第38話 騎士の道
王都の動乱から半年後。
都はようやく平穏を取り戻した。
隣国との関係改善も進められている。
辺境伯領軍の反乱の影響が強すぎて、先の競技会のことはかすんでしまっている。
だが、俺は紛れもなく競技会で優勝し、無事に王国近衛騎士団への入団を果たしている。
そして、今日は近衛騎士の叙任式。
「よう、ライライ、いよいよだな」
友人のオーエンが呼びかけてきた。
俺たちにとって待ち望んだ晴れの舞台だ。
「ああ、お前もよかったな。及第点をもらえて」
「まったくだぜ、はは」
オーエンは、先に近衛騎士団へ入団している。
ただ、先の基礎訓練課程で成績不良だったので、近衛騎士への昇格は見送られた。
そういうわけで、オーエンは、今期入団した俺を含む見習い騎士らとともに二回目の訓練課程を経験するはめに……。
「あんな訓練、もうごめんだよ」
オーエンがそういうのも頷ける。俺も同感だ。
鎧を着たままた延々と走らされたのはさすがに参った。
「さんざんしごかれた。思い出しただけで吐き気がする。はは」
俺自身も決して余裕があったわけではない。
ギリギリのところで合格。今後も精進が欠かせないだろう。
それにしても――
「あの頭のおかしい訓練を二回も繰り返したお前を俺は尊敬したいな。俺は二度と経験したくない」
「そりゃそうだ。ははは!」
などと雑談をしていたら、部屋に大きな声が響き渡った。
「諸君、浮かれるのは分かるが、無駄話はそのぐらいにしとけ。そろそろ王宮の謁見の間に参集せよ。互いに身なりを点検しておくのを忘れるなよ」
世話役の先輩騎士がそう告げた。
❖*✽*❖*✽*❖*✽*❖
謁見の間。
まもなく近衛騎士叙任式が執り行われようとしている。
王国の首脳陣と有力貴族、そして、近衛騎士団の主要指揮官らが参列していた。
荘厳だが静かな雰囲気が漂う。
半年前、この場で反乱軍と死闘を演じたことが嘘のようだ。
本日、近衛騎士に列せられるのは俺とオーエンを含めて十五名ほど。
式典は粛々と進んだ。
同期らの名が順番に呼ばれる。
そして、最後に――
「ライナー・ライバック、前へ」
「はッ」
俺は、王の前に進み出て、跪く。
自分の剣を鞘から抜き出し、王に預けた。
主君はその剣を受け取り、跪いた俺の肩に剣の身をおく。
「ライナー・ライバックよ。我、汝を近衛騎士に任命す。弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、汝、王国を護る盾となれ」
「わが命は王国とともに」
王国の有力者が見守るなか、ここに騎士の誓いが成立した。
俺は晴れて近衛騎士を名乗ることが許されることとなった。
と、普段ならここで終わるのだが……
「おもてを上げよ」
王が柔和な面立ちで声をかけてきた。
「先のおぬしの働きは素晴らしいものだった。すでに恩賞が与えられているところではあるが、せっかくの機会だ。おぬしの忠誠に余は報いたい。何か願いはあるか?」
異例の、それも突然の声掛けに俺はどうしていいか、分からなくなってしまった。
固まる俺をみて、傍に控えていた国の重鎮の一人がそっと助け船を出してくれる。
「遠慮することはない。近衛騎士団長もすでに承知のことだ。構わぬぞ」
そういうことなら――
「恐れながら、一つございます」
「何だ? 遠慮なく申してみよ」
「はっ、では、配属先の希望がございます。私をぜひとも……」
俺が一つの願いを申し終えると、王は意味が分からないといった様子で俺を見据えた。
「そんなことでよいのか? もう少し欲張ってもばちは当たらんぞ」
「過分なお言葉恐れ入ります。ですが十分であります。これ以上は我が身に余りますゆえ」
「変わった奴よの……まあおぬしがよいなら、それでよいだろう。その願い、応えて進ぜよう」
「はっ、ありがたき幸せ」
こうして、式典は無事に終了。
王が退席し、参列者が散り散りになっていく。
このあとは王宮主催の午餐会が開かれる予定。
真新しい徽章を襟につけた俺のもとに、アーマコスト伯爵家の令嬢タリアが近づいてきた。
「ライナーさん、騎士叙任おめでとうございます」
「ありがとうございます」
祝福の言葉をかけられ、念願が叶ったと実感がわいてきた。
「ずいぶんご立派になられて、なんだか遠くに感じられます」
「タリア様、そんなことは……」
タリアが少し寂しそうな表情を浮かべた気がした。
「アルマン様が討たれ、もう半年になりますわね……私の婚約者は次々と消えてしまう。私は不運の定めのもとに生まれついたのでしょうか?」
「あ、あのタリア様、そんなのはただの偶然ですから……」
俺は慌ててタリアの悲観を取り除こうとしたのだが、当の本人はいたずらっぽく笑って見せた。
「ライナーさん、責任とってくださる?」
「えっ? はっ?」
「ふふ、冗談ですわよ……最後にもう一度だけ、賭けてみようと思ったのですけど……貴方を射止めることは叶いませんでしたわ」
「い、いえ、その……」
「お気になさらずに……貴方に思い人がいることは存じておりました。私もそこまで無粋なことはしたくありません。ですが、困りましたわね。ほんとうに誰かいい人はいないのかしら? 父が相手を探しているのですが、これといってよい方が見つかりません。ライナーさん、どなたかご紹介いただけますか? 例えば、貴方のご友人とか?」
そういって、タリアは、少し離れたところで家族と談笑しているオーエンの方をチラと見遣った。
ああ、そういうことか……。
アイツはいいやつだ。
令嬢タリアも最初こそお高くとまったようにみえたけど、とても気のいい女だと今は思っている。
この人が相手だとオーエンは尻にひかれるだろうが、悪い組み合わせではないのかもしれない。
二人が楽しそうに話しているのを何度も見かけたし、オーエンの方もまんざらでもなさそうだ。
不運なタリアのために俺はひと肌脱ぐことにした。
「分かりました。全力で支援いたしましょう」
オーエンがちょうど家族のもとを離れる。
俺はオーエンを手招きし、タリアに引き合わせた。
「オーエンさん、近衛騎士への叙任、まことにおめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
タリアのお祝いの言葉に、オーエンが少し照れくさそうに答える。
「ところで、オーエンさん、午餐会のあとは何かご予定がありまして?」
「い、いえ、特には……まあ、実家の食堂でライナーと飲もうかとも思っていましたが……何か?」
「あのな、オーエン、すまない。俺は少し用事がある。それはまた今度にしよう」
「お、おい、薄情だな、ライナー?」
「では、オーエンさん、あとで私の屋敷にいらっしゃいませんか?」
タリアの突然の提案にオーエンが慌てた。
「えっ? あ、あの……どういうことです?」
「こちらでささやかながら祝宴を設けさせていただきたく思います」
「はっ? し、しかし……その……せっかくのお誘いですが……実家の方でも家族の者が料理を用意するそうでして……」
オーエンのすがるような目がこちらに向けられた。
俺は心を鬼にしてあえてそれを無視する。
にっこりとほほ笑むタリア。
「あら、構いませんことよ。いっそのことご家族の方もご一緒にどうぞ。そちらの料理も私の屋敷の方に運ばせますから無駄にはなりません。大丈夫ですわ、ほほほ」
タリアが躊躇なく攻め立てる。
こういうところはやはり大貴族の令嬢だ。
「えーと……お、おい、ライナー?」
オーエンが俺に助けを求めるが……。
「オーエン、せっかくのご厚意だ。無下にするな」
「そうですとも、遠慮なさらずに。では夕方六時ごろでよろしいでしょうか? あとで使いの者を向かわせます」
抵抗むなしく、オーエンはタリアの誘いを受けざるをえなくなった。
すまない。
これもお前のためだ。
若干申し訳なく思いつつも、俺は友のためによいことをしているのだと自分自身に言い聞かせる。嬉しそうにしているタリアの笑顔もまたよいものだと思った。




