第35話 最後の対決
宿敵アルマンが魔法障壁を展開し、王族がその中に閉じ込められた。
アルマン一味は王を亡き者とし、王政を瓦解させるつもりだ。
障壁内の近衛騎士は精鋭だが、アルマン率いる賊軍は数が多い。
そのうえに、なかなかの手練れだ。
増援なしでは、いつまでも持たないだろう。
この魔法障壁、いまいましい……。
「シル、どうにかならないか?」
「え~と、あなたの一番強い雷撃を与えれば、少しはひずむ……のかな?」
「穴は開くと思うか?」
「大穴はたぶん無理、まずは小さくてもいいから穴を開けて。わたしが雷の斥力で広げてみる。そこからライナーが突入するというのはどう?」
シルの案は悪くない。
風の魔法剣では歯が立たなかったが、一点突破の雷撃剣ならあるいは……
「分かった、俺のもてるすべて、最大の打撃を繰り出してみせよう」
「で、でもね、雷の力でこじ開けるのだから、ライナーしか入れない。他の人が触れれば、受雷してしまうわ」
「ああ、構わない。俺があの因縁の敵を沈めれば、それですむ話だ」
持ち場の敵の掃討を終えたらしく、いつのまにかオーエンがそばに来ていた。
「話は聞こえたぞ、ライナー。おれも手伝う」
「私も加勢します」
オーエンに続いたのはタリア。
タリアは幸いにも、障壁が発動するとき、光の輪から外れていた。
壁の内に取り込まれるのは免れたみたいだ。
「タリア様、ここは危ない。下がっていてください!」
「父があの中に取り残されてしまっているのです!」
たしかにこのいまいましい障壁の中には、王族のほか、一部の上級貴族も含まれている。
「ライナーさん、お手伝いさせてください。少しですが私は土魔法が使えるのです」
「し、しかし……」
俺は彼女が土魔法を使うところを見たことがない。
うわさでは制御のほうがかなり無茶苦茶と聞いた。
「ご心配なく。どこそこを狙えと言われても困りますが、目の前のこの光の壁を思い切り叩けばいいのでしょう? そのくらいならできます!」
障壁突破の確率を上げるには、二人に助勢を頼むほうがよい。
これ以上、考えている暇はない。障壁の内部から、一つ、二つと人が床に倒れる鈍い音が響く。
「タリア様、お願いします。オーエンもすまない。よろしく頼む」
「はい」「任せろ」
魔法障壁を打ち破るべく、四人の魔法使いが協働する。
俺ライナーとシルは風雷属性。オーエンは水属性。タリアは土属性だ。
奇遇にもアルマンがもつ火属性以外の属性持ちが揃った。
「二人とも、跳ね返りに注意するんだ」
「分かってる」「ええ」
まずはオーエンとタリアが障壁の一点に向けて魔法攻撃を叩き込む。
「貫け、氷槍!」
「穿て、土塊!」
至近から撃たれた二人の魔法攻撃が障壁を揺さぶる。
強烈な衝動が加わり、空気が震えた。
だが、障壁の見た目は変わらない。
それでも構わない。
目に見えないだけで少しは傷んだはず。
そう信じて、俺は間髪入れずに自分の決め技を繰り出す。
一点突破の最大奥義――
「風牙帯電弧!」
風の魔法力を纏わせた双剣の突き。
その双剣の先端のあいだに強く短い雷が走る。
火花が散り、その空間だけ歪んで見えた。
そして――
「しめた、開いたぞ。わずかに隙間ができた。シルー! たのむ!」
すかさず、シルが雷魔法で障壁の裂け目を隙間をこじ開ける。
「んーひらけ! ぐぐ」
歯をくいしばり、雷を撃ち込むシル。
障壁に半身くらいの穴があいた。
「ご、ごめん、ライナー。もうだめ……これが限界」
「十分だ、ありがとう」
後ろで見守っていたオーエンとタリアが叫ぶ。
「ライナー、行ってこい!」
「ライナーさん、お気を付けて!」
俺は二人を見渡し、軽く頷く。
そのとき、シルが大声で叫んだ。
「わたしも行く」
「だめだ」
「絶対行く。わたしも一緒に飛び込む。知ってるでしょう? あそこにいるのはお父さんとお母さんの仇なの!」
傍若無人に振る舞うアルマンを指さしながら、シルが真剣な眼差しで俺を見つめる。
しかたない。迷っている暇がない。
「いくぞ! しっかり掴まってろ」
俺たちは障壁の裂け目に飛び込んだ。
障壁内では、近衛騎士と賊軍とが激しく交戦。
すでに多くが倒れている。
いずれの陣営も残っている者は満身創痍。
王が匿われている控室の扉の前には、騎士二人が構えている。
最後の砦として立つ彼らの闘志はまだ消えていない。
だが、ダメだ。
あの人たちは重傷を負っている。
立っているのもやっとのはず。アルマンを抑えられない。
近衛騎士に王族を守り切る力はすでに残っていない。
敵侵入部隊の首領アルマンは、立ち塞がる騎士を次々に切り伏せ、王のもとへと着実に進んでいた。
間に合ってくれ……
俺は斬りかかってくる賊を打ち破りながら全速で駆けた。
「まて、アルマン!」
一度立ち止まり奴がいまいましそうに振り返った。
「くそっ、どこまでも鬱陶しい野郎だ。障壁を破りやがったのか……落ちこぼれめ」
「アルマン、その扉の向こうには行かせない。お前の相手はこの俺。ここがお前の死に場所だ」
「ほざいてろ」
ヤツの戯言は無視し、俺は最速の魔法剣を叩き込む。
アルマンは俺の剣をぎこちなく受けた。
「ほう、貴殿、どうした? 右手に力が入っていないようだが? 怪我でもしたか?」
「こ、この野郎!」
ヤツの冴えない剣さばきですぐに分かった。以前のヤツの動きとは程遠い。
確信した。アルマンの右手は義手だ。
「ほら、どうしたのだ? 剣を握る力に問題でもあるのか?」
数か月前の戦闘でヤツは俺に右手を斬り飛ばされている。
そんなことは百も承知でヤツを挑発する。
「ケガでもしてるのか? ダメだぞ。大事にしないと」
「こ、この野郎! オマエだけはゆるさねぇ。この手の恨み、十倍にして返してやる」
アルマンが余裕をなくし激昂する。
自身が花園焼失の元凶であることをは、もはや隠そうともしないらしい。
「やはり、貴殿で間違いないようだな。この機会をずっと待っていた。別に貴殿に恨みなどないが、恩人である精霊の里を滅ぼした大罪、ここで償ってもらおう」
「はんっ! なんのことだ? さっぱり分からんね」
「まだとぼける気? あなたは風精霊の一族を滅ぼした張本人、いいかげん認めなさい!」
悔しそうな顔をしながら、シルが大きく叫んだ。
だが、アルマンは聞く耳を持たない。
「そこの小っちゃいの、何が不満だ? 嫌ならオレに関わらなければいいじゃねぇか? なぜいちいち構おうとする? 生き残っただけで儲けものだろ? 無視した方が平和に暮らせるぞ? そんなことも分からねぇのか? そこのゴミ屑と一緒でほんとにバカだな」
「なんですって!」
まるでかみ合わない。
ここまで意思疎通の難しい相手だとは正直なところ思わなかった。
この男、なぜ、こうも歪んでいるのだろうか?
「貴殿、それなりの力をもっているのにどうして正しい使い方をしない? 自慢の魔法剣はただ他人を屈服させるためだけのものか?」
「なにをきれいごとを。お前も同類だろ?」
アルマンが心底いらだったように俺を睨め付ける。
「それは違う。貴殿と俺が同じであるはずがない」
「嘘をつけ、おまえだって、自分の存在を周りに認めさせたいだけだろう? 強くなって自分の自尊心を満たしたいだけだ。賞賛を受けたい、認めてほしい、そんな邪で浅ましい願望でいっぱいだ。だから俺に敗けたとき、あれほど落ち込み、欝々としていたのだ。弱い自分は存在価値がないと思ったのだ。結局、お前はオレと同じだ!」
アルマンが滔々(とうとう)と述べる。
一瞬だけ迷いが生じる。
ほんのわずかだがアルマンの言葉に飲み込まれそうになった。
ヤツの言葉は詭弁にすぎない。
それは分かっているのだが、言葉に詰まった。
そんな俺に代わり、シルがまくしたてるように叫ぶ。
「いいえ、ちがう、ちがうわ! ライナーはあなたとは全然ちがう! ライナーはカッコつけてばかりで無愛想で突っ慳貪な人だけど、ほんとうは優しいのよ! 弱い者を手当たり次第に傷つけるあなたとはちがう! ちがうのよ! ばかにしないで!」
微妙に悪口が混じっている気がするが、シルが全力でクズ男の言葉を否定する。
そうだ。
シルに言われるまでもなかった。
俺はこの見下げ果てた男とは違う。
俺の剣は守るべきものを守るためにある。
そのことを忘れたことはない。
俺はアルマンを冷たく見据える。
「貴殿とは言葉を交わしても無駄ということが改めて分かった。もう御託を並べるのはいい。構えろ、息の根を止めてやる。せめて剣士として潔く死ね」
「言ってくれるじゃねえか? 生意気なゴミ野郎。だが、おまえの相手をしている暇はねえんだよ」
アルマンは、さっと距離をとって、突然背中を見せる。
次の瞬間、ヤツは小箱を投げつけた。
王が隠れる控室の頑丈な扉が吹き飛ぶ。
王と王族、それから、上級貴族たちの姿が、開いた扉の向こうに見えた。
貴婦人たちから悲鳴があがる。
控室の裏から王たちは脱出しているのかもしれない、とわずかに期待もしていたが、だめだったようだ。退路も断たれていたのであろう。
その部屋に突入しようとしているアルマン。
ヤツを止めなくてはならないが、俺とヤツの直線上には王族がいる。
下手な魔法攻撃を放てば、巻き添えにしてしまう。
いや――
外さなければ、いいのだ。
鋭い指向性の剣戟。
シルといつも練習していた。
もうひと昔前の俺とは違う。必ず成功させて見せる。
「抉り貫け、風牙凝!」
一条の尖った旋風がアルマンの背中を襲う。
アルマンはそれを避けようとするが、躱せない。
衝撃が直撃し、ヤツは勢いよく倒れこんだ。
アルマンがヨロヨロと立ち上がる。
憎悪を滾らせながら……。
「き、きさま、このゴミ虫。どこまでも邪魔しやがって」
「そうだ、それでいい。最期くらい、真正面を向いて戦え。後ろ向きのまま敗れるのは嫌であろう?」
壊れた鎧を脱ぎ捨てたアルマンだったが、深い損傷を負っている。
もう生彩がなかった。
それでも、ヤツは暗い情念を燃やして、火炎の魔法攻撃を繰り出そうとする。
「焼き尽くせ、煉獄の焔、」
「遅い! 風雷魔法剣!」
二重の魔法力を纏った双剣がアルマンを切り裂く。
「ぐはぁあっ」
斬撃をまともに受けた男は、崩れ落ちるようにして床に片膝をついた。
「アルマン、最後に一つ答えろ。俺の傍らにいる精霊シルのほかに風精霊の気配を感じたことがあるか?」
「だ、だれが答えるかよ」
「そうか、残念だな。貴殿は正真正銘のクズだったが、今思えば、俺にとってはよき宿敵であった。その点は感謝しよう」
「何を勝ったつもりでいやがる。お前の負けだ。王国は滅びる。お前も道連れだ……クククッ」
アルマンが奇妙なことを口走る。
錯乱したのだろうか?
「おまえらは、ここから出られねえぜ」
「どういう意味だ?」
「俺はもうすぐ死ぬんだろうな。だがな、タダでは死なねえ……この心臓が止まれば、この城は爆発する。この城ともどもお前たちは崩れ落ちるのだ。脱出は不可能だ。ざまあみろ、ゴミ屑ども……ぐはっ!」
アルマンは暗い笑みを浮かべながら、そう漏らした。
どこか満ち足りた充足感を感じさせるその表情は、この上なく不気味なものだった。




