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第4話 憂鬱の理由

 風精霊のシルが翡翠ひすい色の瞳で俺を見つめる。


「ねえ、それで、いつもここで何してたの?」

「うるさいなぁ。いいだろ、別に。ただのうさばらしだ!」

「うわぁ、ずいぶん荒れてるわね。なにかあったの?」

「そんなこと、お前には関係ない」


 なんというか、心の奥底までのぞかれているようで落ち着かない。


「ふ~ん……言いづらいなら、姿を消してあげようか? 見えない相手なら少しは話しやすいかもよ?」

「それだと、俺が空気に向かってしゃべることになる」


 さすがに変だ。

 これ以上ないくらい危ない人に見える。


「じゃあ、このままでいいのね。ほら、わたしたちのほかに誰かいる? 別に周りを気にすることもないんだけどなぁ」

「たしかに、俺たちしかいないが……」

「いいから話してみて、あなたが悩んでいること。少しは気が晴れるかもよ?」


 この精霊がなぜ俺に絡んでくるのか分からない。

 が、別に隠すようなことでもない。

 周りの者は皆知っていること。

 だから、俺は胸の内を包み隠さず打ち明けることにした。


「別にたいしたことではないぞ。とてもつまらない話だ。それでもいいなら暇つぶしに聞いてくれ」

「うんうん、まだお日様は高いから、わたしがゆっくり聞いてあげる!」


 風の精霊シルはそう言うと、小岩の上にちょこんと腰かけた。

 手折たおった花をカップのように持っている。花の蜜か、しずくでも飲みながら、俺の話を聞くつもりのようだ。なぜだかすごく楽しそうにニコニコしていた。


 別に見世物ではないのだがな……。

 やれやれと思いながら、俺は草の上に胡坐あぐらをかいた。


「王都では毎年、武技の競技会が開催されている。聞いたことあるか?」


 シルはコップ代わりの花から口を離さないまま、フルフルと首を横に振り、否定する。

 なんて横着なヤツだと思ったが、俺は構わず先を続ける。


「俺は半年前、その競技会に出場した」

「なんで?」

「この競技会で上位に入賞したものは近衛騎士団に入団する資格が得られるのだ――」


 そして、一定の訓練期間を経て、十分な実力を備えていると認められたものだけが正式に近衛騎士に叙任じょにんされる。だから、近衛騎士を目指す者にとって、競技会は最初の関門。


 シルは世間のことはあまりよく知らないようだったが、相槌を打ちながら俺の話を聞いていた。


「ふ~ん、つまり、あなたはその近衛騎士とやらになりたいわけね?」

「ああ、そうだ。子供ころからずっとそう願ってきた。みんなの憧れの存在だ」

「へぇ~、その騎士さまとやらが守るのは、人間だけ?」

「ん?」


 近衛騎士が守るのは王と王城だが……。


「ううん、べつに、なんでもない。続けて」

「そ、そうか、とにかく――」


 当時の俺は新進気鋭の魔法剣士。

 剣技がずば抜けているということで優勝候補の一角にも挙げられていた。父をはじめ、近衛騎士団からの期待も高かった。

 俺はその期待に応えようと毎試合、懸命に剣を振るう。


 そして序盤は順当に勝ち進んだ。

 だが途中で運悪くヤツに当たってしまう。


「ヤツ?」

「俺と同様に優勝候補の一角にあげられた男。昔から何かと縁がある宿敵だ」


 ヤツは有力貴族家の出身で実力は折り紙付き。剣の腕もたつが、どちらかといえば魔法に長けている。強力な火炎魔法の使い手だ。


 だから、その一戦は、事実上の決勝戦とも称された。そして、観衆の声援はなぜか俺の方に集まる。俺の父、ラインハート・ライバック卿が近衛騎士として民衆から人気があるからかもしれない。


 あれで、父はなかなかの人格者。人望がある。

 まあ、身内の俺が言うのも変な話だが……。


「で、肝心の勝負の結果は?」

「あぁ、それが……その……負けた」

「わぁ~お気の毒」


 惜敗せきはいではない。ボロ負けだ。

 これ以上ないくらい、完膚かんぷなきままに叩きのめされた。

 俺はとても無様ぶざまな姿を皆の前にさらしたのだ。


 あのとき、観衆からは失望のため息が漏れ、一部からは露骨なののしりがあがった。

 思い出すと血の気が引き、手足が冷たくなる。


「ふ~ん、残念だったわね。でも、なんでそんなに大負けしたの?」

「周りの評価以上にヤツは強かった……というべきか。それに魔法属性も一番強力とされる『火』だ。『風』の俺は少々分が悪い」


 風魔法は、どうしても威力に劣り、攻撃が軽くなりがちだ。


「せめて俺の魔法属性が『水』か『土』だったら……」


 得意の剣撃と合わせた重い一撃を浴びせられるのに、と思う。

 が、シルは抗議するような表情を浮かべた。


「え~!? わたし、風精霊なんだけど!? わたしの前でそんなこというかな? 風魔法は別に劣ってなんかないわ。あなたの腕が未熟なだけなんじゃないの?」

「ぐぬッ……」


 まったく……ズケズケと言ってくれる。

 だが、たしかにそのとおりだ。

 もって生まれた魔法の資質を言い訳にしても何も始まらない。まったく無意味だ。

 仮に風魔法が軽いとしても、工夫のしようもある。あんなに惨めで情けない負け方は避けられたはずだ。


 剣技の天才と持ち上げられ、いつのまにかおごりたかぶっていたのもかもしれない。

 上には上がいることを忘れ、研鑽を怠ったのは自分の怠慢。

 すべては俺自身の問題。おのれの未熟さゆえだ。


 一方、精霊シルは、そんな俺の後悔など興味がないとばかりに、手にした花の杯をいっきに飲み干した。そして遠慮なしに言う。


「なぁんだ。やっぱりつまらない話ね。結局、惨めに負けたんで、こんなところで一人でウジウジしてたってことね」

「お、お前なぁ 当たっているといえば当たっているが……言い方というのがあるだろう?」

「だってそうでしょ? あなたの話、ぜんぜん面白くなかったわ。ほんと下らない。期待して損しちゃった」


 そうきっぱりと言う彼女からはなんの悪気わるぎも感じられない。

 その分、余計にたちが悪かった。


「お、おい、なぐめてくれとは言わないが、せっかく話したのだから、もう少し、こう……親身になってくれてもよかろうが?」

「クスクス。じゃあ、どうやって慰めてほしい? お姉さんに言ってみなさいよ」

「はぁ……やはりもういい」


 完全におもちゃにされている。

 だが、不思議と腹は立たなかった。たしかにそのとおりだ。

 これだけはっきり言われれば、いっそすがすがしい。

 心底下らないと言われて、吹っ切れた気がする。


 それに、目の前で明るく無邪気に笑っているシルをみていると、くよくよ悩んでいる自分はとてもバカなのではないかと思えてきた。


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