感謝してるわ。あなたもわたしの恩人よ」

「ああ、わかってるさ」


 俺は深く息を吸って本題を切り出す。


「シル、お前は以前、散り散りになった仲間を探したいといっていたな?」

「たしかにそう言ったこともあるけど……」

「一人では大変だろう。俺にも手伝わせてくれ」

「な、何を言ってるの? バカね。あなたは近衛騎士になれたのでしょう? せっかく夢が叶ったのだから、このまま王都で王様を守っていればよいのよ」


 たしかにそうだ。

 でも、シルをほっておくわけにはいかない。

 彼女にはまだ返しきれないほどの恩がある。


「シル、聞いてくれ。辺境伯家は取り潰しになった。いま、旧辺境伯領は王国直轄領になっている」

「それがどうかしたの?」

「旧辺境伯領の治安維持のために、特別な部隊が置かれることになったのだ」

「ふーん」


 新たに編成される辺境警備隊は、王軍と近衛騎士団の混成部隊。

 近衛騎士団からも人員が加わる。

 俺はふところにしまっていた一枚の書面を取り出した。


「これは? なんて書いてあるの?」

「騎士団長から受領した配属命令書だ。俺は辺境警備隊の一小隊を任された」


 シルは俺の真意を量りかねている。


「これからあの領地が安定し、隣国との関係が改善するまで、当面の間、俺は旧辺境伯領の警備に当たることになった」

「わからないわ……それがなにか?」

「これから、シルの故郷の森などを見廻る仕事に就くということだ。そして、お前も知ってのとおり『水の森』は広大だ。だから、お前に手伝ってもらいたいのだ。俺があちこち見回るのを……お願いだ、このとおり」


 めったにないことだが、俺は丁寧に頭を下げた。

 シルがいくらか困惑気味にしている。


「手伝う? 見廻りを? 人間と一緒に?」

「そんなに堅苦しく考えなくていい。小隊長を任されたのである程度自由がきく。それにお前を保護する任務も受けているのだ。お前と一緒にいても特に何か言われることはない」

「で、でも……」

「見廻りのついでだ。お前の仲間も一緒に探そう」

「えっ?」


 俺の申し出がよほど予想外だったのかもしれない。

 シルは理解が追いつかないのか、少しの間、固まってしまった。


「シル、手伝ってくれるな?」

「だ、だけど、生き残りがいるのか、はっきりとは分からないのよ? もしいたとしても、あの辺りにいるとは限らない。もっと遠くに行ってしまったかも……」


 俺はもう一枚の書面を拡げてみせた。

 これは国王陛下が発行した越境許可証だ。


「隣国ともすでに折り合いがついている。事前通告が必要だが、ある程度なら国境をまたいで行動することもできる。旧辺境伯領で見つからなければ、隣国の南部領も調査しよう」

「そ、そんなこと……何年かかるか分からないわ」

「かまわない。できるだけのことはしてみよう。たとえどれだけかかっても」

「…………」


 シルが驚いたように息を飲み……そして固まった。


「ああ、それとな、あの森で白精蘭を育てよう……もういちど増やそう、一緒に。お前の故郷はきっと元通りになる。俺も手伝う」


 小さい彼女は、なぜか顔を下に向けてしまった。


「どうかしたか?」

「な、なんでもない」


 と言いながら、シルはくるりと回り、完全に背中を向ける。


 その肩が小さく揺れる。

 かすかな嗚咽も漏れはじめていた。


「お前、もしかして泣いているのか?」

「泣いてないわ」


 そうはいっても泣いているようにしか見えない。


「やっぱり、」

「泣いてない。泣いてなんかいないわ!」


 しばらくのち、シルは目元をぬぐ仕草しぐさをすると、うつむき加減のまま、そっと振り向いた。

 その目には涙のあとが残っている。

 が、それを指摘するほど、俺も野暮ではない。


 しばらく見つめあっていると、恥ずかしそうにしているシルの淡い唇がかすかに動いた。


「シルヴィよ」

「え?」

「わたしの名前」

「はっ?」

「だから、わたしの本当の名前、シルヴィというのよ」


 俺は少し驚きながら彼女の言葉を繰り返す。


「シルヴィ……か」


 そういえば、たしか精霊は真名まなを隠しているようなことを言っていた。

 シルに別の名前があることなど、すっかり忘れていた。


「ふッ」


 俺は悪いと思いながらも少し笑ってしまう。


「な、な、なによ? おかしな名前なの? せっかく特別に教えてあげたのに……笑うなんて失礼にもほどがあるでしょう?」

「あ、いや、すまない」


 名前が変だなんてことはない。

 むしろいい名前だ。


 俺がおかしく思ったのは別のこと。


「しかし、困ったな。これからお前のこと何と呼べばいいのだ? 縮めたらやっぱり『シル』になるような気がするぞ」

「だ、だから、それでいいわよ。お父さんやお母さんもわたしのこと、そう呼んでくれていたから……わたしの愛称はもともとシルなの!」

「なんだ……」


 それなら何も変わらない

 彼女も可笑しく思ったのか、半分笑っている。


「そう……いままでと同じよ……そして、これからも……」

「そうだな」

「ねえ、ライナー……あなたに言ったことがあるでしょう? 精霊は人の心の色が分かるって」


 たしかに……その話は何度か聞いた覚えがある。


「教えてあげる。あなたの心の色!」


 そう告げたシルが腕を掲げて遠く真上を指差す。


「あの色よ!」


 一緒に見上げてみれば、そこには混じりけのないまっさらな青があった。

 空いっぱいに広がる澄み切った青。

 それがどこまでも果てしなく続いていた。


 ――ありがとう、ライナー

 ――わたしの騎士ナイトさま

 ――これからもずっとわたしを守ってください


 少しはにかむシルからそんな言葉が届いた。


 そっと手を振る彼女のまわりに小さな風が起こる。


 足元には白精蘭の花一つ。

 膨らみかけの蕾も楽しそうに揺れていた。







   ~落ちこぼれ魔法剣士の大逆転 <おわり>~


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[良い点] 面白かった! ありがとうございます。
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