第37話 連爆
「もう少し、あと少しだ」
「ライナーさん、見えました!」
令嬢タリアが指さした王都外郭の先では、両軍が争っていた。
広野の様子をみれば、白兵戦が幾度か行われたようだ。
いま現在は両軍とも互いにやや退いていて、個々に築いた防塁からの攻撃に専念していた。
「よかった。まったくの無秩序というわけではない」
俺は近衛騎士団の上級指揮官を探す。
ちょうど北部方面隊司令が前線指揮に当たっていた。
「父上ー!」
「おう、ライナーよ、無事であったか」
互いに無事であることを喜びたいところだが、それどころではない。
「父上、いえ、司令殿、いますぐ騎士団を後退させてください。王軍も退かせてください」
「なに? いまやっと押し返したところだぞ?」
「時間がありません。これから、特大の魔法攻撃を放ちます。味方が巻き添えになります。とにかく早く」
「なにをいってるのだ? 退くことなどできない。少し落ち着け!」
あたりまえだが、司令は納得しない。
危機感がうまく伝わらず、もどかしい。
俺はどうも説明が下手なようだ。
しかたない。
爆雷と化した精霊石はいますぐにでも暴発しかねない。
もうこうなったら強行するしかない。
「シル、まだ風魔法は撃てそうか?」
「だいじょうぶよ」
「ならば、協力してくれ」
精霊石の詰まった木箱をオーエンに掲げてもらう。
俺たち二人は一緒に風魔法の呪文を唱えた。
「「巻き上がれ、大旋風!」」
旋回する風の渦が木箱を空高く押し上げる。
舞い上がった木箱は敵が陣取る防塁の向こうへと飛んで行った。
落下の途中、木箱は粉々になったようだ。風の圧力に耐えきれなかったようだ。
中身の精霊石が広範囲に降り注ぐ。
そばで見れば気色悪い色だったが、こうして遠くから見るぶんには、キラキラしていてなかなか綺麗だ。
「ライナーのお父さん、あれは爆雷と化した精霊石よ。とっても危ないの! 味方を早く避難させて、早く! もうすぐ一気に爆ぜるよ」
「いったい何をいってるのだ?」
「どうして信じてくれなないの? いいから、みてて」
シルは遥か遠くに流れ落ちていく精霊石の一つに狙いをつけて、風魔法を放つ。
「撃ち抜け、聖の矢」
淡く光る風の一矢が夜の空を駆け、爆雷の石を一つを貫いた。
火球の花が咲き、轟音が闇に響く。
「みた? あれ全部、火炎の塊なの! 早く逃げて、お願い!」
父は何が起こったのかよく分かっていないようだった。
だが、天性の勘で、このままでは危険だということは理解できたみたいだ。
「近衛騎士団、総員、防塁を捨て、外郭まで後退! 急げー!」
退却のラッパが鳴り響く。
王軍も騎士団に倣い、すばやく全速力で後退を始めた。
まもなく退避は完了するだろう。
あとは……
俺はシルとともに、アルマンのもとへ向かう。
「こ、このゴミ野郎、さっさと殺せ……」
瀕死の男がつぶやく。
ようやく聞き取れるくらいの小さなかすれた声。
「シル、もう我慢しなくていいぞ。お前の家族の仇だ。自分の手で討つか?」
シルは静かに首をふった。
「もう十分、もういいわ」
「そうか……」
ならば……
「アルマン・ナウリッツよ、やむを得ぬとはいえ、無理やり延命させたのは非道な行いだった。すまない。だが、これで貴殿の役割はすべて終わった。なにか言い残すことはないか?」
「や、やかましい、この落ちこぼれ野郎が……」
「そうか……せめてやすらかに眠れ。さらばだ、我が宿敵」
心臓に突き立てた鈍く光る剣がひどく無機質なものに見えた。
アルマンは短くうめいたあと、息絶える。
しばらくの後、広野の向こう、爆雷の精霊石が流れ落ちたところで次々と爆炎が上がった。
爆散する火炎が夜の空を焦がす。
暗闇のなか、耳をつんざく音が響いた。
俺たちがアルマンの最期を看取っていたころ、オーエンたちは、王都外郭を守るべく、水魔法を駆使して防爆の水壁を作りあげていた。タリアも他の土魔法使いに協力し、外郭を強化する。
「爆風くるぞ」「水壁もっと厚くしろ」「この穴塞げ!」
そして、遥か向こうの連爆がこちらまで届いたが、結局味方陣営に大した被害はなかった。
オーエン、タリアたちのおかげだ。
対して、爆風を受けた敵側の陣地は大混乱。
多数の死傷者が生じている模様。
王軍がこの好機を逃すはずもない。健在の兵力で総攻撃をかける。
近衛騎士団もそれに続く。
すでに敵兵力の大部分は戦闘不能に陥っている。
王の排除に失敗したことを知った敵将は、それ以上の抵抗を諦め、降伏を宣言。
戦闘終了の旗がいくさ場にひるがえった。
ふと視線を遠くに向ければ、東の空が白みはじめていた。
こうして王国の歴史上でもっとも長い夜は終わりを告げる。
「ライナー、終わったの?」
「ああ、反乱は鎮圧された」
「そう……」
「嬉しくもなさそうだな、シル? 仇はとれたのだ。もっと誇っていいぞ」
「そう……よくわからないわ」
「ライナーは嬉しいの?」
「ああ、もちろん……いや、お前と同じ。よくわからないな……」
魔力を空にしてしまった俺は、疲れ果てた体を大きな木にもたれさせる。
同じく魔力を使い果たしたシルも俺に体を預ける。
「とにかく、終わったのだ。よかったではないか?」
「そうね、よかったわ」
そのうち、シルの小さな寝息が聞こえてきた。
日が昇り、中天にかかるころ、北の隣国の事変も終息した。
南部領軍の別動隊は隣国首都の制圧に失敗し、正規軍によって鎮圧されたそうだ。
二国で同時に起こった反乱事件はこうして幕を閉じた。




